【44】2006年6月8日 0:51・山頂付近・晴れ。輪(レン視点)。

「うぅぅ・・・、何か寒くなってきた」



6月と言っても深夜の山頂付近で薄着というのはいくらなんでも無理があった。はっきり言って山を舐めていた。というか、山頂付近に来るなんて思いもしなかったし、仕方のないことだけど・・・。




「でしたら、もうココでつけてしまったらいかがでしょう?」



ユアルに促された途端にゴクリと1回ツバを飲みこむ。この情けない条件反射はどうにも回避することができないらしい。



「そ、そうだね」


《数カ月ぶりだからか、ちょっと緊張するな》


「もし無理な場合は私が引きずり出しますので、いつでも仰ってくださいね?」


「う、うん分かった」


ユアルは爽やかな微笑みで恐ろしいことを平気で口にした。


「でも、大丈夫だと思う。今日はできる限り1人でやってみたいし」




「えぇ、もちろんです。危険な状況に陥ったりレンがギブアップしない限り私は何もしませんので思う存分やってみてください」



「ありがとう。じゃ、ちょっと集中させてもらうね」


「はい」



ユアルはそれっきり黙ってしまった。



《えーっとたしか、ユアルの説明では普段は四肢にパーツみたいなモノがバラバラに散らばっているから、それらを引き寄せて組み合わせるイメージだったけ?》



「アォォォォオン」


どこからか時折、猪なのか狼なのか鹿なのか熊なのか分からない獣の鳴き声が聞こえてくるが、私は意識をさらに集中した。そのうち周りの雑音が聞こえなくなるほどに。



《身体に散らばっているパーツをイメージ。あ・・・なるほど。異物として認識できてるみたい。たしかに、ある。少しずつ移動してる?》


私は右手を前へ突き出し、手の平を天に向けた。



《四肢から集まったそれぞれのパーツを今回は手の平を目標に組み合わせてみよう》


ズゾゾゾゾと異物が体内で蠢いている感じが脳にダイレクトに伝わってくる。


この感覚は決して気持ちのいいモノではなくどちらかと言うと不快だった。



「・・・ッ」


この不快な感覚に意識を奪われないようにさらに集中する。



「・・・・・・」


尚も異物が体内を移動する不快な違和感はありつつもまるで自分の中にある神経がジワジワと身体の至る所から外へ広がって、周囲を完全に覆っているような不思議な感覚に包まれた。



聴覚・嗅覚などの五感が一つにまとめられ細分化されておらず、かと言って一度に襲ってくる五感の波がそこまで不快でもなく、いつの間にか体内を移動している異物への不快さも薄れていく。そしてバラバラだったパーツ同士が互いに引かれ合いながら融合を始め組み上がっていくようなイメージがうっすら見えてきた。


それこそが合図だった。


《できた》


私は目を開けるとそれは音もなく右手に現れていた。


「ふぅぅ」


右手の数十センチ上をフワフワと宙に浮く物体。大きさは私の頭部より少し大きく冠というか兜というかそんな形をしたオブジェクトだった。




「・・・」


ユアルは何も言わずにそのオブジェクトをしばらく無言で見ている。


「ど、どうかな?」



私は恐る恐るユアルに感想を聞いてみた。



「レン。とっても良いと思います」


どうやらユアルのお眼鏡にはかなったようだ。


「気のせいかな?『魔天の輪』、数ヶ月前の形状よりちょっと変化してない?大きくなった?」



「確かに少し形状が変化してサイズも大きくなったと思います。レン、その魔創具は使用者とともに成長します。レンの成長と呼びかけに魔天の輪はその形状を以って見事に応えてくれたということですね」



「まるで生き物みたいだね」



「今はまだ慣れて頂くことを優先しますので難しいことは敢えて省きますが呼び出す感覚は忘れないでくださいね?」


「う、うん。分かった」


「それではレンそろそろ」


「・・・うん」


私は深呼吸を数回繰り返し気持ちを落ち着かせてから魔天の輪を頭に乗せた。




「んぐぅぅぅッ!!」


一瞬で視界がブラックアウトしユアルも景色も見えなくなった。



「うんぬぐぐぐぐぐぐ・・・ぅああああぁ」



まるで真上から強力な圧でもかけられているみたいに身体が重たくなる。とてもじゃないけど目なんて開けていられない。


後頭部が焼かれるように熱くなり瞼(まぶた)の裏にピカピカとついては消える火花のような光が煌めいている。穏やかな心とか善悪の判断といった理性が少しずつ壊されていくような感覚が鈍く脳内を駆け巡る。


それはやがて脳みそでは飽き足らず脳から全身に何かの生き物のように神経や血管を這って広がっていく。



「う゛う゛う゛!!」



とんでもない痛みが全身を襲い破壊の二文字しか考えられなくなる。それはまるで善を全否定されているような簡単に誰かを殺せるような、もっと言えば殺すというより『殺してあげなきゃ』という感情に染め上げられていく感じだろうか。そして『全てを破壊したい』という衝動がピークに達したとき、それまでの痛みが嘘のように消えて今度は全身に多幸感が満ちていく。



後頭部の焼かれるような激痛も消えそれと同時に理性も少しずつ戻ってくる感じがした。



「フゥゥゥ、フゥゥゥぅぅ。・・・この感じ久しぶり」


「レン?気分はいかがですか?」


「身体中に活力がみなぎる。幸せ。ただただ幸せ。早くアレがほし」


「フフフ。では、今回はどちらへ行きます?それもレンが決めますか?」



「そうだね、フゥゥゥ。惺璃(さとるり)市で問題起こすのはちょっとマズイから市外かな。フゥゥゥ、今回は隣の八恩慈(はちおんじ)市に出向いてみようかなって」



「良いでしょう。私はレンのあとを追っていきますからどうぞ好きな所まで私を連れて行ってください。どこまででもお供しますよ?」


「ありがと、ユアル。それじゃあ行こう」


ダムッ!!!



私は思いきり地面を蹴り上げると勢いそのままに手足の感触を確かめながら山中を走り始めた。山頂付近で見えた街並みは恐らく惺璃市の中心街だと思う。



あの中心街の光と平行に山中を突っ切れば隣の八恩慈市に出るはずだ。


「あッ!!!」



余計なことを考えながら走っていたせいか10メートル以上はある崖から足を踏み外して落ちてしまった。普通の人間なら骨折や最悪の場合、死んでしまうかもしれない。しかし、魔天の輪を装着した私はそのまま空中で体勢を整えて目に入った木の枝を掴み次の木の枝へと猿のように移動していく。




例え落ちてしまっても今の私なら特にダメージはないだろう。魔天の輪を装着中の私は人間なんて軽く超えた存在なのだから。さっきまで寒さに震えていたのが嘘みたいに身体が火照ってアツい。さすがに空は飛べないにしても深夜の真っ暗な山中を何の躊躇も恐怖心もなく全速力で走ったり飛び跳ねたりするくらいなら軽くやってのける。




《あぁ、この感覚がたまらなく好き。人間なんかいとも簡単に超越してしまうこの躍動感と身体能力に高揚感、全てが素敵》



私は勢いを殺さず、猛スピードで山中を爆走した。


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