第3章 晩夏
第5話-1
《夏川先輩。
この手紙を先輩が読むころ、私はもう死んでいると思います。
もし死んでいなかったら、どうか私を探さないでください。それが、この手紙を書く主な理由です。
おそらく先輩に会ったら、私はみっともなく泣きわめくでしょう。そのような醜態は見せたくありません。それに、死を受けいれる心構えができていたのに、それをなくしてしまうかもしれません。それはとても耐えられません。
もし夏川先輩が私の病気のことに気づき、私を探すようなことがあれば、この手紙を渡してくれるように、信頼できる人に託します(夏川先輩もよく知っている人です)。ですが、夏川先輩が私は転校したと信じ、その後、連絡も寄こさない不義理な後輩だと思ってくれるのが、何よりの望みです。そして、そのまま私のことを忘れてくれればいいと思います。
お気づきのように、私は白血病です。
肝臓ガンも併発しています。余命はあと2、3ヶ月ほどでしょう。骨髄移植をすれば助かる見込みはありますが、適合するドナーが見つかる確率はほぼありません。
なぜ、海野先輩が末期ガンだと偽り、《夏恋計画》などというバカな計画を立てたのか、夏川先輩は疑問に思っていることでしょう。
そのことを説明するには、私が子供のときからお話するのがいいと思います。
私が小学生のとき、両親は離婚しました。私には兄がおり、兄は父に、私は母に引きとられました。
私が中学生のとき、乳ガンが見つかりました。私の祖母も乳ガンで死んだため、遺伝なのでしょう。乳ガンは両側性で、発見が遅れ、外科手術することになりました。影響は大きく、今でも私は胸のことを言われると耐えられません。
なお悪かったのは、予後にガンが転移したことです。こうして私は白血病と肝臓ガンを併発しました。転移・再発ではガンの生存率は大きく下がります。
中学生のときの私は(といっても、半年ほど前までのことですが)、嫌な子供でした。中学生になってから間もなく入院生活をはじめた私は空っぽで、孤独と自分の境遇から、世界への敵がい心だけがありました。唯一の救いはヒマつぶしにはじめたギャルゲーで、書類の上で中学3年生になるころには、かなりの通になっていたと思います。
そのころ、母が蒸発しました。母は貧しく、私の医療費について公的支援を受けていましたが、それでも借金が多額になり、行方をくらませました。
父が私と借金を引きとりました。父も裕福でなく、私のために生活は苦しくなったようです。
それから、私は自分がどうして生きるのか分からなくなりました。私は延命治療を拒み、終末期ケアを選びました。
死期を定めると、あらためて自分の人生に何もないことに気づきました。私はどうして生まれたのか。私は無理を言って、父に高校に入学させてもらえるように頼みました。
以前、どうして海野先輩が学校に復学したのか語ったことがあったと思います。あれは、自分の気持ちを海野先輩に置きかえて言いました。
海野先輩は以前、病院で見かけたことがありました。乳ガンの検診を受けていて、そのとき事情を知りました。海野先輩が高校の制服を着ていたので、私の印象に残っていましたが、向こうは私のことに気づかなかったと思います。
高校に入学したはいいものの、どうしたらいいのか私は戸惑っていました。そうしたとき、始業式でバカ騒ぎをする夏川先輩と倒れる海野先輩を目撃したのです。私に電流が走りました。その次の瞬間には、私は《夏恋計画》を立てていました。
後は夏川先輩も知ってのとおりです。
幾つか危ない場面はありました。もっとも危険だったのは、夏川先輩が私の主治医の波戸先生に話しかけたときです。あのときは誤魔化すのに苦労しました。主治医が患者の病状を無断で他人に話すことはありませんが、どうにか夏川先輩に疑問を抱かせずに済みました。
感染症予防に気をつけなければいけないため、プールに入ることもできませんでしたし、抵抗力が弱まっているので虫歯もできてしまいました。花火をしたときは、貧血で倒れそうになったため、木にぶつかったフリをしました。体育はすべて見学していたので、水着は新しく買いました。あとは、やはり学力が足りずに授業にはついていけませんでした。
最大の誤算は、私が先輩を好きになってしまったことでしょう(ここ、笑うところです)。
これが私の話せるすべてのことです。
夏川先輩。ありがとうございました。さようなら。
追伸 もし心霊現象があるなら、化けて出るのでよろしくお願いします。》
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