第1話-4

 朝の登校の時間帯、俺は走っていた。

 多数の生徒たちが雑談しつつ、坂を上っていく。

 それを尻目に見つつ、俺は数軒の家の周りをグルグルと走っていた。

 青空の広がる、爽やかな朝だ。遠くでは海が燦然と輝いているのが見える。

 だが、2時間以上走りつづけ、俺は汗だくになり、息が切れかけていた。

 ふたたび坂道に出たとき、坂を下りてきた田渕と出会った。2時間ほど前、田渕が登校してきたときに1度会っている。部活の朝練を終え、また戻ってきたのだろう。

「なあ。さっきも訊いたけど、何やってんだ?」

 俺は答えようとしたが、嘔吐感がこみ上げ、電柱に両手を着いた。呼吸が荒く、話すことができない。

「あッ、先輩!」

 登校中の生徒たちのあいだから、景の顔が覗いた。景は俺たちのところまで駆けてきた。肩で呼吸すると、袖で額の汗を拭った。大げさなヤツだ。

 田渕は胡乱そうに景を見た。

「新入生か? 面白半分でこいつに近づかないほうがいいぞ。本当に、頭がおかしいからな」

 本当に、のところを強調して言う。

「今も、何でか知らないが、同じところをグルグル走ってたところだ」

「たぶん、海野先輩と出会い頭にぶつかって、偶然の出会いをしようとしてるんじゃないでしょうか」

 景は平然と答えた。

 俺は必死で頷いた。

「よく分かったな…」

 田渕は景を見て引いていた。

「けど、お前は相変わらずバカだな。そんなことをしなくても、普通に話しかければいいだろ」

 ようやく呼吸が落着き、俺は答えた。

「俺だって思春期の高校生なんだ。話すきっかけが掴めないんだよ」

「意外ですね」

 景が冷淡に言う。

「だから、努力しているんだ。まずは、話すきっかけになればと思って、上履きじゃなくて来客用のスリッパを履いて、海野先輩に会いにいったんだ」

「地味だな」

 俺は頷いた。

「ああ。だから、そもそも言及してもらえなくてな。次は、竹馬に乗って会いにいったんだ」

「……」

「海野先輩はチラチラと見ていたが、何も言わずに別れてしまった。やはり、印象が弱かったのだろう。昨日は、バネ足のジャンピングシューズを履いて会いにいったんだ。ジャンプしながら挨拶したんだが、視線も合わせてもらえずに、立去られてしまった。…俺が話すきっかけを掴むのに苦労していることが分かっただろう」

「海野先輩も、頭のおかしいヤツに付きまとわれて苦労してるんだな…」

 田渕はなぜか俺でなく海野先輩に同情していた。

 そう話しているうちに、海野先輩が登校してきた。

「おはようございます。海野先輩」

「おはよう。…どうして汗だくなの?」

 海野先輩は怪訝そうにした。

「いや、これには事情がありましてね」

 考えているうちに、会話のとば口を見つけた。海野先輩の財布で見た診察券のことを思いだした。

「そう言えば、先輩、病院に通っているんですか? どこか悪いところでもあるんですか? 奇遇ですね。俺もなんですよ」

「そう。頭?」

 海野先輩は気遣う様子で、俺の目線の上を見た。

「そうなんです!」

「かわいそう…」

 表情に同情を浮かべ、海野先輩は俺の頭を撫でた。

「お大事にね」

 そう言い、海野先輩は去っていった。優しくしてもらえたのはいいが、会話に発展しなかった。

 しかし、どうして海野先輩は俺の頭に問題があると思ったのだろう。とくにケガをしていたりはしないのだが。

 見ると、田渕と景が形容しがたい表情を浮かべていた。

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