第2話 名付け
――酷く、いっそ残酷なまでに綺麗だった。
風呂から出て来た少年の髪は、最初はくすんでいたように見えたのに今では雪のように白くて、あまりの汚れ様に萎れていた尾は、見違えるほどふさふさになっていた。
こんなにこの少年は美形だったのかと、改めて思い知らされた気分だ。
「わぁ…」
思わず声を出して見とれてしまう程には新しい服に身を包んだ少年に釘付けになっていた。
寝ている間に全て回復してしまったのか、傷はもうどこにも見当たらないし、何よりも顔色が格段に良くなっている。
本当にお父様の言っていた通り、獣人は傷の治りが早いらしい。
いつまでも風呂場にはいられないかと思い、五歳児の女の子が好きそうな装飾の施された九畳程の広さの自室に戻ってきた。
部屋を開けると同時に軽い花のような匂いに包まれ、思わずホッコリしてしまう。
余程両親が親バカなのか豪勢な作りの寝具には桃色を中心とした、国を表しているのか葵葛の別名、昼顔の刺繍などが施されている。
少し離れたところには昼顔を美しく彫刻された高級そうな红木家具まで置かれている。
そして部屋の隅には中に綺麗な食器類などが入った水屋箪笥が置かれている。きっとこの部屋の中でも十分に生活できそうだ。
どことなく和風な座敷を中華風に仕立てたように思える部屋の内装は、絶妙なバランスを保っており、何とも言えない美しさを放っていた。
「あ、そう言えば私、名乗るの忘れたね。私は二ツ神日和。よろしく」
「よ、ろしくおねがいし…ます」
「うん、よろしくね」
最初の時よりは幾分か心を開いてくれている少年に思わず嬉しくなって、笑みをもらしていると、ふと、私がずっと少年の名前を考えていない事に気が付いた。
「そう言えば、君の名前を決めないとね。あった方が君にとっても便利だと思うし」
少年がコクリと頷いたところでまずは一旦考えてみる。
う~ん…悩みどころだ。
名前はその人本人を指すものだし、その人の魂ともいえる。ここは慎重に考えないといけない。
そこで、容姿から名前を考えるのも良いかもしれないと思い、少年の事を良く観察してみる。
銀とも取れるような白い髪、それとサファイヤみたいに綺麗な緑の眼瞳。色で考えるならば、取れるのは「白」か「銀」、そして「緑」この三つくらい。
ここから選ぶのがよさそうだ。
「――
ふと思いついた名前を少年に投げてみる。
白い綺麗な髪だから「白」なのと、これから先色んな人に助けられ、色んな人を助けられるようにという思いを込めて「佑」。
「……うん、なんかぴったりなのが出来た気がする。この名前で大丈夫かな」
本当にこの名前で大丈夫かと、ちらっと少年の方を窺って見る。
すると尻尾をブンブンと振り、なんとも言えない、嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「ありがっと、ござい…ます」
「ど、どういたしまして…この名前で大丈夫?」
「はい!」
少年……白佑が勢いよく頷いた途端、白佑の体と私の体が同時にポゥと光り出した。
あまりに突然すぎて驚いていると、何処からともなく女の人の声がしてくる。
優しく我が子に囁くような声音で聞こえてくるそれは、耳で聞いていると言うよりは直接頭の中に響いてくるようだ。
『これより
その言葉と共に体の光がカッと一瞬強くなったかと思うと、白佑の胸の辺りに【白佑】と淡く光る文字が現れ、そのまま謎の光と共に白佑の中に入って行くようにスッと消えていった。
「菊理媛命って……」
…確か菊理媛命とは、縁結びなどを司る神だと言うのを婚活途中に一度だけ聞いた事があった。
ついでに言っておくと、菊理媛命を祀る神社で「四方八方からご縁がありますように!」とやけくそになって485円を賽銭箱に投げ入れた覚えもある。
その“今年中”の間に事故死したので、結婚などは勿論夢のまた夢の話だったのだが、今になってその願いが思わぬ方向で叶ったらしい。
超美形との御縁。前世の私だったらあまりの嬉しさに会社のデスク上でコサックダンスを踊っていたハズだ。
「今のは一体……」
菊理媛命の存在よりも、先ほどあった不思議すぎる怪奇現象に頸を傾げていると、白佑が徐にフラフラとこちらに寄って来た。
「ひ、よりさま…」
酷く混乱したようにこちらに向かって歩いてくる白佑を抱きかかえるようにして受け止め、ギュッと優しくか細い背中に腕を回す。
余程白佑の勢いが良かったのか、私は白佑を抱え込んだまま後ろにひっくり返り、そのまま床に頭を強打した。
「いてて…あの、さ……今のって何か分かったりする……?」
「い、いいえ…」
白佑に何か知っていないかと取り敢えず聞いてみるも撃沈。
そう言えば何故白佑がいきなり私に抱き着いて来たのかと、ズキズキと痛む頭を擦りながら一人悶々としていると、ある部分に目が行き、なんとなく察した。
よく見てみるとあのふさふさの尻尾を下げてブルブル震えているのだ。
――……あ、怖かったんだ。
確かにさっきの「いいえ」も若干声が震えていた気がする。
オカルト系は苦手なのだろう。
……これは…触れないでおこう。
「えっと…今日はもうゆっくりしていようか。白佑も疲れてるでしょ?」
敢えて白佑の怖がっている部分には気づかない振りをしつつ、別の話題を出す。
気がつけば高い所にあった筈の太陽はとっくに沈み、時間帯で言えば夜。
いくら獣人で体が丈夫だとはいえ、このまま起こしておくのも心配だ。白佑の衣服云々は、また明日で大丈夫だろう。
「寝るところは…まぁ明日また準備するとして、今日は私の布団で寝てね」
じゃあおやすみ~と私は長椅子で寝ようとそちらに向かう。
あ~明日絶対体痛いんだろうな~と思いながら歩いていると、ギュッと服の裾を掴まれる。
「白佑?」
「ひよりさま、あの、いっしょに…ね、ねてくだ、さい」
……おう?
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