第1話 旅立ち
「グレンさん、ほとんど準備もしないまま馬車便に乗りましたけど、これで良かったんですか?」
「ああ、路銀は十分あるし手持ちの物資だけでも一つ先の街に着くまでくらいなら足りるだろう。それに……」
そこで一旦言葉を切り、そのまま続けるかどうかを思案する。
PTの運び屋と戦士を同時に欠いたフレイ達はしばらくあの街に留まるだろう。
それを考えると同じ街に滞在しながら旅の準備を進めるのはトラブルを引き起こす可能性が非常に高い。
幸いにも手持ちの物資だけでも一つ街を移動する程度なら十分賄えるため移動を優先したのだ。
問題は精神的なダメージが抜けきっていないであろうカイにそれを伝えるかどうかなのだが……。
「まぁ、あの街に留まり続けても要らぬ事態を引き起こしかねなかったから、という理由もある」
その言葉にカイはああ、と口を開く。
「すいません、気を遣わせてしまって……」
「何、君が申し訳なさそうにする必要なんてない。悪いのは向こうなんだからな」
やはり憔悴を隠せないようだ。
そもそもあれだけのことがありながら一日で立ち直るのが土台無理な話であり、ふさぎこんでいないだけ気丈であるのかもしれない。
とはいえ気丈であろうとそうでなかろうと、こちらが気を遣わないわけにはいかない。
「というわけで本格的な旅の準備や、カイの故郷に向けてのルート選定は次の街で行う。そのために馬車便の目的地も前の街より活気のある街を選んだからな。長旅の準備を整えるには申し分ないだろう。帰郷にかかる時間の見立てはあるか?」
「そうですね……元々路銀を稼ぎながらで半年ほどを見込んでいたのでそれよりは短いと思います。全力で切り詰めて最短を目指すなら一ヶ月でたどり着けるでしょうが、急ぐ旅でもないですし」
「ならば二ヶ月から三ヶ月を目安にするとしよう。お互い過酷な旅には慣れているが、ゆっくりとした旅はまた違ったものでね。きっといい気晴らしになる」
その言葉にカイは小さな声でありがとうございます、と返してきた。
彼の失恋に関して私に直接的な責任があるわけではないが、やはりどうしても罪悪感がある。
この旅がカイを少しでも立ち直らせてくれればいいのだが。
「気晴らしと言えば、カイは得物の希望はあるだろうか。剣、槍、斧、弓、その他一通り教えられると自負している。自身の適性を考えるのは後にして、とりあえず使ってみたいものは?」
「えっと……少し変かもしれませんが、盾を使える武器がいいな、と」
「ふむ、なるほど……」
意外というか、中々渋い選択だ。
若い男であれば希望が一番多いのが剣、リーチの長さを求める合理的な者は槍、力自慢の者は斧やメイス希望する傾向にある。
盾を使う以上片手は必ず割くことになるので、選択肢としては片手剣当たりが順当といったところか。
盾と片手斧を持つ者もいるが、その場合は大抵かなりの力自慢ということになる。
「盾の種類にもよるが、盾を使うとなると主武装は片手剣あたりになるだろう。それにしても、何故盾を?」
「それは……もし戦えるようになるなら、誰かの前で守れるような戦い方が出来たらって、ずっと思っていたので」
その誰かというのは……十中八九セリスのことだろう。
しかし彼女との関係が絶たれた今その名前を出せず、誰かと言い換えたというわけだ。
あそこまで手酷い裏切りを受けておきながらその善性を少しも失わない姿は、私には好ましく映る。
「私には盾の扱いに長けた騎士の友人がいるのだが……彼はよく盾は優しい者のためにあると言っていた。敵も味方も傷つけず、守ることの出来るものだからと。無論戦いにおいて武器を持たないというわけにはいかないから彼も剣を振るうことはあったのだが、それでも盾の扱いで名を上げたのはその思いがあったからに違いない。そういう意味では、君にピッタリと言えるな」
「あ、あはは……」
少々語りに熱が入りすぎたのか、カイは困ったように頬を掻いていた。
若い頃はともかく最近はこういったことは減っていたのだが……仮とはいえ久々の弟子ということもあって無意識の内に高揚していたのかもしれない。
しかし騎士か、カイの身体付きは筋骨隆々というわけではないがかなりしっかりしている。
穏やかで優しい性格も考えると、成長次第では清廉な騎士として一角の人物になり得るかもしれない。
……剣を握らせてもいないうちからこんなことを考えてしまうのは、我ながら中々重症だ。
あまりにも鍛え甲斐のなかったフレイのせいである……ということにしておこう。
「本当に少し指導してもらえればそれだけでも十分嬉しいです」
「そう言われても困るな。そもそも君を指導したいというのは君のためでもあるが、一番は私が君を鍛えたいからなんだ。言ってしまえばこれは私のわがままなのだから、君が恐縮する必要はどこにもない。もっとも、色々あって弟子を名乗らせるわけにはいかないのだが……」
これまで数多の人間を教え導いてきた私だが、そのせいで私の弟子というのはある種の名誉のようなものと化してしまった。
グレンの弟子である、と名乗るだけであのグレンに認められた者なのか、という具合に。
無論私が弟子だと認めた者たちなのだから皆誇れる弟子なのは間違いないのだが、そのせいで簡単に弟子だと認めてしまうと色々と困らせることになってしまう。
やっかみであったり、腕自慢の者に付け狙われたりと、面倒な事態に遭うことになるため、ただ指導するのと弟子だと認めるのは分けるようにしているのだ。
「とにかく気楽に私の指導を受けてくれればいい、初心者相手に特段厳しく指導するようなことはしない主義だ。次の街に着いたら片手剣と盾を早速見繕わねばな。おっと、これについては当然私が出す……っと、外が騒がしいな」
すると御者を務めていた男がこちらをのぞき込み声をかけてきた。
「すまん、はぐれの魔物が馬車を狙ってる! 安全な道ってことで護衛は最小限にしてたんだがこのままじゃ不味い。グレンさん、あんた程の戦士には不足かもしれないが報酬も出す。頼まれてくれ!」
「そういう事情なら遠慮する必要はない。報酬についても最小限で構わないさ、手持ちに困っているわけではないのでね。……それに魔物が普段見られない場所にまではぐれてきている、か」
勇者と同行した旅の中で多くの魔物や少なくない魔族を討伐してきたが、それでもここしばらくの魔物の出没頻度は増加傾向にある。
フレイは女癖こそ最悪だが魔王を討ち倒すことに関してはあまり心配しなくてもいい、勇者という肩書を背負っているのは伊達ではないからだ。
となるとPTを離れた今、フレイ達の手の届かないところで溢れる魔物の被害について考えるべきなのかもしれない。
「では被害が出る前に済ませてしまうとしよう。カイは前のPTと変わらず普段通りに立ち回ればいい。荷に関しては任せたぞ」
「わかりました、ご武運を!」
そう告げて馬車を飛び出す。
こちらの戦力は軽装かつ経験の浅そうな剣士が二人、それに対してはぐれのキラーウルフが7匹。
本来キラーウルフはもっと大きな群れで動く魔物であることを考えると、この規模でも少数のはぐれということになる。
それでも彼ら二人には荷が勝ちすぎているだろう、変に飛び出させてしまう前に蹴りをつけなくてはな。
「
その言葉を唱えると同時に私の眼前に
多数の武器を使いこなす私だが、どれだけ武器を使いこなせてもその武器が手元になくては何の意味もない。
倒した敵から鹵獲するという手もなくはないし実際そうすることもあるのだが、それを前提にするのは不確定要素にすぎる。
その解決策として、今握っている斧槍のように空間魔術を
武器の数だけ付与してもらうのは相当な費用がかかるのだが、仕方がない。
「君達、前に出すぎないように! 魔物は全て私が片付ける」
「はっ、はい!」
斧槍を選んだのはリーチに優れ、キラーウルフ程度の魔物であれば一撃で確実に屠れるだけの破壊力があるからだ。
剣や槍で一匹ずつ処理をしても傷一つ負わない自信があるが、彼我の戦力差をキラーウルフに悟られると後ろの二人や馬車狙いに切り替えかねない。
狼系の魔物は狡猾さに長けるため、はぐれの少数相手でも短時間での殲滅を心掛けねばならないのだ。
「さて、前に三匹、後ろに控えるのが四匹か」
どうやらはぐれであっても連携もなしに襲い掛かってくるわけではないようだ。
もたもたすれば後方の四匹が回り込んで裏を取る可能性もある。
ならばまずは前に出た三匹を片付ける――――
「――うおおおおッ!!」
キラーウルフの眼前に踏み込み、斧槍を一閃。
風を切り裂くように振るわれた斧槍は、まるで何の抵抗もなかったかのように三匹の魔物を断った。
それを見ていた後方の四匹が怯んだ様子を見せるが、こちらは既に再行動の準備を終えている。
「――――終わりだ!!!」
今度は二度、一振りで二匹屠り計四匹。
周囲を軽く見渡してもこれ以上の魔物の気配は感じられない。
たまたま私が同乗していたからよかったものの、下手をすれば人的被害も出ていた可能性があった。
魔物は命を絶たれると少しの時間をおいて身体が崩壊し消失する。
斧槍を収納し魔物の消失を見届けたところで、カイがこちらに向かってきていた。
「グレンさん! 討伐お疲れ様です、僕の方で再出発の準備は済ませました。休憩等の時間を詰めて短時間での移動に切り替えるそうです。それとグレンさんには目的地の到着までの哨戒を依頼したいとのことでした。報酬等の交渉は街についてからになるそうです」
「馬車便だからな、勝手に報酬を交渉できる権限を持った者がいないのだろう。私のほうから報酬を吹っ掛けるつもりはないから安心してくれと御者に伝えておいてくれ。命には代えられんだろうからな」
「わかりました」
戦闘能力が無いなりに勇者PTの一員だっただけあってカイの動きには卒がない。
護衛役だった二人の若者は顔を青くしているのに対して、カイの方は冷や汗一つかいていないどころか御者との簡単な交渉すら済ませていた。
ろくに戦う力も装備もない状態で魔物との戦闘が近くに起きていたというのにこの胆力というのは、慣れだけではない生来の気質だろう。
胆力があるというだけで戦いに対する適正はかなり違ってくる。
もしかするとカイは想像以上に私を愉しませてくれるかもしれない。
「……いかんな、カイは仮の弟子に収まる器だろうか。早いところ剣を握らせたくなってきた」
弟子と認めてしまえば当人に厄介ごとが降りかかるのはわかっているのだが、弟子と認めたくなるような才能と出会うことを願うことやめられないのは、きっと私の業なのだろう。
我ながら度し難いと、私は苦笑するのだった。
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