だって落とすんだもの

 憧れだった教職に就いて二年。


 彼女は今、教える喜びに打ち震えている。


「せんせー、きいてもいい?」

「ええ、何でもどうぞ?」


 とある小村の片隅。小さな家屋にあどけない声が響く。

 

「まものさんはどこからくるの~?」

「それはね、怖~い魔王が創り出してるんだよ」


 最近になって興された、小さな村だ。都市と都市の交易の中継点となる事を期待され、少数の移民が移り住んで拙いながらも村の体裁を取るようになった。


 交通の要所という事でギルドから冒険者が数人派遣され、魔物や盗賊対策は万全。治安はかなりいい。頻繁に交易商が立ち寄る為物資も豊富で、小村とは言えかなり恵まれた環境と言えるだろう。


「まおうさん? まおうさんってどんなひと?」

「人じゃなくて……う~ん、とにかく怖いの!」


 そして、村に住む数少ない子供の成長に伴い、外部から教師を招いて勉強を教える事になった。その教師が、彼女だった。


 と言っても、教える子供はたった二人で、まだまだ幼い。簡単な読み書きや計算を教えるくらいで、もっぱら二人とお喋りする事が彼女の仕事となっていた。


 無邪気な質問に、分かりやすい答えを返す。ただそれだけの事がとても難しく、だからこそやりがいがあると彼女は考えていた。だが、


「じゃあ、まものさんってたおしたらおかねをおとすんだよね? どうしておかねをもってるの? まものさん、おかねなんてつかわないのに~」

「そ、それは……」


 この女の子、ジュン・シンムクはたまに難しい事を聞いてくるのである。


 はっきり言って、答えなど無かった。言ってしまえば『魔物を倒すと何故かお金を落とすのが当たり前』なのであり、そこに理由を求めても仕方なかったから。研究者ですら、そこの解明を諦めたらしい。


 だが、『分からない』と返すのは教育者としてやってはいけない事だ。彼女は数秒唸り、ぴんと人差し指を立てる。


「きっと、持ってるんじゃなくて、倒した魔物がお金になっちゃてるんだよ。魔物が宿している魔力が、こう、不思議な力でお金に」

「であれば、一つ疑問点が生じる事になります」


 わりと説得力の会心の返しだと思っていた彼女に、研ぎ澄まされた声が突き刺さる。


「その論理に基づけば、魔物を倒せば倒すほどお金が生成される事になりますが、それが続けば無限にお金が増え続け、いずれ溢れかえる事になります。それは貨幣価値の暴落にも繋がるのでは?」


 彼女は言葉を詰まらせる。この少年、ガリベ・ンコゾウの存在をすっかり忘れていたのだ。


 ジュンの一つ年上……のはずなのだが、言葉遣いがもう子供のそれじゃない。聞けば物心ついた時から知識欲が強く、村の大人達から手当たり次第に本を借りて読み漁っていたらしい。


「それと、冒険者の方からお聞きしたのですが、同じ種類の魔物からは同量のお金、そして経験値と呼ばれるものが得られるそうです。闘いの経験が数値化されたモノらしいのですが、先生はそれについてご存じでしょうか?」

「え、えぇ……まぁ、一応は」


 彼女は力なくそう答えるほかない。この子の知識欲に応える自信が日々すり減っていく、そんな毎日だ。

 

 種類こそ違えども、好奇心と探求心の塊である二人。都市部の子供達はもっとこう、年相応に子供だったのに、どうしてこうも違うのか。


「魔物との闘いで得られる経験は、数値化が可能なのか? また、経験値の蓄積により強くなるのは分かるとして、それがある一定の値を超えると飛躍的に強くなるとされるのは何故なのか? 僕達はこの辺りについて考えを深めるべきだと思いますが、先生はどう思いますか?」

「ガリベくんのいってること、よくわかんないよ~」


(うん、先生も良く分かんない。言ってる意味が、じゃなくて、なんでこんな小難しい事をこの年齢の子が考えているのか、だけど)


 思わず心中でぼやいてしまう彼女。だがすぐに思い直す。


 この子供達の満足する答えを導き出せずして、何が教育者か、と!


「……よっし、分かった! 今日はとことん魔物の生態について考察しよう! まずは、同一種類の魔物がまったく同量の経験値、お金を落とす事についてだけど」

「どーいつしゅるい、ってなんですか~?」

「えっとそれはね……」


 新任教師、オシエ・ベタの終わりなき悪戦苦闘は続く――――




「――――おねーちゃんは卑怯だとおもいます!」

「あぁ~ん? なんか文句あんのかいもーとよ!」


 時刻は夜半。姉妹のふにゃふにゃした声が木霊する。


「わたしとおねーちゃんはおんなじ魔物を倒して、経験値もおんなじくらい貰ってるはずなのに、どーしてわたしの方がこんなにレベルが低いの!?」

「しらねーよそんな事! てか、何であたしの方がレベル高いのに能力値がおまえとほとんど変わらねーんだよちくしょー!」


 グラスをごんごんとテーブルに叩きつける二人。と、見かねた宿屋の主人が声を掛ける。


「おいおい嬢ちゃんたち、飲み過ぎだ。もう寝な」

「オヤジさんは黙っててください! これは大事な問題なんです!」

「そーだそーだ!」

「ったく……酒飲むの初めてだっつったのはお前らだろうが。ウチで一番強い地酒なんかに手ぇ出しやがって」


 勝手にやってろ、とその場を離れる主人。どのみち他に宿泊客もいないので、無理に止める必要も無かった。


 この村の世話になって二日。出没する魔物も手ごろな強さだったので、姉妹は修行がてら魔物退治でまとまった旅費を稼いでいたのだ。


 そして稼ぎ終えた出発前夜。景気づけにちょっと贅沢な夕食を……のはずが、ふとした好奇心から酒盛りに。姉妹は、ヒートアップしていく。


「わたしは晩成型だから、レベルが上がるのに時間が掛かっちゃうだけなの! でも、レベルでおねーちゃんに負けるのはなんかヤダ!」

「レベルで勝ってるのに能力値一緒の方がヤダし!」

「おねーちゃんなんかに負けないもん!」

「おう上等だかかってこいやいもーとめ!」


 酔っていても対抗心の強い姉妹であった。


「そもそもおねーちゃんは守銭奴過ぎるの! 15匹魔物を倒したのに、拾った金貨の数が15の倍数にならないのはおかしい、なんて細かすぎるよ!」

「同じ魔物なら落とす金貨の数も絶対に同じ! とかドヤ顔で語ってたのはいもーと! おまえだろーが!」

「わたしは一般じょーしきを話しただけだもん! たかが金貨一枚くらいで血眼になるのがおかしーって言ってるの!」

「なにおぅ? 金貨一枚を笑うヤツは金貨一枚に泣くんだ、覚えとけ!」

「その金貨一枚を探して草むらをがさごそしてる時間があったら、もっと魔物を倒した方がもっとたくさん稼げると思う!」

「うっせー! どっかの妹がよく浪費癖を発揮しやがるお陰で、あたしがこうなっちまったんだろうがぁ!」

「ろ、ろーひじゃないもん! あれはその……しょーらいへのとーしだから!」


 夜が更け行く中、絶え間なく続く響くグラスの音と姉妹の声。

 それが途絶えたのを確認した宿のオヤジは、想像以上の酒臭さに辟易しながら姉妹をベッドの上に放り投げていくのであった。



 そして姉妹は明朝、意気揚々と旅立……てなかった。

 彼女達が初めて出会う強大な魔物、『二日酔い』によって。



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