第10話 朱莉

 とある昔、荒れ果てた地で苦しみ、飢えていた生き物たちの為に、それを案じた龍が己の歯を荒れた地に落とした。

 その歯が地に突き刺さると、瞬く間に荒れた地に潤いが戻り、木々は青々と生え、枯れていた川は水を取り戻し、死にかけていた生命は息を吹き返したそうな。

 ――と言う伝承が残る地だから、龍歯里たつばざとという名前になったそうだ。

 ちなみに私が住んでいる里の名前は神栄多里かんえいたざとである。


「凄く綺麗…!!」

「龍の歯が穢いものまで排除するそうですよ」

「え、すご…!」


 龍歯里は、龍の歯のおかげか、土地の環境がこれでもかと整っている。

 例えば、種を植えれば二日で芽が生え、さらに三日で果実が実るまでに至る程。

 川の水もキラキラと輝くほど透き通り、そこに住んでいる魚も程よく脂がのり、とても美味い。

 売れば高値で取引される為、商いなどが盛んな里だ。


 盛んな商店街に、綺麗で大きい水車、街並には所々に龍の彫刻や絵が描かれており、どれもため息が出るほど美しい。

「ほぁ…!」と間抜けな声が思わず出てしまう。

 龍歯里の風景に見惚れ、興奮していた私を余所に、馬車は目的地である怪まぼりの本部である屋敷に着いたようだ。


 全体的に黒っぽい屋敷で、大きさは二階建ての一軒家が二戸くっ付いた位の、大きすぎず、小さすぎず、と言った大きさだ。

 何かの仕切りなのか、はたまた結界なのか、その屋敷を囲うようにして朱色の鳥居が円状に並べられている。


「わっ、もう来たんですか!? やばっ!」


 鳥居の前で呆けていると、私とそう変わらない少女の慌てたような声が聞こえてきた。

 何事かと声の方を見れば、鳥居の上の部分に乗っていたであろう女の子が落ちるところが見える。

 ドサッと痛そうな音がしたが、それを気にも留めず、女の子はこちらを一瞬見るとそのまま奥の屋敷の方へと入って行った。


 口元以外を黒い布で覆っている為、表情は読み取れないが、仕草や声音からして相当焦っていたのだろう、途中、途中「やばい!!」だの、「急がなきゃ!」などと色んなことを叫んでいた。


「…今の、何だったんでしょうね」

「この鳥居、高さ結構ある筈なのに、落ちてもケロッとしてたね…」


 白佑も驚いたようで、口をあんぐりと開けている。

 しばらくその場で立ち尽くしていると、先ほどの女の子が同じように慌てた様子で戻ってきた。

 さっきは全く気が付かなかったが、女の子の右耳には篠星さんと似たような耳飾りを付けている。

 篠星さんの白色のものとは違い、赤地の札のような物に黒で文字が書かれている物だ。


(『朱莉』に『紅組』、それと『五』。これ、篠星さんの要領でいけば、『朱莉』が名前かな。でも『五』ってなんだろ、篠星さんの物には書かれてなかったけど…)


「おっお待たせ致しました~!! 日和様と忠獣の白佑さんですよね! 中へご案内しますので付いてきてください!」


「しっかりついて来てくださいね!」と高い位置で結んでいる色素の薄い髪を振りながら、意気揚々と言った様子で歩いて行こうとする女の子を、待ったと言わんばかりに白佑が止めた。それも女の子の着物の衿を引っ張る形で、だ。


「名前を聞いても? これでも僕は日和様の護衛をしている。そこら辺をしっかりさせて貰わないと。」

「わっへっ!!? ちょ、お、下してくださいよ! 名乗ります!名乗りますからぁ!!」


 ぎゅんと耳を前に倒し、警戒の様子を見せる白佑に女の子が半泣きで答えた。

何気に白佑が殺気を放つ姿は初めて見た気がする。


「し、白佑? さすがにそこまでやらなくても…」

「いえ、必要なことなので」

「お、おう…」


 諦めた。


「私はあかりって言います! 朱に莉であかり! 怪まぼり紅組あかぐみ五番、朱莉ですぅ! 決して害はない雑魚同然の存在なのでぇ!」


 終いには「わぁぁぁん!!」と大声で泣き始めたので、さすがに朱莉ちゃんが可哀想だと白佑を止める。

 紅組五番、朱莉…ってなんか、学校とかでよくある出席番号みたいだな、とか余計な思考は頭の片隅に追いやり、朱莉に声を掛ける事にした。


「えっと、朱莉ちゃん…で良いのかな。えっとその、とにかくごめんね。大丈夫?」

「大丈夫だったら泣いてないですぅ! お宅の護衛さん凄く怖いです! そのうち、睨むだけで死人が出ますよぉ!!」

「わっ、ちょっと! 落ち着いて!!」


 まるで幼子のようにわんわんと泣き、私の肩をもの凄い力で、前から後ろ、後ろから前へと勢いよく振り続ける。

 あわわわ! ちょ、落ち着けって待てって! と抵抗しようとしても朱莉ちゃんの力が強すぎて引き離すことが出来ない。

 君本当に人間!? って聞きたくなるほどの怪力だ。


「日和様から離れろ。肩に痕でも残ったらどうする」

「ぎゃっ! こっち来たぁ! 助けて下さいよ日和様ぁ!!」


 凄い力で私のお腹の辺りに抱き着いて離れない朱莉ちゃんに、私の脇を掴み、どうにか引き離そうと獣人特有の怪力を披露してらっしゃる白佑。

 二人に挟まれた私は、ただ「ぐぇっ」と潰された蛙の様な声を出す事しか出来ない。


(なんか、内臓が圧迫されてる感が…す…る…っ。このままじゃ死ぬって…!! あぁ…ほら見ろ、段々とギャアギャア騒いでる二人の声が遠くなってきたぞ…! 視界もホワイトアウト寸前だわこの野郎…!!)


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