第8話 超能力

 

「あ~、くっそ~! 俺としたことが、どこの誰かもわかんねーヤツに負けるなんて……」

「心、いい加減静かにしてくれない?」


 ブツブツと何かを呟いている心を、嫌そうな目で見る日和。

 その日の放課後、心は話があると言って昨日のメンバーを同じ場所に集めた。

 恐らく、話とは今朝の出来事のことだろう。


 不満そうにしながらも、今日の朝にあったことを皆に説明する心。

 ただし、心の説明があまりにも適当だったため、最終的に実辰がほとんど説明することになったのは余談だ。


「いやー、あれはやばかったな」

「そんなことが……実辰大丈夫だった?」


 心のことは完全無視して、日和は心配そうに言った。

 何だか、ちょっと心のことが可哀想になった実辰だった。

 まあ、日和には悪気はないのだろう。


「うん……ちょっと危なかったけど……」

『まあ、あれは仕方がなかったよ。僕も振り返ることが出来なかった』


 そこで、それまで沈黙を保っていたイチヤがフォローを入れてくれる。

 こういう気遣いは心には出来ないことだ。

 と言うかイチヤに『振り返る』とかあるのだろうか。視点の仕組みとかはどうなっているのだろう。


 そんなことよりも。


「誰?」 


 イチヤの声に反応する日和。

 茉菜も困惑したようにキョロキョロとしている。


「ん? お前らもイチヤの声、聞こえるようになったのか?」

「──え? 今のが?」

『実辰の例で考えると、みんな能力に目覚めたっていうことかな?』


 その言葉に心は顔を輝かせた。


「そうなのか!? 目覚めたのか!?」

 近くにいた日和に詰め寄る心。


「ま、まあ、目覚めたけど……」

「私も目覚めました」


 答える日和と茉菜。


「おお! これで全員目覚めたって訳か!」

『昨日の今日で全員とはね……』


 イチヤは感心している。


「お前ら、何の能力だった!?」

「え、イチヤのことは……」

「後だ後! 能力が最優先だ!」


 イチヤのことを気にする日和を、心は一蹴する。


『まあ、僕のことは後でもいいよ。いつものことだから』

 その言葉に気の毒そうな顔をする日和。


「そ、そう? それなら……私の能力は『電気』というか『雷』、かな?」

 日和は自分の能力を説明する。

 目覚めたのはいいが、最初はコントロール出来ずに家中が停電してしまったらしい。


「私は『水』でした」

 日和に続けて茉菜も言う。

 こちらも同じく制御が効かず部屋が水浸しになってしまったらしい。

 しかし、物が濡れる前に水を消すことができ、事なきを得たという。


 どちらも大変なことになっていたようだ。


「『氷』に『雷』に『水』か……俺のだけちょっと違うな……」

 珍しく真剣そうに考え込む心。


 『自然にあるもの、って考えたら心のも共通点があるよ』

 確かに三人の能力は『自然』という共通点がある。 


「そういえば心の能力は何なの?」

 日和が疑問を口にする。

 そう言えば、人に聞くだけ聞いておいて心は自分の能力をまだ明かしていない。


「お、そういや話してなかったな。俺の能力は『エネルギー』だ!」

「なんかパッとしないわね」

「はぁ!? 『エネルギー』だぞ! 凄そうだろ!?」


 日和の散々な評価に不満そうな様子の心。

 まあでも、日和の言った『パッとしない』と言うのもわからなくもない。

 インパクトの強さなら日和の『雷』のほうが上だ。


「あの」


 ここで、今まで静かだった茉菜が声を上げる。

 実辰は驚いて茉菜を見やる。

 言い合っていた心と日和も同様だ。

 全員に注目され、居心地が悪そうにする茉菜。


「能力について情報を交換したいんです。まだ分からない事も多いので……」

 その提案に、実辰はなるほどと思う。

 確かに能力には目覚めたが、まだ未知なことも多い。

 情報の擦り合わせはとても有意義なことだ。


「ん~、確かに俺も知りたいこともあるし」

『そうだね、ちょうどいい機会だ』


 心とイチヤの同意もあり情報交換が始まった。 

 話し合うのは、能力に目覚めたことによって生じた変化についてだ。


 まず始めに、個々に目覚めた特殊能力のことだ。

 『氷』や『雷』などの『自然』の能力に目覚めた実辰たち四人だが、共通点は他にも色々あった。

 個々の能力の物質や現象を、かなり自由自在に発生させることが出来るのだ。

 実辰の場合であれば氷の形や大きさ、日和の『雷』であれば電気の強さなどを変えることが出来るのだ。


 二つ目は肉体の変化のことだ。

 これについては個人差があったが、全員一様に身体能力が格段に上昇しているのだ。

 外見に変化はないのに筋力などが上がっているのは、どういう仕組みなのだろうか。

 また感覚も強化されているようだ。

 視覚や聴覚などの感覚がとても鋭くなっているのだ。


 三つ目は心にしか聞こえないはずの謎の声、イチヤの声が聞こえるようになったことだ。

 能力が目覚める前には全く聞こえなかったイチヤの声が、能力に目覚めた途端に全員に聞こえるようになった。

 つまり、トリガーは『能力に目覚めること』だったのだろう。


 以上の三つが、能力に目覚める前と目覚めた後の間に発生した違いだ。

 こうして見ると本当にとんでもないことになってしまった。

 最早人間の域を飛び出してしまっている。


 そうなると、全員が考えることは同じようなものだ。

 即ち、『この能力を何に使うのか』だろう。

 まあ、それについて心は既に答えを出しているようだが。


「あの……いくつか気になることあるんです」

「ん? 何だ?」


 茉菜が控えめに、だがはっきりと言う。


「気道くんに言われて私達は能力に目覚めましたよね。これって言われただけで誰でも目覚めるようなものなんですか?」

「いや、誰でも、じゃないだろうな」  


 茉菜の疑問にきっぱりと答える心。


「まず、俺がお前らだけにこのことを伝えたのは、お前らから俺に似たものを感じたからだ」

「似たもの? って何?」

 日和はそこが気になったのか心に訊く。


「正確に言えば、似たような『エネルギーの流れ』を感じたからだ。俺は『エネルギー』の能力だからな。そこんところ敏感なんだ」

『まあ、それを指摘したのは僕だけどね』

「おい、余計なこと言うなよ。格好つかねーだろ」

『事実じゃないか。僕が言わなければ気づいてなかったろ』

「そりゃそうだけど……」

 最初の言葉だけだったら心への評価は上がっていただろうに、イチヤの一言で心の評価はかなり落ちた。

 逆にイチヤの評価は上がった。


「つまり才能、みたいなものがあるってことですよね?」

 茉菜は質問を続ける。

「まあそうなるな」


「それに伴ってもう一つ疑問があるんですけど、気道君、と言うかイチヤさんが才能みたいなものに気付けたのが同じクラス内で三人もいたんですよね。それなら能力の才能がある人ってもっといるんじゃないですか?」

「それなんだけど、俺もお前らに気付いてから他にも探してみてみたんだ」

『でも、全く見つからなかったんだ。たったの一人もね』


「でも、それだと色々とおかしくないですか? 同じ教室に四人も才能を持っている人が集まってると考えてもそうですし、今朝の出来事も説明がつきませんよね」

「確かにな。何で同じクラスに四人も集まったのかはわかんねーや。今朝のほうも俺にはさっぱりだ。イチヤ、なんか分かるか?」

『うん、それについてだけどね。恐ろしく『エネルギー』の扱いが上手いね。心の得意分野であるはずの『エネルギーの察知』を掻い潜ってすぐ後ろまで迫っていた。とんでもない技量だよ』

「ああ、癪だけど認めるしかねぇ。完全に次元が違ったな、あれは」

 

 さっきまで『どこの誰かも分からないヤツ』なんて言っていたのに、凄い手の反しようだ。

 そんな心を呆れたように見る日和。

 イチヤも溜め息を吐いていたが何も触れずに続けた。


『今回は運よく見逃してもらったみたいだけど、本当に危なかったよ。『あれ』が本気を出したら僕達を一瞬で吹き飛ばすどころか、今いるこの校舎ごと消し飛ばすことさえ出来たはずだよ』


 それを聞いて実辰はゾッとする。

 校舎を消し飛ばすなんて芸当、今の実辰たちには到底出来ないだろう。

 しかし、あの圧倒的な気迫の持ち主ならば出来るだろう。

 むしろ、もっととんでもないことさえ出来るのではないだろうか。


 あの感覚はまさに『底が知れない』というものだった。


「そ、そんなに凄い能力だったの……?」

 青褪める日和に、心は首を振ってその言葉を否定する。


「違う、そんな生温いもんじゃない」

「え──?」

「能力なんかじゃないんだ、あれは。あれはただの『気配』だった」

 心の言葉に疑問符を浮かべる実辰たちにイチヤが説明してくれる。

『今朝の出来事、あれは能力による攻撃なんかじゃないんだ』

「じゃあそれは──?」


『あれは、それまで隠していた『気配』を一気に『開放』しただけなんだ』


「もしその『気配』が純粋に『強さ』を表すなら……」

 茉菜のその言葉に気が遠くなる実辰。

 つまり実辰たちは気配だけで圧倒されたのだ。

 あの気配が『強さ』を表すとすれば、今の実辰たちの遙か上の存在だ。


『気配を開放するなんて恐らく『あれ』にとって気まぐれでしかなかったはずだ』 

「気まぐれであれか……」


 イチヤの言葉に顔を顰める心。


『まだ分からないことも多い。正体や目的、どうやったらあんなことが出来るのかとかね。取り敢えず注意が必要だ』

 イチヤのいうとおり正体などは全く分かっていない。

 しかし分かったことも多い。

 例えば力を隠すことが出来るということ。

 そしてほかにも能力を持っている者がいるということ。

 これだけ分かったのは僥倖と言うべきだろう。


「最後に一つだけいいですか?」


 茉菜は更に続ける。


「これは私が一番不安に感じていることなんですか……」

 そこで茉菜は言葉を切った。


「ん? 何だ?」

 心は全く気にせずに聞く。

 茉菜は言いにくそうに言った。


「この能力を、何に使う──と言うかどう役立てるんですか?」

 それは、今朝実辰が心に問い掛けたものと同じだった。

 そして実辰はそれに対する心の答えを知っている。


「ん? そりゃ戦うためだろ」


 実辰はそれを一度聞いたいるため驚きは少なかった。

 しかし、日和と茉菜の驚きは大きかった。


「戦う!? あんた、自分で何言ってんのか分かってんの!?」

「えっと……どういうことですか……?」


 二人の反応を見ても心は気にせずに言う。

「戦うんだよ、誰かと。楽しそうじゃね?」


 それに対して日和は猛烈に反対する。

「いやいやいや! 楽しい訳ないでしょ!」


 一方、茉菜は冷静に心の言葉を理解しようとしている。


「もし、戦うというのが本当だとして、いったい誰と戦うと言うんですか?」

「さぁ、それはわかんないけど」

 心の適当な反応にがっかりしたような茉菜。

 それもそうだろう。

 実辰ももっとマシな返答を期待していた。


「それよりも、だ! せっかく全員目覚めたんだ。能力使おうぜ!」


 心がそう言った、そのとき。


 『あー、君たちがそういう考えに至るかもって危惧してたけど、本当にそうなるとはね』


 知らない声がそう言った。

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