第二章 ケモ耳従者と前世持ち女子
第8話 成長
――あんなに可愛い宣言を受けて早十二年。
「日和様、篠星さんが来てます。」
あの日から変わらず白佑に何かをさせる訳でもなく、白佑と二人でのんびり自由に暮らしていたのだが、十二年も経てば人は変わるものらしい。
白佑の声はゆったりとした低音になったし、背も170ほどはある。
人間で言う耳の辺りの髪を片方、一部だけ顎下まで伸ばし、三つ編みにしてたりと少しお洒落なるものにも興味を持ったようだし。
最近は淡い青色の生地に、少し濃い青で昼顔の刺繍をいれた男性用の
今では昔の様な舌足らずな話し方も消え、何とも流暢に話すようになったし。それに付け加え、何があったのか完全なるクール系…というか表情筋がほとんど動かないほどの寡黙な少年になった。
「そうなの? 分かった。今から客室に行くね。」
こればっかりは何があったのか本人に直接聞きたいが、毎回流されてしまうので聞くに聞けないのが現実。
……もっとこう「おねぇちゃん!! 一緒にあそぼ!!」と笑いかけてきた前世の弟のように接してくれると思っていたのだが…。
最近になって剣術やら何やらを学び始めたのがきっけかににでもなったのかと思うが、どうもそうでもなさそうだ。
一方。
私はと言うと、だいぶこの世界にも慣れる事ができ、何不自由なく日々を過ごしている。髪もだいぶ伸びて来たので緩く三つ編みにして前に流し、服装は女袴を着ている。白地に青と紫の昼顔が咲いている小振袖に千歳緑色の袴だ。
――そう言えば篠星さんのことを忘れていた…。
彼はあの日の一件以来、よく我が家に来るようになった。なんでも、この家の料理が美味しいだとか、寝るのに丁度いいだとか、話し相手が欲しいなど、その他色々理由を付けてはやって来る。
来る頻度は毎回違うが、最低でも一ヶ月に七回以上は会うので、その分沢山話をした。私としても篠星さんとの会話はとても楽しく、そのついでに白佑が剣術を教えて貰ったりと何かと良くして貰っているので全然大歓迎だ。時々買って来てくれる不思議なお土産などは毎回ドキドキさせてくれる。
前にくれたのは淡く光る行燈に、大小様々な金魚の影絵が泳いでいる物だった。これの凄いところが、金魚の影絵達がまるで生きているかのように動く所だ。行燈の和紙の上をすいすい動く様は、見ていてとてもため息が出るほど綺麗だった。
「流石ファンタジーな異世界…」と一日中その行燈を見ていたせいで璃藍に怒られたのは記憶に新しい。
「やぁ。久しぶりだね、日和」
「お久しぶりです、篠星さん!」
そりゃあ懐きますって。
「あはは、変わりは無いようで安心だ。白佑も、元気そうで何より」
「…ご無沙汰してます」
ペコリと頭を下げる白佑に、篠星さんは面白い物を見るように笑った。彼は何か知っているのだろうというのは分かるが、それを教えてくれた事はないのでもう諦めた。
「さて、今日もお土産を持って来たよ。これは日和で、こっちは白佑へ。今回のは中々面白いよ?」
「わぁ!! ありがとうございます。」
私に渡されたのは小さな木箱。中を覗いてみると、何やら雫の形をした光り輝く宝石のようなものが入っていた。
…毎回思うのだが、ただの知り合いの子どもにあげるにしては、とても高価な物を寄越し過ぎじゃないだろうか……。
という感想も、「怪まぼりの人間に支払われる給金は、二ツ神家のあの豪華な一室を丸ごと買っても御釣りが出るほど」と聞いてからは今ではそんな感想などすっかり消え、心から喜べるようになった。何とも現金な話である。
渡された宝石のような物は、質は固く、青く透明でキラキラと輝いている。箱から取り出し、軽く指で弾いてみると何やら淡く光を放ち、形が一気に崩れた。
「え!? ええ!? ちょ、これ、どうなってるんですか!?」
驚き声をあげる私に、篠星さんは「してやったり」と言わんばかりに笑い、私からもはや宝石と呼べ無くなった物をひょいっと摘みあげた。
何歳なのかは分からないが、彼の掲げる笑みは標的が自分の仕掛けたイタズラにまんまと引かかった事に喜ぶ少年のようで、無性にイケメンって良いなぁ……じゃなくてイラッとした。
「これは変形石と言って、願い、指で弾けば願った通りに形を変える物なんだよ。」
「…つまり、何も願わないで弾いたから形が崩れたと言う事ですか?」
「そういうこと」
そしてまた軽く笑う篠星さんに変形石なるものを渡してもらい、試しに花の形になれと願いながら指で弾くと、それはそれは見事な花の形に変わり、キラキラと輝き始めた。
この神秘的な光景に、思わず卒倒しそうになったが、何とかこらえる。
「わ、え、だ……嬉しいです、ありがとうございます…?」
ここ何年かで、この設定盛りまくりな異世界にも慣れてきたつもりだったが、まだまだ知らないもので溢れているようだ。
付いてけない…とばかりにヤケでお礼を篠星さんに伝えると、「ふははっ。ほんと面白いね日和は。グフッ、ふふっ」と滅茶苦茶に笑われた。
解せぬ。と言う感想もさて置き、篠星さんが白佑の方へもう一つの箱を持って向き直る。
「白佑にはこれ。開けてみて」
「は、はい……」
片手で変形石を弾きながら「イタズラ反対」と言う文字を作って掲げ、白佑の貰った箱を一緒になって覗いてみる。箱自体はそこまでも大きいものではなく、見た目はシンプルだ。
その外観の箱を白佑が恐る恐る開けると、中には何やら、一枚の紙が入っていた。
「は?」
その紙を持ち上げ、目を通した白佑が低く声を出す。
普段落ち着いていて何事にも冷静な白佑があんな風に声を出すなんて、一体何が書いてあるのだろうか。
好奇心が湧いたのもあり、紙を持ったまま固まった白佑の後ろからその手元を覗いてみた。
そこに書いてあったのは『屋敷周り50週』の文字。
「それ、今日の鍛錬内容。ってことで行ってらっしゃーい」
「アンタ、ほんと覚えてろよ…っ」
そりゃあキレるだろ白佑…。
いくら篠星さんに鍛えてもらっているとはいえ、こんな場面で課題を出してくる辺り、本当に篠星さんは良い性格をしていると思う。
まるで悪役が残していくような事を吐き捨て、客室を走って出て行った白佑を見送る。
――確か、白佑が篠星さんに弟子入りしたのは十二年前の私が倒れた日の次の日だ。
その日たまたま家の中に入ってきた怪異を、ものの数秒でいとも簡単に斬り伏せてしまった篠星さんを見て、白佑が身を乗り出しながら必死に「弟子にしてくれ!!」と懇願していたらしい。
それを見た篠星さんは「うちの若いのにも中々いない熱心さだなぁ…うん、良いよ」と二つ返事で了承。
四つん這いの黒くネトネトとした、あの化け物のせいで私は思わず失神してしまい、私がその事を知ったのはその後日だった。
「いや~、白佑は本当に真面目だ。あんな無茶振りにもちゃんと答えるんだから」
「えっ、まさかさっきのって冗談だったんですか!?」
「そりゃ勿論。その方が楽しいだろう?」
「最初にあった時とだいぶ印象変わったな…!」
「あはは、何とでも言ってくれ」
全く容赦がない、この人は…!!
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