第1話-3
5-6時間目は、新入生を対象とする部活動紹介がある。他の学年は通常授業だが、各部の代表者は、公休の扱いで部活動紹介に参加する。
というわけで、パソコン部の部長である俺は集合場所である体育館に向かった。
「お前のところは、活動自粛だ」
八島は自分の首に親指を当て、グッと切る真似をした。
「大人しく授業を受けてろ。だいたい、今朝、あれだけ悪目立ちしたんだから、いまさら紹介もいらないだろ」
すでにパソコン部の紹介を飛ばした上で、進行を組みなおしているらしい。
パソコン部も、去年はそれなりに部員がいたのだが、同学年の部員は「お前みたいな頭のおかしいヤツの仲間だと思われたくない」と言って辞めてしまった。上級生も、俺に部長を移譲すると、さっさと勇退してしまった。
まあ、天才と狂人は紙一重と言うからな。連中には紙一重の差が分からなかったのだろう。
そういうわけで、新入部員の獲得の機会を奪われたことは痛手だった。残念だ。思春期の高校1年生なら、絶対に入部したくなる発表を考えていたのに。
しかし、せっかく公休なのに、わざわざ教室に戻るのもバカらしい。俺はサボることにした。
幸い、部室の鍵はすでに職員室から貸出している。俺は、特別教室のある棟の3階に入居する部室に向かった。
本校舎とは別棟の建物は、ひとの気配がなかった。照明は消されている。
廊下の窓から、日差しが床に伸びている。その反射で、対面の壁が照らされていた。
その扉の1つがパソコン部のものだ。扉の脇にプラスチック製の表札がある。《火元責任者》《管理責任者》と書かれた枠内に、名札がある。名前はどちらも顧問の教師のものだ。
窓枠の厚みに少女が腰かけていた。小柄な女生徒だ。
俺は怪訝に思いつつ、鍵を差した。
トン、と軽い音がする。背後で少女が床に飛びおりたのが分かった。
「待ってましたよ。夏川先輩」
少女と視線が合う。顔立ちは幼い。大きな瞳がその印象を強めている。額を露出するように、前髪を左右に分けていた。小づくりな口の片端を、皮肉っぽく歪めている。
セーラー服の胸のところはストンと落ちていた。
「勝手にお邪魔するつもりでしたが、鍵がかかっていました。意外に防犯対策をしていますね。今なら『kanon』や『AIR』のPC版はプレミアが付きますから、必要かもしれませんね。知ってますか? TYPE-MOONの『月姫』の体験版の《半月版》は、100万円のプレミア価格が付いたそうですよ」
俺は少女に尋ねた。
「1年生か? 部活動紹介の時間だろ」
「パソコン部の発表がないって聞いたので、サボっちゃいました」
「よくこの場所が分かったな」
「これに書いてありました」
少女は部活動紹介の冊子をバサバサと振った。生徒会が印刷紙をホチキスで1部ずつ製本したものだ。
「生徒会長が泣くぞ」
「あんな老け顔、どうでもいいです」
少女はバッサリと言った。
「知らない相手のことを、よくそう悪しざまに言えるな」
「ああ。あれがどういう人間かはもう分かっています。あんな人間が生徒会長だなんて、期待外れもいいところです。私、高校の生徒会長って黒髪ロングの美人だと思っていたんですよね。そして生徒会室でセックス。体位は会長の机に手を着いての立ちバックです。エロゲーの知識ですが」
なるほど。
俺は理解した。こいつは関わってはいけない種類の人間だ。
「それで…」
「1年A組の小浜景(こはま けい)です」
「それで、景は入部希望か?」
「初対面で女子を名前呼びって、あなたはギャルゲーの主人公ですか」
景が呆気にとられる。そのつもりで行動することに決めたのだ。
迂闊に女子に嫌われたくない。が、このような頭のおかしいヤツになら嫌われてもいいだろう。
「で、入部希望なのか?」
「もし、あの説明で入部を希望するひとがいたら、頭がおかしいから入部させない方がいいです」
「もっともだな」
俺は鍵を抜くと、そのまま踵を返した。
今日は帰ろう。
景が俺の制服の裾を掴む。ガクガクと視界が揺さぶられる。
「待ってください! 私も18禁版の『kanon』と『AIR』がやりたいんです! あゆと観鈴ちんの乳首が見たいんですー!」
月宮あゆと神尾観鈴は『kanon』と『AIR』のメインヒロインだ。
「離せ! お前みたいな頭のおかしいヤツと関わりあいになっていられるか! 俺は海野先輩のフラグを立てるんだ!」
俺の脳裏には校舎のマップが表示され、3年生の教室に海野先輩の顔のアイコンが点滅していた。
すると、景はパッと手を離した。
「海野先輩って、始業式で倒れたひとですか?」
「ああ」
肯定すると、景はニヤッと笑った。
「そういうことでしたら、どうぞどうぞ。きっと、私を頼りにするときがきますよ」
俺は不気味に思いつつ、その場を後にした。
3年C組の教室に行くと、海野先輩はすでに早退したらしく欠席していた。
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