ケモ耳従者と平和な世を
灯之魅
第一章 ケモ耳獣人と元OL女子
第1話 遭逢
「
二ツ神日和、五歳の誕生日。
お父様のその言葉と共に部屋に入ってきた少年を見て色々思い出した。
それは私には今とは違うもう一つの記憶がある事。
――所謂転生と言う奴だ。
前世の私は名前こそ変わらないものの、俗にいう社畜と言うやつで、厳しい上司の元日々身を粉にして働いていた。
時にはヘマをした上司の代わりにペコペコと頭を下げ、時には上司の出世の為に企画を代わりに考えたり……あれ、ロクな記憶がないぞ……?
……まあ何はともあれ、この異世界に転生したのである。
ちなみに死因を言っておけば、キツイ仕事内容に疲れ果てた私は「超甘い!!」とデカく書かれたココアを片手に、屋上に出て一服しようと柵に寄りかかった所。
まさかの柵が腐り果てており、そのまま四十階以上はあるであろう建物から真っ逆さま。
享年25歳独身。そんな悲しいステータスを抱えたまま人生に幕を閉じたのである。
――が、神のイタズラなのかどうなのか、気付いたら五歳の女の子になっていた。しかもめちゃくちゃ可愛い。
薄茶色の艶のある綺麗な髪に、特徴的な大空に大きな向日葵が咲いたかのようなアースアイ。五歳の子どもらしい、ぷっくりとした色の白い肌に、サクランボを連想させるような唇。どこをどう見ても凄く可愛い。誰がなんと言おうと。
「日和? どうしたんだ、いきなり固まって…コレが気に入らないのなら捨ててくるが……」
「え!? あ、なんでもないですお父様」
「そうか。コレの躾はお前に任せるから、好きにするといい」
「はい、ありがとうございます」
前世について思い出してわずか一分。
私と同じ特徴的な瞳をしたお父様の、少年に対してただけ冷たい発言に内心驚きつつも、少年の方を見てさらに驚く。
銀色とも取れるような髪にサファイヤのような綺麗な緑の瞳。陶器のような白い肌。
……ここまではまだいい、問題は頭の上にある狼のような獣の耳と不機嫌そうに揺れる大きい尻尾だ。
何時しか子供の頃に読んでいた小説のような、如何にもファンタジー色の強い少年の容姿にこんな事が異世界ではあり得るのかと、軽く頭痛がしてきた。
「あ~…あのお父様、一つ質問をよろしいですか?」
「あぁ良いぞ。どうした」
「あの、忠獣ってなんですか?」
「……そうか、お前にはまだ説明していなかったな」
「ここに座りなさい」とお父様に優しく促され、ボーっと立ちすくしている少年を尻目にお父様の隣に座った。
――お父様曰く。
少年は獣人と言う種族であり、その獣人とはここ、葵葛国における謂わば差別の対象にあたるもので、一部素質・教養のある者のみ人間に仕える事を許されているのが忠獣なのだそうだ。
そしてお父様の言いようから察するに、たとえ忠獣だとしても基本的に彼らに人権はなく、酷い扱いを受けるのが常らしい。
容姿は美しい物が多いが、「獣=強欲」「ずる賢い」と言う概念が強い為、良い印象がないだとか。
――チラッと先ほどの少年を見ていみれば、多少汚れていたりボロボロだったりはするが確かに超絶美形の分類に当たる。
「まぁ獣人は人間の数十倍は丈夫だし力も強い、おまけに傷の治りも早いと来れば使わない手はないだろう」
「そうですか……説明ありがとうございます」
力強いのに何で抵抗しないの獣人さんや…と思ったのは許してほしい。
「日和は物分りが良いな、私も説明するのが楽だった。…と、もうこんな時間か。私
は仕事に行ってくるからお前は好きにしていなさい」
「分かりました。行ってらっしゃい」
お父様は疲労の色の窺える瞳をキュッと細め、私の頭を優しく撫でると名残惜しそうに出て行った。
娘思いの良いお父さんだな。と一つ感想をもらしながらも改めて少年の方に向き直る。
「……」
「えっと、君の事はなんて呼べばいいかな…?」
私はただ挨拶のために名前を聞いただけ。それは誰にでも伝わる常識だと思う。ただ目の前の少年には心底意外だったようで、声にこそ出さないが顔全体で「ビックリ!」と表された。
まさに顔に書いてあるレベルで感情を語ってらっしゃる。
「え、ど、どうしたの」
「きょう…みない、おもった…です」
「……え?」
思ったよりもたどたどしい物言いの少年に次は私の驚く番だった。
「それ、に…な、まえ…ないです」
「まじか…」
見た目的に同い年。普通に喋れると思ってのにな……。
これは思っていたよりも獣人に対しての扱いが酷いらしい。よくよく見てみれば私の事でさえ警戒したような目で見てきている。
ちょっと頭が痒いからと手を挙げただけでビクッと怯える少年は、今までどんな扱いを受けたのだろうか。
「えっと…取り敢えず名前は後で決めるとして…まずはお風呂に入ろうか。服も新しいのにして、手当てもしないと」
「……!?」
いきなり少年の腕を掴んだのが悪かったのか、パシッと私の腕が弾かれた。それなりに強くふり払われた為なのか、少年の爪が私の手の甲に当たったらしく、手の甲から血がツゥっと流れ出はじめる。
「あ……」
ピリッとした痛みが残る中、「いきなり掴んでごめんね」と謝ろうとすると、それよりも先に少年が怯えたように土下座を始めた。
「えっちょっ、土下座なんてしなくて良いからっ」
「ご、ごめ…ごめんなさい!」
慌てて止めようとするも、床に蹲るように小さくなっている少年の耳には届かず、逆に驚いて声を張り上げたのが逆効果だったらしい、段々と少年の呼吸の感覚が狭くなり、荒くなってきた。
「だ、大丈夫……?」
ソッと慎重に背中に手を置き、完全に取り乱している少年の背中を出来るだけ優しく撫でながら、呼吸や情緒が落ち着くのを待つ。
あんなに何の躊躇もなく少年の腕を取ってしまった事に自責の念に囚われながらも、今は取り敢えず少年に落ち着いてもらうしかない。
「ごめん…ごめんね。今のは私が悪かったね…」
「ごめんっなさ……」
「君は何も悪くないよ、謝らないで」
「大丈夫、大丈夫だよ」と声を掛けながら少年の背中を撫でていると、電源が急に落ちたかのようにコテンッと、意識を失ってしまった。
「わっ……え、軽っ」
少年の体重が私の方に乗りかかって来るが全く重くない。寧ろ軽すぎて逆にびっくりしてしまう。
身体年齢五歳幼女の私が簡単に抱きかかえられてしまう程に軽いとは…心配が凄すぎて一気に歳を取ってしまえそうだ。
「日和お嬢様? 何かございましたか…ヒッ」
気を失った少年をどうしようかと悩んでいると、急に部屋の引き戸が開いたかと思えば、使用人のような恰好をした女性が私と少年を見た直後に短く悲鳴を上げた。
「お嬢様!なりませんっ何故そのような汚いものを抱えておられるのです!?」
「え、汚い物って、なにが」
「それは獣人でございましょう!? お嬢様のような方が獣人などに触れられるだなんて!」
女性の勢いの良すぎる剣幕に困惑しつつも少年を抱え直し、女性から少し距離を取る。
目の前の女性は今にでも私から少年を取り上げ、そのままどこかに連れて行ってしまいそうだ。
まるで汚物を見るような、蔑むような目に、不思議と沸々と怒りが湧いてくる。
「……ねぇ。何が汚いの?」
「え?ですからその獣人が…!」
「どこが?」
「あの…。」
冷静に女性に対して言葉を投げ、早くどこかに行ってくれないかと思考を巡らせる。
「ねぇ、どこが?」
――確かに服などはボロボロで汚いかもしれないが、それはただの見てくれだけの話。獣人だからと差別の対象にするのは見ていてとてもイライラする。
この世界では当たり前の事なのかもしれないが、生憎私は二十五年もあの比較的差別の少ない世界で生きてきた為、どうにも見過ごす事が出来ない。
汚いのはそうやって言う貴方たちの方でしょ。そう言ってやりながら追い打ちに「もういい?どっか行って、不快」と睨みを聞かせてやれば、顔を青くさせながらそそくさとその場を立ち去って行った。
「……さて、この子が目を覚ますまでは寝かせておいてあげるか」
あまり揺らし過ぎないように少年を抱え直し、自分の部屋の寝具の上に少年を寝かせる。
ついでに手当てをしてしまおうと服を脱がしていこう…と思ったのだがちょっとまて、少年が今着ているのはチャイナ服とも取れるような形をしたあまり見かけない着物だ。
仮に脱がせたとしてもその逆は出来るのだろうか。
前世でも浴衣ですら着なかった私だ。勘でどうにかなるようにも思えない。
……まあ、頑張るしかないか。
――相当年季が入ってるのか安物なのか、少年の身に着けている服は強く引っ張ったら破けてしまいそうで手先が緊張してくる。
なんて始終苦戦しつつも丁寧に服を脱がせ、所々にある大小様々な傷の簡単な手当てをしていく。
「……終わった」
体の汚れも結構酷かった為、気休めではあるが暖かい濡れタオルで体を拭き、清潔な服を着せて何とか事は無事に終わった。
あとは少年が起きてからお風呂に入れてからまた改めて医者にちゃんと見せればいいだろう。
「……起きた時空腹だったら何か食べたいかも。胃に優しいお粥か何かを作ろう」
そう思い立った私は自分の部屋を出て、台所は何処かと五歳の私の記憶を辿って見てみる。
しかしいくら記憶を辿って見ても、台所には近寄った事さえなかったようで場所が分からない。
「あ、丁度いいところに。台所の場所を教えてください」
「日和お嬢様…? 何故私のような女中に敬語を?」
「え? あ、何でもないよ」
そこで丁度近くを歩いていた先ほどとは違う使用人らしき女性に話しかけ、台所まで案内してもらう。
「何故お嬢様がお料理を?」と自分が五歳児なのを忘れていた為に使用人の女性には不思議そうにされたが「お料理の特訓をするの」と言ってしまえば簡単に台所に辿り着くことが出来た。
前世の私はよくストレスで胃を壊していたので、お粥を作る腕には自信があったが、それは前世の私の体だったからこそ。今の私の体は五歳児。身長も低いうえに腕力もない。
おまけに技術がそこまで発達していないのか、コンロなどはなく釜や水瓶があるばかり……五歳児はおろか、前世の私でさえ手間取ったと思う。
まず最初に火を起こすところから始まり、その上に小鍋を置いてゆっくりではあるが奇跡的に見つけた見覚えのある調味料たちを駆使し、お粥を作って行く。
「……ちゃんと美味しくできた」
最後に味見をして味の確認をした私は小鍋ごとお椀にのせ、先ほどの自分の部屋に戻る。
「あ、…え……?」
「あ、丁度良かった。君、お腹空いてる?胃に優しいようにお粥作ってみたんだけど…」
丁度今起きたところだったのか、混乱しているような顔をする少年にゆっくり近づき少年の隣に腰を下す。
そのまま流れるように小鍋の蓋をあけ、熱いままのお粥を匙で少量救いだし、少年に良く見えるようにパクリ、と口に入れた。
「……ほら、毒とか変なものは入ってないから。お粥、食べれる?」
「……」
不安そうにユラユラと揺れている少年の目を見ながら、再度「毒は入ってないよ」と諭すようにゆっくり喋る。
「い、ただき、ます…」
「うん、どうぞ。召し上がれ」
渋々、といった様子ではあったけど、少年がゆっくりではあるけど匙を持ってくれた。そのまま恐る恐る口に運び、咀嚼してからゴクンッと飲み込んだ。
「…!」
「美味しい? 良かった…」
思ったよりも好評だったようで、飲み込んだ途端少年がパァッと笑顔になった。お気に召したようだ。良かったよかった。
そのままの勢いでお粥を食べきった少年は、ハッとしたようにこちらの方を見始める。一体次はどうしたのだろうか、不思議に思い頸を傾げていると、少年がバッと頭を下げた。
「ごは、ありがとう、ございます」
「ごは? …あ、ご飯のことか、いえいえ、全部食べてくれたから私としても嬉しいよ」
あの警戒心の塊のような少年が、私の作った物を食べてくれた事の嬉しさについヘニャとだらしなく頬を緩めてしまう。
が、少年にはそんな事全く気にしなかったようで、笑っている私につられたのか、少しだけ口角をあげてくれた。
「あ、そうだ。君の事お風呂に入れないと…そのままじゃベタベタするでしょ」
「いい、の?」
「そりゃあ勿論」
戸惑っているような様子の少年に笑いかけながら、ゆっくり手を差し出す。
「一緒に行こ。今度は勝手に君のこと触ったりしないからさ」
「え……」
「君の事は絶対に傷つけない。これは約束。何かあれば君を守るし、助ける。どんな小さな相談にだって乗る。だからちょっとでいいから私の事信じてみてよ」
不安や困惑…その他色々な感情がごちゃ混ぜになった瞳でこちらを見る少年に再度私の手を差し出す。ここまで言って手を取ってくれなかったら追々黒歴史として頭に残るんだろうな…。
勿論黒歴史になるのはごめんだし、何よりも自己満ではあるがこの少年の心から笑う所を見たい。なので例え今ここで私の手を取ってもらえなかったとしても、これから長い月日をかけて仲良くなれたらと思う。
ジッと少年のサファイヤのように綺麗な瞳を見つめていると、おずおずと私の手の上に自分の手を置いてくれた。
今日一日だけでかなりの進歩である。
早速彼の栄養の取れていないせいなのか、あまり肉付きの良くない手を優しく握り、お風呂場へと歩き出す。場所は先ほどの使用人の女性に聞いおいたので問題はない。
「着いたよ、ここがお風呂場。入ってる間に新しい服を持ってくるからゆっくりしてね。…あ、使用人の人たちは来ないようにしてあるから気にしないで」
伝える事を伝え、服を脱ぎ始めたのを確認してサッと外に出る。
それから自分の部屋に戻り、あの少年が着れそうなものを何とか見繕った。身長が一緒ぐらいだったのが本当に良かった。でもさすがに女物をずっと着せ続けるのはさすがに申し訳がないので今度一式買ってあげよう。
パタパタとやけに豪華で広い廊下を走り、少年のいる風呂場を目指す。所々に金の装飾の施された窓や、等間隔に置かれている高そうな壺や絵画を見る限り、やはりこの家はお金持ちで間違いないようだ。
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