自分のために
灼熱の日差しも弱まった八月中旬。俺は天願先生と空港に来ていた。シャルルドゴール空港のような空港で、主にFrtigerが辺りに使われている。並んで歩き、空港の奥の方に向かう。
横のガラス張りの窓からは、大きな飛行機が並んでいるのが見えた。俺たちが乗るのはあれではなく、別方向にある人間界行きのポットだ。中に隠れて、人間界の空港に移動するらしい。初めての経験だが、従姉さんに説明されてあるから恐怖心は無かった。
新品のキャリーケースを引いて、いつも使うリュックに夏の制服を着ている。学校の名を背負っているから当然だった。
投稿の二週間後、コンペで優勝したという通知が実家に届いた。
従姉さんは喜び、その場に偶然居た設楽も非常に驚いていた。「遠くにいっちまったなあ」と黄昏ていた。俺は驚いた。というのも、その三日前に神村さんが海外のコンペで特別賞を受賞してたからだ。神村さんは今回は銀賞。まさか俺が彼女よりもいい成績を取れるとは思ってなかった。
提出した魔方陣は、游明朝の『探』を崩して桜の木を表現した魔法陣。シナプスのような枝に、広い余白を利用して爽快感に満ちた自由さを表現した。
内容はとても簡単で、魔法陣の下の単語に自分の頭の中で関連用語だけでなく感情の単語がツリーダイアグラムのようにいくつか浮かぶというものだ。かかる時間は、寮から学園に行くくらいの時間だ。仕組みは以前作ったコピーと、霧島に手伝ってもらって無意識下の脳の動きの時の魔力の動きを調べて、古の辞書魔法に連携して作った。
俺の魔力では発動もギリギリな魔法陣だ。でも使用頻度は低いと判断して、通した。
自分が何をしたいか、考える一つのツールになればと思って作った。
これは周りの人以上に、自分が一番欲しいものだ。無意識下で己の感情を理解していなかった結果こんなに厄介なことになってしまった。問題の自覚が好転に必ずつながると思わない。それでも、現状の不満の解決、理想の具現化の一歩の助けになればと期待している。
どんな事も、望みや不満を知らなければ先に進めない。俺は派手なことができない。できるのは、一歩踏み出すためのきっかけづくりだけだ。
それが通じたのか、天願先生から『改善の余地あり。ただし、使用者の飛躍のきっかけを作るというコンセプトは個性的。』と選評を貰った。やはりコンセプトをが浮いていたようで、そこで決まったらしい。完成度は上の下と酷評されたが、そのあたりは今後詰めてくしかない。自分で魔法陣と書くと、勉強、期待と言った単語が連なった。精度は高くないが、少しはやる気が戻った。
それから三人で焼き肉に行って、豪勢な祝勝会をした。
急いで書類を提出して人間界への一週間の留学が決まった。従姉さんは仕事で空いてないため、一人で行くことになった。従姉さんは残念そうにしていたが、今後行く機会はいくらでもあると機嫌は直った。
それから学園の友達に連絡した。霧島は時間が経ってから、人間界に行くために必要なもの、パスポートなどの取得申請方法一覧を送ってきた。それから「おめでとう 学園に戻ったら祝う」と簡素な返信が来た。色々考えてこの文面になったことを鑑みて、祝勝会をしようと約束した。
紬はしばらく時間が経ってから「おめでとう 俺もフォントのコンペに挑む 待っていろ」ときた。テスト後は本格的にフォント製作に取り組み始め、永と別の文字を描けるようになったらしい。それだけでなく鶫さんのおすすめの書道の先生の教室に通い始めた。今でも綺麗な文字を書くと思っていたが、展示会の作品とはまた別らしい。俺は応援のメールを送った。
舞木さんはすぐに来た。「おめでとう! 若澄君はやっぱりすごい人だね!」といった返信だった。彼女は今学校で研究レポートに追われている。魔法生物と共生しつつ、困った人のために使えないかということだ。主に人間界の生物だけで賄っているため、彼女のような研究は非常にありがたい。元々関連した研究をしていたらしいが、あれを見て一気に具体案が浮かんだらしい。とても怒られたが、研究が進んだなら少しは意味があったのかもしれない。普段の感謝と今度お礼をすると返信した。
神村さんは次の日に連絡が来た。「おめでとう 次は負けない」だった。神村さんの性格からしてすぐに返信しないわけがない。恐らく、非常に悔しがっていたに違いない。それでも相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたのは本人が魔法陣が好きだからだ。素直に感謝して、留学で何かを持ち帰ろうと決意した。
盆の後、すぐに学園に帰って留学の準備と人間界についての勉強をした。留学ではロゴデザインだけでなく様々な分野のデザインの話もする。知識不足を埋めるために今までの夏休みの中で一番勉強した。勿論魔法陣を描くこともやめないままだったから、一般的な高校生の夏休みとはかけ離れていた。それでも、学園には霧島と紬が残っていたし、紬は文字制作の進捗を見せてもらっていた。舞木さんは実家に帰っていたがオンラインで大学の研究発表会を聴講していた。神村さんは海外での授賞式だけでなく、底の大学との交流会に参加したり討論していた。他の人に負けてられない気持ち何よりもが勝り、充実した夏休みとなった。
忙しい日々はすぐに過ぎていき、気づいたら今日になった。
朝天願先生と学園で合流し、空港までバスで来た。
「何度も来たけど、この空港は本当に使いやすいわ」
天願先生が辺りを見渡しながら感嘆した。
「他の空港もこうだったら、トラブルも減るんじゃないかしら」
「そんなに複雑なんですか?」
「国内線国際線をかなり間違う場所が国の主要空港にあるわ。私たちが出る人間界の空港がそうね」
「絶対に先生についてきます」
「それがいいわ。もし迷子になったら絶対に他の職員さんに聞きましょう」
「はい」
俺は大きくうなずいた。空港の怖さは従姉さんから何度も言い聞かされた。キャンセル料など、恐怖は尽きない。
先生はふふっと百合の花のような清楚な笑みを浮かべる。周りの人たちが振りむき、赤面したり注目していた。
「何度か使えばそこまで怖いものじゃないわ。今後も使うと思うから、いい機会ね」
「予定はありませんよ?」
「予定は無くても、結果を残せば魔法陣のロゴ化のデザインの依頼も来ると思う、そこから人間界からデザインの依頼が来る可能性が高いわ」
「それは先生の経験ですか?」
「私もそうだけど、周りの人もそうね。あなたはプロになりたい?」
「はい」
すんなり答えることができた。以前のような否定的な感情は無い。
「俺は魔法陣を描いて仕事にしたいです」
「そう。人間界では魔法界とは違う文化が沢山あるから、いい刺激になるわ。ポートフォリオ持ってきた?」
「そ、そこまでは」
「なんだ。一応デザイン科の学生っていう立場だから、作品一覧を作って見せれるものをもってけば人脈できるかもしれないし、仕事も来るかもしれないわよ」
「……考えてなかったです」
先生は顎に手をあてて明日の方を見た。
「……まあ、言ってなかったから仕方ないわ。それに今回の優勝作品でも十分ね」
「文化が違うのに受け入れられますかね」
「アプリのアイコンが人間界にもあるから突拍子もないものじゃないわ。それに、一見でとてもいいものだと思うわ。ただ、プロになるならデザインじゃなくてプロについての知識を取り入れましょう」
「はい」
「確定申告は大事よ~」
従姉さんが良く苦しんでいるあれだ。会社に入ってからも苦しんでいるが、少し楽になったと言っていた。プロになるなら、フリーかインハウスか具体的に考えることもしなければならない。
「先生の話は聞かせていただけますか?」
「いいけど私はあんまり参考にならないかな。神村さんの人生の参考にはなるかもしれないけど、若澄君はもっと別の人がいいよ」
「……はい」
今の言葉でわかった。高校生の頃から海外からも認められていた先生と、オンラインの販売サイトの中間あたりで売っていた俺。比べたら劣等感で潰れそうだ。
女優のように優雅に歩く先生は、本人は嫌がりそうだが外見が注目される要素の一つになっている。そこも神村さんの方が参考になる点だろう。
そうこうしているうちに、自動チェックイン機に着いて航空券を発券した。先生のやった通りに見よう見まねで番号を入力して、最後に魔力チェックだ。
「これって防犯的に大丈夫なんですか」
「他に魔法を使ってたら無効よ。そういう魔法陣が組んであるの」
「流石にそこまで考えてあるんですね」
霧島を思い出す。あれでなり変わりはできなさそうだ。
そうして手荷物をカウンターに預け、保安検査場を通って、いつも使う鞄だけを持って登場口へ。
動く歩道の上に乗って、人の減った通路を静かに進む。
窓からは飛行機が空を飛んでいくところだった。気分が高揚するのを感じる。
ふと先生を見ると、俺を見てほほえんでいた。
「楽しいですか」
「うん。生徒の成長を見るのはよかった。先生になってよかったところね」
「……ありがとうございます」
「それは私が言うべきじゃない?」
「自分が成長することで喜んでもらえるのは、とても嬉しいです」
先生は鳩が豆鉄砲食らったように目をぱちぱちとさせた。ここまで驚くとは思ってなかった。
親戚なら多分成長したところで『どうせ無駄』と否定してくるだろう。最後は無駄だったとしても、具体案を出したり進歩を賞賛してくれるのは前へ進む励みになる。特に、俺の道を開いてくれたのは先生なのだから。
先生は驚いた顔から、穏やかなものに変わる。従姉さんが俺を見るときとよく似ていた。
「わたしも年取ったわね」
「やめてください。話題にしにくい」
「ふふ。じゃあ、他の話にするわ。昔見たアニメにこうやって飛行機に乗って、飛行機は靴を脱いで入るものだって教えるシーンがあったのよ」
「中々邪悪なシーンですね」
「そうね。そこで問題。次元移動で靴は脱ぐかな?」
「それは……脱がないんじゃないですか」
脱ぐなんて聞いたことない。というか、従姉との話題にもならなかった。突然質問されると本当か迷ってきた。
どっちかもわからず頭を抱える。
「せ、正解は」
「行ってからの楽しみね。大丈夫、丁寧に職員さんが説明してくれるわ」
「そんな」
スマホを調べたいが、前を見ると搭乗口が見えていた。もう着いてしまう。
「留学、楽しみね」
困惑する俺を置いて先生は女神のような微笑みを浮かべた。俺は困らされているのに仕方ないと思ってしまう。むしろ楽しい。
こんな感情になれるのは以前ではありえなかった。期待を胸に、俺は窓の外を見た。
空港の真横を飛行機が飛んでいく。白い機体が高く高く空に向かう。
ふと無意識に空を見上げていることに気づいた。
昔のような胸の潰れるような痛みは無かった。
従姉のために最高の魔法陣つくるわ @aoyama01
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