第2話-6

「まずは海野先輩に、俺たちがふざけ半分じゃなかったことを理解してもらわないとな」

「そのためには、ギャルゲーの良さを知ってもらうのがいいと思うんです」

「なるほど」

 景の提案に、俺は頷いた。

 他にやらなければならないことがある気がするが、気のせいだろう。

「しかし、部室に引きずりこんで強引にギャルゲーをやらせるのか? ムリがあると思うが」

「ですね。なので、直接、ギャルゲーの世界を体験させてあげましょう」

「犯罪には加担しないぞ」

 景は冷ややかな目で俺を見た。

「何を想像してるんですか」

 そう言い、咳払いして続ける。

「ギャルゲーと言えば、コミカルでポップな世界観も魅力です。ここは泣きゲーの元祖、『kanon』に範をとりましょう。月宮あゆを見習うんです。『kanon』で主人公はたい焼きを食逃げしてきた月宮あゆとぶつかることで出会います。その衝撃的な出会いを経て、2人は絆を深めていきます。ですから、私がたい焼きを食逃げして海野先輩とぶつかれば、出会いをやり直すことができますし、ギャルゲーの魅力を分かってくれるはずです」

「犯罪には加担しないって言っただろ!」

 景は眉頭を上げた。

「は? 月宮あゆの行いに文句をつけるつもりですか? 全国に100万人いる『kanon』ファンを敵に回すつもりですか?」

「敵に回しているのはお前だ」

 ただ、海野先輩と和解するきっかけを必要としていたことは事実だった。


 放課後、俺は海野先輩を誘って校外を散策した。

 場所は市内にある観光地だ。

 6月になり、日射しが強くなってきた。夏服の白いカッターシャツに衣替えしていたが、歩いていると汗が滲んでくる。

 開けた小路で、左右に観光客向けの商店が軒を連ねている。路面は石畳で、建物の間近は砂利が敷かれていた。

 横目で海野先輩を見る。俺の誘いには応えたが、その表情からは、何を考えているかは分からなかった。

「あの… まだ怒っていますか」

 おそるおそる尋ねる。

 海野先輩は不機嫌そうに言った。

「怒ってないわけないでしょ… 仕方ないな。今、あたしが何を考えてるか当てたら許してあげる」

 俺は全力で頭脳を回転させた。この問いには絶対に正答しなければならない。

 まず、答えは一意的に決められるはずだ。次に、今ある情報から求められるはずだ。それらの条件を満たす答えはただ1つ。

 俺は海野先輩を見た。

「答えは《解答を外したら許さない》ですね。もし、この解答が当たりなら、許す。外れなら、解答を外したときは許すということなので、やはり許す。なので、海野先輩は俺のことを許してくれるはずです」

「ぜんぜん違う。ごめん、意味が分からない」

 海野先輩は無表情で答えた。

 なぜだ…?

 完璧な解答のはずだったのに…

 頭を抱えて懊悩する俺を見て、海野先輩はフンと鼻で笑った。

「いいよ。残念賞で正解にしてあげる」

 俺は安堵の吐息を漏らした。

 平日の日中で、観光地だが、周囲には若い男女が幾人かいるだけだった。

 俺と海野先輩は、その静かな雰囲気のなか、穏やかに歩いていた。

 静寂のなか、俺は景がこの場面に邪魔なことに気づいた。

 間もなく、景が待機しているたい焼き屋だ。俺は進路を変えようとした。

「え。夏川君、どうしたの?」

「こっちの方角は縁起が悪いです。遠回りしましょう」

「夏川君は平安貴族なの?」

 海野先輩は無視してそのまま直進した。

 やがて、たい焼き屋と、その前にいる景が見えてきた。畜生。しかも、景とバッチリ視線が合った。

 景は路上に面したその店で、注文をはじめた。

 まさか、景も本気で食逃げするつもりはないだろう。そこまで非常識ではないはずだ。少しの間、やり過ごせばいい。

 俺は海野先輩の両肩を掴んだ。

「海野先輩」

「えッ」

 強引にこちらを向ける。なぜか海野先輩は緊張していた。海野先輩の肩ごしに、大量のたい焼きを受けとる景が見える。

 いくら景が頭がおかしいとはいえ、犯罪はしないはずだ。このまま景が支払いを終えて、消えるのを待てばいい。

 景は大量のたい焼きの入った袋を引ったくると、そのまま全力疾走した。

「あッ。あのバカ、本当にやりやがった!」

 俺は叫んだ。混乱する海野先輩をそのままにし、景を追いかける。

 景の逃げる姿勢は本気だった。

「待て!」

 走りながら、こちらを一瞬、ふり返る。景は速度をあげた。

 だが、身長差もあり、すぐに追いつきそうになった。景は悲鳴をあげた。

「誰かーッ! 変態に追われています!」

「事態をややこしくするな!」

 その後、景はすぐに力尽きた。地面に両膝をつき、ゼイゼイと肩で呼吸している。

 俺はすこし息があがっているだけだった。

「お前… 信じられないくらいに体力がないな」

 俺は呆れて言った。

 そのとき、大声が聞こえた。

「おい! その子から離れろ!」

 制服の警官が駆けつけるところだった。警官は俺と景の中間に立った。

 慌てて弁明する。

「待ってくれ! 俺はそいつが食逃げしたから追いかけただけなんだ!」

 景が叫ぶ。

「気をつけてください! その変態はゲイの警官フェチですから!」

「お前も余計なことを言うな!」

 俺は景に詰めよろうとした。

「貴様、こっちに寄るな!」

 中腰になった警官が警棒を抜く。

「本当にそいつは食逃げをしたんだ! 腕に抱えているたい焼きを見れば分かる!」

 俺がそう言うと、景はたい焼きを強引に口に詰めこみはじめた。

「証拠隠滅を計るな!」

 それからすぐ、海野先輩とたい焼き屋の店員が来た。俺と景は交番まで補導された。

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