第2話-5
試験最終日の翌日、登校して昇降口に行くと、景が待っていた。
今日から部活動は解禁だ。職員室で鍵を貸出する。俺たちはパソコン部の部室に行った。
部屋にある椅子に腰かけ、景を見上げる。
「お前、まだ海野先輩に未練があるのか? あの態度を見ただろ。もう付きまとうのはよせ」
自分のことは棚上げし、景に釘を刺す。
「つまり、夏川先輩は距離を置くのが海野先輩のためになると思っているんですか?」
景は唇を尖らせた。
「海野先輩に強い感情を向けられて、面倒になっただけでしょう。そういう面倒事を乗りこえてこその人間関係でしょう」
「勝手なことばかり言うなよ」
眉を顰める。
だが、憮然とした俺を前にして、景は滔々と語った。
「どうして海野先輩が自分の余命を知ったとき、また通学することにしたのか、考えたことがありますか? 残された数ヶ月の時間の使い道は、他にもあります。それを、どうして世間の大多数がするような、平凡な学生の真似事をするつもりになったんだと思いますか? それは、自分の人生の終わりを知らされたときに、自分の人生に何もないことに気づいたからですよ。だから、世間の大多数と同じようなことをして、せめて普通の人生を体験しようと思ったんですよ。…けど、実際にそういう生活をしてみても、何もありません。1人で死ぬ孤独に耐えきれなくて、学校生活を送ってみたのに、孤独感はますます募ります。今、海野先輩は友人と恋人を必要としているはずです」
「こいつ、見てきたように言いやがって…」
俺は呆れた。ただ、たしかに景の言葉には説得力があった。
しかし、こいつは…
俺は胡乱な目付きで景を見た。
「お前の《泣きゲーみたいな感動がしたいから》という動機はどうにかならないのか? 正直に言うと、お前を信用できない」
景はしばらく考えてこんでいた。正直なところ、まともな返答は期待していなかった。
だが、景は端然とした表情でこちらを見た。
「夏川先輩は『ONE~輝く季節へ~』をプレイしたことがありますか?」
唐突な質問だった。
困惑して、ただ質問にだけ答える。
「ああ」
「私は、あのゲームの言う《えいえん》が欲しいんですよ」
「……」
『ONE~輝く季節へ~』は『kanon』や『AIR』を発売したkeyの前身の作品だ。泣きゲーの元祖とも呼ばれる。舞台はごく普通の学園だが、作中に《えいえん》と呼ばれる世界がある。時間を超越した、強烈に懐かしい感じのする《えいえん》の世界は、あらゆる悩みからの救済となる。物語は、おおむねヒロインとの日常生活と《えいえん》の世界との対照で推移する。
景は言葉を続けた。
「私たちは今、高校生で経済的自立もしていませんし、なんというか自由じゃないですか。けど、こんな生活はいつまでも続かないんですよね。いつかは社会に出て、自分の面倒は自分で見なくちゃいけなくなります。すべてのものは移ろいゆくんです。海野先輩だけじゃなくて、人間はいつかはみんな死にます。私たちだって、明日、事故で死ぬかも知れないんです。変わらないものは何もないんです。だから、永遠になるものが欲しいんです。永遠になるものを得られれば、何があっても安心できます」
部室は電灯を点けていなく、照明は窓からの外光だけだった。
景はいつになく真剣で、表情に静謐を湛えていた。日差しが、その顔を半面だけ照らしていた。
「……」
俺は息を吐いた。
「分かった。お前のことを信じる」
景はニッコリと笑った。
「でも、海野先輩を諦めて、私で妥協できるとか考えないでくださいね。私はギャルゲーで言うなら、ファンディスクではじめて攻略可能になるタイプのキャラクターですから」
こいつは…
「安心しろ。俺は胸のない女には興味がない」
景は顔を引きつらせた。
「次に胸のことを言ったら絶交です」
「分かったよ。許してくれ、景」
壁に話しかけ、胸の高さの壁面を叩く。
背後で扉の開く音がして、ふり返ると、景が無言で部室で出ていくところだった。
俺は慌てて引きとめ、時間をかけて景に謝罪した。まさか、そこまで貧乳を気にしているとは思わなかった。
後から考えると、そのまま景と絶交してもよかった気がするが、なぜ平身低頭してまで仲直りしたかは分からなかった。
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