空に憧れて

「おい、昼だぞ」

 目が覚める。俺の体が揺さぶられていた。感触の方を見ると、霧島がいやいややっていた。

「……昼?」

「昼」

 重い体を無理やり動かして、俺は机から立ち上がる。霧島は眺めていた。

「幼馴染がやってくるとか義理の妹がやるはずが……」

「寝ぼけてんのか?」

「オキテマス」

 テストが昨日終るまで、霧島以外必死に勉強した。ここ一週間は二人とも荷物取るか風呂に入る以外は部屋に戻ってない。

 霧島は隣部屋だが、俺を起こすためにありがたいことに俺の部屋に泊まっていた。

 立ちあがって顔を洗いに洗面台に向かう。

 あの会話の十二時間ほど後、魔方陣は形になった。

 霧島に起こされて学校に行って、必死に授業を受けてから家に帰って寝た。起きたら次の朝だった。

 それからは取り戻すためにも勉強しつつ、色彩などを詰めていく。昨日あたりに一旦形になった。

 テストは睡眠時間を取り戻せばほぼ埋まった。なんだかんだ毎日勉強いていたおかげで、知識は身についていたらしい。従姉さんを不安にさせない成績をとれたと思う。

 昨日はもう帰ってから部屋に引きこもりブラッシュアップに時間をかけた。寝た記憶はない。多分どこかで寝たんだろう。

 顔を洗って戻ると霧島はパソコンの画面を見ている。illustratorの画面が出ている。

「ストラップとかになれそうなデザインだ」

「いいってことか」

「当たり前だ。後はこのデータを送るだけだろ」

「元のデータを印刷して持ってくんだよ。課題はアプリと印刷の両方で使えることを前提としているから、印刷の色も審議に関わる」

「インクジェット限定とかは無いのか」

「さすがにそこまではない」

 凸版印刷限定と言われたら街の印刷所がとんでもないことになる。印刷方法の明記は指定されているが、そこまでだ。後はコンセプト、魔法の中身の説明、利用許可の書類を封筒に入れて学科にあるポストに今日の正午までに入れればいい。

 今日の正午。

「霧島!いま何時!?」

 叫ぶ。嫌な汗が背中を伝った。霧島は驚いた顔で画面の下を見た。

「11時20分」

「ああああああ!」

 頭を抱えて脱力する。

「ど、どうしたんだ」

「起源は今日の正午だ!」

「え、メールで送るんじゃ駄目なんか」

「指定にない!」

「完成してるんだから大目に見るとか」

「企業が関わってるんで無理……」

 そして学科棟に入れるのは特に夏休みに入った今日は学生証を持ったデザイン科の本人でなければ無理。他の人に頼んでも無理である。そしてバスも減便されていて、一番早くて一時間後だ。

「終った……」

 その場にへたり込む。

 この一週間隙間を縫って作った説明書も魔法陣も全て徒労に終わってしまった。吐き気してきた。

 口元に手を当てると霧島が心配そうに見ている。

「ごめん。今日中だと思って寝かせてた」

「霧島のせいじゃない、寝ていた俺が悪い……」

 当たり散らす気にもなれない。そもそもコンペに出さなくても退学しないし、別に何も起きないのだ。

 ああでも、天願先生に見て貰えないのは悲しい。評価される機会を失うのはそれ以上に悲しい。

 伏せっていると、霧島がはっと顔を上げる。

「……もしかしたら、間に合うか?」

 ばっと顔を上げる。

「何がある?」

「急いで印刷してくれ。怒られるかもしれないが、舞木さんに頼んでみる」

「だから何があるんだ」

 霧島は内緒話のように小声で呟く。

「ここから学園まで最短距離は直線だ。だから、お前が空を飛ぶんだよ」

「……え?」


 舞木さんは簡単に許諾した。貰ったのは、ドラゴンの鱗だ。

「これどうするの?」

 舞木さんはラフな格好で俺たちについてきた。書類を持った封筒を持つ俺と難しい顔をした霧島は、寮の正門を出て近所の飛空場に向かった。道中で霧島は自分の飛空機を持ってきた。

 監視員が奇妙なものを見る目でこちらを見ている。突然魔方陣を描きだしたら当然だろう。白い飛空機の隣にドラゴンの鱗を置く。

「これ、もしかして」

「ああ」

 霧島が手を振れるとドラゴンの鱗が消え、非常に不思議なことに飛空機に同じような鱗が生えた。

「うわきもちわるっ」

「擬態?あ、ミミックドラゴンだからか」

「ああ。今回のテストの課題の一つが写生だって聞いたから、」

「ドラゴンの魔力が少しだけに残っているから、霧島君の魔力をドラゴンのものに変換したんだね。それで鱗の魔法を起動させたんだ、魔力を変換するために魔力を使うのって凄い効率悪いのによくできるね」

「力技。次からは校則が増えるから無理だな」

「はぁ」

 本当に力技だ。そもそも魔力変換なんて非常に難しい。概念的なものを具体的なものに変換するのも難しいのに、概念的なものに変えるとなれば本人の想像力と微細な変換が必要だ。それも人間じゃなくて別の生物だ。この学園でも下手すれば霧島しかできないかもしれない。

「というわけで、これに乗れ」

「マジで?」

「これは免許必要ない、自転車みたいなもんだから漕げば行ける。大丈夫、落下した場合の保護魔法もちゃんと起動するし、俺もついてく」

 無理やり乗せられて、ヘルメットを被せられた。舞木さんの方を見ると研究者特有の真新しいものを見た時の好奇心にあふれた表情をしている。

「え、いいの?」

「時間がない!さっさと行くぞ!」

 無理やり押し出されて、俺は慌てて漕ぎだした。

 最早やるしかないのだ。

 ドラゴン模様の飛空機にあっけにとられた監視員に「すみません!」と謝って勢いよく漕ぐ。一応人生がかかってるかもしれないんだ。今のところ校則違反じゃないから許してほしい。

「うおおお!」

 飛空台に差し掛かり、勢いと共に坂道から放り出された。そして、

飛んだ。

「……あ?」

 ふわっとした感触だった。足元の覚束ない

「漕げ漕げ漕げ!」

 背後を振り向くと、霧島が満足げな顔で折り紙に乗っていた。

「なんだそれ!」

「俺の式神。落ちたらやばいから乗せられないんだよ」

「合法!?」

「ギリ!」

 必死に漕ぐ俺とは正反対に霧島は優雅に飛ぶ。一応気を遣っているのか、陽射しになるように飛んでいた。

「このペースならあと五分くらいで着く!」

「バスよりも早くない!?」

「あれ地脈の流れに沿ってるから遠回りしてるんだよ。飛空機なら空路も自由が利く」

「ならよかった!」

 真夏の真昼に自転車で走るような拷問の結果が何もなしはきつい。

 ただ、下手すれば苦痛以上に初めて自由に空を飛ぶ開放感に満ちていた。

「こうすれば空を飛べたんだな!」

「ドラゴンの鱗を流通させるのは違法だから、普段は無理だ」

「……それでも、一度自分で飛べてよかった」

 下に街が見える。人の群れが小さな蟻のようにうごめいている。

 上を見ると青空が見えた。どこまでも果てのない蒼だ。

 こんな世界をみんな見ていたのか。嫉妬と、納得がいった。

 設楽と電話したときを思い出す。確かに、どこかに行きたくなるような自由さがある。

 そうこうしているうちに学園が大きくなる。近所の飛空場もそろそろ降りなければならない。

「降り方は普通に、少し下に向ければいいんだ」

「……ああ」

 残念だが終わってしまう。

「ごめんな」

 霧島が申し訳なさそうな顔をしている。本の少しの夢を見せてしまったような表情だ。

 俺は強く否定した。

「いや。これでいい魔法が描ける。俺でも飛べる方法があるなら、別の解決法だってあるはずだ」

「……結果が同じなら、過程が異なってもいいってことか」

「ああ。俺が欲しかったのは、俺が飛べたっていう事実だよ。それさえあれば、思考は自由になれる」

 できたという結果さえあれば、そこからデータをとって別の方法を模索すればいいだけの話だ。数年後の技術か、または自分が作った魔法かはわからないが解決法はいつかはできる。

 それが見えただけでも十分だった。

 霧島は驚いた顔をして、感涙した。

 どうしてか聞きたかったが、初めての着陸に意識が行ってそれどころじゃなかった。

 何とか着陸し、その足で学園に突入。

 走って走って、学科の入り口に学生証を当てて中に入り、入り口すぐのポストに突っ込んだ。

 時計を見ると、11時五十五分。ギリギリだ。

 その場にへたりこみそうなのを耐えて、ふらつく足で外に出る。

 正門前で霧島が泣いていた。衝撃に体の芯が戻り、しっかりした足で駆け寄った。

「おい、どうした。間に合ったよ」

「……よかった」

 吐き出すような一言だった。

「お前の夢の役に立てた」

「いつも勉強手伝ってもらってるだろ。てか役に立つとか気にしてたのか」

「当たり前だ。始業式の時に話しかけられなかったら、俺はきっと絶望したまま退学していたんだ」

「……ただ話しかけただけじゃないか」

「それでも嬉しかったんだよ。もう人生取り返しつかないところだったんだ」

 そうして霧島は泣いた。

 魔力の有無ではなく、話しかけてくれたことに価値を置いていた。

 誰にでもできるわけじゃないことだと霧島は思っていた。

 俺は今更恥ずかしいと思った。過去の魔力の有無で人を判断していたことが間違っていた。

 別に人の欲しいものは華やかなものだけじゃない。当然だと思っていたことも、誰かにとっては当然じゃない。価値は相手が決めるものでもある。


「帰ろう。舞木さんに礼を言いに行くぞ」

「ああ」

 霧島と共に俺たちは歩き出した。

 戻ると先生にものすごく怒られた。ドラゴン飛空機は没収されて元の形なって戻ってきた。いい解呪師の先生が居るらしい。そして一週間後、校則が増えた。

 舞木さんは自由研究のテーマが決まったと喜んでいた。


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