第3話 家従

 きゅ~と、前世にはなかったような、可愛らしい何かの鳴き声と共に眩しい光に目を覚ます。綺麗な装飾のされた窓から見えるのはやけに尾の長い綺麗な鳥だ。

 大きさは雀程の大きさで、長い尾には赤を中心とした色とりどりの羽が揺れている。


 ……あ~そう言えばここ、異世界だったわ。


 ふと視線を動かせば目の前にはスウスウと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている白佑。


 結局あの後、顔を青くして「一緒に寝てください」と眉尻と共に尻尾と耳を下げられ、私が折れた。

 逆にあの不安そうな白佑の頼みを断れる強者がいたら教えてほしい物だ。


 前世での幼い弟がホラー映画を見た後に「お、おねえちゃん!怖いから一緒にねて~!」と泣きついて来た時と同じくらい心を揺さぶられた。

 少し懐かしさに涙腺が緩みかけたのはまた別の話。


「白佑起きて、朝だよ」

「……ひよ、りさま……?」

「そうだよ日和だよ~。体調は? 大丈夫?」


 寝起きだからか若干寝ぼけている白佑に思わず笑みを零しながら体調を伺うと「げんきです…」とぼけっとした返事が帰って来る。


「今日は白佑の服とか買いに行こうと思うから、早めに準備してね」

「……はぁい」


 五歳児には勿体ないくらい豪華な寝具から肌触りの良い絨毯の上におりて、早速着替えをしようと歩き出そうとしたところ、コンコンとノックの音と共に三人の女性たちが入ってきた。


「おはようございます日和お嬢様…あら? 今日はもうお目覚めになっておられましたか……」


 昨日あたりからも何度か見かけた使用人風な質素かつシンプルな衣服を着た女性。その中でも真ん中の女性だけは付けているエプロンのような前掛け? に葵葛の刺繍が入っている。

 きっとこの三人の中では…というか、私が今まで会った使用人の女性達の中では一番位が高いのだろう。


「……。二人とも、少し外してください」

「は、はい…」


 そしてその真ん中の女性がチラッと私と白佑を交互に見やると、何か言いたげな他の二人の使用人の女性を「反論は許さない」とばかりの威圧感ある声で部屋から追い出し、カツカツと靴の音を鳴らし近づいて来る。


 ――しまった! ここでの白佑達獣人の境遇が劣悪なのを忘れていた!


 思い出すのは先日の蔑むような視線を白佑に送っていた使用人。

 どうしたものか……。


「日和お嬢様……」

「は、はい!」

「……良かった。その様子ですとその子とは上手くやれているようですね」

「え……?」


 どんな言葉が来るのかと身構えていた分、目の前の女性の言葉にとても驚いた。よく見てみると白佑の事を蔑む様には見ていないし、心なしか優しい目線を向けている。


 さっきまでの無を顔に張り付けたような表情は一体どこに行ったのやら。急にフッと笑うと、それを皮切りに「ふふふ、あははは!」と高笑いを始めた。


 ――全くこの人の情緒が分からないです。


 女性の如何にも悪役の様な笑い方に驚いたのか、白佑が私の背中の方へ隠れるようにして寄ってくる。


「さすがは私が何年も努力してお世話をしただけあります。獣人を差別するようなクズにならなくて良かった良かった」

「……え?」


 先ほどまでの堅苦しい言葉使いが一瞬のうちに砕け、色々と話す女性に恐る恐る「あの?」と声を掛けるとハッとしたように佇まいを正した。


「…すみません日和お嬢様。今のはお忘れください」


 ……今更取り繕われても、もう手遅れだと思うんだけどな。


「兎に角、お嬢様が真面な人間に育って頂けて私は……璃藍りらんは嬉しいです」


 まるでわが子の成長を喜ぶかのように顔を綻ばせた彼女、璃藍はまるで前世の女傑な母のようだった。


「ひよりさま?……えっと、この、ひと、は?」

「君には自己紹介をしていませんでしたね。私は璃藍、日和お嬢様の専属の世話係兼教育係兼、護衛係をしています」


 専属の世話係兼教育係兼、護衛係!? 璃藍さんちょっと重役すぎやしませんか???


 璃藍さんの思わぬ正体に一人面食らっていると、璃藍さんが「貴方の名前は何と言うのですか?」とゆったり落ち着いた声で白佑に名前を聞いた。


「しゆ、うです」

「……ちゃんと名前を貰ったのですね。二ツ神家特有の特殊な瞳を持つ者は神と交友関係にあると言いますし、菊理媛命様辺りに良い縁を結んで頂いたのでしょう、貴方はこれから良い御縁に恵まれますよ」


 璃藍さんの言葉に少し引っ掛かる。

 二ツ神家特有の特殊な瞳?神との交友関係にある?どういう事だろうか。



「り、璃藍? どういうこと? 神と交友関係とかって…」

「あら? 日和お嬢様ご存じないのですか? 二ツ神家には代々大空に向日葵を浮かべた瞳を持つものが一人は必ず生まれ、その瞳の者は神と交友関係にあり、時に神に協力を仰ぎながらより良い国づくりをしているのですよ? 以前教えませんでしたっけ?」


 そう言われ前世の記憶が戻る前の記憶を辿って見ても、あまりこれといった物は浮かんでこない。

 記憶が戻るまでの私は、どうやら勉強嫌いで教えてもらった事を片っ端から忘れて行くタイプだったらしい。

 私は苦笑いを零しながら「そうだっけ…忘れちゃったからもう一回お願い」と頭をさげる。

 こういう時は正直に言うのが一番だ。


「そうですか……ではついでに白佑にも教えておきましょうか。白佑、こちらへ」

「え、あ…はい」

「わたくしめに敬語は不要ですよ白佑。気軽にお話しかけください」

「はい…あ……う、うん」


 私と白佑を椅子に座らせ、璃藍が説明を始める。


「いいですか? ここ葵葛国には御三家というものが存在します。それぞれ一条家、二ツ神家、三廻部家がこの国を治めているのです。一条家は他国との貿易を。二ツ神家は政治や治安維持を。三廻部家は経済を」

「もの凄く分かりやすい序列だね……」


 一、二、三って……分かりやすすぎる。


「そしてこの御三家にはそれぞれ特殊な力を持つ者が産まれるとされています。丁度日和お嬢様が良い例ですね。お嬢様のその瞳が神々にとっての目印になっているそうです」

「へぇ……」

「ひ、よりさま、すごいひと?」


 そうなんだ~と頷く私をよそに、興味津々といった様子の白佑は、先ほどから楽しそうに璃藍の話を聞いている。絶対に白佑は勉強が得意なタイプだと思う。偏見だけど。


「えぇ、凄いお方ですよ。二ツ神家の歴代当主たちは皆同じ瞳と力を持っていたと言います。日和様もいずれは当主となって国のまつりごとを担う事になりますからね。……だから私はお嬢様に獣人差別をしない人間に育てたんですよ」

「ちょくちょく心の声が漏れてるんだけど……」

「あら、いけない。お忘れください」


 璃藍さんは中々に心の声がガバガバだ。疲れているんだろうか……。

 ……でも。

 璃藍さんのおかげでこの世界の……いや、この家の大体の事は分かった気がする。細かい部分はまだ分からない所もあるが、これから少しずつ慣れて行けば良い。

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