第9話 怪まぼり

 この世界では種族が極端に多い。

 一番数の多いのが私達人間で、その次に多いのが妖怪などの化生。

 次に動物と来て、獣人。それ以外にも見た者はいないが、龍などの瑞獣や精霊も確かに存在するという。

 …そして、生き物とは別の括りになるが、「怪」というものが存在する。これは、人間や妖怪、瑞獣などの多種族が一つの世に存在する事で歪みが生まれ、そうした過程の先で「怪」が発生するのだ。


「怪」は人や生き物に害をなす。

 その怪は人の感情が原因で発生したり、自然発生したりと理由は様々。天井の染みや木目を幽霊のようだと怯え続ければ、やがてそれが力を持ち、「怪」へと姿を変えたりもする。

 基本的に怪は生き物の形ではなく、異形である事が多い。


 ――以前二ツ神邸の中に侵入してきた怪も、例に漏れず異形の姿だった。

 熊ほどの大きさで、四つん這いで這うようにして動き、体全体を黒くネバネバとした粘着質なものに包んだ、黒く濁った五つの瞳をギラギラとさせている物だった。

 異臭も放っていたし、それの這った後には泥や嘔吐物のようなものが残る。

 恐らくゴミや汚れ、異臭が固まり生まれた怪だろうと篠星さんが言っていた。


 そして「まぼり」とは、〈食べる〉や〈召あがる〉。他にも〈むさぼり食う〉などの意味がある。

 私の父である朔郎が怪によって親を亡くし、その仇の為にと怪をむさぼり食うかのように狩っている孤児たちを見て作り上げたのが、まさに〈怪まぼり〉なのだ。


「――え? 今何と?」

「今日から私は北東へ出張に行く」


 朝のまだ早い時間。

 急に起こされたかと思えば、お父様の書斎のような部屋に連れて行かれ、促されるまま畳の上にある座布団に腰を下し、なんだなんだと驚いている所だった。

 神妙な雰囲気を纏い、目の前で正座して座るものだから、何か真剣に聞かなければならない事なのかと、佇舞いを正したのだが、その次の言葉で思わず聞き返してしまった。


「あ、いや、お父様の出張の話は聞いたので大丈夫です。その後の話ですよ」

「……。私の代わりに怪まぼりの連中に顔を出してほしい」

「はい!?」


 お父様の放った言葉の意味を掴めないままぽかんとしていると、「失礼します」と挨拶を言いながら白佑が入ってきた。

 白佑も白佑で現状を掴めていないらしく、いつもはふさふさな尻尾を垂れさせ、緊張したように表情を硬くしている。

 「いつもは呼ばれる事などないのに、なんで呼ばれたんだ」とか思っていそうな顔をしているのがよく分かる。


「あ、白佑。おはよう」

「おはようございます。…朔郎様も、おはようございます。今日はとても気持ちのいい朝で」

「あぁ」


 見ての通り、白佑とお父様は何故か反りが合わないらしく、いつもこんな素っ気ない会話をしている。

 簡単に言葉で表すと、分かりやすいくらいに嫌悪感を白佑に向けるお父様と、理由は分からないが嫌悪されているのは分かるので、何となく警戒している白佑の図。と言った所だろうか。

 他にも何かしらお互いに突っかかる事があるらしく、この二人の間の空気が明るかった試しがない。


「で、怪まぼりの連中に顔を出してほしいと言うのはどういう事か、説明をして頂いてもいいですか? そもそも私が行く意味ってあります?」


 二人の険悪な空気を紛らわすべく、思ったままの質問をする。確かに怪まぼりの一人? である篠星さんとは交流があるけど、その他の怪まぼり様達とは関わりがない。

 何か届け物があったら飛脚屋に頼めば良い話なので、あまり土地勘のない私をわざわざ行かせる必要が無い。…となれば何故? となるのが普通だ。


「確かに。怪まぼり様たちと日和様とは関わりが無いです。それに怪まぼり様の本部は隣里。土地勘のない日和様を行かせるにはあまりに…」

「いらぬ事を言う犬だな…」

「なんでそんなに喧嘩腰なんですか。…って、それよりも理由は?」

「それは…」


 今にも掴みかかりそうな白佑を抱えながら、お父様に答えを求める。お父様本人は何故か言いづらそうに吃るばかりで、その先を言おうとしない。

 まさか、何か悪い事が起こったのだろうか…と勝手に考えてしまい、ゴクリと固唾を飲んだ。


「…朔郎様。早く言って下さらないと日和様の足が痺れてしまいます」

「これ。喧嘩を売らないの」

「日和、本当にその犬は口が減らないな。下を切り落としてしまえ」

「お父様も。嫌な事言わないでください」


 クッソ、話が進まねぇなぁ…!! と段々イライラして来たが、グッと堪え両方を宥める。なんでこんなに喧嘩腰なんだ。本当に。


「…………とにかく私は出張に行く。日和とお前は本部の方に行くように。では」

「はぁ!? ちょっ結局理由聞いていないんですが!?」


 余程答えたくなかったのか、お父様はそそくさと逃げるように出て行ってしまった。


「逃げましたね」

「逃げたね…」


 私が「あはは…」と苦笑いを零していると、二人きりの場だからか、いくらか肩を抜いた様子の白佑が訪ねてきた。


「…怪まぼり様のいらっしゃる本部へ行くんですよね? 本気ですか?」

「お父様に行くように言われちゃったし、行くしかないじゃん?」

「そうですか…日和様に、思春期とかってのが存在しないのはよく分かりました」

「え。分かってないよね、それ」


 どっから思春期の話が出てくるんだ…。


「普通日和様の年齢なら、「お父様なんて嫌い!」みたいなのがあるものですよ?」

「どっから出したんだよその声…」


 私の声を真似たのか、裏声で喋った事に若干驚きながらも「そうじゃなくて…!」と話を戻す。

アンタそんなふうに人の事茶化せたのか! と言ってやりたいが、今はそれの話ではない。


「ここから本部までってどのくらいかかるの? それに合わせて準備もしなくちゃ」

「馬車で走ってざっと二時間くらいですかね。璃藍さんからそう聞いてます」

「抜かりないな璃藍…」


 なんと璃藍。二年前に結婚&妊娠をし、寿退社―のようなもの―をしていったのだ。その直前、白佑は璃藍から全ての事を引き継いだらしい。今では璃藍の肩書が全て白佑に加わり、「忠獣をしている、世話係兼教育係兼、護衛係です」と名乗るまでになった。

 同い年の少年に自分の身の回りの世話をさせるのはとても忍びない。

 本人に何度かやめるように言ったのだが、白佑が何故か頑固と言うか…、頑なに世話を焼くのをやめようとしない。

 ハッキリ言って恥ずかしいです。というのが本音だ。


「じゃ。早速行きますか」

「はい」


 余所行きの着物に着替え、同じく着物を着た白佑と共に馬車に乗り込む。

 私が何回か怪に憑りつかれたりとしているせいで辺り一面に護符が貼られている以外には、この馬車は本当に豪華だと思う。

 金箔の張られた窓枠に、所々に施された昼顔と太陽を模したような立派な装飾。


「いくらなんでも豪華すぎ…」

「それ、毎回言ってますよね。確かにそう思いますけど」


「目が痛い…」と言葉を付け足す白佑に思わず笑う。


「だよね。コレが普通ってお父様にはよく言われるけどさ、こんなに豪華にする前に貧困層とかをどうにかすべきだよ」

「そうですね。それも毎回聞いてますけど」

「うっ、そうでした。…早く政治とか出来るようにならないと」


 今年の神無月で私は十八になるが、まだまだ勉強が足りないためお父様の後を継ぐことが出来ない。なんてたって無能に国の一端を任せるわけには行かないから。

 そのためにも私は今、何よりも勉強が大事な訳である。


「あ、日和様。そろそろ着く筈ですよ。外でも覗いて見たらどうですか?」

「うん!」


 白佑に言われ、馬車の窓を開け外に身を乗り出す。


「おぉ~…!!」

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