本編

プロローグ





「――――――つまり、運び屋の彼にセリス殿は釣り合わず自分の方が相応しいから身を引けといった、と」


「ああ、その通りだよ」


 溜息つきたい気持ちを抑えて眼前の青年を見据える。

 輝くような金髪、透き通るような碧眼、引き締まった肉体に極めて整った顔立ち。

 名前をフレイという、世界に唯一人の勇者であった。


「……しかし彼とセリス殿は同郷の幼馴染であり、既に将来を誓い合った恋仲だったはずでしたが」


「確かにそうだった、けど今は違う。セリスは僕と将来を誓ってくれた。今彼女と結ばれているのは僕だ」


 要するにそれは浮気だし、寝取ってるわけだ。

 そんな内心をおくびにも出さず、真剣な表情を保ち続ける。

 勇者とあろうものが間男か……と思わずにはいられなかったのだが。


「まぁそれは今は置いておきましょう。ですが何故追放を? 仮に彼とセリス殿の関係が解消されようとも同じPTの一員であることに変わりはないのでは」


「さっきも言った通り、相応しくないからだよ。このPTにはあらゆる一流の才能が集まっている。セリスだって天性の治癒魔術師だ。だけどあの男はただの荷物持ちでしかない。セリスとの関係が正式に切れた今、そんな役立たずをPTに置いておく必要はない」


「ふむ……では今後運び屋の役目はどうされるおつもりで?」


「運び屋なんて雇えばいいよ、少なくとも彼程度の運び屋くらいすぐに見つかるはずだ」


 流石に今後のことを何も考えてなかったわけじゃなかったようだが、しれっとここに至るまで運び屋の彼との関係が正式に解消されてなかったことをバラしてしまっている。

 本当に大丈夫か、と思わずにはいられなかった。

 確かにフレイという男は強く、凛々しく、一見勇者を体現したような男だ。

 世界を救おうという意思はしっかり持っているし、戦闘能力も申し分ない。

 だがまぁなんというか……言ってしまえば自己中でナルシストな面も非常に強い男でもあるのだ。

 勇者として申し分ない外面を持ち合わせているし、使命を果たすという点に信頼は置けるのだが、こと女性関係においては欠片も信用ならない相手である。


「待ってくれ、今回の件でセリスに落ち度はない。気持ちを抑えられなかった僕と、彼女を繋ぎとめることのできなかったあの男が悪い」


「勇者様……!」


 思わず白けた目でセリスという女を見ていたのを何か勘違いしたのか、フレイが弁明してきた。

 その言葉にセリスという少女が蕩ける瞳でうっとりしているの見て、苦虫を嚙み潰したような感覚に襲われる。

 確かにフレイという男は勇者という肩書を持ち、比類なき戦闘力と容姿を兼ね備える男である。

 またセリスという少女も山奥の田舎出身の少女と思えぬ容貌と治癒魔術の才を持っており、なるほどお似合いであると言ってもいいだろう。

 既に将来を誓い合った者がいる相手と浮気し寝取ったという関係でなければの話だが。


 正直なところ、運び屋の彼は哀れではあるし同情もするが仕方ないのは間違いなかった。

 フレイは酷く女性に優しい……というより甘い。

 加えてあの容姿に勇者という肩書だ、口説かれれば並大抵の女は惹かれるだろう。

 故にセリスの気持ちがフレイに移ろったこと自体にケチをつける気はないのだが……。


 そこまで考えていたところで、今まで堪えていた溜息を吐き出す。


 ここらが潮時だ。


「グレンさん……?」


「何故ですか?」


「何故?」


「フレイ殿とセリス殿が惹かれあったことに関しては私からは何もいうつもりはありません。恋心というのは燃え上がればコントロール出来ぬものなのでしょう。故にそのことに関して咎めるつもりはありません」


「グレンさん……!」


 その言葉を聞いたフレイは、ホッとした様子で胸をなでおろしていた。

 まぁ無理もないだろう。


 私の名前はグレン、このPTの一員であり戦士だ。

 近い将来復活するとされる魔王、そしてそれを裏付けるように跋扈する魔物と魔族、その討伐がこのPTに課せられた使命である。

 故にこのPTには勇者であるフレイを筆頭に、数多くの才能が集っている。

 その中でも私は最年長であり、戦いとなれば最前線で敵と向かい合い、平時では若き勇者を指導する役目を担っていた。

 PT最年長の男の同意が得られたのだと思えば、フレイが安堵する気持ちも理解できないわけではない。


 だがしかし、いい加減愛想が尽きていた。


「ですが運び屋の彼との関係を解消しないままに貴方達が気持ちを通じ合わせたこと、それは間違いなく浮気であり、そしてフレイ殿は間男ということになる」


「ち、ちがっ……フレイ様は悪くないの!」


「違いません。少なくともこれが客観的な事実であり、そして真実です。そうなりたくなかったのなら、どれだけ残酷な仕打ちであろうと先んじて運び屋の彼に気持ちが離れたことを伝え関係を解消し、改めてフレイ殿と関係を結ぶべきだった。違いますか?」


「それは……」


「けれど貴方達はそうはしなかった。私がいない場で彼を吊るし上げ、力不足を理由にしPTから追放した。こんなもの、どう見てもセリス殿の元恋人がPTにいるのは都合が悪いから体よく追い出しただけでしょう。私に事前に話を通さず、事後承諾を得ようとしている時点で後ろめたさがあるのは明白だ」


「……フレイが口を出すなっていうから黙ってたけど、あんたフレイのことをどこまで馬鹿にするつもり!? あの荷物持ちしかできない男が役立たずだったのは事実でしょ! あんなやつ追い出して正解よ、フレイとセリスが結ばれるべきだわ」


 横から急に口をはさんできたのは、クレアという弓使いの少女だ。

 魔弓を巧みに操る弓の才能の持ち主で、戦闘における勇者との連携には目を見張るものがある。

 案の定というべきかクレアもフレイの女であり、フレイの女の中でも特別フレイに入れ込んでいる部類の女だ。

 相手の言うことが正しくともフレイに都合が悪ければ烈火の如く怒りだし難癖をつけてくるため、ある意味フレイの厄介さと強烈なシナジーを発揮している。


 自然な成り行きではあるのだが、このPTのほとんどはフレイの女でありハーレムと言っても過言ではなかった。

 一夫多妻は禁止こそされておらず、誠実な関係であれば認められるし貴族ともなればそう珍しいことでもない。

 しかしフレイという男の場合は、生来気が多く容姿も飛びぬけているため、驚きの身の軽さで女と夜を共にする。

 その上中々責任を取りたがらず勇者としての使命という言葉でフラフラしており正式に関係を持った女は驚くべきことにゼロであった。

 厄介なのがそれを糾弾させないだけの肩書と実力に加え、ハーレムメンバーの追認である。


 つまるところ、このPT内においてフレイは絶対にして最優先されるということだ。

 その証拠に、声にこそ出していないもののクレア以外の女もグレンに対して糾弾するような視線を向けてきている。

 間違ったことを言ったつもりはないのだが……好いた男に文句をつけている以上仕方ないことなのだろう。


「勇者とあろうものが間男となっても、ですか? フレイ殿がやったことは勇者としてどころか、人として恥ずべき行いだ」


「あんた、まさか勇者であるフレイのやることに反対するつもり!?」


 クレアの語気は更に燃え上がり、既に彼女の目は私を敵認定していた。

 恋は盲目というがこの女はもはや妄信、フレイが無罪と言えば全てが無罪であり有罪であると言えば全てが有罪なのだ。

 恐ろしいことにこの気質はクレアが飛びぬけているだけであり、他の女も大なり小なり同様の気質を兼ね備えている。


 もはや真面目に相手にする気も失せたのでさっさと本題を切り出すことにした。


「反対も何もありません。今この瞬間を持って私はこのPTを脱退します。今までお世話になりました」


「……!? ちょ、ちょっと待ってくれグレンさん! 僕の指導はどうなるんですか? それにあの男とは違ってこのPTにはグレンさんのような戦士が必要だ!」


「違いません、既に私はこのPTにおいて十分に役目を果たせない。憚らずに言わせてもらえば私は私自身の戦士の実力を一流のものと自負しているが、あくまで一流止まり。超一流の戦士を差し置いて私が選ばれたのは教導役としての腕を見込まれたからです」


「そうだ、グレンさん以上に教えるのが上手い人は他にいない!」


「さて、それはどうでしょうね。私ではこれ以上フレイ殿を育て上げることは出来ませんので」


「……それは、免許皆伝、ってこと?」


 その言葉にどう答えたものか少し悩む。

 正直なところ初めからこの男のことを弟子だと思ったことは欠片もないので免許皆伝もクソもない。

 それでも十分私の教えを身に着けたのなら事実上の免許皆伝を授けることもやぶさかではないのだが、大前提として大きな問題があった。

 それを正直に伝えるか数瞬悩み、結局そのまま伝えることにした。

 どうせPTを抜けるのだし、これ以上気を使ってやる義理を感じられなかったからだ。


「違います。向上心のない者を鍛えるのは不可能だからです。向上心を引き出すことも教導者の役目に含まれますが、私には手に余る難題でした。フレイ殿に私の教えは初歩の初歩、子供でもわかるような基本の部分しか授けられていません」


「ッ! ふざけたこと言わないで! フレイはいつだって努力してるし、あんたとの修行を重ねて実際に強くなってたじゃない!」


「確かに強くはなってたでしょうね。勇者としての素質、豊富な魔力に高い身体能力とずば抜けた反射神経。それがあればあとは最低限実力のあるものとやりあっていれば勝手に強くなれます。その相手が私である必要はありませんので、フレイ殿が強くなったことと私の教えが身につかなかったことは矛盾しません」


 はっきり言ってフレイに剣の才能は皆無ではないが間違いなく並以下だ。

 聖剣の存在を考えれば剣以外の選択肢はないのだが、フレイが戦うなら獲物は剣だろうが棒だろうが大差はない。


 とは言え教導役を放り出すわけにもいかず今まで不本意ながら面倒を見てきたのだが、このフレイという男は戦闘において工夫というものをしない。

 そりゃ今までそれで負けてこなかったのだろうが、身体能力と反射神経のゴリ押しで純粋な剣技に関してはド素人並である。

 無論矯正は試みた、無駄骨だったが。

 というわけで努力しているということまでは否定しないが、成長はほとんどしていないというのが実情だ。


 私は優れた戦士であるという自負があるが、それと同じくらい、いやそれ以上に他者を鍛え導くということに誇りを持っている。

 そんなわけで教えたところで何も学ばないようなやつの面倒をこれ以上見るのは勘弁したいのだ。

 もっと言えばフレイという男の存在が自分の実力不足によって教導失敗したという象徴であるため、近くにいるのも正直嫌である。

 他ならぬ自分のために、一刻も早く新たな弟子を見つけ出し教え導く悦びを取り戻したい。


「PTに貢献できない役立たず、という理由で運び屋の彼を追放したのであれば私も身を退くのが道理です。ご心配なさらずとも、後任には私より優れた超一流の戦士が合流することでしょう。そして最後に、勘違いしてほしくないので言いますがフレイ殿は強いですし、これからも強くなれるでしょう。単にそこに私の教えは不要であるというだけのことです」


「け、けど……」


「私を引き留めるというのであれば、運び屋の彼も呼び戻す、ということでよろしいのですか?」


「…………」


「であれば、やはり私はただ今をもってPTを脱退させていただきます。……運び屋の彼は今後どうするか聞いていますか?」


「えっと、馬車便を乗り継いで山に帰るって……」


「なるほど、ありがとうございます」


 私の問いに答えたのはセリスだった。

 それにしてもこの女、引き留めなかったのだろうか。

 もう気持ちが離れた元恋人とは言え十数年来の付き合いまでなかったことにはならないだろうに……。

 少し待ってみたが言伝などを頼んでくる様子もない、中々薄情な奴だ。


 フレイのハーレムメンバーから矢のような視線を背中に受けながら、私は清々しい気持ちで勇者PTから離脱しその場を去った。






「グレンさん、どうしてここに……」


「PTメンバーの無礼を詫びなければ気が済まなくてね。もっとも、私もPTを抜けたので元PTメンバーということになるかな」


 翌日、馬車便の待合所に張り込んでいると運び屋の彼が姿を現した。

 やはりというべきか目の隈が濃く、憔悴を隠せない様子だ。

 将来を誓い合っていた可憐な幼馴染が寝取られたのだから無理もない、むしろ一晩で動き出せるだけ上等というものだろう。


「さて、思えば後方にいる君と面と向かって話すことはなかったな。元同僚として情けない限りだが、改めて自己紹介をさせてもらえないだろうか。私の名前はグレン、もっとも君は既に私の名前を知っているようだが……」


「気にしないでください、僕が後ろの方で荷物持ちばかりしていたんですから戦士としてだけじゃなく、PT最年長としてみんなをまとめていたグレンさんが僕と面識が薄いのは仕方ないんです。……えっと、僕の名前はカイです、呼び捨てで構いません。それにしても、グレンさんもPTを……?」


「ああ、君を役立たずだという難癖をつけてPTから追放しただなんて聞かされてね、役立たずは私も同じだと言ってそのままPTを抜けてきたのさ。本来ならあんなことになる前に私が介入しなければならなかったのだが、情けない限りだ」


 実際問題、あんなことが起こる前に私が軟着陸できるよう動かなければならなかった。

 フレイの影響でPTの平均年齢が若く年齢が高めの私に仕事が集中していたのもあって事前に事態を把握出来なかったのだが、結局のところそれは言い訳に過ぎない。

 というわけで偽らざる私の本心を告げたのだが、カイは首を横に振って苦笑した。


「違います。僕はセリスの気持ちを繋ぎ留められなかったんです。何があってもそばにいるつもりで今まで旅についてきていましたけど、僕がそばにいたかっただけでセリスはそうじゃなかった。それだけのことなんです。それに勇者様は立派な人だから、セリスもきっと幸せになれます」


「カイ……」


 勇者PTの旅は過酷なものだ、基本後方に控え戦闘に参加していなかったとしても常人が生半可な覚悟で同行できるようなものではない。

 それだけ幼馴染のことを一心に想っていたのだろうと思うと、非常に心苦しくなる。

 しかも浮気され寝取られた上でなお幼馴染の幸せを願っている姿は、思わず君の方が勇者より何百倍も立派な男だと言いたくなるものだった。


 その姿を見て、彼の告げるべきかどうか迷っていたことを胸に秘めておくことを決意した。

 それは、多数の美女美少女を侍らせるフレイだがどんな女もフレイにかかれば……というわけではないのだ。

 むしろ、いわゆる『イイ女』であればあるほど、フレイとの相性は悪い。

 見てくれに左右されず、しっかりと芯の通った女性はフラフラと女を侍らせるフレイに惹かれることはまずない。

 もちろん勇者という肩書とその容姿をもって、誠実に口説けば可能性は十分あるのだろうがそんなことが出来る男ではない。

 どんなに好みの女がいても自分に興味を持ってくれなかったり、誘いをかけてもあしらわれると途端にヘタレて簡単に身体を許してくれるハーレムメンバーに逃げ出すのだ。


 つまるところ、フレイにコロっと転ぶような君の幼馴染は大した女じゃないというのが個人的な所感なのである。

 私にカイを気遣うような言伝を頼む様もなかったのがそれを裏付けている。

 しかしそれを告げるのは簡単でも、それを告げたところでカイは救われるどころか余計に傷つきそうなのでこのことに関しては一生胸にしまっておく。

 どうせカイくんがあの女と再会することもないだろうし、素晴らしい女性との出会いに恵まれるよう祈らずにはいられない。


「ンンッ、それで本題なのだが……カイは着の身着のまま追放されたと聞いてね。こんなもので詫びになるとはとても言えないがこの路銀を受け取ってほしい。君の故郷に辿り着くのに十分な量のはずだ」


「そ、そんな大金受け取れません! それに、グレンさんに謝られることなんてないですよ、悪かったのは僕です」


「元々PTを脱退する際にはPTのプール資金から脱退金を出す取り決めだったんだ、それを曲げて君を追い出したことを謝らなくていいなんてことはない。これを君に受け取ってもらうことが、あのPTに所属していた私の最後の仕事だ。多少無駄遣いしても余るくらいはあるだろうから、余った分は慰謝料とでも思って受け取ってほしい」


「……路銀を頂けるのはありがたいですが、それでも多すぎます。ギリギリ足りる分だけ頂ければ結構です」


「中々君も頑固だな、一人旅は何があるのかわからないのだから路銀はいくらあっても困らないというのにギリギリと言われてもこちらが困るのだが……ならこれはどうだ、君がこの路銀を受け取る必要はない。その代わり君の帰郷に私も同行させてほしい、費用は当然全部私持ちだ」


「グレンさんが僕と、ですか?」


 その言葉にカイは呆けた様子を見せると、首を手をブンブンと振り始めた。


「そっ、そんな駄目です! グレンさんの指名護衛依頼なんてその路銀が10倍あっても賄えませんよ!?」


「指名護衛依頼だなんて大層な話じゃない、単に君の故郷に私が興味があるのさ。だから私とたまたま向かう先が一緒になっただけだと思ってくれればいい。何なら案内役として私から君に依頼したいくらいだ、運び屋の経験がある君なら任せられる」


 その言葉にカイは顎に手を当て思案する様子を見せる。

 中々納得する様子を見せてくれなかったが、私から依頼するという言葉でようやく気持ちが傾いたようだ。


「……わかりました。グレンさんの目的地が僕の故郷であるというのなら、僕に案内させてください。正直な所、道中で路銀を稼ぎながら時間をかけて帰るつもりだったので馬車便の費用を負担してもらえるのはとても助かります。それにしても、何故僕の故郷に? のどかで落ち着いた雰囲気の村で僕は大好きな故郷ですが、わざわざ見に行くほどのものはありませんよ?」


「そうだな、君には理由を話しておくべきだ。と言っても大した理由じゃない、これは君の故郷に限った話ではないんだが、標高の高い山の村出身の人間は身体能力に優れるという話があるんだ。ただ山の村に生まれた人間の大半は村を出ることが少ないから、たまたまなのか出身の影響なのかが断定できなくてね」


「そうなんですか? すいません、僕にはそうなのかは断言できないです」


「気にしないでくれ、それを確かめに行きたいというのがそもそもの目的だからね。実際に行ってみることでわかることがあるかもしれない」


「それはもしかして新しいお弟子さんを探して、ですか?」


「固執するわけじゃないが、可能ならそうしたいと考えている。山村出身の者達の身体能力やスタミナはやはり魅力的だ、戦士として鍛えるとどうなるのかはものすごく興味がある」


 私は戦士として一流の自負があるが、戦いについて教え導く者としては自他共に認める超一流だ。

 それでもフレイについてはお手上げで情けない限りなのだが、それでも過去の実績までなかったことになるわけではない。

 今まで鍛え上げてきた者達は私の成果であり自慢だ、中でも弟子だと認めた者たちは皆素晴らしい才能を開花させている。


 友人にはよく他人を鍛えることのどこが楽しいのかと言われるが、私にとってはこれ以上の愉しみはない。


「グレンさんに目をかけて貰える人は幸運ですね。グレンさんの指導は千金に値するとよく耳にします」


「ああ、それは違う。とある王族が息子を指導しろとうるさいから依頼料を吹っかけただけだ。そうすれば引くと思ったんだが耳を揃えて用意されてしまってね……。それで仕方なく指導してみたら、才能は並よりやや上くらいのものだったが指導には真面目かつ素直に従い、教えをよく聞く子でね。最終的には立派になり弟子だと認めたんだが、その話が噂になって広まってしまったというだけの話だ」


 生活のためにそれなりの金銭を対価に指導を行うこともあるが、これはあまり愉しくない。

 指導をするのであればやはり私自身が興味を持てた者であることが当然望ましい。

 世のためと思い仕方なく勇者を指導していたが、結果的には時間をかなり無駄にしてしまった。


「さて、それじゃあ君の帰郷に同行させてもらうことに関しては納得してもらえたかな。言っておくが費用は全て私負担だ」


「わかりました。でもせめて荷物に関しては僕に任せてください、これでもPTの運び屋だったので」


「それが君の望みだというのなら構わない」


 それにしても、意外というべきかやはりというべきか眼前の青年の体付きはかなりしっかりしている。

 いや、考えてみれば今までの旅の中で運び屋として荷物を任されながらPTに遅れることなくついて来れたのだから体力面に関してはかなりのものであるのが自然だ。

 しかしそう考えてみれば……。


「カイ、帰郷の間私の指導を受けてみるつもりはないか? 無論、無理にとは言わないが」


「えっ、僕がグレンさんの指導を!?」


「ああ、何もいきなり弟子に取るというわけじゃない。道すがら私の手慰みに付き合ってほしいだけだ。指導もあまり踏み込んだことまでやるつもりもないし、カイは身体能力の割に戦う術を学んでいるようには見えないからね。少し剣の構えや振り方を学ぶだけで、身を守るには十分な力が得られるだろうし、お互い悪くないと思うんだが」


「僕が一方的に得するだけだと思いますが……」


 カイは少し顔を俯かせたと思うと、しっかりと私の目を見据えながら口を開いた。


「僕に返せるものは何もありませんが、お願いします」


 もし僕に戦える力があったら、なんて意味のない後悔なんでしょうけど。


 そうカイは苦笑した。


 考えても見ればこの青年は昨日恋人に手酷い裏切りを受けたばかりだ。

 彼のためにもなるという体ではあるが根本は指導したいという私のエゴに過ぎないにも関わらず、そのことを想起させてしまったのは酷く申し訳ない。

 謝るべきかとも思ったが藪をつついて蛇を出しては元も子もないので、この件に関しては指導する過程で返していこう。


「それでは君の故郷に辿り着くまでの間、よろしく頼む」


「は、こちらこそよろしくお願いします」




――――――こうして私は、期せずして最高の弟子と出会ったのだった。




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