第3話 初指導
「……さて、場所はこのあたりでいいか」
ファッジの武器屋でカイの装備を整えた後、私達は適当な宿で一晩を過ごした。
カイの帰郷のことを考えると、ルートの選定や旅に必要な物資の確保をしなければならないのだが……急ぐ旅でもないということで先に私からの初指導を行うことになった。
なったというか、これは単に私のわがままな部分が大きいのだがカイも指導を優先することに納得してくれている。
いい加減指導していたくてウズウズしていたので、指導にはより真剣に取り組むつもりなので許してほしい。
そういうわけで私達は街の近くの草原に場所を移していた。
「カイには昨日整えた装備を身に着けたままここまで来てもらったが、体力の方はどうだ?」
「うーん……PTの荷物を持っていた時の方が重量的には重かったので全然平気です」
「うむ、そうか」
荷物を背負いながら歩くのと重量のある盾を構え続けるのとではかなり事情が違う。
カイと同程度の運び屋にカイと同じ盾を持たせると、個人差はあるだろうが大半は途中で腕の負担に耐えられず盾を落とすことになる。
それを考えると、ケロリとしているカイにはやはり何かあるということになるだろう。
それがカイ個人特有のものなのか、山村に生まれ育ったもの故かは私には見極めることは出来ないのだが。
ともあれ今のところは、カイが盾を扱うのに十分以上の体力を持っていることを良かったと思うべきだろう。
「
空間魔術に収納していた指導用の木剣を解放する。
この木剣には空間収納の魔術だけでなく頑強化する魔術もかけられているため、木製とは思えない耐久力を持つ。
そのうえで与える痛みや重量は元の木剣のままなので、指導には最適というわけだ。
「カイ、君は盾を持って動くことは既に十分できているといえる。しかし実戦において盾をどう扱うべきか、その技術については全くわからない、そうだな?」
「はい、そうです」
「だがそれで構わない。今まで盾を扱ったことがない君がそうやって盾を苦も無く構えられている時点で、君は並の人間よりはよっぽど可能性があるのだからね。さて、まず最初にやることだが……カイ、盾を構えろ。構え方は君に任せる、不格好でも適当でもなんでもいいから君が思うままに盾を構えるんだ」
「……? わかりました」
カイは私の言葉の意図は図りかねているようだったが、言葉には素直に従い盾を構える。
その構え方は、剣を握る右半身を半歩下げ、盾が身体全体をカバーするように半身に構えていた。
身体には無駄な力が入っているようには伺えず、初心者としてはほぼ満点に近い。
「なるほど……どうしてその構え方を?」
「うまく言葉にできないんですけど……運び屋をやっている時後ろのほうから皆さんの戦闘を見てて、自分だったらどうしたらいいのかなってずっと考えてました。盾を使う人はいなかったのでなんとなくなんですけど、こうしたらいいのかなって」
勇者PTは才能に溢れる者達の集まりであり、その実力や連携は並のPTとは一線を画する。
つまりあのPTの戦闘には一流が集っているが故の合理性が詰まっていると言えるだろう。
それをカイは非戦闘職の身でありながらその戦いを観察し、その合理性を自分なりにかみ砕き、なんとなくという形ではあるものの自分のものとしたのだろう。
「とんでもない観察眼だな……」
「そうでしょうか、でも山で過ごしていた時から目は良いってずっと言われてました」
そういう意味の目ではない、ちょっとずれた返答をするカイの言葉を聞き流しつつ、どう指導したものかを考える。
全くの素人という点は依然変わらないが、重量の盾を扱うに足るだけの体力や身体能力に、言語化は出来ずでも一流のPTで学んだ戦闘における合理性をカイは持っていることになる。
となると単なる素人向けの指導をするのはあまりにももったいない。
今の段階でカイが持つ合理性というのはカイなりの理解でしかなく、そこに間違いがあれば私のほうで修正しなければならないだろう。
しかしこれは……少しばかり本気で指導した方が愉し、もといカイのためになるのかもしれない。
「よし、決めた。カイ、構えはそのままでいい。今から私はほんの少しだけ本気で君に向かって木剣を振るう。君はそれを防げ、方法は任せる。こちらの方で寸止めはするし、万が一当たるようなことがあっても木剣だからそう大したことにはならない」
「えっ……えっ?」
「では、行くぞ!」
カイの混乱が納まるのを待たないまま、木剣を大上段に構え踏み込み、振り下ろす。
シンプルかつ非常にわかりやすい一撃だが、迫力という一点においてこの攻撃には意味がある。
そのままカイに向かって木剣が振り下され――
「くうっ!」
キィン、と甲高い金属音と共に私の木剣が弾かれる。
大上段からの一撃の迫力、それは胆力のないものでは攻撃から目を逸らし身体を固まらせてしまうことになるだろう。
しかしカイは決して私の攻撃から目を逸らすことなく、木剣の軌道に合わせて盾を構えその一撃を弾いた。
やはり胆力に関しても並々ならぬものがある、しかしこれは今までカイと接してきていて既にわかっていたこと。
真価を図るのは二撃目――側面からの一撃。
先の一撃は弾かれたものの、弾き飛ばされたわけではない。
故に態勢を立て直すには一瞬あれば十分。
今度は剣を低く構え、素早く踏み込み身体の側面に向けて木剣を水平に薙ぐ。
「――――ッ!」
これも再び弾かれる。
一撃目を防いでなおカイの集中力は途切れず、その目は私を、そして木剣をしっかりと捉えていた。
これでカイの目の良さと、その目の良さについていけるだけの反射神経が備わっていることがわかる。
いくら目が良く、相手の攻撃を見切っていようとも身体が追い付かなければ見切ったはずの攻撃に対して為す術がないということ。
正面からの一撃の直後の側面からの二撃目の対応、これこそカイの盾に対する高い適性を意味している。
そして三撃目を、と構えた瞬間――――カイがこちらに向けて踏み込んでくる。
「はああっ!」
それはシールドチャージと呼ばれる、盾を用いた突進だった。
無論これを私は教えていないし、カイも今まで知らなかったのだろう。
シールドチャージというには腰の落とし方や重心の位置が合っていない。
つまりこれは、カイ自身が持つ合理性が導き出した防戦一方の状況を打破するための一手ということになる。
シールドチャージという技術をきちんと修めていれば有効な一手だったかもしれないが、カイのそれは迫力と重さが欠けている。
故に木剣を振り下せば、その突進を止めることは容易く――
「――――ここッ!」
木剣と盾が接触する瞬間、カイの盾が跳ね上がり木剣を弾き飛ばす。
……なるほど、最初から木剣を弾き飛ばすシールドバッシュが本命で、私がシールドチャージと見たものは単に距離を詰めるだけの踏み込みだったというわけか。
カイは上手く私の攻撃を防いでいた、おそらくあのまま続けていればもうしばらくはカイは防ぎ続けたことだろう。
だが、それまでだ。
反撃できなければ必然カイはジリ貧ということになる。
ならばどうにかしなければならない、カイはそう考えた。
その答えが私の武器を喪失させること――つまり盾で強引に木剣を弾き飛ばしてしまえということだったのだろう。
あの短い時間でそこまで考え、それを実行に移した。
憚らずに言うのであれば――それは末恐ろしい程の才能の原石だった。
とは言え、いくら才能の片鱗を見せようとも原石は原石。
木剣が受けた衝撃を殺すように、後方に向けて大きく跳躍し空中で一回身を捻って着地する。
発想は悪くないどころか最適解に近いものだったが、そもそもカイと私では力量差が離れすぎている以上こうなるのは仕方がない。
私が着地し態勢を整えなおしたのを見ると――カイはその場にべちゃりと汗だくで倒れこんだ。
「ハァ……ハァ……! すい、ません。体力はまだあるはずなんですけど、身体が、動かなくて……」
「……ああ、いや気にしないでくれ。これは全面的に私が悪い」
よく考えてみれば、いやよく考えなくとも、いくらカイが素人とは思えない立ち回りをしようとも根本的にほとんど戦いの経験のないド素人なことに違いはないわけで。
そんな相手に私はちょっと本気、つまるところ普通の人間はまるで体験したことのないような強烈な戦意をぶつけていたことになる。
カイも泡を食っただろう、初めての指導かと思えばいきなり緊迫した戦場に叩き込まれたかのような心持ちにさせられてしまったのだから。
プレッシャーに削られて体力が残っていようと身体が動かなくなるのは道理だ。
むしろ身体が動く限界を察したからこそ、三撃目が来る前に手を打とうとしたのかもしれない。
久しぶりのまともな、そして素人ながら想像以上の才能の感じさせるカイ相手に高揚していたのは自覚していたが、まさかここまでとは。
我ながら酷い、そう評さざるを得なかった。
ともあれ、カイが動けなくなった以上指導は一旦ここまでということになる。
「カイはそのままでいい、落ち着いて呼吸を整えろ」
「は、はい……すみません」
「気にするな、はっきり言ってカイには私が今まで指導してきた中でもトップクラスの才能を感じている。その才能に私が張り切りすぎてカイにいきなりやらせるには少々酷な指導となってしまったが……それをカイはクリアしたということだ。むしろ胸を張っていい」
「え……?」
「三回しか打ち合ってないのに、と思うか? 実際はその逆で私と三回も打ち合ったのだ。一撃目と二撃目を正確に防ぎ、三撃目に至って状況を打破するための一手を自ら仕掛けた。普通の素人じゃあ、こうはならない」
「……はい、ありがとうございます」
まだ疲労は隠せない様子だが、それでも私の言葉を聞いてカイは笑顔をほころばせていた。
「だがこれで素人から脱却したかというとそうではない。例えば盾を使った突進や弾き飛ばし、これを確かな技術として習得していれば先ほどの模擬戦ももっと違った流れになったはずだ。それに盾というのは正面から受けて弾くだけでなく、受け流すという技術も要求される。つまり君はまだまだ不十分であり――伸びしろがまだまだあるということだ」
そしてそのまだ足りない技術を埋めるのが私の指導者の腕次第、ということになる。
カイは心根が素直で人の話をよく聞ける、ということは指導の呑み込みもおそらくそれなりの速度になるだろう。
帰郷までという期間限定ではあるがそれでもメキメキ伸びるのは間違いなく、というかこれで伸ばせなかったらそれは私の落ち度だ。
「君の帰郷までの間だが……これからも指導は続けていくつもりだ。構わないか?」
「もちろん、僕からもお願いします」
カイという才能の原石と出会えたことは私にとって望外の幸運だが、そもそもカイにとっては勇者に恋人が寝取られたことがきっかけである。
そう考えると数奇な出会いというか、素直に喜んでいいものか迷ってしまう。
ともかく、カイが故郷に辿り着くまでの間全力でカイの指導に取り組むことが、唯一のカイに報いる方法だろう。
カイの目的が故郷に帰ることじゃなかったら正式に弟子として勧誘したかった、そんな思いを抱えながらカイに肩を貸し私達は街を目指して帰路についたのだった。
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