第4話 王子様の拗れ具合について Ⅳ
触れればきっと重さを一切感じないだろうと思われるのは心地の良いそよ風にふわふわと揺れているだろうキュッと二つに分けられたピンクブロンドの髪。
そして日の光を受けて尚一層煌めく美しいエメラルドグリーンの大きな瞳。
ツインテールのリボンと同じ生地で作られただろうパステルブルーのドレスが彼女をより一層可愛らしく引き立てている。
膨らんだパススリーブよりすんなりと伸びた腕。
椛の様な小さな両手で行儀悪くパクついている訳ではない。
そこは貴族令嬢らしく一口サイズに千切っては形の良い小さな口の中へそれらは消えていく。
またお茶を飲む仕草も淑女らしくあろうとしているのだろうね。
だが彼女の手には些か大き過ぎるカップを一生懸命振るえる手で、そこは両手を使って零さない様に支えている所が何とも可愛らしい。
だがそれだけではここまで僕の心を奪う事は出来ない。
まあ小さな可愛い淑女……かなって言うくらいで終わっただろう。
ゆっくりと歩く速度を落としながら母上の許へと近づけば、僕は何気にその子をずっと見つめていた。
そして暫く様子を見て思った事。
この子は大人達の会話へ気を遣っている?
最初は僕の考え過ぎかな……って思ったのだけれどね。
でもちょっとした興味から僕はお茶会の間彼女を観察する事にしたのだよ。
一人の子供……とは言え相手は女性。
今までどの様な状況でもこの僕が女性と言う生き物へ興味を示す事なんてなかった。
なのに気が付けば彼女から目が一瞬たりとも離せない。
そしてやはり彼女は、クリスティーネ嬢は大人達の会話へ気を遣えば母上達の邪魔にならないよう、また相手に気を遣わせない様に身体を動かすのを最小限にしつつお菓子を黙々と食べているのである。
あり得ない。
今まで僕が目にしていた女性達は皆自己主張の激しい者ばかり。
まあきっと怒るだろうけれどもそこは母上も含めて……ね。
そしてきっと彼女の視界にも僕の存在が入っている筈なのにである。
まるで僕と言う存在が彼女の視界より全く存在しないものかの様に僕の方へ視線を向ける事もなければ一瞥さえもしない。
僕はこの国の王子であり王太子……未来の国王となる存在。
だからと言ってその身分に決して奢っている訳ではない。
また誰しもが僕を注目しなければいけないと思って等もいない。
ただ生まれた所が偶然父上と母上の許だっただけ。
そして未来の国王としてこの国と民を護る事を宿命づけられただけに過ぎない。
それに関しては自分の出来得る限りの事はしようと思う。
別にこれ以上領土を広げたいと思わなければ父を含む先人達の想いを受け取りこの平和を維持すればいいだけだ。
ただこれまでが異常なのだろうか。
それとも彼女の反応が異常……なのか?
どうして君は僕をいない者とするの。
然もそれをさらりと、嫌味なくやってのける君は一体何者なのかな。
普通の5歳児ではない。
それって生まれてたった五年のお子様がする態度じゃないよね。
だから――――。
「母上お呼びでしょうか」
出来るだけはっきりと、君に聞こえる様に僕はらしくなく大きな声でそう告げたのだ。
無視をするなよ。
僕を見ろ――――ってね。
何時になく冷静を欠いていた事は認める。
でもその甲斐があって初めてキラキラと輝くエメラルドグリーンの双眸は僕を捉えてくれた。
だがほんの一瞬。
次の瞬間食い気味にくるかと思えばまたも肩透かしを食らってしまう。
彼女は恐らく誰も気づかないくらい、ほんの微かにだけれど僕の顔を見た瞬間何か嫌なものを見る様な、そう大きな瞳を若干細めればだ。
くるりと振り返れば母親であるフォーゲル伯爵夫人の胸へと顔を埋めてしまった。
これもまた予想外の行動だ。
高が5歳と言えど女性には変わりはない。
あぁ確かに依然同じ5歳の女の子よりだ。
まだ子供だと安心していれば幼子の持つ可愛らしさを全開にして擦り寄ってきたのは流石に吃驚したな。
たった5歳にしてアロイジア達を彷彿とさせる令嬢が存在したなんてね。
あれは丁重に部下へ命じて引き剥がしたけれどもね。
でも何故かその後もずっと彼女は僕を見る事なく……と言うか、はっきり言って避けていると言ってもいい。
しかしその天晴れな態度が何故か僕の心に甘い疼きを与えてくれるのだ。
そうしてまだほんのわずかな時間しか経過していないのに、彼女を知って初めて知る感情の多さに驚きが隠せない。
もし直接彼女と接する事があれば僕はどうなってしまうのだろう。
だがこの後直ぐに僕は彼女の思いがけない仕草によってKOされてしまう事となる。
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