【43】2006年6月8日 0:40・玄関・晴れ。無断外出(レン視点)。
階段を降りてユアルは玄関へ向かい、靴に履き替える。どうやらユアルは堂々と玄関から出ようとしているらしい。
私が階段を下りた頃にはユアルは玄関の扉を幽霊のようにすり抜けてさっさ出て行った後だった。まだその光景を見慣れていない私は大声をあげそうになるが、何とか自制する。私も置いていかれまいと急いで靴を履いて玄関をすり抜けた。
《やっぱりすり抜けられる。夢じゃないんだ、コレ・・・》
外に出た私はユアルの行方を探した。
「レン、こっちです!」
右方向10メートルくらい先から結構な声量で私に呼びかけるユアル。
「ちょっ!!」
慌てて自分の口を閉じる。ユアルのすぐそばに巡回中の護衛がいるのになんて大声を出しているのかと注意しそうになった。慣れてないといちいち心臓に悪い。
「大丈夫です、レン!護衛に私たちの存在を認識することはできません!さぁ早くこちらへ!!」
まさにユアルの言葉通りだった。巡回中の護衛はすぐそばで大声を出しているユアルなんか気にもとめていなかった。さっき聞いたユアルの言葉を思い出すと認識や干渉ができないというのはどうやら本当らしい。
私は足早にユアルに近づき尋ねた。
「これがさっき言ってた魔法の効力?」
「えぇ、今の私たちは他者からすれば認識も干渉も不可能な存在です。ですが、これは永続的ではないので早くこの場を去った方が良いでしょう」
「あ、だから急いでるんだ。・・・あ!ちょっと!!」
ユアルは裏山方面へと走りだした。私も後に続くがまったく追いつけない。スタイルが良くて頭も良くて運動神経も良くておまけに不思議な能力も使えるなんて、チートすぎる。どれか1つで良いから私も欲しいと思いながら必死にユアルを追いかけた。
しかし、私が1歩踏み出している間にユアルは3歩ほどあの長い脚で先に行ってしまう。当然スラッと伸びた脚なので歩幅も段違いだ。自分で短足だ申告してるみたいで気分が悪いがユアルを前にするとぐぅの音もでない。
気づけばユアルは柵の外で私が来るのを待っていた。私の家は高さ20メートルの鉄格子で囲われており、裏山方面には土砂などの防災対策として鉄格子に特殊素材のフェンスが張り巡らされているのだがユアルはそれさえも難なくすり抜けていた。ユアルの前ではお祖父様の防犯・防災対策も意味がないらしい・・。
護衛や柵を難なくすり抜けるユアルを見てちょっとした感動を覚えていると家を抜け出していた過去2回はどうだったのか気になった。
《たしかユアルが私の顔の前に手をかざして次に目が覚めたときは家からだいぶ離れた場所だったような気がする》
認識・干渉不可状態で私を担ぎながら家から運んでいたのかと思うと少しおかしくなった。数秒経ってやっとの思いで柵を一気にすり抜けユアルに追いつく。私はそのままユアルに声をかけようと一歩踏み出した。
ガサガサガサッ!
「あッ!」
突然、茂みから音がした。
茂みを通ろうとしたときにすり抜けることができず意図せず音を立ててしまったらしい。先程ユアルが言っていた『永続的ではない』という言葉を思い出した。
《時間切れってヤツ?》
「誰かそこにいるのかッ!!?」
「何だ!?どうした!?」
後方から護衛の叫ぶ声が聞こえた。叫び声に釣られて他の護衛たちも続々と集まってくる靴音が聞こえる。彼らに『動物が通っただけかもしれない』なんて先入観はなく、まず最初に不審者を疑うあたりさすがお祖父様の用意した護衛と言ったところか、侵入者側の気持ちになって初めて煩わしさが実感できた。
《ヤバイ!非常にマズイッ!!》
心臓の鼓動がドンドン早くなる。
どうすべきかユアルに判断を仰ごうとユアルを見ると、ユアルが素早く私のもとへやってきた。
「レン、失礼します!」
ユアルはそう言うと私を軽々と持ち上げてお姫さま抱っこをした。
「へッ!?」
お姫様抱っこなんていくら金持ちの孫でもなかなかしてもらう機会はなく、慣れてないので変な声を出してしまった。というか、普通に恥ずかしい。
「レン、絶対に暴れないでくださいね?」
「う、うんッ!」
私は何が起きるのか分からないので、ユアルに言われるまでもなくしがみついた。
「 クァドラピス 」
ユアルが何かつぶやくと一瞬周りの景色がグニャリと歪んだように見えた。
「・・・・・??」
パチパチと瞬き(まばたき)を数回する。数秒経っても特に何も起こらない。
ユアルと目が合う。
《どうしたんだろう。まさか失敗したとか?いや、ユアルに限ってそんなはずは》
「ね、ねぇ、早く逃げた方が良くない?」
私はたまらずユアルに尋ねた。
「もう大丈夫でしょう。ごめんなさい、レン。驚かせてしまって」
そう言いながら私を優しく降ろすユアル。
「え?え??大丈夫なの?だってまだ後ろに護衛が。あれッ!?」
後方をみると先程まであったはずの家と柵が跡形もなく消えていた。周りは木々しかなく護衛も見当たらない。
「・・・え?今まで住んでいた家や人生は幻だったってこと?」
「フフフ。いいえ、もちろん違いますとも」
「じゃ、じゃあこれっていったい何が起きたの?」
「そうですね。私たちが今いるこの場所ですが、家からだいたい車で20分くらいの所でしょうか?」
「家から20分!?しかも車で??それってつまり」
「お察しの通りです、レン。要するにココまで高速移動してきたということですね」
「ウソでしょ・・・」
「ホントです。私がこれまでレンにウソをついたことありましたか?」
「う、うぅん。たぶん、無いと思う」
「まぁ、『たぶん』ですか?ちょっと悲しいです」
自宅を出るときからココまでいくつかユアルのとんでも能力を見せつけられて、私はユアルに対してうっすら恐怖心を抱いているような気がした。
辺りを見渡すと空には雲がほとんどなかったが昨日の大雨せいで地面がグチャグチャのままだった。自分の靴を見てみるとすでに泥だらけになっている。
一時はどうなるかと思ったが取り敢えず、危機は脱したらしい・・。
「あ。アレって?」
自分の立っている場所から街並みが見下ろせた。それを踏まえた上でもう一度辺りを注意深く見渡してみると周りにはほとんど木々がなく、空が近く肌寒いことに気づいた。自宅は山の中腹よりもちょっと下に位置するのでユアルは一瞬で山頂付近まで移動してきたということになる。
《お祖父様を怒らせるのも怖いけど、ユアルはもっと怖そう。お金や生活、社会的ステータスとかどうでも良くなる『生命の危機』という意味で》
ユアルだけは敵に回さない方が良いと直感的に理解した。それは同時にユアルに生物として容姿も能力も全て負けを認めることでもあったが不思議と敗北感はなかった。
存在としての格が違うユアルに勝負を挑むのは生身で月へ行くようなものだと強く思い知らされた。
「あ、そうだユアル」
「はい、どうしました?先程の高速移動でどこか具合が悪くなりましたか?」
「違う違うそうじゃなくて。もしかしたら、効果が切れたときに防犯カメラに映っちゃったかもしれないんだけど・・・」
「あ、そんなことですか。大丈夫ですよ、レン。私が対応させて頂きますのでご安心ください」
「う、うん。お任せします」
ユアル先生がそう仰るのなら、きっと大丈夫に違いなかった。
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