第4話 外出
「――お出かけですか?」
「そう、白佑にあれこれ買ってあげたいんだけど……。行ってもいい?」
聞いた話によれば私はこの国で二番目に偉い人の娘。迂闊に外に出て良いのかというのが問題だ。
前世でよく見る海外ドラマやファンタジー系小説などでは、必ずと言って良い程私のこのポジションは狙うには丁度いい。
二ツ神家の屋敷全体像を思い出せば、身代金目当てに誘拐…というのもあり得ない話じゃない。
なんてたってこの屋敷、土地の広さが尋常じゃない。前世の建物で例えるのならば軽く東京ドームあたり。これで貧乏と言われた方が驚きだ。
……二ツ神家でこの広さなら、一条家はなにか? 大阪ステーションシティ張りの広さか? あん?
「そうですか、分かりました。早速準備を進めさせて頂きますね」
「えっ」
あれやこれやと悩んでいたのはなんだったのか、あまりにアッサリと下された承諾の言葉に、私は開いた口が塞がらなかった。
「ですが。私も同伴、という形にはなります。一応私は日和お嬢様の護衛ですし、二人で行かせて何かあってからでは遅いですから」
「えっあ、そう言う事ね。分かった。よろしく、璃藍」
いつの間にやら璃藍さんが用意してくれていた温かいお茶を飲みながら「あぁ、そう言う事ね。」と理解する。
基本的に護衛さえいれば私はどこに行くにしても自由らしい。
思っていた以上にこの国は平和。と言う事がよく分かった。
「――ひ、ひよりさま、ほんと、に、こんなにかう…ですか?」
そして場所は変わり、現在璃藍白佑そして私の計三人で、屋敷に一番近い町の商店街の様な場所に来ている。
外に出てみるとやはり私の知っているような日本の風景とはかけ離れており、基本的に屋根の低い木造の家々が建ち並んでおり、その一つ一つに独特の文化がある事が見受けられた。
京都の古く趣のある街並みに似ているようで、どことなく中国の文化が入っている。一体この世界はなんなんだろうか。
……そんな事を考えていた私に璃藍の抱える服の山に恐る恐る、といった様子で白佑が話しかけて来たが、私はそれに「そうだよ? それがどうかした?」とまるでアホの子が答えるが如く返事をした。
普段着、寝間着、外出した時用のちょっとした洒落着、偉い人などに会う時用の正装その他諸々……。あれもこれも! と思うがまま白佑に似合いそうな服を見繕いまくっていたら、とんでもない量になっていたのだ。
_だって……、白佑の顔面が良すぎて、何を着せても似合うから……。
隣にいる璃藍も金銭的な部分は気にするな、好きなだけ買えと言っていたし、そこは心配していない。
実際、白佑の白い髪や白い綺麗な肌にはどんな色でも映えるので、何を着させても良く似合っていた。
それはもう、前世の俳優やタレント達が掠れて見えてくるくらいには。
「日和お嬢様、お次はどこに行きますか?」
「う~ん……どこ行こう」
「まだ、かうんで、すか!?」
驚く白佑とは対照的に、私はう~ん、と頭を捻らせた。
日用品は後日屋敷に届くようになっているのでもう用はないし、服についてはもう十分と言って良い程買った。
それ以外に、と言うと、もう買う用のある物は思い浮かばない。
「……白佑、他に何か欲しいものはある?」
困り果てて白佑に意見を仰いでみても、必死な形相で頸を左右に振るばかり。本当に欲しいものはなさそうだ。
若干遠慮の方が勝っているようだが、そんなことは気にしないでも良いのにと思う。
__だって、お金使いきれないほど持ってるんだもの。
そりゃ遠慮なく使うよ。一緒に経済回そうぜ? なんて言ってみるもやはり白佑の返事は“否”。これじゃもう強いる理由もない。
「ではそろそろ屋敷に戻りますか」
「そうだね~。白佑、まだ歩くけど大丈夫そう?」
「だいじょ、ぶです」
思っていたよりも元気そうな白佑に安堵しつつ、私たちは元来た道を再び歩くことになった。
“一番近い”とは言ったものの、ここから我が家である屋敷までは数キロは離れている為、それなりに歩く。
ちょっとは節約して歩こうと馬車を使わなかった数時間前の自分を恨みたい。
「うへぇ……。ねぇ璃藍…まだ着かないのぉ…?」
「まだですよ。あと三十分程の辛抱です」
あぁ~嫌だ。歩くたびに足が悲鳴を上げているような気さえしてくる。
今の璃藍の口ぶりで分かったが、この世界での時計の感覚は前世と変わらないらしい。「丑の刻」だの「半刻」だの「一刻」だの、少し古風な感じの言い方じゃなくて本当に良かった。
古典が苦手だった私には何ともお優しい世界だ。
「ひより、さま、がんばってくだ、さい」
「う~ん、ありがとうねぇ。頑張るぅ…」
白佑に励まされ、何とか「もう少しだ頑張れ私!」とひたすら歩く。
自分で自分を鼓舞しながらなんとか歩みを進めるも、次第に気分が憂鬱になり、だんだん悲しくなってきた。
「――あれ、待って?」
待て待て待て、なんで私、いきなり悲しくなっているんだ?
流石に体が五歳児とはいえ、この位の事で泣くなんてない。可笑しい。
よく分からないこの感情にふと気になるモノがあり、丁度渡っていた橋の上で立ち止まる。
「ひより、さま…?」
「悲しい」「虚しい」「苦しい」「恨めしい」「憂鬱」
全ての悪い感情が一気に押し寄せてくるようで、耐え切れずそのままその場に崩れ落ちる。
なんとか四つん這いになり苦しさに耐えようとするも力が入らない。
「日和お嬢様!?」
心配そうに駆け寄ってくる白佑と璃藍に大丈夫だと伝えようとしても声が出ず、代わりに掠れた息が零れる。
「り、りらさっ!ひよりさま、から、へんっにおい、する…!」
「! 穢れか…! 誰か! 怪まぼり様達を呼んでください!!」
けがれ? かいまぼり様? 何、それ……。
またもやよく分からない単語に必死に頭を回そうとするも、暗い感情に邪魔されているからなのかロクに頭が回らない。
しまいには意識まで薄れてくる。…くっそ、頭が回らない。
なんの前触れもなく感情が勝手に暗くなるなんて、異常も良い所だ。こうなるような思い当たる節もないし、ただ帰り道に大きな川に架かる橋を渡っていただけ。それだけの筈。
なのにいきなりこうなるなんて、一体何があったと言うんだろうか。
「――どうしましたか?」
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