第7話 篠星
髪を優しく撫でられるような感覚がして目が覚めた。
眠気の残る目で目の前を見れば、白佑のとてつもなく整った顔面がすぐ近くにある。
「え、あれ?」
「…!?」
思わず声をあげると白佑が焦ったように離れて行った。
何をしていたのかは置いておいて、何故私は我が家にいるのだろうか。確か三人で買い物に行ってその帰り道で…?
その後の事があまり思い出すことが出来ず、ぼんやりと天井を見てみる。あ、天井にも昼顔の絵がある。どんだけ国の花好きなんだろ。
「あ、あのひよりさま…? たいちょ、だいじょ、ぶ…ですか?」
「あ、うん。大丈夫。心配かけてごめんね…。そう言えばなんだけど、私ってどうやって帰ってきたの? 全く記憶がないんだけど…」
そう問いかけてみるも、白佑はただ悩む姿を見せるだけで答えてくれない。数十秒かけてたっぷり悩むと満足したのか、突然パッと顔をあげ私の事を抱え走り始めた。
「ちょっ!! ええぇ!!?」
私の絶叫も虚しく、白佑は私を抱えたままとんでもないスピードで走り続ける。一体どこへ向かっているのやら。
なんとか全力疾走する白佑に、落ちないようにと必死にしがみ付いた。
「りらんさ、ひよりさま、おきました」
バァン!!と乱暴に客室を開けると、白佑が璃藍に話しかけた。十畳程はあるであろうその部屋には璃藍ともう一人、見かけない男性が。
身長は190はあるんじゃないかと言う程大きいが、雰囲気的にはとても落ち着いており、髪さえ長ければ女の人だと言われても何ら疑わなかったと思う。
顔立ちもバチバチに整っており、白い着物も、その下に来ているズボンらしき物も、腰にある刀もとてつもなくカッコイイ。
白佑の見た目が無気力系クール男子だとすれば、この男の人の見た目はミステリアスお兄さん系男子と言ったところだろうか。
「日和…様、と言った方が良いのかな、俺は篠星です。よろしく」
「ひよりさま、たすけてくれた、ひと、です」
「あ、そうなんですか!? すみません、ありがとうございます!」
璃藍の話では看病してくれた上に家まで運んでくれたらしい、これは本当に感謝してもしきれない。
もうすでに名前は知られているようだったが、改めて自己紹介をして頭を下げた。
「うんうん、この国の子どもしては良い子だね。将来が楽しみだ」
ふんわりと微笑みながら手を取られ、軽くギュッと握られる。
「が、顔面が強い……!」
「?」
「あ、何でもないです」
「そっか」
「あ、そ、それよりも『様』なんて付けなくて良いですよ。私の方が年下ですし!」
「そうかい? では日和、と呼ぼうか」
思わず漏れてしまった心の声を何とか誤魔化しつつ話を逸らすと、何とも甘い声で名前を呼ばれた。
顔と声が良すぎて心臓に悪い。
それで大丈夫です、と答えながらも、私が寝ている間に何があったのかを詳しく聞くことにした。
璃藍や白佑よりも篠星さんに聞いた方が分かりやすいと言う事で、篠星さんの座っている椅子の前にある長椅子に腰掛け、話を聞く。
勿論、気絶する寸前に聞いた「怪まぼり」や「穢れ」などについても詳しく話を聞いた。
「怪まぼりと言っても結構最近に出来たんだよね。元は各々が勝手に怪異を狩ってたんだけど、君のお父さん…
いきなり出て来た自分のお父様の名前に吃驚しながらも篠星さんの話を聞く。お父様って朔郎って言ったんだ…これについては初耳である。勿論怪まぼりとか言う組織を作っていたことに関してもだ。
「ほう…。では、怪異とはなんですか?」
「それは…なんというか、少し説明が難しいんだ。妖怪や妖とはまた少し違ってね…。人の思いなどが積もって溜まりすぎると時々ああやってあふれ出てくるんだ」
人の思いと言っても、ただの感情云々ではなく「恨み」「嫉み」「憎悪」その他、あの時私が感じたような暗い感情が溜まると出来てしまうようで、その人間の感情の塊が見える形になって人に害をなすらしい。
それを倒すのが怪まぼりだとか。
「…こんなもので大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ま、分からない事があればまた聞いてよ。それじゃ俺はこれから用事があるからここら辺で。また来るよ」
話しを終えた途端、目にも見えない速さで去って行った篠星さんの背中を見送り、しばらくすると白佑がドーン!! と、もの凄い勢いで抱き着いて来た。
私を客室に運んできたあたりから何かとソワソワしているようには見えていたけど、まさか抱き着いて来るとも思っておらず、思わず声をあげてしまった。
「し、白佑? どうしたの?」
「…よかった、です。ひよりさま、ぶじ」
「……ありがとね」
抱き付いたままの状態で話し始めた白佑が、少しだけ震えている事に気が付いた。はて、会って数日でここまで信用してくれるものなのだろうか?? と少し疑いたくはなるが、まあそれなりに懐いてくれてはいるのだろう。菊理媛命様に縁を結んでもらったから、特別心を開いてるって線もあり得る。
震えるほど心配してくれる人―この場合は獣人かもしれない―なんて、とても久しぶりだ。
「ぼく、なにもできません、でした。ごめんなさ、い」
「謝る事ないよ。私は大丈夫だから」
安心させるように白佑の頭を撫でてみるも反応は無し。それどころか逆に鼻を啜るような音まで聞こえてきた。
まさか泣いてる!? と心配になり顔を覗いてみるも案の定…と言った所だろうか。緑の宝石のような瞳からは、絶え間なく涙が零れ落ちていた。
ギョッとするもつかの間。まるで泣いてるのなんて知られたくないと言わんばかりに自分の顔を私の肩に埋め始める。
「えっと…えぇ…。り、璃藍、どうすればいいと思う?」
困り果てて璃藍に助けを求めるも「自分でお考えください」と微笑ましそうに笑われただけで、夕食があるからと部屋を出て行ってしまった。
えぇ~この状況で出て行っちゃうの…? 嘘でしょ。
「…………」
だだっ広い部屋に残された私と泣いている白佑の間には、気まずい空気が流れた。まあ、気まずいと思っているのは私かもしれないが。
「……ひよりさま」
「どうしたの?」
「ぼく、つよくなり、ます」
しばらくすると白佑がグスッと鼻を啜りながらぽつぽつと喋りはじめた。
未だに涙は出ているようで、肩はべちょべちょだ。
「つよく、なって、ひよりさま、まもります」
ギュッと背中に回っていた白佑の手に力がこもる。
白佑のこんなに可愛い所を見られるのもとても嬉しいが、それよりも。そんなに心配してくれていたのか。なんて、柄にもなくつられ泣きしそうだ。
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