第4話 神様!!!!

「おはよう、松山君」


 そうあっさり受け入れられるはずのなかった現実に思い切って飛び込んでいけたのは、翌朝、俺にとってはさらにファンタジックな、あり得ない展開が待ち受けていたからだ。なんと彼女の方から声をかけてきた。


「お、おは……よ」

「あ……えと……、今朝は少し寒いね」

「あ……うん。寒いね」


 片想いしていた子との距離が、たった一晩で友達の近さまで縮まっていた。

 恋の前には━━いや、可愛い長谷川絵美ちゃんを前にすれば、どんな怪異も超常現象もどうだってよくなる。俺は一週間も経つ頃には、マスクの力に頼って毎朝五分の彼女との立ち話を全力で楽しむようになっていた。


「長谷川さん、図書委員なんだ? なんかわかる。読書好きそうだもんな。放課後に教室で一人で本を開いていても、絵になりそうだ」

「いえ……絵にはならないかと……」

「今はどんなの読んでるの? オススメを教えて。俺、長谷川さんが面白いと思ってる話を読んでみたい」


 伝えたいことがするする言葉になるって素晴らしい!

 心で思うだけで、神様がすぐさま俺の声に変換してくれる。マスクが代わりにしゃべってくれる。言いたいことが喉の奥につまって半分も出てこない、無理に口に出そうとすると涙も一緒に滲んでくる、ついこの間までの自分とはまるで別人になった気分だった。


「ずいぶん前から長谷川さんには気がついてたんだ。だって可愛いし。俺みたいな奴、ほかにもいると思うよ」

「……可愛くはないと……」

「可愛いよ。俺にとっては絶対」


 ひょっとしたら彼女も俺と似たタイプなのかもしれない。恥ずかしい、情けない思いをするよりは、みんなの後ろに黙って立っているのを選ぶ引っ込み思案だ。

 そんな彼女がマスクから照れたような、以前の俺と同じ、頑張って言葉を探しているような表情を覗かせても、マスク神は攻めるのをやめなかった。告白するにも等しいちょっとキザな台詞を、次々と繰り出した。

 一週間が二週間と日が進むにつれ、俺は声だけどんどん彼女に相応しいイケメンに化けていく気がしていた。


 俺は忘れていたんだ。ひいばあちゃんの忠告を。

 

 毎朝彼女と過ごすたった五分に二十四時間頭のなかを占拠され、もともとそうできのよくない俺の脳味噌は、まったく思い出そうとしなかった。恐ろしい出来事が降って湧いたその日、その時までは━━。


 彼女に初めて声をかけてからちょうどひと月が経った日曜日の朝のことだった。あくびをしながら食卓についた俺は母さんに「学校で何かいいことでもあったの? この頃、楽しそうね」と尋ねられ、焦った。ソッコー何もないと答えようとして、声が出ないことに気がついた。

 どんなに頑張ってもウンともスンとも言葉が出てこない。マスクをつけても駄目だった。心のなかで言いたいことを必死になって何回、何十回と唱えてみても、マスクは沈黙し続けた。


 俺は声を奪われた!

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