第2話 素質
「グレン殿、今回は本当に助かりました。はぐれのキラーウルフと言えど戦力も無しに襲われてはひとたまりもありません。魔物がほとんど見られない道故最小限の戦力しか用意していなかったこちらの失態です」
「いや、あの街道を利用するのであれば本来は十分な用意だったはずだ。いくらはぐれと言ってもキラーウルフがあの街道に現れるとは考えにくい。私が同乗していたのが不幸中の幸いだった。今回の件を考えるとやはり魔物の数が増えつつあるのは間違いないだろう」
「噂には聞いていましたが、やはりそうなのですか……」
はぐれのキラーウルフの襲撃以降、特に魔物に襲われることなく目的地であるリードの街に到着した。
その後この街の馬車便の責任者とコンタクトを取り、今回の件に関する話を行っている。
「もしかすると今後も似たようなケースが増える可能性は十分にある。私の名前をしたためた書状を用意した。騎士団に届けても無下にはされないだろう。街道の警備強化を試みてくれるはずだ」
「ありがたい、馬車便が安全に運行できないとなると流通にも影響が出ますので……。傭兵を護衛として雇うにも費用がかかりますし、危険度の高い魔物相手の仕事を受けてくれる傭兵となるとそもそも捕まえるのが大変で。それにしても……本当に報酬はこれだけでよろしかったので?」
「よろしいも何も、これ以上要求してはそちらの足が出るだろう。元より金銭に困っている身ではない。だが私がこの額面で護衛を行ったとなると相場にも悪影響が出る。お互いのためにも、今回の件は黙秘で頼む」
「それはもちろんでございます」
今回のキラーウルフの討伐とその後の哨戒に関して報酬を受け取ったが、本来私が警備依頼を受ける際の相場と比較するとかなり安い金額に抑えられている。
これは報酬の支払いを渋られたわけではなく、最初からこちらが相場よりかなり安い金額を提示したためだ。
たまたま同乗していたから受けられた緊急の依頼程度で相場並の報酬を求めていては、相手に大赤字を背負わせてしまうことになる。
かと言って赤字を嫌って私に動くことを求めなければ人的被害が出るというジレンマになってしまうので、こういった場合では相手に足が出ない程度の報酬だけを求めるようにしているのだ。
無論、正式な依頼で受ける際には相場通りの報酬を要求するのだが。
「代わりと言っては何だが、この手紙を届けるのを頼まれてもらえないだろうか。宛名通りに届けてもらうだけでいい」
「その程度のことであればもちろん構いません。馬車便の交通網を用いれば容易でございます。複数通預けていただければ確実ですが……」
「ああ、あらかじめ三通分用意している」
手紙の配達となると、紛失や馬車便の御者の盗難、そして今回のように魔物に襲われたりと、意図せずして届かないケースが起こりえる。
馬車便ももちろん商売なのでそういったことが起こらないよう最善を尽くすのだが、どれだけ最善を尽くしても起こるときは起こってしまう。
というわけで確実に届いてほしい手紙や書状などは複数通用意するのが定番なのだ。
「承りました。今回の件、本当にありがとうございます。たまたまグレン殿が同乗してくれていたのは幸いでした」
「何、こちらも務めを果たしただけのこと。それでは私はこれで失礼する」
そう言って後ろに控えさせていたカイと共に馬車便の事務所を出る。
私からすれば大した額ではないが、期せずして多少懐が温まったのも事実。
そういうわけで予定していた通り、カイの装備を整えに向かうことにした。
「その、本当にいいんでしょうか。いえ、装備がなければ鍛錬のしようがないというのはわかっているんですが……」
「それがわかっているなら問題はない。そもそも素人相手に業物を持たせる気は毛頭ない、君が少し運び屋として働けば賄える程度の装備を用意するだけだ」
ろくに武器を握ったこともない素人にいきなり良い武器を持たせても大抵の場合良い方向には働かない。
無論死地に向かうなどのケースでは用意できる限り最高の装備を整えるべきだが、こと鍛錬においては力量に見合った装備を持たせるのが一番だ。
そしてこのリードの街には私と面識のある武器屋があるので、都合がいいというのもある。
しばらく街を歩き、目的の店を見つけたため扉を開き中に入る。
「失礼する、店主のファッジはいるだろうか。グレンが来たと伝えて
……っと、久しぶりだな、ファッジ」
「……おいおい、グレンじゃねぇか! 久しぶりだなぁ、いつぶりだ?」
「最後に顔を合わせたのは、数年前に両手剣を用意してもらったときだったな。まぁその時用意してもらった剣は既に壊れてしまったのだが……」
「気にすんな、ウチは吊るし売りしかやってねぇしな。上質なものを用意はしたがお前の実力と見合ってたとは流石に言い難かった。繋ぎになってりゃ十分よ。今回は……後ろの坊主の装備か?」
「ああ、そうだ」
「カイと言います。グレンさんとは、前のPTでお世話になってました」
「前のPTって、そういやグレンお前、勇者のPTに……って、俺が詮索することでもねぇか。よし、ウチはオーダーメイドはやってねぇがその分品揃えは豊富なつもりだ。装備の希望は?」
私が苦い顔をしたのを察したのか、ファッジは勇者PTの話題を避けてくれたようだ。
吊るしの武器や防具だけで商売出来ているのも、この観察眼あってのものだろう。
ファッジという男は場の雰囲気や客が何を求めているのかを敏感に察することが出来るという特技があり、私が度々この店を頼りにするのはそれを知っているからだ。
「費用は全て私持ちだ。基本的に金に糸目はつけないつもりだが、カイはまだまともに武器を握ったことがない素人。粗悪品では困るが良質過ぎても困る。常識的な範囲で頼む」
「あいよ、それでカイって言ったか。装備の希望は?」
「とりあえず、盾と片手剣をお願いします」
「盾か、若いのに中々渋いチョイスだな。ちょっと待ってな」
そういってファッジは台車に店売りの盾をいくつか載せて戻ってきた。
「盾っつっても素人にはどんなもんがあるかわからねぇだろうからな。とりあえず品質は並の範囲で基本的な盾を持ってきた。端っこの小さいのから順に持ってみろ」
「わかりました」
カイが最初に手にしたのは、木製の小さな丸盾、バックラーだ。
「そいつはバックラー。軽くて扱いやすいし邪魔にもなりにくい。もちろん小さく軽い分純粋な盾としちゃ少々頼りないが初心者向けだな」
「なるほど……」
バックラーは小型な分、他者を庇うというより自身の身を守るような運用をすることになる。
となるとカイの希望からは外れるだろう。
その予想通り、カイはバックラーを台車に戻すと次の盾を手にした。
「? 思ったより軽い……」
「そいつは魔物の鱗を使った盾だな。頑強な割に軽いのが特徴だ。反面鱗が剥がれると強度が落ちるし、修繕には手間も時間も金もかかる。魔物の素材を使ってることもあって鱗の大きさにムラがあるから一枚の盾でも所々で手応えが変わってきたりするし、あんまり初心者向きじゃあない。グレンが面倒みるってんなら使えないこともないだろうが」
カイは鱗の盾を台車に戻すと、次の金属製のラウンドシールドをひょいっと軽く持ち上げた。
「ん、確かにこれは鱗の盾と比べると少し重いですね」
「お……おお!? そいつは鉄製のラウンドシールドだ、少しっつーかそれなりに重いはずなんだが……」
「そうなんですか? これくらいならほとんど気になりませんけど……」
そこらの若者に持たせればへっぴり腰になってしまうようなラウンドシールドを、カイはまるでバックラーを扱うように軽々持ち上げている。
勇者PTの運び屋を務めていたことを考えれば多少の重量がある装備でも問題ないと考えていたが……これは想像以上だ。
金属で出来た盾を重さも感じさせずに取り扱うカイの姿を見ていると、気分が高揚してくる。
カイの指導をするのは手慰み程度と考えていたが、もしかすると私は想像以上の原石を引き当てたのかもしれない。
「……ファッジ、ここに並べてある盾を下げてくれ。もっと幅広で大きな盾はないか? 重量は考えなくていい」
「そりゃあるにはあるが……まぁいい、持ってくる」
そう言ってファッジは店の表に置いてあるものではなく、店の裏から両手で抱えて一つの盾を持ってきた。
「持ってきたが……こいつは騎士が扱うような金属の大型の盾だ。多少の力自慢程度じゃ構えるのが精一杯でまともに扱えるもんじゃない。まぁこいつを扱えるんだったらそこらの魔物相手はほぼ完封できるだろうな」
カイを促してその大楯を持たせてみると……。
「確かに今までで一番重い盾ですけど、大丈夫です」
「おいおいマジかよ……」
やはりというべきか、カイは片手で軽々と大盾を構えていた。
無論、盾とはただ持てればいいわけではなく、それを持ち歩き、戦闘の際には相手の攻撃に合わせるように構えなければならない。
持ち歩くという点に関しては私の様に空間魔術の付与を利用するという手もあるが、戦闘の際に自在に盾を操れるかどうかはやはり重要となる。
つまりこの大盾を扱うにはかなりの筋力が要求されるというわけなのだが、カイはそれを既にクリアしているようだ。
思えばセリスも治癒魔術のほうにばかり目が向いてしまっていたが、彼女も旅の中で音を上げた様子をまるで見せていなかった。
クレアでも最初の方はスタミナが足りず休憩を求めることがあったのに対して、この二人はPT参加当初から体力面に秀でていたことになる。
となるとやはり山村出身の者には何かあるのだろうか……これはますますカイの故郷を訪ねる重要性が増したといえるだろう。
「ファッジ、盾はこれでいい。いくらだ?」
「金属製でデカイからそこそこ値は張るな。でもいいのか? 素人にこんなの持たせてよぉ」
「何、魔術が付与されているわけでもないただの重くて大きい盾というだけのこと。扱える筋力があるなら後は指導する私次第だ」
「そうか、んじゃ剣のほうと……革鎧くらいはサービスするぞ。値が張る割にウチの客層の需要にあって中々捌けなかったからな、そいつを引き取ってくれるんならウチとしても助かる。他には必要なもんはあるか?」
「革鎧をサービスしてもらえるのであればこれ以上は必要ないだろう、いきなり危険な魔物を相手させるつもりもない。ヘルム等は必要になったときにまた用意するさ」
「おう、それじゃ革鎧と剣の方を見繕ってくるからしばらく待ってな」
ファッジがそう言い残してその場を去ったのを見計らい、カイに声をかける。
「カイ、改めて聞くがその盾は扱えそうか?」
「えっと、持って振り回すくらいなら全然大丈夫です。上手く扱えるかはわかりませんけど……」
「技術面に関しては私の指導次第だからそこに関してはひとまず置いておこう。今のところは重量が気にならないなら十分だ。さて、それならカイはこれからその大盾を主に指導していくことになるわけだが……奇しくも、君の希望通りになったな」
「僕の希望、ですか?」
「ああ、誰かの前で守れるような戦い方、それが君の希望だったろう? その大盾は自身の身を守るだけじゃなく、前に出て味方を庇う戦い方を可能にする。無論それを実現するには敵の攻撃に合わせて自在に盾を操る技術や、常に最前線に立つて仲間を庇うための足腰の強さが必要になるが……少なくともこれで、君の希望は夢物語ではなくなった」
「……ッ!」
その言葉にカイは肩を振るわせ、顔を俯かせる。
あれほどのことがあったというのに私の前では涙一つ見せなかったカイだが、ここに来てそれも決壊したようだ。
涙を流せば多少は気持ちの整理もつくだろうし、下手に堪えさせるよりはよっぽどマシだろう。
これほど純朴で優しい青年の心を傷つけたあの二人に対して少なくない怒りが湧くが……、あの事件があったからこそ私とカイがこうしていられるというのは何とも皮肉な話である。
だがこうしてカイに道を示した以上、面倒を見るのが私の仕事であり義務だ。
しかしカイがこうして大盾を扱える姿を見せた以上、一番心配なのが私がカイに入れ込みすぎてしまうことというのは我ながらどうしたものかと思うのだった。
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