第3話

 才能と呼べるだけのものが、自分にもあるのかどうかはわからないが、あるとしても今回においてはまったくの役立たずとなり果てている気がする。

 要するに、大苦戦しているのだ。

 ぱちっと間取りプランが決まったと思ったらトイレの場所をとるのを忘れていたり、階段の高さが合わなかったり、一室の形がいびつになったり。修正したらいいのかと手を加えるが、今度は法令上の面積基準をオーバーしたり。

 ラフだけでも引けと言われてはいるが、その前段階のラフのラフを何度引いたと思っているのだろうか。どれも使えぬときたら、ラフのラフにすらなっていないのかもしれないが。


 ぐちぐちと考えているうちに煙草が短くなっていた。

 休憩を後輩からとがめられたばかりではあるが、今戻ったところでいいプランが浮かんでいないという状況は変わらない。

 無心で手を動かして頭を働かせていれば、それなりのものも浮かんでくるのかもれないが、それでも。

 せめてもう一本だけ、現実から逃れる時間がほしい。


 短くなった煙草を灰皿に押し付け、次の一本を取り出し、火をつける。

 肺と頭に煙が回り、疲れているのもあって、少しぼんやりとした気持ちになった。


 その靄のような気持ちを吐き出すように、煙を中空に吐き出した、そのときだった。


「…?」


 先程まで、吐き出した煙は外気に溶けるようにすぐに消えてなくなっていた。

 しかし、今吐き出した煙はどこへ行くこともなく、中空をふわふわと雲のように浮いたまま消えない。


 空気が淀んでいるのだろうか。いや、まさか、こんな吹きさらしの場所で。


 なんとなく、その煙雲に向かって、ふぅと息を吐きかけてみた。


 すると。


 煙雲は、蜘蛛の子を散らすように(洒落のつもりではない)弾けたと思ったら、きらきらとした細かい光を纏いながら一列にまとまり、一本の線となった。

 その線は、シャンパンの泡のような細かい金色の光を引き連れて、中空を滑らかに滑っていき、その痕跡が白く夜空に残った。


 突然のことに、あっけにとられながらその線を目で追う。

 迷いのない直線をぴしぱしと引く光る線。細い長方形を描いているようだ。そこにさらに直線を重ねて、交差させて。


 濃紺の夜空をキャンバスに、美しい絵の具で絵を絵を描いているようなその光景は、純粋に美しかった。

 仮に、疲れで頭がおかしくなって見た幻覚だったとしても、それでもいいかと思えるほどに。

 それにしても迷いのない直線だ。細長い長方形の中にいくつも。


 いや、待てよ。


「…この形って…」


 夜空にきらきらと浮かび上がった長方形が、と、その敷地の中に書き込まれたいくつもの直線が、に気づくまで、そう時間はかからなかった。



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