第2話-4

 試験期間と試験準備期間は部活動は禁止だ。そのため、中間試験が近づき、部室の鍵を貸出することもできなくなった。

 海野先輩に病気のことを知っていることがバレてから、俺は景と会っていなかった。

 その長い試験期間中、俺はボンヤリとして過ごした。

 試験最終日、最後の試験が終わると、教室はざわめきに包まれた。解放感で高揚した生徒たちが雑談に耽る。

 田渕が教室机の狭間を縫って、俺のところまで来る。

「お前がこれだけのあいだ何もしないなんて珍しいな。何か悪いものでも食ったのか?」

「ヘビ、ヤモリ、木の根しか食ってない…」

「そりゃガダルカナル島の日本兵だろ」

 田渕は呆れた様子で応えた。

 眉を吊りあげて、露骨に不審そうにする。

「もしかして、海野先輩にフられたのか? まさか、それで落ちこんでるんじゃないだろうな。はじめからうまく行くはずない、って分かってただろ?」

 反論する言葉もない。黙っていると、田渕は続けた。

「だいたい、どうして海野先輩なんだよ。そりゃ美人だけどさ。状況が難しすぎるだろ。顔の良し悪しだけで無視できるようなもんじゃないぞ。…これからバスケ部のヤツらと合コンに行くから、お前も来いよ」

「相手の平均年齢は? 30歳以上か?」

「それじゃ乱交パーティーだろ! 他校の女子だよ。もういいから黙ってついて来い」


 合コンの待ちあわせ場所らしい、市街地の繁華街に行く。さきに到着していたらしいバスケ部の部員たちは、なぜか俺を見ると嫌な顔をした。田渕が必死に説得する。

「こいつ、顔だけならモテそうなツラをしてるんだから、頭数に入れたほうが向こうも喜ぶって!」

「だったらどうしてこいつはモテないんだよ!」

 口論の挙句、バスケ部の部員たちは俺に指を突きつけて厳命した。

「いいか? 絶対に喋るなよ。絶対だからな」

 参ったな。

 パントマイムにはあまり自信がないのだが…

 《見えない壁》に衝突する練習をしていると、バスケ部の部員たちはふたたび田渕を責めはじめた。


 合コンの会場はカラオケだった。

 他校の制服を着た女子が、すこし前に流行したアイドル歌謡曲を唄っている。別の女子が、硬い笑みを浮かべながら、曲に合わせてタンバリンを叩いている。予約した時間の終わりまで、俺は漫然と室内の光景を眺めていた。

 田渕が全員に呼びかける。

「時間だけど延長するか? 一応、言っとくと、会費は今のところ1人2400円だ」

「結構かかったな…」

 俺の呟きに、田渕が視線を向ける。

「何だ。金欠なのか?」

「なァに、気にすんな。俺にもそのくらいの金はあらァ。ヘヘ、少ないけど取っといてくんな」

 ポケットから皺くちゃの千円札を渡す。

「それは金はないけど人情はある人間の渡しかただろ」

 女子の1人が声をあげる。

「じゃあ、食事に行くの? だったらこのままカラオケでもいいけど」

「同じ値段ならラブホテルに行くほうがいい。どうせ、合コンに来るなら、最後はラブホテルに行きたいと思ってるはずだしな」

 バスケ部の部員が俺の首を絞める。

「お前はァーッ! あれほど黙ってろと言ったのに!」

「グエーッ! ど、どう考えてもラブホに行くほうが楽しいだろ! カラオケもあるし! し、心配なら男女別で行けばいいだろ!」

 一瞬、バスケ部の部員は思案した。

「それじゃ合コンの意味がないだろ!」

 ふたたび俺の首を絞める。

「新しい扉を開けば…」

「放射性廃棄物保管庫の扉くらい厳重に閉めとけ!」

 そう怒鳴ってから、バスケ部の部員はピンと背筋を伸ばした。

「ひィ! だ、誰かが俺のケツに硬いものを当ててる…!」

 恐るおそる顔を背後に向け、俺がマイクの先端を押し当てていることに気づくと、バスケ部の部員は俺を押さえつけた。

「犯す! お前で新しい扉を開いてやる!」

「ま、待て! カラオケの個室は防犯カメラで見られてるから… ああーッ!」

 バスケ部の部員が俺のベルトをカチャカチャと鳴らしているあいだに、女子たちは個室を出ていった。


 受付で会計を済ませるころには、俺たちの表情には疲労困憊が漂っていた。

 バスケ部の部員たちは俺をさんざん罵ると帰っていった。

 田渕は盛大にため息をついた。

「こうなるかもしれないとは思ったけどな… 俺は連絡先を交換できたからいいけど。お前、はじめのうちはいい印象を持ってもらってただろ?」

「そうだったのか?」

「気づかなかったのか? ここまでお膳立てしてやって、まだ何か不満なのか?」

 そう言われて、はっきりと分かった。

 俺は海野先輩じゃないと嫌なんだ…

 病気のことも、《夏恋計画》のことも関係ない。今は、海野先輩のこと以外、眼中にない。

「ああ。不満だ。悪いけどな」

 俺が断言すると、田渕はふたたび長いため息を吐いた。

「それならもう何も言わない。お前の好きにしろよ」

 俺の肩を叩くと、田渕は帰っていった。

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