第9話 婚約者は魔王様?だから何?

- 1話 婚約破棄だ -

 部屋中に怒号が響く。お父様とお母様だけでなく、使用人達も大勢いるこの屋敷で、私は盛大に怒鳴られていた。その声は頭の中でうるさく響く。私を怒鳴りつけているのは、両親でも先生でもなく、私の婚約者、ギリトー・ソウ様だった。


 私はこの国とある貴族の娘だ。正確には、公爵家の弟を1人持つ姉なのだが、そんな私には婚約者がいる。いわゆる政略結婚のために取り決められたこの婚約。もちろん、私たちの間に愛などなかった。これも仕事の一つなのだと思っていたから。貴族として、不自由のない暮らしをさせてもらっている恩返しを、少しでも民にと、私はそう言われて育った。それをおかしなことだと思ったことはないし、当たり前のことだと思っている。幸せになりたい。その気持ちがないわけではないのだが、仕方のないことだと諦めていた。

 そんな私の婚約者はこの国の王太子様、ギリトー様だ。彼は優しく、民からも貴族からも慕われていた。私はそんな彼の婚約者であることを不快に思ったことはないし、むしろ少し誇らしく思っていた。……この状況から見るにそろそろ私は彼の婚約者ではなくなるはずだが。

「オリビア・マーガレット。婚約破棄だ」

そんなに大きな声で言わなくても聞こえています。思わずそう言いたくなる口を抑え、にっこり笑ってみせる。意味のわからないことをほざいている王子様と、後ろに隠れている見覚えのある少女に。

「あ、あの、ギリトー様……」

「ああ、怯えなくてもいいんだよ、愛しのエリー」

彼女のことは私も知っている。貴族の通う学園で同じクラスだったエリー・クロッカス様。最近、ギリトー様と仲良くなされていると噂のご令嬢だ。エリー様とは何度かお話をしたことがあるくらいだが、それでも彼女が優しく素直な正確であることくらいはわかった。伝わってくるのだ。彼女の性格が、心根が。そのくらいに彼女は真っ直ぐだった。

「オリビア、お前、エリーをいじめていたそうじゃないか」

王子様が来るということで一緒に出迎えていたお父様も、お母様も弟も驚いた様子でギリトー様を見つめていた。お父様もお母様も私がそんなことをしないのは分かっているはずなのだが、それでもいきなりそんなことを言われれば驚くだろう。

「故に、お前との婚約は破棄させてもらう」

全く、何度も同じことを言わなくても聞こえていますって。


- 2話 新たな婚約者 -

 ギリトー様は、自慢げに笑っている。その後ろでエリー様はおろおろと焦った表情でギリトー様と私を交互に見ていた。ああ、変わらないわね、その表情。ゲームで見た貴方達とそっくり。

「オリビア、どういうことなんだ」

お父様が訳がわからないとでも言いたげに私のそばに駆け寄る。確かに、ここで反論しなければ、私が彼女をいじめたという王子様の頭のおかしい証言を事実だと認めることになる。けれど、私はもうそんなことはどうでもよかった。どうせ私はもうこの国からいなくなるのだから。シナリオ通りに、ね。

「オリビア、いいことを教えてやろう」

嬉しそうに醜……少し崩れた顔で笑う王子様は心底嬉しそうだ。どれほど私のことが邪魔だったのだろうか。安心してくださいな、王子様。私は初めから邪魔などしていませんが、これからは関わりさえなくなりますもの。それは貴方が一番よく分かっておいでなのではなくて。

「お前と魔王の婚約が決まった」

思わず笑ってしまいそうになる口元を俯くことで隠す。まるで悔しがっているように見えるが仕方がない。待っていたわ、待っていたの。その言葉を、貴方から聞ける瞬間を。

「この国となるべく身分の高い未婚の女を差し出せと魔王から要求があったらしくてな、そこでお前に白羽の矢が当たったという訳だ」

ええ、知っていますとも。貴方が魔王様に無礼を働いた代わりに、でしょう。こっ酷く叱られたそうなのにどうしてそうも自慢げに話せるのかしら。その自信、私にも分けて欲しいくらいだわ。

「何か言えよ」

あら、私に返事を要求するのね。私の返事、そんなもの決まっているでしょう。

「はい、承知しました」

ありがとう、王子様、エマ様。私を、私達を幸せへと導いてくれて……。


 お父様は泣き崩れ、お母様は体調を崩して寝込み、弟は王宮へ抗議に行くといいお父様に止められる。私は愛されていたのだな、と、心のどこかで温かな何かをぼんやりと感じ取りながら日々は過ぎていった。

 私は魔国に嫁ぐ日が待ち遠しくて、慌ただしく荷物の用意をしたり、自分を磨いたりして過ごしていると家族も何かを察してくれたらしい。お母様はお元気になられたし、お父様と弟は私に笑顔を見せてくれるようになった。

 そして、やってきた。王宮に呼ばれ、馬車に乗り込む。ついにやってきたのだ。私達の、始まりの日が。


- 3話 魔王様 -

 王宮に着き、私は嬉しさを隠せないまま応接間へと向かった。王子の婚約者として過ごしてきた以上、王宮の構造はなんとなくではあるが理解している。魔王様がいるお部屋など、私にはお見通しだ。

 魔国は比較的新しくできた国だ。魔族や魔物によって構成され、魔王とその伴侶となるものには永遠の命が与えられるという。周りのものが寿命を迎える死んでいくのを見守るしかない、哀れな存在。そう思われてしまったのだろうか。危険な存在だとみなされた魔国を物語のように潰そうとするものはついに現れなかった。やはり恐れられてはいるようだが。

「入れ」

部屋の前に着くと、魔王様は私がきたと気が付いたのか声をかけてくれた。実際に声を聞くのはいつぶりだろうか。

「失礼します」

なるべく音を立てないようにドアを開け、中に入る。そこには愛しい旦那様と、縮こまって座る王様と王子様がいた。

「す、座りなさい」

王様にそう声をかけられ、私は迷うことなく魔王様の隣に腰掛けた。少し大胆かもしれない。そうは思うものの、隣にいた方が安心だ。

「で、は……我々は、これにて失礼する」

説明も何もなしに逃げていく王様と王子様。そんなに彼のことが怖いのかしら。こんなにいいイケメンなのに。

 パタン。ドアが静かに閉じたのを見守って、私たちは目を輝かせた。

「やったな、これで俺たち、また夫婦になれるぞ、美華」

「やったわね、優希」

実は私たちが夫婦になるのはこれが初めてではない。2回目なのだ。どういうことなのかというと、信じ難いのだが、私達の前世がそれに関係してくる。


 私たちはそこら辺にいる普通の夫婦だった。ゲームをきっかけに出会った私達はたくさんのゲームで共に遊び、仲良くなり、そして結ばれた。けれどそんな幸せは突如、デート中の事故によってなくなってしまったのだ。そして、気がつくと私達は転生していた。私たちが2人でハマってプレイした、この乙女ゲームの世界に。

 自分がこの世界にいるということは、一緒に死んだであろう美華もこの世界にいるかもしれない。この世界の魔王、オリヴァー・ブーゲンビリアに転生した優希はそう思い、私のことを見つけ出した。悪役令嬢に転生していた、この私を。

 そこからの展開は早かった。私に婚約者がいるという事実に一度は絶望しかけた私たちだが、王子様が私との婚約を壊そうとしていることに気がついた彼はこうやって手を打ってくれたのだ。


- 4話 私、幸せよ -

 そうして今に至る訳なのだが、私達は泣きそうな勢いで互いを見つめていた。今までは手紙で計画を進めていたので、実際に会うのは初めてなのだ。

「本当に悪役令嬢オリビアになったんだな、美華」

まじまじと私を見つめる優希。確かに、あって互いのことを確かめるまでは信じられなかった。でも、貴方の方こそ、人間でさえなくなってるじゃない。

「あら、綺麗でしょ」

冗談でそう言ったつもりだったのだが、優希はすっかり焦って私の手を掴んでいつものように笑う。

「美華はいつだって綺麗だよ」

前世だって、今だって。そういう優希は全く照れない。当たり前のことを言っているだけだから、といつも言っていた彼は全く変わっていない。

「じゃあ、行こうか。国の魔族や魔物には事情を話してあるから」

あらあら、国民全員に話してしまったのね。ちゃんと祝福されるかしら。

 彼は私の手を取ると王様と私の家族の待つ隣の部屋へズカズカと入っていった。これが演技なのだと思うと、なんだか笑えてくる。

「本人で間違いないようだ。我々は国に帰らせてもらう」

もう誰も私たちを止めるものはいない。縛るものはいない。あんなに渋っていた弟でさえも、私の幸せそうな表情を見て安心したように笑っている。

 私達は愛してくれた家族へ、守ってくれた家族へ、この国の王様へ頭を下げると、その場から音もなく消え去った。


 オリヴァーが幸せそうに純白のドレスを着る私の髪をとく。何が楽しいのかはよくわからないが、彼にとってはこれも私との大事なスキンシップの一つなのだろう。

 今日、私達は晴れて夫婦となる。互いを唯一の伴侶とし、永遠の愛を誓うのだ。永遠の命を手に入れる私達。私達以外に永遠を生きる生物などおらず、私達はまるで2人きりこの世界に取り残されたように生きることになることだろう。

「今なら、やめられるよ」

やめたら何になるというのだろうか。お互い離れて、静かに暮らすの。そんなのきっと、寂しくて早死にしちゃうわ。

「ねえ、オリヴァー」

もう忘れてしまったの。私達、誓ったじゃない。たとえどちらかが死んでも、互いを愛する気持ちだけは変わらないと。私達は永遠に一緒だと。互いに誓ったじゃない。

「なあに、オリビア」

鏡に映った幸せそうに笑う女。それを見て暖かく笑う男。これより彼らは、永遠を生きる化け物となる。

「私、幸せよ」

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