第10話  伯爵令嬢と父が持つ心の闇 

 私が欲望の赴くまま幼子にありがちなと言う惰眠を思いっきり貪っている間の事である。



「――――ですの」

「それは困った事になりましたね」

「ええ、我が伯爵家は中立に御座いますもの。確かに王子殿下の婚約者となる事も可能な爵位には御座いますが、だからと言ってええ、5歳も年下の然も現時点でも殿下の婚約者候補となる令嬢は数多おられると漏れ伺いましてよ。その中でも……」

「そうですね、ゲルラッハ公爵家のご令嬢アロイジア様は筆頭候補。加えて御父君譲りの苛烈なご気性。私も一文官として彼の公爵令嬢が他の候補者となられるご令嬢へと圧力と言う名の虐めぶりには頭を痛めているのですよ。とは言え相手は名門公爵家。王族とも姻戚関係に当たるお家柄で王室派の事実上トップ。出来得る限り問題を起こしたくはない相手でもあります」

「旦那様……」


 不安げに見つめる妻ベッティーナの頬を両手でそっと包み込めば夫であるフォーゲル伯爵のディートヘルムはにっこりと微笑み、愛する彼女の唇へ優しくそっと唇を重ねた。


「ベティー、ティーネや他の者がいる時は仕方がないけれども私達二人きりの時は……?」

「だ、ディー……」

「そう、よく出来ました私の愛するベティー」

「もうディーってば今はこんな事を……あ」


 ちゅっと軽くまた啄む様なキスをすればである。

 ディートヘルムはそれまでとは打って変わり真剣な面持ちで二の句を告げた。


「わかっています。これは不安な貴女の心を解す為。いわば夫として当たり前の行動によるものです。ですがこれとは別に私達は私達の愛する宝であるティーネを何としても護らなければいけません。王妃様によってティーネを万が一殿下の婚約者にさせられでもすれば間違いなくアロイジア様もだがゲルラッハ公爵家も黙ってはいないでしょう。きっと彼らはありとあらゆる方法を用いて私達の娘を陥れようと躍起になるのは火を見るよりも明らかです」

「ディーっ、ではティーネはっ、私達の娘は⁉」

「ほらほらその様な不安な顔をしないでベティー。私はこれから同じ派閥の者……ええ宰相閣下へこの事についての仔細の確認とこれからの相談をします。貴女とティーネはシーズンが終わっても暫くは私の傍にいて下さい。本来ならばフォーゲル領へと戻らねばいけませんが公爵家の事です。きっと私と離れた隙を突きティーネを襲う可能性も無きにしろあらずですからね。ただ問題は……」



 そう今までの様に他者からの推薦等により婚約者候補となるのとは違いクリスティーネは王妃の声掛け……所謂乙女の願望によるもの。


 その願望が何処まで公となっているのか、また現段階ではどれ程の人間に知られているのかは全くの謎である。

 願わくばお茶の席でも王妃陛下の妄言または思い付きで発した言葉であって欲しいとディートヘルムは心の中で願うばかりだ。


 だがそれを願うには彼自身宰相補佐としての役職もだが、愛妻ベティーが王妃の親友である事からして王妃の性格を嫌と言う程に理解をしている。


 そう王妃陛下は時に極大な爆弾をいとも簡単に、それは場所を選ばずして投下するのである。

 その結果どれ程の被害を被る事等考えずにだ。


 本人はあくまでも無自覚に、いや時に計画している所も否めない。

 天使若しくは悪魔、悪魔……。


 それによって益をもたらす事もあれば甚大な被害が齎される場合もある。

 その後始末をこれまでに何度となくさせられたのは宰相とその補佐であるディートヘルムだった。


 また彼の愛妻はそんな王妃の親友でありながら余りにも素直で純情な人柄である。

 美しくも可愛らしい可憐な女性をディートヘルムが溺愛する様に王妃もまた親友である彼女を溺愛している。


 そして学生の頃よりディートヘルムと王妃はいわば天敵又はライバルであった。



「全くあの悪魔は性懲りもなく……ちっ」

「? 旦那様何か……」

 

 可愛らしく小首を傾げる愛妻へディートヘルムは相好を崩せばである。

 自身のかいなへと妻を迎え入れ甘い口づけを落とす。


「旦那様ではなく?」

「ディ、ディー……」

「ええよく出来ましたよ」


 愛妻ばかりか愛娘までターゲットと定めし王妃へ、ディートヘルムはこの日心の中で静かに誓ったのである。


 今度こそ前回同様しっかりと引導を渡してあげますよ王妃様。


 仄暗い笑みを密かに湛え、そしてそれを決して愛しい者達には見せる事はない。

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