第11話 鳥居先

「すみませんでした!!」と、頭に大きなたんこぶを作り、目の前で土下座をしている朱莉ちゃんに顔を上げるように言うも、その隣にいる私よりも何歳か年上の赤色の短髪に黄色いキリッとした瞳の少し柄の悪い感じの印象を受ける男性に止められる。


 この人も朱莉ちゃん同様怪まぼりの人間なのだろうが、朱莉ちゃんとは違い顔を出しているし、耳飾りの数字の部分が少し違う。

 朱莉ちゃんのはただの漢数字だったのに対して、この人のは、馴染みのある『二』ではなく、『弐』と大字と呼ばれるもので書かれていた。


「ふ、二ツ神家には返しても返しきれない程の御恩があるにも関わらずっ、あ、あのようなご無礼を働いた事、えっと」

「深くお詫び申し上げます。だろうが」

「うぅ…深くお詫び申し上げます…」


 おまけと言わんばかりに赤い髪の男性が朱莉ちゃんの少し赤みのかかった茶髪頭をわし掴み、畳が軋むほどの勢いで叩き付け、「この通りなので許してやってください」と頭を下げた。

 その様子にはさすがの白佑でも驚いたようで、表情の代わりかのように尻尾をピンと立てた。

 なにそれ可愛いなんて感想も吹っ飛び、すぐに頭を上げてもらうように口を開く。


「あ、えっと…! わ、私なら大丈夫なので頭を上げてください! さっきの事でしたら何も気にしてないし、責めるつもりもないので!」

「! 許してくれるんですかぁ!?」


 赤い髪の少年の頭を跳ね除ける勢いで顔を上げた朱莉ちゃんに、まるで神でも見たかのような眼差し―と言っても表情は見えないが―で見つめられ、それにコクリと頷く。


「あっありがとうございますぅぅぅ!!」

「おいコラ!! テメェ朱莉! ちっとは反省しやがれ!!」

「ヒィィッ! 痛い痛い!!」


 再び朱莉ちゃんが飛びついてきそうになった所を、赤い髪の少年が声を荒げながら止めに入る。

 背後から自分の右足を朱莉ちゃんの左足に絡ませ、左足を朱莉ちゃんの首根っこに引っ掛けてから、更に自分の左手を朱莉ちゃんの右手に絡ませて締め上げる。

 確か、卍固めだとか言っただろうか。


 この世界にもあるんだな…。


「……取り敢えず朱莉。テメェはさっさと見回りに行ってこい。ここに居たらまた日和様に失礼な事するだけだろ」

「うぅっ、分かりましたよぉ…行ってきます」


 なんて感心しつつ、白佑にさっきのお返しと言わんばかりに渾身のデコピンをお見舞いしていると、赤い髪の少年が朱莉ちゃんを部屋から追い出し、それから一つ、コホンと咳払いをして場の雰囲気を改めた。


「挨拶が遅れました。俺は怪まぼり、紅組弐番の李燕りえんと言います。今日は頭…壱番が不在で申し訳ないです。……代わりと言ってはなんですが、俺が日和様にご挨拶申し上げます。えっと、そっちのは白佑…だったよな。お前もよろしくな」

「あ、えっとはい。よろしくお願いします李燕さん」

「よろしくお願いします。……それにしても壱番でなく、弐番? 壱番の方はどこへ?」

「あ~えっとな…頭は今、軽い行方不明というか、絶賛サボり中と言うか…」

「ロクでもないな…」


 なんの遠慮もなく言う白佑を軽く咎めながら、李燕さんの話の続きに耳を傾ける。

 なんでも、怪まぼりの紅組壱番、紅牙こうがさんは自由奔放なあほ…じゃなかった、とにかく自由な人らしい。


「なんでも、強くなりたいとか言って、怪まぼりでは最強って事で伝説になってる篠星さんってのを探しに行ってるんです」

「!?」


 李燕さんの口から出た「篠星」という知りすぎた人物の名前に、白佑とほぼ同時に肩を揺らした。

 多分私と白佑、考えている事は一緒だ。


 ――あの人、最強って伝説になる程強かったのか!!!


 まあ確かに私の家に怪が忍び込んで来た時も、刀の刀身すら見せない程の速さで倒してたけど、まさか篠星さんがそんな、レジェンドみたいな存在だとは…。


「……その人って、耳飾りに『無色』とかって書いてありますか?」

「え? あぁ、そうだが。…もしかして白佑、お前なんか知ってんのか?」


 知ってるも何も…と言った様子で白佑が私の方をチラリと見やる。

 あ、私に言わせる気か。


「その篠星さん、よくウチにいらっしゃいますよ」

「マジか!じゃなくて、本当ですか?!」

「はい。この髪飾り…今は形変えてますけど変形石でしたっけ、これをくれたのも篠星さんです」


 そう言いながら自分の髪に付けていた変形石を外して李燕さんに見せる。それを見た途端李燕さんは変形石を見た途端、目の色を変えた。

 まるで普通なら存在しないような物を見たかのような反応で、思わず変形石を取り落としそうになる所を慌てて持ち抱えた。


「これを篠星さんから…すげぇ、本物は始めて見た」

「それって何か高価なものなんですか?」

「当たり前だろ、これ、世界中で片手に収まるほどの数しかねぇんだぞ。価値なんて、俺には計り知れねぇよ」


 白佑と李燕さんの会話に思わずギョッとする。

 そんな高価なものを私は今まで呑気に身に着けていたのか!

 何回か、「形変えれるからガラスペンみたいなことできるじゃん」とかってインクに浸したこともあるんだけど!?

 嘘でしょ!?


「そんな高価な物をあんなに安々と…」

「篠星さんって本当に良く分からないですね…」

「本当だよ」


 今になって変形石に触るのが恐れ多くなっていると、それを白佑は感じ取ったのか、私の手元から変形石を取ると、髪飾りと呟いて元の形とはまた別の物へと形を変えた。


「…コレが日和様の物と言うのは変わらないですし、そこまで物怖じしないでも良いんじゃないですか?」


 そう言いながらキラキラと青く輝く変形石を私の髪に飾ると、白佑は満足気に頷いく。

 突然の白佑によるイケメンムーブに内心驚き半分、トキメキ半分といった心持ちだ。

 なんとなく白佑の甘い雰囲気に恥ずかしくなり、李燕さんの方へと向き直り、話を逸らす。


「そっ、そう言えば李燕さん!! あの、これ、白佑にも毎回言ってますけど敬語は外してください」

「……良いんですか? 俺よりも日和様の方が位が高いんですよ?」


 こちらの事を窺ってくるような視線に、私はしっかりと頷いた。

 やっぱり、年上に敬語を使われるのはとんでもなく慣れない。これは会う人ほぼ全員に言っている事。

 朱莉にはさっきの事もあり何も言えていないが、次に会う事があれば勿論敬語を外してもらう所存だ。

 年功序列が私の人生におけるモットーですから。


「――何となくは分かったわ。……もう一度聞くけど、敬語は外していいんだよな?」

「はい! なんせ私のが年下なので!」

「分かった。これからよろしくな、日和」

「よろしくお願いします!」


 私に何の企みもないと分かって安心したのか、太陽のように眩しいくらいの良い笑顔で一つ笑みを零すと、李燕さんが片手を差し出してきた。

 嬉しくなって私も手を出し、李燕さんと握手をする。

 ……この調子なら、こっちも行けるだろうか。


「――白佑も! 何度も言うけど、私なんかに敬語は使わないで良いんだからね!」

「嫌です」


 スパァン!! と無情にも切られた私はガックリと項垂れた。

 白佑はいつもこうだ。なんでこんなに敬語を外すのを拒むのだろう。こちとらむず痒くてしょうがないのに!


「……お前ら、面白れぇな」

「白佑ったらいつもこうなんですよ。同い年くらいの年齢だから、敬語はいらないって言っても「嫌です」の一点張りで」

「何度も言いますけど、僕は絶対に日和様相手に敬語は外しませんから」

「頑固だな」


 李燕さんの率直な意見に大きく頷いた。

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ケモ耳従者と平和な世を 灯之魅 @ea_nt7ny_y25e_t

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