第2話 ドラゴン、社畜を燃やす

 洞窟は完全に閉じられている。ドラゴンを封じているのだから当然だ。

 外からも中からもこの洞窟に通じる道はなく、僅かな隙間さえも見当たらない。


 ドラゴンは大気中の魔素によって生活しているため食料や酸素がなくても平気で、この空間においても問題なく生存できる。

 洞窟内はドラゴンから漏出した魔素によってうっすらと照らされている。よって視界にも困ることはなかった。


 そんな無敵とも言えるドラゴンは現在進行形で困っていた。


「ぐごー…」


 自分の背中で寝てる人間が全然起きないからだ。


 人間はあんまりにも無防備だった。

 手足を投げ出し大の字になって、完全に腹を見せて寝っ転がっている。


 大口を開けた口からはだらしなく涎が垂れ人間の髪の毛をべちゃべちゃに濡らしていた。汚い。

 ドラゴンは今すぐその人間をはたき落として自分の背中に洗浄魔法をかけたい気分に駆られた。


「うっ…願い…トモダチ…!世界、世界を…叶えてあげる…!」


「…」


 意味わかんない寝言言ってる…。


 ドラゴンは脱力した。なんかもう全部嫌になってきた。

 あれから数十時間が経過したが人間は一向に起きる気配がない。


 どんだけ神経図太いんだよ。というより疲れていたのか。


 正直死んでるのかと思うぐらいの寝込み具合だったが、断続的に響く寝息がそれを力強く否定していた。


 わけがわからない。まさかドラゴンの身体の上でこんなに無防備に眠る人間が存在するとは思わなかった。


 ドラゴンはこの人間を簡単に殺すことが出来る。

 尻尾を叩きつけるでも、爪で引き裂くでも、牙で噛み砕くでも良い。なんならそのまま飲み込んでしまってもこと足りる。


 まさしく指先一つ、ドラゴンの気まぐれ一つでこの人間の命はかき消えるのだが、何故かこの人間にはそれに恐れを抱いている様子がなかった。


 ドラゴンの巨体を目に入れてもぼんやり眺めているだけで、どころか呪詛程度の低級魔法しか使えないと見える『ジョーシ』とか言う魔物の方が怖いなどと戯けたことを抜かす。

 未だかつてこんな人間に遭遇したことはない。たぶん。


 なんなんだこいつは。


 魔力や魔法の類いは全く、いっそすがすがしいほどに何一つ関知できないが、もしかしてとんでもない力を秘めているのか?


 この世にドラゴンよりも強い人間が存在するなど聞いたこともない。そんなことはありえない。そう思うのに、この態度にはそれ以外で説明がつきそうにもなかった。


 もし仮にドラゴンを倒せる手立ても制圧する手段もないのに寝こけていると言うのなら、それは危機管理能力の著しく欠如したただの馬鹿だ。

 いくら何でもそこまでアホな人間はいないだろう。生物として欠陥品すぎる。


 ちら、とドラゴンはもう一度背後の人間に視線を向ける。

 相変わらずよだれを垂らしながら大口を開けて爆睡している。

 また友達がどうだの夢がどうだの、なんか悪徳商法にでも騙されてそうな寝言を言っていた。


 …もしかして本当に馬鹿の方なのでは?

 ドラゴンは俄かに怖くなってきた。


「…ハッ!!!朝ァーッ!?」


「どわーっ!」


 人間が突如としてカッと目を見開き、絶叫した。まさしく雄たけびだった。ドラゴンは思わず悲鳴を上げた。


 人間はドラゴンの背中からばね仕掛けのように跳ね上がると(動きが勢いよすぎて怖い)、なにやら背中でばたばたともがき始めた。


「朝、朝、朝!出勤しなきゃ出勤しなきゃまた遅れちゃうまた怒られる早く早くていうか今何時寝過ごしたかなアアアア」


「うるせ−!落ち着け!背中で暴れるな!かゆいんだよ!!!」


 しかしドラゴンの言葉も虚しく、人間はひたすら暴れ続けた。


 わたわたと手足をさまよわせ無意味に身体をはたくと、最終的に髪の毛を手櫛で乱暴に梳き始める。

 どこからともなく取り出したひもか何かで髪の毛をくくり、ドラゴンの身体を滑り台の要領で駆け下りた。


「駅-ッ!!!」


 わけのわからない言葉を吐いて、人間は猛然と走り出した。

 ドラゴンの視界から人間が消えていく。


 洞窟の奥の暗がりに消えたその影を見送って、ドラゴンはしばし呆気にとられた。

 所要時間にして四十秒弱。目覚めから出発までとんでもない速度で行われた早業であった。


 が。


「すみません駅どこですか!?そもそもここどこ!?」


「わかんないの!?」


 三十秒足らずで結局戻ってきた。



「…翼を授かりに店に行ったはずなのに気がついたらここに居たァ?」


「そうなんです。残業中眠気が取れなくてコンビニに翼を授かりに行ったんですけど…」


「お前、天使族だったわけ?それとも妖精族?ていうかあいつらの翼って授かり制なの?」


「天使?妖精?いえ普通の人間ですが…。あとコンビニでは他にモ○エナとエスタ○ンモカとチョ○ラとアリ○ミンと○命酒も買いました」


「何言ってるのか全然わからないけど随分と買い込んだな」


「もうちゃんぽんじゃないと眠気が取れないんですよね」


「それやばくない?」


 そこまでしないと取れない眠気って何だよ。諦めて寝た方が逆に効率よくないか。

 ドラゴンは素直にそう思った。


 ドラゴンと人間は、向かい合って会話していた。洞窟の薄闇の中にお互いの声が響いてわずかに反響している。


「レジ袋片手に会社に戻ってる途中だったんですが、気づいたらここにいて、そしてドラゴンさんにお宿を提供頂いた次第です」


「誰がお宿だ」


「本当に横になって寝たのなんてもう三日ぶりで…ありがとうございますありがとうございます!ドラゴンさんの寝心地は最高でした!」


「僕をベッド扱いするなァ!!!」


 人間は突然両手を合わせてドラゴンを拝み始めた。無駄に手をすり合わせるな。ハエかお前は。

 発言内容の不敬さもさることながら脈絡のなさと話の通じなさが半端ない。ドラゴンは切れて大声を上げた。


 ドラゴンの一声で洞窟内の空気はびりびりと震え、衝撃で僅かに壁面が剥がれ落ちたが、人間は相変わらず恐れもせずにけろりとしている。


「くそ、もう何でもいい!さっさとこの洞窟から出て行け!何が何だかわからないが入ってきたなら出て行けるだろう!」


「うーん、でもこの洞窟、出口も通路もないように見えるんですが。私もどうやって入ってきたのかとんとわからず…」


「そんなものぼ…我が知ったことか。我は人間が嫌いだ。顔も見たくないし関わりたくもない。この洞窟とて貴様らと顔を合わせないで済むからと気に入って住んでいる。そんなところにお前が来て不愉快極まりない!理解したなら疾く立ち去れ!」


「あ、ドラゴンさんは閉じ込められている訳じゃないんですね?よかったです!つまりは自分の意思で引きこもりだと!」


「なんかすごい不名誉なこと言われてないか?」


「選ばれしニートってやつじゃないですか!うわあいいなあ、私もドラゴンになりたい!ああ〜転職したいな〜!」


「聞けやーッ!!!」


 相変わらず何を言われているのかよくわからない。が、とりあえず会話が通じてないことだけはわかる。

 ドラゴンはまた素の口調に戻りそうになった。というか戻った。


 人間は全然ドラゴンの話も聞かずにきゃっきゃうふふと楽しそうに微笑んでいる。


 ドラゴンはイライラした。それはそれはもう猛烈にイライラした。

 何が転職だ、何がドラゴンになりたいだ。こっちの気も知らないで楽しそうにしやがって。


 イライラはやがて怒りへと変換され、その気持ちは過たず攻撃的な意思となって排出された。


 以前と同じ。ドラゴンの体内を魔力がほとばしり内燃機関が口を開け、黒炎がドラゴンと人間の間を遮るように吹きあがった。


「いい加減にしろ人間。戯れの時はもう過ぎた。我の寛容にあぐらを掻いて随分と不敬な行いばかりをしてくれたようだが、これ以上は捨て置けぬ。今ここで灰となるが良い!」


 今度は以前のような威嚇の炎ではない。洞窟の横幅全てを遮り埋め尽くす巨大な黒炎。

 まさしく炎の壁、巨大な熱の塊がばちばちと爆ぜながら燃えさかっている。


 人間が目の前の炎を見つめている。黒炎に照らされて、その顔が赤く照り映えていた。


「ははは!この我の本気を前に声も出ないか!そうだろう、そうだろう。恐ろしいだろう、怖いだろう!所詮貴様らは脆弱で矮小な生物、世界最強と謳われるドラゴンに勝てるわけがない!さあ…炎に巻かれて死ね!」


 ドラゴンは高らかに宣言する。

 黒炎がよりいっそう勢いを増して燃え上がった。


 黒く明るさのない色味をしているのに、不思議と辺りを明るく照らし出し、赤く散る火花を発する摩訶不思議な黒炎。


 燃焼物がなくとも魔力を糧として燃え続けることのできるそれは易々と消えることはなく、呪われた炎と伝説に謳われ恐れられた。


 そうだ。これを見て恐怖しなかった人間はいない。

 事実この人間も恐怖に色を無くして立ち尽くし、呆然と目の前を見つめるばかりではないか。


 以前は自ら炎に巻かれて死ぬだのなんだの言っていたが、やはりそんなことできるわけがない。この人間は恐怖に怯え苦しみながら焼け死ぬのだ…。


 人間が炎の中に飛び込んだ。


「えっ」


 あからさまに自分の意思だった。恐怖におののく表情も絶望に歪む顔も見せることなく、人間はそれこそ散歩するような気軽さで、目の前の炎に飛び込んだ。ように見えた。


 そして、黒炎が一斉に人間の身体に纏わり付いて燃やし始めた。


「アアアア!?!?!?」


 ドラゴンは絶叫した。

 臭っちゃダメな感じの臭いがする。


 洞窟内に立ちこめるなんとも形容しがたい悪臭と、人間の苦悶の声。

 すさまじい絶叫だった。まさしく言葉にならない叫びで、この世の苦痛の全てを味わっていると言われても納得できるほどだった。


 ドラゴンの口から短く悲鳴のような声が漏れた。自分で燃やして殺すと言っていたくせに、ひどく動揺していた。

 だって、自分から飛び込むなんて誰が思うんだ!

 ドラゴンは内心でそう毒づいた。完全に頭が混乱していて、何が何だか状況がつかめていなかった。


 目の前ではいまだに人間が炎に巻かれて動き回っている。どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 この時のドラゴンは、自分の出した黒炎を自分で解除できることすら忘れていた。そしてそうしない限り、黒炎はめったなことでは消えないことも失念していた。


 が。


「え!?こ、黒炎が消えた!?」


 突如、辺り一帯を煌々と照らしていた黒炎が忽ちの上にかき消えた。

 ドラゴンは何もしていない。それこそ魔法でなければ説明がつかないほど鮮やかに、洞窟中を覆っていた黒炎が跡形もなく消えてしまった。


 一体、何が。


 だが、ドラゴンの疑問はそれ以上の問題に押し流された。


 その場には倒れ伏す人間の肢体。炎が消えた後に残ったそれが、ぶすぶすと音を立てながら横たわっている。


「うぷ…っ!」


 かなりグロいことになっている。焼け落ちてただれた皮膚は歪み、固着して、異様な臭いを発していた。

 人間は身体中を炎に巻かれた熱と痛みにもだえ苦しみ、地面で虫のように這い回っていた。


「な、治れ…!」


 ドラゴンはもう完全に反射で再生魔法を唱えた。

 これほどの全身を覆う大怪我となると人間の身ではとても賄えない魔力が必要となるが、強力な魔力量を誇るドラゴンの身であれば造作も無い。


 人間の身体はあっという間に再生した。

 火傷の跡は一つも残っておらず、燃え始めていた髪の毛すら元通りになっている。


「お、おい!お前!大丈夫か!」


 ドラゴンが真上からのぞき込む。人間は一応意識があるようだった。

 真っ黒な瞳でぼんやりとドラゴンを―というよりも天井を見上げている。


 どうしてか呼吸が浅い。ふうふうとせわしなく息を吐いている。

 額に浮かぶのは冷や汗か、それとも恐怖故のものか。


 やがてその目が確かに光を取り戻し、はっきりドラゴンを自分の意思で認識した。

 唇が小さくわなないて声を発する。


「しにたくない…」


 何を当たり前のことをとドラゴンは思った。だが人間の様子は全然当たり前じゃなかった。


「じにだぐない゛い゛い゛ぃ゛!!!!」


「げぇ!?」


 人間は勢いよく跳ね起きた。バッタのようだった。そのまま火がついたように泣き始めた。


 わんわんとそれこそ子供のように、大口を開けて泣き叫ぶ。

 ドラゴンはまたも悲鳴を上げてしまったが、人間はこちらの様子など少しも見えていないようだった。


 顔中の穴という穴から液体を流しつくすような勢いで、涙と鼻水とあと涎を垂らしていた。

 あまりの惨状にドラゴンは引いた。


「じにたくない゛い゛ぃ゛!!やっばりわたじ、じにたくない゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛!」


「な、なんだお前急に!落ち着け!」


「もうヤダァぁ!!!出勤して怒られて仕事して怒鳴られて仕事して終わんなくて仕事して仕事して仕事して!残業残業また残業!何でお前はこんなことも出来ないんだ俺が若い頃はこれは指導であってパワハラじゃないとか云々かんぬんああああもう死ななきゃって死ぬしかないって死んだら出勤しなくて良いって…でもやっぱり嫌だ!だって死んだら死んじゃうんですよぉぉぉ!!!」


「今!?今そこ気づくの!?」


 最初に炎に飛び込みかけた時点で気づけと言いたい。

 というより気づく云々じゃなくて当たり前のことである。

 人間は死んだら死ぬ。人間だけじゃなく全ての生物において自明のことだ。


 しかし目の前の人間は、まるで重要な大発見を今まさにしたかのように目を見開いていた。


「ざ、さっき本当に死ぬ、死んじゃうって思っで、熱くて痛くて苦しくて気が狂いそうで、本当に死ぬって思ったら怖くて怖くてしょうが無くでぇ、息が出来なくてやっぱり死ぬって思ったらもう嫌で嫌で仕方なくて、死にたくない、死にたくないって思っでぇ゛え゛え゛!」


「わかったわかったから!死にたくないんだな!うん!そりゃそうだ当たり前だ!」


「だから私もう会社辞めまずぅぅぅ!」


「ごめんカイシャって何!?昨日からずっとわかってない!!!」


「会社はクソです!!!」


「うんこってこと!?」


 ドラゴンはもう訳がわからなくなってきていたが、自分でそれに気づけない程度には錯乱していた。

 完全に目の前の人間の狂乱に引っ張られていた。

 こいつがおかしいから僕はしっかりしていないとと思っていたが、客観的に見てどっちもダメだった。


「わだ…わだし決めましだ…」


「そうか!何を!?」


「もうぜったい絶対生きてやります!会社辞めてすっきりして地を這いずってでも生き延びてやります!」


「なるほど良かったな!その意気だ!」


「ぶっちゃけドラゴンさんの黒炎とやら借りて放火してやろうと思ったけど我慢します!!!」


「すごいな!偉いぞ!!!」


「というわけでありがとうございますドラゴンさん!!!」


「いいや礼には及ばな…えっ」


 ドラゴンは急速に、冷や水をかけられたように冷静になった。

 今度は人間じゃなくて自分が冷や汗をかいているような錯覚に陥った。

 人間はきらきらとした目でドラゴンを見上げている。


「私気づいたんです。このままじゃダメだって。会社を辞める勇気も現状を変える力も持てなくてどうしようどうしよう死ぬしかないって思ってたけど、やっぱり死にたくないって。そう気づかせてくれたのはドラゴンさんです!ありがとうございます!」


「い、やあの…よく考えてみて?今炎に巻かれて死にかけたそもそもの原因は僕…」


「でもドラゴンさん治してくださいましたし!」


「それで片付けられる問題か!?」


 ドラゴンの困惑を他所に、その人間は感謝の言葉ばかりを述べていく。

 ドラゴンさんのお陰で会社の呪縛から解き放たれましたとか私の人生ここから始まるんだとかだからドラゴンさんは命の恩人ですとか。


 どう考えてもおかしい。

 今まさにこいつの生命を脅かしたのは他ならぬドラゴンである。

 だというのに何故逆に命の恩人として崇められるのか。


 普通の人間はここで恐怖し泣き叫んで逃げ出すはず。ドラゴンだってそうする。普通はそうする。


 しかし目の前の人間はただひたすらに笑った。こちらに対する敵意や害意などがおよそ欠片も感じられない笑顔で、その裏のない善意が却って余計に恐怖を煽った。


 わけがわからない。何なんだこいつは。


 この人間に対して最初に出会ったときからずっと抱いていた違和感がここに来て最高潮を迎えた。


「ドラゴンさん、ぜひ恩返しをさせてください!ドラゴンさんのために何かしたいんです!」


「いらないいらないぜんぜんだいじょうぶだからかえって」


「まず何をしたらいいでしょう?掃除洗濯家事炊事?家事はへたくそな自信がありますが精一杯やりますよ!」


「へたくそに自信を持つなというか帰れマジで帰って」


「とりあえず天井の破片のお掃除ですかね!待っててくださいねドラゴンさん!掃除時間の破壊神暗黒四天王と言われた実力見せてあげます!」


「何もわからないのにろくでもないのだけはわかるあだ名やめろ」


 しかしドラゴンの言葉はまさしく馬耳東風、その人間には何一つ届かない。耳に嵐か台風の妖精でも住んでるのか、ただただ頭がおかしいのだろうか?後者な気がする。


 話が通じない、というのがこれほど恐怖を煽るとは。


 元より言語能力の無い魔物を相手にするならいざ知らず、一応は人語を解すという点がよりいっそう恐怖を煽った。


 人間は足取り軽く洞窟の縁に向かうと散らばった天井の破片をかき集め始める。掃除の言葉に違わずこの辺を綺麗にするつもりらしい。


 先ほど自分の身体を丸焦げにした相手に無防備に背を向けたまま、いそいそと欠片を拾い集め始めた。


 おいマジか。ドラゴンは思わず口に出そうになった。


「じゃあドラゴンさん、この辺掃除しちゃいますねー!その後もバリバリ働きますからよろしくです!」


 あまりにもキラキラしいその人間の笑顔を前に、ドラゴンの脳裏で俄かに巻き起こる思考。


 もしかして。もしかしてだが。この人間が現れた時からずっと目を逸らしていたのだが。


 まさかと思いつつそんなわけがないと目をそらして、何とか誤魔化してきたものの、ここまで来たら流石に直視せざるを得ないのでは。


 ふんふんと鼻歌まで歌い始めた人間を前にドラゴンは確信した。こいつは、この人間は、この訳のわからない生き物は。


「ただの馬鹿なんじゃ…」


 ドラゴンを恐れず背中で寝て丸焦げにされて何故か感謝を述べるその精神性。

 蛮勇でも無謀でも勇敢でもなく、ただただ一つの真実。


 そう。その人間は危機察知能力も状況判断能力も著しく欠けた、単なる馬鹿だったのだ。

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