第8話 さようなら王子様 初めまして婚約破棄 6,000文字ほど
- さようなら王子様 初めまして婚約破棄 -
- 1話 私は -
楽しそうな笑い声が響く中、私は震える手を抱き締めながら自室へと走った。みてはいけないものを見てしまった。咄嗟にそう思った。
私の名前はシャーロット。人間国、獣人国、人魚国、妖精国、などなど、たくさんの国、種族で分かれたこの星に生まれた、人間国の第1王女。
私は国中の人が認めるほど、穏やかで優しい性格らしい。優しいかはわからないが、確かにあまり行動力のある方ではないので穏やかな方かもしれない。というより、小心者といった方が正しいかもしれない。小さな虫を見ただけでも跳ね退くし、かなりの人見知りだ。初めてのことは何でも怖い。最悪の事態をいつも考えてしまうからだろう。
そんな私には婚約者がいる。それは政治的なことを考慮した上で取り決められた婚約で、私が5歳、彼が6歳になる頃には国民に発表されていた。一応顔合わせは済んでいたのだが、彼は私に悪戯ばかりしてきた。虫を投げつけていたこともあれば、物を隠されたこともある。隠されたのはティッシュとかハンカチとかなどで、大した物ではなかったのだけれど、私はたくさん泣かされてきた。私はそんな彼が17歳になった今でもやっぱり苦手だ。いつ、何をされるかわかったもんじゃない。そう思うと気を抜くことすらできず、同じ部屋にいることすらしんどかった。こんな調子で私たちは結婚してやっていけるのだろうか。
けれど、私には夢があった。たとえ政略的な物だとしても、私たちは分かり合え、愛し合えるのではないか。そう願ってしまうのだ。
今でこそ大した悪戯はしなくなった彼だが、悪戯をするということは、少なからず私に興味を持ってくれていたからだと思う。今だって近くにいれば絶対に挨拶に来てくれるし、よく頭を撫でてくれる。私は小さいから子供扱いされているのかもしれないが、それでもよかった。彼の威圧的な態度も見過ごせた。
いつか夫婦になれば彼は色々な計画を立ててきっと私を楽しませてくれる。私に悪戯をして楽しむのではなく、今度は一緒に楽しみたい。その夢のためなら、ある程度のことは頑張れる。
けれど、私は今日見てしまったのだ。おそらく、見てはいけない物を。彼が第1王子として生まれたその国、獣人国のパーティーに招かれていた私が見たのは。
彼の、浮気現場だった。
- 2話 シャーロットの見た現実 -
飛び込んだ部屋。乱れた髪。荒れた呼吸。それを見て部屋にいたメイド達は慌てて私に駆け寄ってくる。そして、何があったのかと心配するように私を取り囲んだ。
私は婚約者であるリアム様にご挨拶を、と思いリアム様の部屋に向かっていた。その時、見てしまったのだ。リアム様が自室に入って行く様子を。それだけなら問題はない。けれど問題なのは両側に花のような女性達をたくさん引き連れ、その中の1人にキスをしながら部屋に入って行ったということだ。
上がった息を整え、心配するメイド達を1人を除いて下がらせる。残したのは幼い頃から一緒のアメリアだ。彼女はわたしが結婚してもついてきてくれるといっているほど、私たちは仲が良く、いつも一緒にいた。そんな信用できるアメリアにだから、話そうと思えたのだ。
「……アメリア。リアム様のお部屋を調べてきて。もしかしたら……いいえ、もしかしなくても、浮気してるわ、彼」
わたしがそういってもアメリア驚いた顔一つ見せずに悲しそうな顔をした。そして私を優しく抱きしめる。
「言ってしまおうか迷っていたのですが……知ってしまわれたのですね、姫様」
それが全ての答えだった。アメリアの家はもともと情報収集に長けた隠密を得意とする家だ。そのアメリアがいうなら間違いない話なのだろう。
「このこと……お父様とお母様は……」
戸惑いを隠せない。上に立つものは常に堂々としていろと教えられてきたけれど、今だけはどう頑張っても無理だとわかる。
「ご存知です。国際問題になるのを恐れて言い出せずにいるとのことでした」
国際、問題。そっか、私が言い出したら国単位の問題になるんだ。場合によっては戦争になることもあり得る。私達と婚約は、もともと両国を結びつけるためのものなのだから。
……え。じゃあ、私、あの人と結婚するの。私の国は一夫一妻制だ。獣人刻はそうではないそうだが、私たちが婚約する際に妾は持たないことが取り決められている。婚約中の浮気もいいわけがない。
それなのに、文句さえ言えないの。私はあんな男を本当に愛せるの。彼の愛を得られるの。幸せになれるの。
幸せなんて考えてはいけないことはわかっていた。今まで国民の血税で贅沢させてもらってきた分、教育を受けていた分、私は結婚するなり何なりして国民に返さなくてはいけない。それでも、それでも。
「……シャーロット」
私を抱きしめたままのアメリアがぽそりと呟く。懐かしい。昔は身分なんて気にせずに接してしたものだ。もちろん、怒られてしまうので2人きりの時のみだったが。
「両陛下はシャーロットの好きにすればいいと言っていたわ」
好きに……。それで国民が苦しむことになったらどうするのよ。
「……ねえ、シャーロット。あなたはもう十分頑張ったじゃない。王妃教育も、王家という重圧にも耐えてきたわ。あなた1人が苦しめばいいなんて、国民も思わないわよ」
アメリアは私の頭を優しく撫でて、私を苦しいくらいに抱きしめて。
「だから、大事なのはシャーロットがどうしたいかなのよ」
これはわがままじゃないんだから。
ポロポロと涙が溢れてきて。やっと現実を受け入れられた気がした。
- 3話 目を覚まして -
あなたはどうしたいの。選択肢は一つじゃないはずよ。あの人と結婚したい、それとも……。
ハッと目を覚ます。どうやら私は夢を見ていたようだ。あのまま泣き疲れて眠ってしまったのだろう。なるで子供のようなその行動に、思わず私は自分で笑ってしまいそうになる。
それにしても、自問自答の夢なんて、私はよっぽど追い詰められているのかしら。どうしようもないと感じた時に、私はよくこの夢を見た。鏡合わせのように映った私が私の目を見て問いかけるのだ。あなたはどうしたいの、と。
「おはようございます、姫様。……答えは出そうでしょうか」
その目は夢に出てきた私によく似ていた。真剣な、そしてしっかりしたその目は私の心を揺さぶる。
国民の為を思うなら、国のためを思うなら私は何も言わずに嫁ぐべきなのだろう。多少なめられても、平和のためならきっと私の家族も納得してくれる。
けれど、私はどうしたいのか。アメリアも、夢の中の私も私にそう聞いていた。どうするべきかではなく、どうしたいか、と。そんなの決まっている。婚約破棄だ。私はたとえ政略結婚でも尊敬できる人と結婚したい。愛せる人と結婚したい。それが絶対に無理だとわかっている彼と、結婚したいわけがない。
どの道が正しいのか。私には全くわからなかった。私の家族も、国民も、私1人犠牲になればなどと思う人は1人もいないだろう。けれどもし戦争になったら。戦争は理不尽な理由で起こるものだ。だった1人でも、国民が傷つくのが怖い。守れるものなら守りたい。
「姫様ー」
何人もの声が聞こえる。いつか聞いた民達の声だ。ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか。
「姫様ー」
あれ。まだ聞こえる。まさか、と思いアメリアの方を振り返る。アメリアは一つの小さな手鏡を私の方に向けて立っていた。その鏡には私ではなく、大切な大切な故郷の仲間達が映っている。
「姫様、おはようございますー」
「おはようございますー」
沢山の映りきらないほどの国民達が鏡の向こう側から私に話しかける。どうやらこの鏡はアメリアの実家の家宝の、転移魔法がかけられた鏡のようだ。転移魔法で映像を転移させることで遠いところにいる人同士が話をできる。そういうマジックアイテムだったはずだ。
「姫様が我々を大切に思ってくださるのは嬉しいです」
代表なのか、一番前に立っている男が大きな声で叫ぶ。実際にこっちに届く声は本当に小さなものなのが少し可愛らしく見える。
「ですが、我々も姫様のことが大切なんです」
涙がこぼれ出るかと思った。絶対に忘れてはいけないことを忘れていた。私は大切にするだけではなく、大切にされているということ。
ありがとう。どうしてもお礼が言いたくて口を開いた時、鏡は彼らではなく私を映した。
「効果が切れたようです」
残念そうな声でそう言ったアメリアだけれど、その顔は満足そうだった。
- 4話 前を向け -
私はすでに私しか映っていない鏡をただただ見つめていた。嬉しかったのか、ハッとさせられたのか。そんなことさえわからなくなっていたけれど、確かに愛されているということだけはわかった。
「姫様。姫様に選んでいただければ、きっと民も納得するはずですよ」
優しく微笑むアメリアの目を見て、私の覚悟は決まった。私の嫁ぎ先にはアメリアも連れて行くのだ。それなら、あんな男のところに嫁ぐわけにはいかない。
「前を向くべきよね」
さようなら、リアム様。
「やりましょう」
初めまして、婚約破棄。
そこからはもう嵐のような騒ぎだった。一緒に来ていた弟に協力を頼み、早馬を飛ばし妹をこちらに呼んだ。明らかに何かを企んでいるのはバレバレだっただろうがそんなこと考えていられなかった。証拠を掴み、その証拠を揉み消されないようにたくさんの人に見せるためにはたくさんの国の要人が集まるパーティーで言い出すしかなかった。だから、2日後に開かれるパーティーまでに何とか証拠を集めなくてはならなかったのだ。そのために聡い弟と行動力のある妹を呼んだのだ。
そして私たちは、ついにその日を迎えた。
パーティー当日。私達は飛び込み参加の妹の手続きを済ませ、私はリアム様のエスコートで、妹のイザベラは弟のウィリアムのエスコートで会場に入って行った。こんな男の腕を掴んでいなければならないなんて。私は内臓ごと飛び出そうな怒りと嫌悪をを抑えながら笑顔を作った。ある程度の挨拶を済ませ、人が雑談を始めた頃。ダンスが始める前に皆に発表したいことがあるのです、お時間をいただけませんかと私は獣人国の王様に申し出た。王様はお優しいお方で、私のわがままを聞いてくださり、この場を借りて話をすることを認めてくださった。
「注目せよ。人間刻のシャーロット王女が話したいことがあるそうだ」
王様のその言葉だけで一斉に静かになる。私はウィリアムとイザベラが前に出てきたのを確認すると、お辞儀をして笑顔を作った。
「皆様、この度はお時間をいただき誠にありがとうございます。この場にてどうしても皆様に発表しておきたいことがございまして……」
リアム様は驚いているようなふりをしつつもどこか嬉しそうだ。リアム様への愛を誓うとでも思っているのかしら。あら、ちょっとは当たってるじゃない。確かに今から私が話すのはリアム様、あなたの話よ。
「私はリアム様と……」
沢山の味方を身につけた私は挫けないのよ。見てなさい。
「婚約破棄、させていただきます」
私という女のあり方を。
- 5話 デタラメ? -
ざわざわとあたりがざわめく。いったいなぜ。そんな声が両手で抱え切れないほど聞こえてくる。
「ふむ。シャーロット王女、理由を聞いても構わんかね」
リアム様が驚いて私の方を見ている中、王様だけは冷静だった。もしかしたらご存知だったのかもしれない。
「はい、それはリアム様が沢山の御令嬢方と恋愛関係にあるからです」
そこに愛はないのだろうが、あえて恋愛関係と言い放つ。これは浮気なのですと、なるべくわかりやすく伝えるために。
聞こえてくる声が一気に小さくなった。心当たりのある人がいるからだろう。もしかしたら自分たちにも何かあるかもしれない。それを恐れているのではないだろうか。
「それは事実かね」
髭を撫でながら王様は私たちを見下ろした。ここで弱気になってはいけない。最後まできちんと笑顔でやり通さないと。
「はい、王様。これをご覧ください」
窓という窓に映像が映し出される。
「ねえ、リアム様。私たちのこと愛していますか。婚約者の王女様よりも」
注意、プライバシー保護のためリアム様以外の顔と声は変えさせていただいております。
「ああ、もちろんさ。あんな弱そうな女」
私達王家の人間は1人に1つずつ魔法の付与された道具が配られる。ウィリアムの記録する魔道具でこの映像を記録し、イザベラの映し出せる魔道具でそれを窓に映し出す。そして私の全てを隠せる魔道具で御令嬢方の声と顔を隠させていただいたのだ。
「で、デタラメだ」
リアム様の声が響く。その声は耳が痛くなるほど大きかった。
「この女が嘘をついているんだ。そんなもの魔法でいくらでも作り出せるだろ」
確かに、そうだそうだと小さな声が聞こえてくる。浮気に加担していた方達はなかったことにしてしまった方が都合が良いのだろう。
けれど、確かにリアム様の言う通りなのだ。魔法のあるこの世界。映像を作り出そうと思えばいくらでも偽造できる。だからこそ重要なのはどれだけの人に信じてもらえるかだったのだが、まさかこんなに浮気に加担している者が多いとは思わなかった。
「それが偽物ではないと言う証拠を見せてみろ」
なんと返せば良いのかわからない。私は動くことすらできずに彼を見ていた。そんな時。
「まあ、浮気の件がなくとも兄上は王位継承権を失うことになりますがね」
救いの声が上がった。
- 6話 私の掴んだ幸せ -
一斉に注目が彼の方に注がれる。彼のことは知っている。何度かお会いしたことがあるからだ。リアム様のたった1人の弟、ノア様だ。
「なっ。それはどう言うことだ」
リアム様の顔が焦りに満ちている。何か思い当たる節があるのだろう。
「兄上は横領をしていらっしゃいますから」
平然と言って退けた彼に、私は少し笑ってしまいそうだった。先ほどまでかなりのピンチだったのに、少し明るい気分になっている自分がいる。
それにしても、この男は横領にまで手を出していたのか。流石にそこまでは知らなかったので驚いた。
「ほら、これ。証拠です」
ノア様がバラバラと何かの紙をばら撒く。そこにはリアム様や貴族達のサインがされた何かの手紙だった。おそらく横領に関して相談をしている際の手紙なのだろう。その手紙に慌てて駆け寄ったのはリアム様以外にも何人もの貴族達の姿があった。彼らが横領に加担していた者達なのだろう。
「あ、ちなみにこれコピーです」
あらら、拾っても無駄だった。
「さて、父上。処分はお任せします」
ノア様がそう言って王様を見上げると王様は力強く頷いた。そして私たちの婚約破棄パーティーは終わりを迎えた。
あの後はかなりのスピードで物事が進んでいった。ノア様があのタイミングでリアム様を摘発したのはどうやらアメリアが根回しした結果だったらしい。なんとも恐ろしいメイドだ。その恐ろしいメイドが私の味方なのだから、笑えてくる。
リアム様……いえ、リアムは王子という身分を剥奪され横領に協力していた人たちとともに横領したお金を返すために働きに出ているらしい。なんでも逃げられないようなところだとか。
「シャーロット様」
後ろから話しかけてきたノア様の方を振り返る。ノア様は少し顔を赤らめていた。熱でもあるのだろうか。
「あなたに気があるから今回のことに協力した……と言ったら、信じてくれますか」
……え、ちょ、は、え。
「……え、ちょ、は、え」
やだ、思ったことがそのままでちゃった。そのまま過ぎるくらいよ。
「ノーアーさーまー。まだ姉上は渡しませんからね」
「そうですよ。私たちのお姉様なんですから」
一時期は絶望もしたものだ。どうしてあんな人の婚約者なのだろうか。これからどうなるのだろうかって。
「シャ、シャーロット様。あっちに美味しいケーキが。あの、その、い、いきませんか」
でも、私。
「はい、喜んで」
案外幸せになれそうです。
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