第4話 故郷
「――それで、カイの故郷の村までは最短で1ヶ月という話だったか」
「はい。でも馬車便の時間や天候にも左右されますし、相当無理をする前提です」
「となると2ヶ月で見込んでもやや急ぎの旅になるか、であれば3ヶ月弱程度で考えるとしよう」
指導を終えた後、私はカイと共に宿に戻り今後の予定について話し合っていた。
元々この旅はPTから追い出されたカイに同行する形で始まった、行き当たりばったりで決まった旅。
当然方針や予定に関しては未だ決まっておらず、これから決めなければならない。
「ただ僕の故郷……ヘリク山の村は本当に辺境にあるので、その方面に向かう馬車便の数も少ないですし直前で足止めを食うかもしれません」
「可能な限りは馬車便で移動するにしても、途中からは借用馬車に切り替える必要がありそうだな。その場合御者も探す必要があるだろうが、まぁこれも何とかなるだろう。私の人脈の広さに関しては自信がある」
若い頃から戦士として名を上げていたのは伊達ではない。
勇者PTの一員として認められるだけの名声や実力を以前から持っていたからこそ、加入が認められたのだ。
もっとも、今現在の勇者PTの構成は大半が勇者であるフレイの取り巻きなのだが……。
しかし彼女らの実力や才能が確かなのもまた事実、道義的にどうなのかをさておけば勇者PTの名に恥じないだけの実力あるPTである。
「特に馬車便に関しては伝手が豊富だ。全行程は難しくとも大半は馬車便頼りで移動できるだろう。もし今後もはぐれの魔物が増加していくのであれば便数も減るだろうが、私が護衛を買って出れば大した問題にはならない」
「はぐれの魔物ですか、そういえばキラーウルフのはぐれは珍しいですよね」
「ああ、はぐれと言えばほとんどがゴブリンやコボルドの類だからな。キラーウルフほど危険な魔物がはぐれで現れるのはあまり見かけない」
そもそもはぐれの魔物というのは、生息域における縄張りからはじき出された魔物達のことだ。
つまり魔物の中でもヒエラルキーが低い魔物がはぐれになりやすく、脅威度の低いコブリンやコボルドの中でも更に弱い個体がはぐれの大半を占める。
逆にキラーウルフは群れ意識が強く狂暴、体長こそ大きくないものの鋭い牙を持っておりどちらかと言えば他の魔物を生息域からはじき出す側に数えられる魔物と言えるだろう。
群れ内での抗争に敗れたキラーウルフがはぐれとして現れた可能性もなくはないが、それにしてはあのキラーウルフ達は傷を負っている様子はなかった。
それを考えるとやはり、キラーウルフの生息域により強大な魔物が現れ争いが起こり、群れが壊滅した中での生き残りがはぐれとなったと見るべきだろう。
「キラーウルフがはぐれとして出てきた以上、キラーウルフの縄張りを荒らした魔物が近辺に潜んでいる可能性がある。が、あまり大した問題ではないな」
「そうなんですか?」
「キラーウルフの縄張りを荒らすのはゴブリンやコボルドでは難しい。大方肉食で他の魔物を捕食することが多いオークの仕業だろう。あるいはかなり可能性が低いがオーガやゴブリンの上位種の可能性もあるが……いずれにしても私の敵ではないからな」
戦士として私の上を行く者は数少ないが存在する。
それはつまり私より明確に上に位置する戦士は極少数ということだ。
油断をするつもりも傲慢になったつもりもないが、多少強大だとされる程度の魔物如きに苦戦はしない。
多対一を強いられても問題なく対処できるだろう。
「問題は積極的に動くか、消極的に動くかだが……」
「どういうことですか?」
「積極的というのははぐれのキラーウルフの情報を元に、こちらから近辺の魔物の生息の調査に協力し縄張りを荒らす魔物を特定し撃滅すること。どの道この街が主体となって近いうちに調査チームを派遣するだろうが、私の名前を出せばそれに参加するのは簡単だろう。後はその魔物を撃破し安全を確保した上でこの街を発つ」
「あ、じゃあ消極的っていうのは……」
「直接的に魔物の調査や討伐に関わらず、準備を整え次第街を発つという方針になる。その道中ではぐれの魔物に襲われれば迎撃するし、もし件の魔物と遭遇することになればその場合は討伐するよう動く。何もなければ何もしない、ということだな。特に理由がなければこちらの方針で動くことになるだろう」
「そうですか……」
そう言ってカイは顔を俯かせた。
確かに私が出れば魔物の討伐はかなり少ない被害で終えることが出来る。
カイ自身はそうなってほしいと考えているのだろうが、その場合戦うのはカイではなく私だ。
私にとってはそう危険なことではないのだが、カイからすれば自分の優しさのために私に手間や危険を強要することはできないに違いない。
しかしそれは、あくまでカイの都合だ。
「カイの考えていることはおおよそ察しが着く。危険な魔物がいるかもしれないのに、それを見過ごしたくはない。しかし自分じゃどうにもできない以上、私にそれを押し付けるわけにはいかない。そんなところだろう」
「……はい、そうです」
そう言ってカイは唇を噛む。
いくら盾と剣を手に入れたとはいえ、まだそれを扱えるだけの技術はほとんど身につけられていない。
おそらくある程度戦えるだけの実力を身に着けていれば、カイは躊躇いなくそう動いただろう。
カイは私に頼るということと、私に押し付けること、優しさと独善の違いを理解している。
故に動けない、であれば。
「――だが本当にそれでいいのか? 君は今回のことを見過ごしたくないと思っている、その思いを無視して後悔はしないか?」
「ッ! それは!」
「カイ、これは君の旅だ。言ってしまえば、私の都合など関係ない。寄り道をして帰郷までの時間が長くなろうとも私は構わないんだ。一刻も早く帰郷するのか、自身の思いに従って時間を割くのか、それを天秤にかけるのは君なんだよ」
期間限定の師匠とはいえ、師匠は師匠。
弟子の背中を押さずして、どうするというのだ。
「いいか、カイ。これは小さな選択だ。君が危惧しているほど今回の件は大きな問題じゃない。私が出ればほとんど被害がなく解決できるだろうし、仮に私が出なかったところで調査は行われ、必要なだけの戦力が集められ結局魔物は討伐される。結果は変わらない」
「……それなら、グレンさんが動く必要はないんじゃないですか?」
「そんなわけないだろう。見くびってもらっては困るな、期間限定かつ仮とは言え私は君の師匠だ。弟子の気持ちを汲み取ることもしないなんて怠慢でしかない。君がそうしたいというのであれば、私はそれを最大限尊重する。当たり前のことだ」
「僕が、どうしたいか……」
「そうだ。さっきも言ったが、これは小さな選択でしかない。結果は変わらない、変わるのは私達が動くかどうか。だが結果は変わらずとも、君にとっては重要な選択だ」
短い付き合いだが、カイという青年の持つ優しさは並ではないことは既にわかっている。
時として自らを苛みかねないその優しさだが、それは人として、そして盾使いとしても大きな美点だ。
その優しさを正しさという檻に閉じ込め押さえつけてしまうくらいなら、正しさなんて無視してしまえばいい。
「まだはぐれのキラーウルフが確認されてからほとんど時間は過ぎていない。調査チームが組まれ動き出すにしても、数日はかかるだろう。だからカイ、君には選んでもらう」
まずは指を一つ立てる。
「一つ目はこの事態に積極的に関わらず、街を発つこと。当初の方針通りに動くということだ」
そう言って、二本目の指を立てる。
「そして二つ目が――件の魔物の討伐に積極的に関わること。もしこれを選ぶのであれば事態の解決に私は全力で臨む。被害は最小限に、かつ最短で終わらせることを約束しよう。だがカイ、その場合君には一つ条件を付ける」
「条件、ですか」
「ああ、私達がいくら今回の事態に協力して動くにしても、実際の動き出しまでにはどうしても数日かかる。先んじて私達が単独で動くのは非効率的すぎるのでこれはできない。となれば数日時間が空く。その数日間で当初予定していた簡単な指導という枠を外れ、君には本格的な指導を施す。実際に魔物の戦闘に同行してもらい、その際に足手まといにならないように」
「僕が、戦闘に!?」
「そうだとも、私が勝手に動いて勝手に事態を収拾して君は納得できるのか? そうじゃないだろう、君が戦うための力を望んだのは、自ら動くためだ。ならばどれだけ貢献が小さかろうと、君自身が動かねばならない。そのためには付け焼刃だろうと急ごしらえだろうと、戦うための実力が君には必要になる。無論、当初予定していたものよりずっとハードな鍛錬になるが……その覚悟が君にはあるか?」
卑怯なようだが、数日前に負ったばかりのカイの傷を利用する。
何もできなかった、自分は見ていただけ、その思いはカイ自身が持つ優しさと相まって、かなり深い傷となっているだろう。
だからそこを突く、ここで動かねば後悔するぞ、と。
これは儀式のようなものだ。
以前の自分とは違う、戦う力のなかった自分から脱却し自分の思うままに行動していいのだという自信を得るための。
勇者PTの運び屋でしかなかったカイから、カイという個人になるための。
ほんの少しの、小さな選択。
それでも、カイにとっては大きな意味を持つ選択だ。
だからこそ――
「――――やります、やらせてください!」
――私はその決断を、とても嬉しく思う。
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