成り行きで名門魔法学園に入学した辺境の村娘(無自覚チート付)の愉快で楽しい学園生活

陽乃優一(YoichiYH)

成り行きで名門魔法学園に入学した辺境の村娘(無自覚チート付)の愉快で楽しい学園生活

「……迷った。どうしよ」


 これまで住んでいた辺境の村を出発して数十日、乗合馬車を乗り継ぎに乗り継いでようやく王都に到着した私、カレナは―――早々に迷子と化していた。


「道は広くて綺麗だけど、人も建物もたくさん過ぎて……うう、酔いそう」


 道中で立ち寄った人口数百人程度の宿場町でさえ大都会に見えた私である。百万人は軽く超えるという、ローテス連合王国王都ローテンシアの街並みは、複雑怪奇な迷宮としか思えなかった。


「そもそも、門番さんに教えてもらった『学園』までの行き方がまるでわからない……。先に宿を確保した方がいいかなあ」


 お昼前に到着したこともあって、私が王都にやってきた目的―――王立ローテンシア魔法学園の場所をまず確認しておこうと思ったのが間違いだったのかもしれない。宿屋は至る所にあるし、さっさと部屋を確保して落ち着いてから、宿の人に訊くなりなんなりすれば良かったのである。


「そうと決まれば、早速……」


 近くの宿に、と思った直後。


「どけどけどけーーーっ」

「おら、邪魔だ! これが見えねえのかよ!」


 ナイフを振り回して人混みを遠ざけ、こちらに向かって走ってくる二人組の男達が現れた。男のひとりは、高級そうなバッグを鷲掴みにしている。これは……ひったくりかな。


 振り回されているナイフをよく見ると、炎を撒き散らしている。付与魔法だろうか? 人混みの中を走り回っているにも関わらず人々がすぐに遠巻きにするのは、その炎に驚いているのも理由のひとつのようだ。


「待てーーー!」

「止まれ!」

「ちっ、しつけえ衛兵だな!」

「待てと言われて待つかよ!」


 その後ろからは、剣を携えた衛兵さん達がやはり二人で追いかけてきている。走る速度は同じくらいだろうか、距離が縮まる様子はない。


「……んー、去年畑に出没したイノシシよりは遅いかなあ」


 そんな感想を漏らした私は、その時のこと・・・・・・を思い出しながら呪文を唱える。


《ロフ・クー・アス、ロク・アス・トウ、リー・ネイ・タク―――水球ウォーターボール


 私から左に少し離れたところ、ひったくり二人組の進行方向真ん前に水の玉を出現させる。男二人をまるまる包み込めるだけの大きさだ。


「ぶぼっ!?」

「なっ、急に……!?」


 目の前に急に現れた大きな水の玉に自ら突っ込んでいった二人は、そのまま水の玉の中に閉じ込められ、水中でもがき始める。ちなみに、ナイフにまとわりついていた炎は一瞬にして消えた。


「んごごごごっ!?」

「ぼばっ……ごはっ!?」


 そうして、水の中で溺れる直前、


 パチンッ


 私が指で鳴らした音に合わせて、水はすっと消えていく。完全に消えた後の二人は地面に投げ出され、息が荒いままぐったりしている。


「よし、そのまま大人しくしろ!」

「両手を後ろに回せ!」


 ひったくり二人組に追いついた衛兵さんは早速拘束し、身につけていた捕縛用ロープで両手を縛る。


「君、助かったよ! 見事な水魔法だった」

「ああ、宮廷魔導師だってこうもうまくはできないだろうな」

「いえ、たいしたことでは……」


 ひったくり達をイノシシに見立てただけである。もっとも、イノシシの時はそのまま完全に溺れさせ、その日の夕食が豪華になったのだけれども。


「こいつらはずっと捕まえ損ねていた連中でね、報奨金がかけられていたんだ」

「君は冒険者ギルドの所属か? それとも、魔法学園生かな。所属によって支払い手続きが変わるのだが」

「いえ、私はどちらも……あ、そうだ」


 私は、ポケットに仕舞っていた手紙を取り出す。


「この手紙を書いてくれた人の紹介で、学園に向かうところだったんです。でも、道に迷ってしまって……」

「ん? 手紙? ……ルドルフ・ラクーン!? 魔法学園の学園長じゃないか!」

「っておい、それじゃこの娘……!」


 がしっ


「急げ! まだ入試受付・・・・に間に合う!」

「そうか、今日が受付最終日か!」

「え? え?」


 急に腕をつかまれたと思ったら、衛兵さん達に引っ張られて強制的に走らされた。ひゃー。



 はあ、はあ、はあ……。


「良かったな、嬢ちゃん、受付登録に間に合って」

「その受付用紙、合格発表まで無くさないようにな」

「は、はい、ありがとうございました……。私、登録とか、よくわからなくて……」


 なにしろ、故郷の村にふらっと現れたローブ姿の初老の男性、ルドルフ・ラクーンさんに口頭で説明されて、その場で書かれた手紙を渡されただけなのだから。


『す、素晴らしい! 独学でそこまで魔法を修得するとは!』

『しかも、現代の体系魔法と古代の構造魔法のハイブリッドじゃと!?』

『魔力量も申し分ない。どうじゃ、私が学園長をやっている学園に来ないか?』

『王都までの旅費と当面の滞在費は今すぐ渡す、決心したなら来てくれ!』


 という感じで、物凄い勢いで学園について薦められたのである。決め手は旅費と滞在費。というか、私が行かないことにしたら、これらのお金はどうすれば良かったんだろうか。


 魔法の独学については、元冒険者だった両親が現役時代に獲得した迷宮アイテムのひとつに古代魔法書があり、なんとなく古代語をかじって載っていた魔法の呪文を試してみたらあっさり発動してしまっただけなのだけれども。ちなみに、基礎的な文字の読み書きや計算は、小さい頃に両親から学んでいる。


 なお、両親は流行病でふたりとも数年前に亡くなった。村の人々の援助もあって、残された家に住み、畑を耕して暮らしてきた。村の役に立つだろうかと魔法をいろいろと試し、獣撃退やら成長促進やら作物保管やらと便利に使ってきた。なぜか他の村人は使えず不思議に思っていたのだけれど……どうやら保有魔力量が関係していたようだ。ルドルフさん曰く、魔力制御は感覚的なもので、独学で身についたのは奇跡らしい。


 ……といったことをつらつらと話しながら、衛兵さんと一緒に王都中央の衛兵所に向かって歩く。王都に来るため発行された身分証を基に報奨金を受け取るには、中央の衛兵所の窓口で手続きを行う必要があるからだ。滞在費はあるし、受け取りを辞退しようとしたのだが、事件解決の記録も兼ねているとのことで、いずれにしても手続きは必要とのことだった。


「そうかー、お嬢ちゃんは運が良かったんだな。俺も魔力が多かったら、今頃は宮廷魔導師になって稼げていたのになあ」

「魔法は使えないんですか?」

「使えることは使えるが、『火起こし』くらいしか使えねえなあ」


 そう言って、私を案内している衛兵さんは、右手人差し指にぼっと炎を出す。が、すぐに消える。確かに、窯に入れた枯れ木に火を付ける程度の火魔法である。


「それなら、『詠唱』を試すのはどうですか? 私も、それがきっかけでしたし」

「詠唱? いや、あれってホントは魔法を発動するのに必要ないって話じゃなかったか?」

「間違いではないですけど、言葉にすることで、魔法現象をよりイメージしやすくなりますから。使っているうちに魔力制御がこなれてくるでしょうし」

「そんなものか?」

「ええ。私の場合は、十年くらい・・・・・使い続けていたら・・・・・・・・、かなり自由自在に発動できるようになりましたよ」

「十年!? うわー、俺には無理だ。毎朝ランニングしている方がまだマシだ」


 やはりというか、人には得手不得手があるようだ。


 そんな感じで話しているうちに衛兵所に到着し、窓口で手続きを済ませた。報奨金はそれなりに多く、安宿なら1か月ほど暮らせるだけの額だった。学園に入ってからの生活費については考えていなかったから、ちょうど良かったかもしれない。


「でも、試験か……。ルドルフさんは『学園を訪ねてくれさえすれば大丈夫じゃ!』と言ってたけど、試験のことは教えてくれなかったよね。本当に大丈夫かなあ」


 まあ、ダメだったら村に戻ればいいだけだ。気楽にいこう。私は、衛兵所近くでとった宿の部屋で、受付時にもらった試験日程の紙を見ながら、そうつぶやいた。



 そうして、王都に到着してから10日ほど経った。いよいよ試験の日である。


 試験までの10日間は、王都を散策しまくった。魔法学園を直接訪ねることはなかったが、宿から学園までの道のりはしっかり把握できた。正確には、宿周辺を把握するだけで精一杯だったという。探索魔法は使えるが、具体的な地理的情報を知らなければ役に立たない。単純に発動しても、人と建物の集合としか認識できないのである。


「試験会場はこちらでーす! 登録受付時の番号に沿って十の班に分かれて下さーい!」


 試験会場は、私と同じくらいの年齢と思われる人々でごった返していた。200人はいるだろうか? この中でどれくらいが合格できるかわからないが、狭き門であることには違いない。


「それにしても……いかにも貴族様、という人も多いんだなあ。服装とかですぐわかるよね」


 村では領主様にすらお目にかかれなかったけど、王都に到着してからは、レストラン街などで豪奢な馬車を乗り降りしている様子の貴族を頻繁に見かけた。多くの貴族は代官に領地運営を任せ、普段は王都に居を構えて社交に勤しむと聞く。


 この魔法学園は別に貴族優先というわけではないが、名門だけに、普段王都に住む貴族の令息・令嬢が入学を望むことは不思議ではない。ここで不合格となっても、法律や商業を扱う学園がいくつかあり、そちらの方が貴族にとって入学しやすいという。要するに、お金がかかるのである。


「とはいえ、魔法を修得したとなれば、宮廷魔導師への道が開かれるし、冒険者ギルドも最初からAランクが与えられる……だったっけ」


 ルドルフさんから聞いた話を要約するとそうなるようだ。もっとも、私には王都の学園制度については未だよくわかっていない。生まれ育った村には学校はなかったし、近隣の街にしても、教会の日曜学校で読み書きの基礎を学ぶ程度しか教育の機会はない。『特に魔法については、教える立場の人間が絶対的に少ない』とルドルフさんは嘆いていたっけ。


「さてと。まずは……魔力測定か。まあ、そうだよね」


 魔力が全くなければ、その後の実技試験は受けようがない。筆記試験は受けることができるが、試験日程の紙を見る限り、簡単な読み書き計算の確認だけのようだ。


 各班ごとに並ばされた私たちの列の先には、臨時の小屋のような建物があり、その中で測定装置を使って魔力を測定するようだ。試験を受けようとしている段階である程度の魔法が使えていることがほとんどだが、魔力制御には変動があり、今回の測定で魔力が全く検知できないこともある。


 試験は来年も受けることができるようだが、公衆の面前で魔力なしを見せつけられるのは、魔法で国を豊かにしている社会では少々こたえる。特に、名前が広く知られている貴族には辛いだろう。……ということが、試験日程の注意事項として、かなり遠回しの表現で記載されていた。


「あれ? それなら、登録受付の時に測定すればいいんじゃないのかな?」

「バカね、あの装置は古代魔法技術の結晶、国宝級の魔道具アーティファクトよ? おいそれと使えるわけないじゃない」

「へ?」


 私の素朴な疑問のつぶやきに、前に並んでいた少女が振り向いて答えた。


「アーティファクト? そんなのがあるんですか?」

「あなた、この学園の試験を受けるっていうのに、何も知らないのね」

「最近、遠い村から王都に出てきたばかりなので……」

「ふうん……。私は、ミーリア。あなたの名前は?」

「か、カレナです」

「そう。あなたなら、この試験に余裕で・・・合格できると思うけど、それでも、少しは前もって魔法の基礎知識を調べておいた方がいいわよ、カレナ」

「ですよねえ……」


 ミーリア様の言うことはしごくもっともである。私の魔法に関する情報源は、両親の残した古代魔法書と、試行錯誤によって得られた経験のみである。今どきの魔法事情はさっぱりであるが、学園に通うのであれば、王都の図書館などで少しは予習しておくべきだったのだろう。王都の学園制度と共に。


「へっ。ろくに魔法が使えねえ平民がここに来るのが間違いなんだよ」

「そうだそうだ、試験なんか受けずにさっさと帰れ!」


 私たちの更に前に並んでいた、服装は上品だが言葉遣いはとても上品とは言えない少年がふたり、そんなことを言ってきた。貴族との交流はこれまで皆無に近かったが、残念な貴族様もおられるようだ。


「お黙りなさい。自身が貴族であることを誇るならば、立場をわきまえた発言をすることね」


 そんな悪ガキコンビもといお貴族様に、ピシャっと言い放つミーリア様。


「んだとおっ!? てめえ、俺達が誰だと……」

「お、おい、やめろ! その方はフォーミリア公爵様の……!」

「あっ……!」


 どうやら、ミーリア様も貴族のようだ。まあ、すぐわかったけど。金髪縦ロールだし。昔読んだ絵本に出てきたお姫様と同じだ。偏見かもだけど、とりあえず私の心の中では最初から様付けで呼んでいただけの立ち居振る舞いではある。


「あなた達、仮にも我が国の貴族の末席を自負するなら、物事をよく理解することね。この娘が将来、高名な魔術師となれば、爵位を得ることさえあり得るのですよ?」


 へー、そうなのか。でも、平民が爵位をもらう……貴族になっても窮屈なだけだと思うのだけれども。噂に聞く社交もそうだけど、戦争とか起これば真っ先に最前線に立つ義務もある。畑を耕していた方がよっぽどマシだ。そう思うのは、私が根っからの平民だからだろうか。


「ほら、つまらないことを言ってないで、さっさと魔力測定をなさい。あなた達の番よ」

「ちっ……」

「おい、さっさと行こうぜ」


 悪ガキお貴族様がふたりして測定のための小屋に入っていく。親戚かなにかだろうか、測定結果がお互いわかっても問題ないらしく、一緒に小屋に入っていく。


「……まあ、小さい頃から強大な魔法を身近で見せ続けられている貴族の方が有利なのは確かですけれども」


 それは確かにあるだろう。私のケースは、本当に奇跡だった。見よう見まねでそれなりの魔法が発動できたのだから。


「とにかく、カレナ、あなたは測定せずともわかるわ。かなりの魔力が感じられる・・・・・から」

「それって、確か……『魔眼』?」

「そんな大層なものではないわ。相手を意識して見つめれば、まとっている魔力が薄っすらと見える……まあ、鍛えれば『鑑定』に匹敵する能力が得られるはずなのだけれども」

「そのために、学園に?」

「ええ。魔力量自体は多くないけど、必ず実技試験で突破してみせるわ」


 実技試験では、それぞれが最も得意とする魔法を示す。魔力測定と筆記試験が比較的簡単にクリアできるだけに、実技試験が合否のほとんどを決める。感知系の魔法は貴重らしいので、ミーリア様の合格はまず間違いないだろう。



 先に小屋に入った悪ガキお貴族様コンビが得意げな顔を私たちに向けながら出てきた後、実技試験の場所に向かう。その後に入ったミーリア様も満足した顔をして出てきた。自信がなかった魔力量についてもそれなりに良かったようだ。


「では、次の受験生……カレナさん、入って下さい」

「はい」


 測定担当の人に呼ばれて小屋に入ると、大きめの水晶玉と水晶板がセットとなった装置が机に設置されていた。これが、国宝級のアーティファクトと呼ばれる測定装置か。


「ところでカレナさん、受付登録時に記入してもらったこの箇所ですけど……間違っていませんか?」

「え? ……いえ、合ってます」

「そうですか……。では、その水晶玉に手を当てて下さい」


 なんだろ? 担当の人がとてつもなく複雑な表情なんだけど。同情と嫉妬が混じったような……我ながら、何言ってるかわからないけど。


 不信とも呼べない戸惑いを少し覚えつつも、私は水晶玉に手を当てる。


「……!? そんな、これって……!?」


 今度はわかりやすくとても驚いた表情となった担当の人。水晶板の方に表示された何かにびっくりしているようなのだが、私の方からは全く見えない。


「ちょ、ちょっと、待ってて下さい!」


 あわてて小屋を出る担当の人。どうやら、隣の小屋に向かったようだ。と思ったら、すぐに戻ってきた。


「カレナさん! こちらの小屋の測定装置で測定してみてもらえませんか!?」


 そう言われて素直に向かった私は、隣の小屋の水晶玉に手を当てる。


「「……!!」」


 隣の小屋の担当の人と共にふたりして水晶板をしばらく凝視していたが、不意に顔を上げて私に言った。


「カレナさんは合格です! 実技試験を受ける必要もありません!」


 あら?



 実技試験は、魔力測定で皆無と判定された人々を除き、学園内の各会場の部屋で分散して行われる。それぞれ2人の試験官がひとりひとりと対面して行われることから、ほぼ面接試験と言って良いだろう。


 ……というのは、実技試験が終わって合流したミーリア様から聞いた話である。試験結果は即日公開。実技試験の間、持ってきた果実水をちびちび飲みながら控室で呆けていること数刻。合格者発表をミーリア様とふたりして見ながら話をしている。もちろん、ミーリア様も合格した。


「まさか、実技試験もなしに合格するとは、やられたわ」

「正直、なにがなにやら……」

「測定装置は、魔力量以外を測定する機能もあると聞いているわ。カレナ、あなたには最初から魔法技術があるとわかるほどの何かがあったのね」

「はあ」


 ミーリア様……正確には、フォーミリア公爵第一令嬢ミーリア、らしいのだが、そのミーリア様が言う『何か』に全くと言っていいほど心当たりがない。うーん。


「いずれにしても、今後の学園生活が楽しみだわ。共に魔法を学び、鍛えていきましょう。あなたから学ぶことは多そうだわ」

「は、はい」

「そうだわ! お父様に頼んで、学寮ではカレナと同室にしてもらおうかしら!」

「は、はい……え、学寮?」

「ええ。……あら、もしかして、この学園が全寮制ということも知らなかったのかしら?」

「恥ずかしながら……」


 え? 学園に入ったら必ず寮住まいになるの? ルドルフさん、確か『学園に通うなら近くにいい高級宿がある。当面はワシが宿代を負担する!』とか言ってたと思うのだけれども。私が王都に住むことを考えた時、真っ先に気にしたのは生活費だ。だから、そのあたりのことははっきり覚えている。はて?


「まあ、いいですわ。私の部屋はもともと一人部屋の予定でしたけど、二人で住むのに十分な広さと聞いていますから」

「あの……いいんですか?」

「いいのよ! 学園は貴族優先ではないけれど、居住施設には我が公爵家からも多くの寄付をしているし、多少の融通は聞くのよ」


 そもそも全寮制は、王都に住居を用意できない平民のために学寮が用意されたことに端を発する。学園内に用意されたそれはとても便利で、貴族を始めとした王都在住者より不満が出たことから、最終的に、寄附金によって独立採算による運営体制となった……というのが、ミーリア様の説明だ。


「とにかく、カレナ、私はあなたが気に入ったわ。これからよろしく」

「あ、ありがとうございます、ミーリア様」

「んー、固いわね。私のことは呼び捨てでいいのよ?」

「いや、さすがにそれは……」


 こちらは、最近まで農作業に命をかけていた村娘Aである。畏れ多すぎて、とてもじゃないがそんな呼び方はできない。学園内でなければ、ファーストネームで呼びかけることさえ厳しいのだ。これで納得してもらおう。


 ちなみに、少し離れた場所からは、なにやら悔しそうな顔をしている悪ガキお貴族様がこちらを睨んでいた。そういえば、名前を聞いてないな。あのふたりも合格したらしいから、同じくこれから一緒に学園生活を送るのかあ……。


 そう考えていた時、魔力測定で担当だった人がこちらに向かって走ってきた。


「カレナさん、今すぐ学園長室に来て下さい! ルドルフ様がお呼びです!」


 あ、そういえば、ルドルフさんに会うのをすっかり忘れてた。手紙をもらっていたのだから、試験を受ける前に会うべきだったよね。いやあ、失敗失敗。



 ミーリア様と入学式前の再会を約束して別れた私は、担当の人と共に学園長室に向かう。学園には立派な時計塔があるのだが、その塔に学園長室はあるらしい。


「ルドルフ様を始めとした教授陣の方々は転移魔法陣を用いて上がるのだけれども、私の魔力では少なすぎて利用することができません。ですが、カレナさん、あなたならできますよね?」

「えっと、やってみないことにはわかりませんが」

「いえ、ルドルフ様と同じ『魔力制御量:測定不可』のあなたなら可能です」

「測定不可!?」


 それかー、ミーリア様の言う『何か』は。まあ、そこまでの測定結果だったら、わざわざ魔法をやってみせろというのは無駄ということなのだろう。もしかすると、最初からそのような結果が出るものは問答無用で実技試験省略だったのかもだけど。


「そういうことでしたら、やってみますけど、どこに……あっ」

「やはり、すぐにわかりますか。ええ、階段を登る手前、この場所の床下に転移魔法陣が組み込まれているそうです」


 床から魔法のイメージが流れ込んできて、頭の中で『スイッチ』さえ押せば私の魔力で転移することがわかる。でも、これだと転移するのは私だけのようだ。担当の人はここまでということになる。


 カチッ


 頭の中で『スイッチ』を押すと、周囲の景色が次々と変わっていく。どうやら、私の周りの一定範囲、おそらくは魔法陣がカバーする範囲の空間そのものを、上の空間と入れ替えているようだ。


 そうしてすぐに、部屋に続く扉が目の前に現れる。実際には、私の方が現れたのだろうけれども。


 コンコン


「入りたまえ」

「失礼します……」


 扉を開けて中に入ると、大きめの机の後ろに座っているルドルフさんがいた。その更に後ろは、大きなガラス張りの窓。時計塔から学園全体が見えて、なかなか良い景色だ。


「御無沙汰しております、ルドルフさん」

「ああ、ひさしぶりじゃな。しかし、カレナ、お主……何をしているのじゃ?」

「何、といいますと?」

「じゃから、なぜ・・入学試験なぞ・・・・・・受けている・・・・・・のじゃ?」

「え? えっと、それは……」


 とりあえず私は、王都に到着した日のことからこれまでのことをルドルフさんに話した。


「はあ……。そうか、お主は王都の学園制度……というか、学校自体をほとんど知らなかったのじゃな」

「は、はい。えっと……もしかして、最初から試験を受ける必要がなかった……とか?」

「必要も何も、カレナ、ワシはな……。お主を講師として招いた・・・・・・・・つもりだったのじゃが?」


 ……あれ?


「そもそも、この魔法学園の入学年齢は15歳からじゃ。お主は今27歳・・じゃろうが!」

「あー、でも、15歳以上なら問題なしって受付登録時に聞いたので……えへ」

「そういうレベルの話ではないじゃろう! 全く、いくら小柄で胸が……げふんげふん、体つきが小さくとも、いい歳してツインテールなぞしてるから……」

「何気に私をバカにしてますか、ルドルフさん」


 いいじゃない、ツインテール。20代後半でも似合えばいいよね? 少なくとも、村の人達には生温かい眼差しで見てくれてたし。


「とはいえ、今から講師着任の手続きを行えば良いじゃろう。講師となるための条件は昨日ようやく満たしたしの」

「条件?」

「お主が開発・・した古代構造魔法とのハイブリッド発現の術式がいくつかあったじゃろ。あれをワシとの連名で先月最高法院に提出して査読が通ったのじゃ」

「はあ」

「その結果、国王より『賢者』の称号がお主に送られる。約百年ぶりの新しい実用術式の開発、しかも、複数じゃ。魔法使い最高の称号でも足りないくらいじゃわい」

「はあ。……はあ!?」


 『賢者』って、あれですか、昔の英雄譚でよく出てくる、勇者や聖女を導き魔王や邪神を倒すための力を与えるっていう……そんでもって、自身も結構強くて、ほとんどの魔物や災害は一蹴してしまうっていう……。


「今のところ、魔王も邪神も現れる様子はないし、竜神達も大人しいしの。国を、いや、人類全体を豊かにする指導者としての役割が今後求められるじゃろう」

「聞いてませんよ!?」

「まあ、これまで村娘……村人として過ごしてきたからの、賢者としての素養を身につけるためにも、この学園で古代魔法の講義や実技指導をしながら、社交を……」

「社交? あと、なぜ村人って言い直したんですか?」

「王侯貴族や他国の重鎮と衝突するのはまずかろ? 反社会的な存在と見られないためにも交流は必要じゃ」

「えええ……」

「講師としての仕事はそれほどないぞ? 7日に一度の講義と実技をそれぞれ行えばいいんじゃからな。あとは、月に最低一度は王宮に出向いて、陛下を始めとした重鎮との交流じゃ」

「ええええええ……」


 うわあ……。これからミーリア様との学園生活が始まると思ったのになあ。ちょっと強引な感じではあったけど、割と楽しみにしてたんだよね、私も。


 ……あっ、そうか。


「あの、ルドルフさん、いえ、学園長」

「なんだね、急にかしこまって」

「私の入試結果は取り消されていないのですよね?」

「ん? ああ、まあ、そうじゃな。合格者一覧の資料にお主が混じっておって慌てて呼び出したのだからな。……まさか、お主」

「はい! このまま私を入学させて下さい!」

「講師は引き受けてくれぬのか?」

「いえ、そちらも何とかできるんじゃないかと。講義と実技を7日に一度、ですよね?」

「……ふむ。しかし、講師が……しかも、数日後には全世界に公表する『賢者』が、名門とはいえ魔法学園の生徒としても通うとなると……」

「数日後!? あ、いえ、隠します! 『賢者』の方を! よくあるローブか何かで!」

「確かに、そういった出で立ちは魔法使いには珍しくないがのう」

「あと、私、認識阻害魔法も使えます! 畑を襲ってくる魔物たちを穏便にお帰りいただくのに重宝してました!」

「聞いてないぞ!? お主、精神干渉系の魔法がどれだけ高度で危険か知らぬのか!?」

「知りません!」


 まあ、『聞いてない』はお互い様ということで。



 数日後。


 伝説と化していた『賢者』の称号をもつ人物が、ローテス連合王国に突如誕生した。


 各国の使節を集めた王都郊外で行われた称号授与式では、おどろおどろしいローブを身にまとった怪しげな存在が、古代構造魔法を組み合わせた天候操作やら堅牢で巨大な砦やら苗の瞬間巨木化やらがお披露目され、参加した者達の歓喜と恐怖を呼び起こした。


 どれも、農作業に役立つ便利な魔法ってだけなんだけどなあ。



 そして、そんな彗星のように現れた伝説の賢者が、王立ローテンシア魔法学園の講師として招かれるという、そんなことが語られた始業式の翌日。


「素晴らしいわ! ああ、伝説の『賢者』様の教えを受けられるなんて……! あなたもそう思わない、カレナ!」

「え、ええ、そうですね、ミーリア様」

「私も称号授与式に参加したけど、それはもう凄まじい魔法で! あれが賢者でなくてなんなの、という感じで!」


 うわ、ミーリア様もあの授与式にいたのか。まあ、魔法のお披露目にはだだっ広い場所が必要だったから、参加者はあちこちに分散して観ていたんだよね。各国要人が認めざるを得ないほどの魔法を発現させなければならないって話だったからなあ。


「でも、ルドルフ・ラクーン様にあのような弟子がおられたのが一番の驚愕ね。天才故に秘蔵していたというのはわかるのだけれども。名前は……カーラ・レーヴィア・ナイトレイン、だったわね。称号名、らしいけど」


 秘蔵……発掘されたの間違いデスネ。


 あと、称号名とやらは私が適当に頭文字展開して考えました。でもこれ、公式には私の本名になっちゃったんだよね。身分証も書き換え。仲良くなった衛兵さんにはもう見せられないよ……。もちろん、ミーリア様にも。


「さて、カレナ、賢者様の最初の講義に行くわよ!!」

「はい、ミーリア様」


 まあ、私は講義が始まる直前に認識阻害魔法をかけて教室を抜け出して、さくっとローブを被って登壇するのだけれども。声も拡声魔法を応用して大人っぽくも中性的な声質に変化させる。賢者は性別・顔不詳、でも27歳の大人であることは公表しているからね!


「あら? 間近で見ても随分と小柄ね……もしかして、伝説のエルフ族!? 体形もスッキリだし! これはあれね、早くに『鑑定』並の能力を身につけないと!」


 ミーリア様、集音魔法で聞こえてますよ。


 しかしそうか、ミーリア様の魔法が成長すれば、私の素性がバレてしまうのか。愉快で楽しい学園生活を維持するためには、私も成長しないとね。


 でも……体形スッキリですかそうですか。これは成長しようがないんですよ。ぐっすん。

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