第8話 伯爵令嬢と最悪の出逢い
「こ、婚約?」
「ええそうよ。カールとティーネ、親友である私達の子供が結婚して本当の家族になるのって素敵じゃない」
あ、これは完全に王妃様お一人の暴走の果ての婚約劇とか言う奴?
目の前の王妃様は一人だけうら若き乙女の様にきゃぴきゃぴと大層興奮しておられるご様子だ。
それに引き換え王太子は沈黙と言うか若干引き気味……ってそりゃそうだわな。
呼ばれて来てみれば母親である王妃様の傍にはお母様のお膝に抱っこをされている5歳児を見つめる視線も何とも生温い。
まあ言いたい事はわからなくともない。
お前5歳にもなってまだママのお膝の上なのかよってその視線が全てを物語っている。
だが私とて別に好きでお母様のお膝抱っこをされている訳ではない。
でもこれが我がティルピッツ家の常識になっていただけなのだ。
そして何度も言おう。
断じて私が甘えたいからしている訳ではない!!
とは言えそんな私の心の声等王太子へ聞こえる筈もない。
然もである。
王太子目線から言って甘えん坊の5歳児を自分の婚約者ってねぇ。
いやいやまだ正式な婚約者ではなくお話、そう王妃様がお一人で空想を膨らませているだろうからの暴走劇?
そして話を持ち掛けられたお母様はそのお話を聞いた瞬間何やら顔面の表情の色が抜け落ちている。
だからと言って膝の上に座っているだろう私を離す事はなくしっかりと、若干力を込めて抱き締めている?
そんな中で私は手に持っていたマドレーヌをもぐもぐと食べるしか選択がない。
何故なら私はまだ5歳児。
大人の会話をちゃんと理解が出来ない年齢。
でも分からないからと言ってそこは腐っても伯爵令嬢なのである。
大人の会話には無暗に突っ込んではいけないと教育をされているから、若干手持無沙汰的な私にしてみればここは何も知らない体で持っているマドレーヌを出来るだけ美味しそうにって、もうお菓子の味何てわかんないよ。
出来得る限り王太子と悪役令嬢との接触は避けたいと思っているのに、何故こうも易々と出会ってしまった。
そしてお母様っ、フリーズしている場合じゃないのだよっっ。
ここは何としても婚約云々をなかった事にしとっととお家へ帰ろう!!
うんうんここはやっぱりゲーム通りの魔窟だよ。
王宮って本当に何が起こるかわからないパンドラの箱だわ。
王太子側からこの話を拒否ってくれれば万々歳なのだけれども、そんな他力本願で我が人生を左右されたくもない。
とは言えお母様の魂は未だ戻らず。
こうなれば5歳児の底力を見せつけるしかないよね。
そう高が5歳児、されど5歳児なのだ。
ひと時の恥はこの際だ、甘んじて受け入れよう。
その代わり我が寿命の灯が消えずに生き残る為ならば……。
さあ受け取るがいい王太子よ!!
必殺――――。
「わああああああん、おかあ、えぐ、てぃーねもう、おうちにかえりたいよぉぉぉぉ」
愚図り泣き……である。
「てぃ、ティーネ貴女……」
流石に娘の鳴き声で我に返ったお母様は少々驚きはしたものの、私をしっかりと抱き抱えれば王妃様と王太子へ非礼を詫びた後にそそくさと、うん脱兎の如く屋敷へと私と共に帰ったのである。
王妃様は何度も『子供だからお腹がいっぱいになって眠くなったのでしょう』と、王宮内の客間でお昼寝をさせてその間に婚約の話を煮詰めたいと最後までごねていらした。
まあその姿が何とも可愛らしかったのだが、流石にわんわん泣き喚く私と一切の温度を感じさせない王太子の――――。
「母上今日はもうこの辺りにして下さい」
なーんて言われた日には王妃様も仕方なく引き下がるしかない。
でも帰る寸前まで『また直ぐに二人で遊びに来て』と『息子なんて本当に可愛くないのだからっっ』と最後までぶつぶつ愚痴を零していらした。
お母様に抱っこをされながらの噓泣きは案外疲れるもので、また涙は当然嘘泣きなのだから出やしない。
従ってお母様と王妃様に見つからない様に自分の唾を手と目に塗って涙らしく演出している時にふと、そう何気に嫌な視線を感じてしまった。
「ぴぃ⁉」
少しずつ離れていく王太子の視線が気の所為なのだろうか。
私のお馬鹿な行動を凝視していたのは。
多分気の所為だと思う事に――――ってそこ!!
そんなにお腹を抱えて笑わなくてもいいでしょ!!
フンだ!!
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