お邪魔します

「みっくん、こっちやで~」


 ほんわかした呼び声に、少年は早足でそちらに向かう。


「お、お待たせしました! 僕が先にお待ちしているべきでしたのに、従者として失格です……!」

「も~、別にそんなん気にせーへんのに。てか、みっくん? みっくんはウチの従者やないで? お友達や」

「そんな! 僕は従者としてあなたをお護りする立場であり、そのような対等な関係となるわけには参りません。王からもゆめゆめ気を付けよと言われておりますし」

「ホンマ真面目やなぁ。冒険者時代からなーんも変わってへん」


 独特な言葉遣いの少女がくすくす笑う。少年が顔を赤くする中、まぁええけど、と回れ右。


「ほな行こか」

「はい。今日は魔物退治の依頼、ですよね?」

「そうなんやけど、ちょっと最初に寄り道させてな?」


 そう言ってすたすたと歩きだす少女。少年も後を追う。


 王都。言うまでもなく王国における最重要拠点であり、王の居城を中心に堅牢な構え、賑やかな喧噪が見て取れる。

 少女は道行く人々の声掛けに笑顔で応対しつつ歩みを進める。分け隔てなく誰にでも優しく、だからこそ誰からも好かれる。彼女の方こそ、昔から何も変わっていない。


(だからこそ、僕もこの人の役に立ちたいんだ……!)

 

 少年が決意を新たにする中、少女は一つの民家の前で足を止めた。


「ここは……?」

「ん。まぁええからええから。お邪魔しま~す」


 そう言って、少女は躊躇なく民家に入っていく。人様の住居に勝手に出入りした事のない少年は少し戸惑ったが、恐る恐る後を追う。


「あら、お嬢ちゃん。久しぶりね~」

「せやね~。最近腰の調子はどないなん?」

「だいぶ良くなってねぇ。最近は近所のお散歩もしてるのよ」

「さよかぁ。うんうん、元気で何よりや!」


 民家の中にいたのは、一人の老婆だった。少女は老婆と談笑した後、少年を見やった。


「んでな、この子がウチの友達のみっくんや!」

「ど、どうも。従者の、ミカゲと申します」


 少年――ミカゲは頭を下げる。……やっぱり、友達の部分は訂正しなければ。

 不満げな少女。と、老婆がにこりと笑う。


「そうかい。お嬢ちゃんみたいな元気いっぱいの子には、君のような落ち着いた子が付いていてくれる方が良さそうだものねぇ」

「ちょっと、そんなんゆーたらウチが落ち着きのない子みたいやん」

「……落ち着きがあるかないか、と聞かれたら……」

「みっくん~? 何が言いたいんかな~?」


 しまった、つい反射的に。焦ったミカゲは、少々強引に話をすり替える。


「そ、それより、どうしてこちらに?」

「ん? あぁせやったせやった。お婆ちゃん、なんかええのあるかな?」

「ええ、お嬢ちゃんが来たら渡そうと思ってたの。ほら、そこのタンスの中よ」


 老婆の指さしたタンス。少女はそれにおもむろに近づき、


「てやっ!」


 勢いよく開ける。全く迷いのない彼女の行動に、ミカゲは内心で冷や汗を掻く。


 人様の家にずかずかと上がり込んだ挙句、タンスを開ける。老婆からの言葉もあったとはいえ、これでは泥棒や強盗とやってることと大差ない。

 けど、違う。彼女はこの国で数少ない、そういった行為が許される立場にある人間なのだから。


「ん? これ……『魔癒しの仙薬』やん! どしたんこれ、めっちゃ高いヤツやのに」

「この前くじ引きで当たっちゃってねぇ。でも魔法も使えない私には宝の持ち腐れだし、売るくらいなら、って思ってお嬢ちゃんの為に取っておいたの」

「ホンマに? ありがと~」


 タンスから仙薬を取り出しつつ、少女は笑う。ミカゲはその横顔を見やりつつ物思いにふける。


(……これは何というか、慣れが必要かも)


 冒険者時代、こんな事をすれば勿論犯罪だった。一部の新人冒険者は、こうやって『民家から無断で物品を持ち出す行為』が容認されていると勘違いをして事に及び、衛兵から手ひどく怒られる、という光景がちらほら見られたものだけど。

 それに、許されていると言ってもルールはある。住人がいる場合はその許可を貰う必要があるし、住人が不在の場合は『持ち出してもいいかどうか』が張り紙などで明示されている物以外に手を出してはいけない。まぁ所有者のいない廃屋とかだとルールの対象外になるが。


 一般人にとって不要なものが冒険者にとっては有用、という事はままあるので、彼らはそう言った物品をわりと好意的に提供してくれる。

 だが、貰ってばかりというわけにもいかない。闘う力を持つ者として、一般人の人々に貢献しなければいけない。


「ど、泥棒だぁぁ!!」


 例えば、こういった非日常が起きた時に。


「泥棒!? お婆ちゃんごめんな、ウチらもう行くわ!」

「気を付けてね。ミカゲ君も」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 飛び出していった少女に続いて民家を出たミカゲは、視線を巡らせる。と、風のようなスピードで走っていく少女を視界の端に捉えた。

 風には、風。風の魔法を身に纏ったミカゲは、どうにかして少女に追いつく。


 泥棒と思しき人間は、衛兵によって追い回されていた。そもそもこんな日中に泥棒し、挙句発見されている時点で二流以下だ。遠からず捕まる事だろう。


「どうやら、僕達の出る幕はなさそうですね」

「そんな事、あらへん」


 少女が纏う空気が、ひりつく。ミカゲはぞくりと背中が強張るのを感じた。


「ウチらの役目は魔物を倒す事だけやない。みんなが笑顔で暮らせるようにする事や。せやから、それを乱そうとする悪い奴は、全部ウチがぶっ飛ばす」

「……御意のままに」


 そう、それでこそ、だ。

 王から役目を拝命された者の中で、今一番魔王討伐に近いとされる存在。その小柄な体に見合わず、戦闘となると鬼神のごとき強さで敵を蹴散らす剛の者。


 勇者、ヒカリ。彼女の歩く道こそが、この世界を照らすのだ。


「行くで、みっくん!」

「はい!」


 彼女は、負けない。あの老婆の、人々の、世界の、希望なのだから――――




――――姉妹は、走っていた。


 昨晩、ミミックに思いを馳せながら歩いた道を。


 短く息を吐きだしながら、道行く人を掻き分けて。


「おい爺さん!」


 体力に勝る姉がボロ小屋に飛び込む。出迎えたのは先日世話になったばかりの回復術師の女性、そして。


「爺、さん……」


 女性の腕の中で弱々しく息をする、オセッカの痛々しい姿。


「お、お姉ちゃん! オセッカさんは……、っ」


 遅れて入ってきた妹。二人を見やり、女性は薄く息を吐く。


「……治療は終わったわ。命に別状はないから」

「爺さん……誰が、こんな真似を!」


 ボロ小屋の中は、昨日見たよりも更に荒れ果てていた。タンスと言うタンスが開け放たれ、ツボなども全て叩き割られ、その中にあったであろう物は一つとして見当たらない。


 物盗りによる犯行、と考えるのが自然だが、二人に連絡を寄越した女性の口振りだと少し事情が違うらしい。彼女は一つ頷く。


「私は定期健診でここに来たんだけど、その時にはもうこの状態でね……」

「だから、誰が!?」

「ゆ、勇者、じゃよ」


 オセッカが震える声で言う。姉妹はオセッカに顔を寄せた。


「勇者!? ホントか、爺さん!」

「ああ……じゃが、ただの自称じゃろう、な。『天に選ばれしこの俺様が勇者となる日はすぐそこだぜ!』などと嘯いたおったしの……」

「うわぁ……そのセリフだけで小物臭がぷんぷんするよぉ」


 妹が冷たく指摘すると、姉は関係ねぇ! と息巻く。


「小物だろうが何だろうがどうでもいい! 問題はその勇者もどきが家を荒らし回った挙句、爺さんにまで手ぇ出した事だ!」

「そうね……オセッカさんから学んだかもしれないけど、勇者は一般の民家から物品の供与を受ける権利があるわ。けど、その権利を物凄く曲解して無茶苦茶やるヤツが定期的に出てくるんだけど、これもその類でしょうね」

「ほっほ……こんなボロ小屋に目を付けるとは変わり者じゃ、ごほっ、ごほ……!」


「お、おい爺さん! 死ぬなよ!? 生きろ!」

「頑張って、オセッカさん!」

「落ち着いて二人とも! 命に別状はないんだから!」


 女性が語気を強める。と、オセッカが小さく笑みを浮かべた。


「しかし、ヤツめ……ワシが引退する前に愛用しておった得物まで持って行きおった。王に献上して勇者の称号を授かろうという魂胆じゃろうな……」

「献上すれば勇者になれる……? それってどんなモノなんですか?」

「『エクスカリバーイージスグングニル』という名前での」

「名前長ぇ! つか、すげぇ伝説級の代物感がするんだが、こんなとこにそんなもん置いとくなよ爺さん!」

「どういう形をしてるのか、頭がこんがらがってくるよぅ……」


 姉妹の反応を見たオセッカは、苦しげに息を吐きだしながら続ける。


「いずれ、誰かに使ってもらおうと思ったのじゃが、な……そう、歴代最強と言われる勇者、ヒカリのような者が、来たら……」

「勇者、か……よし、決めた!」


 姉が立ち上がり、妹もそれに続く。


「私も決めたよ、お姉ちゃん」

「気が合うな、妹よ。じゃああたし達が今からすべき事は何だ?」

「王都に向かう! そしたらきっと、オセッカさんをこんな目に遭わせたヤツに追いつける!」

「その通りだ妹よ!」


 徐々にヒートアップしていく姉妹。二人は女性とオセッカを見下ろしながら、満面の笑みを浮かべた。


「任せな、爺さん。あたし達があんたの仇を討ってやるぜ」

「だから、安心して空の上から見守っててくださいね?」


 言うが早いか、二人はボロ小屋を飛び出す。

 かくして、姉妹の冒険はようやく幕を開けるのだった。




 そして、ボロ小屋に残された二人は顔を見合わせる。


「…………ワシ、死ななきゃならんのかのぉ」

「あーもー! 命に別状はない、って何回言えば分かるんだクソガキ共ぉ――――」


 


 ――――後に姉妹は、当時をこう振り返ります。


 旅立ちに何となく箔を付けたかっただけ(だぜ)(です)、と。

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