第2話 神様!!

「おはよう。毎朝会うね」


 その声が、またしゃべった。ぞわっと冷たいものが俺の脇腹を撫で上げた。聞き覚えがあるはずだった。

(俺のだ! 俺の声が……!)

 俺の口は動いていないのに、俺の声が勝手に彼女に話しかけていた。

「俺、南高一年の松山尚樹。君は?」

(うそだろ? なんか……マスクがしゃべってるような……?)

 そう気づいたとたん、今度は背筋が冷たくなった。


「私……」


 マスクから覗く彼女の大きな目は、驚き困った表情を浮かべていてさえ可愛いかった。


「わ……たし、私、ハセガワエミですっ」


 慌てて頭を下げたかと思うと一目散に逃げていく、臆病なうさぎみたいな後ろ姿も可愛い。

(……って、見とれてる場合じゃないだろ!)

 その場に突っ立ったまま動けない俺は、恐る恐るマスクを外した。表に裏に、何度もひっくり返してみた。じっと目を凝らし、それこそ隅から隅まで調べてみた。どこかに超小型のスピーカーでも縫い込まれているんじゃないかと真剣に疑って、秋晴れの空にかざしてもみた。


「はあああ」


 俺は無意識のうちに半分止めていた息を、一気に吐き出していた。何ひとつ変わったところはなかった。母さんがいつも駅前のドラッグストアで買ってくる、五枚入り何百円の不織布マスクだ。

(でも……? だったらさっきのはなんだ?)

 歩いてきた誰かに邪魔だとばかりにぶつかられた俺は、よろめいて道から弾き出された。そのまま斜面を滑り落ち、雑草のなかにしゃがみこむ。

(空耳?)

 思わず両耳を手で塞ぐ。また動けなくなった。

(いやいやいや!)

 俺は千切れそうなほど何度も首を横に振った。

(確かに俺の声がしゃべってたぞ?)

その証拠に今の俺は、一生聞く予定のなかった彼女の名前を知っている。


「なんなの、このホラー?」


 悪魔の仕業か? それとも神の悪戯か?


「神……? あっ?」


 俺は閃くように思い出していた。

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