本番
商店街は人がたくさんいた。たぶん実家の町の総人口の二倍くらいここにはいる。人口密度格差を感じざるを得ない人混みの中を紬と突き進む。
「こんなに人がいるのか」
「夏祭りはもう少し増える」
「……本当に十万都市なんだな」
あたりには人が飛び交い、生き物の用に風船が動く。屋台も見たことのないものばかりだ。
「お互いの両思い度具合で色が変化するわたあめ……あれ亀裂入らない?」
「仲悪い奴はそもそも買わない」
「それもそうか」
目の前でキャーキャー騒いでいる。魔力によって変化するらしいが、そんなに人の心をのぞいて楽しいのだろうか。俺は知らないままでいたい。
「そんなことよりも焼きそば買おう。どこがよさそうかな」
「どれも同じもんだよ。適当に地元のうまそうな焼きそばの店が出展してるところでいいんじゃないか。そっちなら学生割引効く」
「屋台だと効かないのか」
「手続き上無理」
辺りを見回す。実家のものの数倍の値段だ。
「……思ったより高いしそっちに行く。田舎なら半額位なんだけどな」
「立地もあるだろ。てか安いな田舎」
「地元の人たちがボランティアでやってるんだ」
混雑する中心地から離れ、わき道にある個人店に入る。煉瓦づくりの外観で洋食店または喫茶店のような雰囲気を出しているが、オムライスからおにぎりまでいろいろなものを出している店だ。店長が名古屋出身で、近所に喫茶マウンテンという一部では有名な店があったからこんな店になったらしい。そもそもあんかけパスタがメニューにあるのはこの市では唯一だ。
メニューはおもしろいけど、やっぱり喫茶店や洋食店というよりもおしゃれなファミレスまたは食堂の方が近い。そのため客の年齢層が広く、高級な見た目なのに中には家族連れから中学生一人まで様々な人が居て面白い。
中に入ると昔懐かしいおしゃれなカウンターの喫茶店だ。中を見ると土壁に木製の重厚な机と椅子が円と長方形を組み合わせた窓の前に置かれている。そこには神村さんと舞木さんが座っていた。机の上には飲みかけのコーヒーとナポリタン、水とオムライスとかご入りのポテトが乗っている。
あちらがこちらに気づいて、「あ」と神村さんがつぶやく。舞木さんはスプーンを置いて手を振った。
「若澄くん、紬君!」
「由飛!」
神村さんは顔を赤くして、舞木さんの手を押さえて机の上に置いた。あわてたところを見るのは初めてだ。珍しい。
紬を見るとまた固まっている。同じクラスの神村さんとはいえ、緊張感を持っているらしい。
「二人とも奇遇だね。こっち座る?」
周りの席を見渡す。祭りの為か昼時を過ぎたのに席はほぼ埋まっていた。
「いい?」
「いい、が……」
卑屈そうに笑った。
カウンターの人に同席の許可を取って座らせてもらった。
舞木さんは神村さんの方の席に移って、対面する事になった。妙な感覚だ。舞木さんとは登校しているが神村さんとは行動したことがあまりない。
固まる紬にメニューを渡す。開いてそこから視線をずらさない。たぶんこれでしばらくは持つだろう。俺は神村さんたちの方に向き直った。
「珍しいですね。今日は二人ですか」
「発表が終わって、次の出番待ち」
「ほかの人たちはそれぞれ舞台設計や準備でそれぞれ昼を食べるってことで、私たちは最後」
「そうなんですか」
舞木さんが展示会で忙しいとは聞いていたが、こんな風だったのか。
「っていっても、私たちは展示会の受付だけだったね」
「その分長く入ったからそれでいいの。十分役割を果たしたわ。明日もあるし、作品も複数出したからそれでいいの」
「あとで見に行きます」
「よろしくね。ほかに参加したイベントがないから、展示会見てって」
「由飛の絵、大きくてすごいよ」
素直な賞賛だった。手を振って恥ずかしそうにしている。
「創ちゃんの作品は繊細でずっと見てられるよ。出品数も一番で、みんなほめてた」
「ありがとう。椅子作ったのは初めてだけど、いい経験になったわ」
神村さんは賞賛の言葉を堂々と受け入れていた。
部活に入ってない身としてはどちらもすごい。最近はなれてきたとはいえ、勉強に追いつくだけで時間が溶けていく。前の高校でも入ってなかったからなれているものの、あの勉強量でほかの作品も作るなんて簡単じゃない。
「椅子をつくったんですか」
「スツールのデザインが気になって。でも最近は3Dプリンタを使えば簡単に模型はできるよ。材料探しと加工が難しかったけど。スツールの足ってどうやってできてるか知ってる?」
「折り曲げた木を切り出す……とか?」
「あれ薄い木の板を重ねて曲げているのよ」
「へぇ!そうなんだ!」
「だからあんな風に切れ目がついているんですね」
「普段ロゴデザインに関係するものを多く見てきたから、立体的な造形物に目を移してみたらすごく刺激的で、おもしろかった」
「息抜きみたいな」
「そんなものね。椅子の造形に興味を持てるようになったのが良いところ」
一段落して水を飲む。紬を見ると、真剣にメニューを見つめていた。
「レイアウト」
「……なぜBaskervilleを使ってるんだ」
「別に喫茶店の発祥がイタリアだからってイタリア発祥のフォントを使わなくていいでしょ。雰囲気に合ってるし、そこまで気にするなら高級店に行かないと落ち着けないでしょう」
「……そうですね」
はっきりした物言いにくじけたようにうつむいた。
「Baskervilleって、どこでしたっけ」
「ドイツ」
今度は辛辣な目で見られた。ブラックレターならわかるけど、Baskevilleってよくあるローマ字体に見えるじゃん!反論したかったが、神村さんも微妙な目で見ていたため、俺は紬からメニューをもらった。
店員を呼んであんかけパスタとメロンソーダを頼む。紬はサンドウィッチとイングリッシュコーヒー。
メニューを畳むと、ちょうど二人がご飯を食べ終えていた。神村さんは珈琲に口を付けてから、口を開いた。
「さっき霧島みたけど、彼も登壇するの?」
問いつめるわけじゃない、ただの質問だった。
「霧島は補助のようなものです」
俺は平然と答える。昨日話を聞いたところでは十分な出来だったらしい。ただ腕の事故のように、不慮の事態が起きた場合に備えて裏方に待機している。発表は今日の15時。広告会社勤務の大学の同期とのトークを交えた発表になる予定らしい。同期の人は広告の世界では結構有名な人らしいから、アーティストのステージとは違うが結構人気なステージらしい。大学の文化祭みたいだ。
それを聞いて神村さんは。
「突然活動的になったね。何かあったの?」
「ええと」
先日あったことを説明する。加村さんは頭を抱え、舞木さんは目を輝かせた。
「だから最近会わなかったんだね」
「学校さぼるのってどうよ。そもそももっと早く気づけなかったのかしら」
「何に心を動かされるなんて誰もわかりませんよ」
「それをいったらこの学園にきている時点で覚悟を決めておくべきでしょう……まあ、やる気を取り戻したなら私はいえることはありませんが」
ものすごい何か言いたげな表情だ。やはり腑に落ちないらしい。
「何時の舞台?」
「三時です」
「鶫京さんの舞台か」
「知っているんですか」
「最近雑誌の新人芸術家の一人として特集されてた。注目の星の一つなんだけど、ああ、本当にうらやましい。一緒に仕事できるってうらやましい」
「そこまでですか」
「なかなかできることじゃないでしょ。私だってまだ仕事の依頼来たことないのに」
指で何度も机をたたく。わかりやすく嫉妬していた。素直な人だ。やっぱり。
隣で舞木さんが口を開けて感嘆していた。遠い世界の話みたいに思っているようだ。紬は目をメニューからそらさない。どうしたらいいのかわからないらしい。
「神村さんたちは見に行きます?」
「いくわ。由飛は?」
「なんかおもしろそうだから行く~」
何とも気の抜けた返事だった。だが因縁もないし、芸術を見るならこれくらい方の力が抜けた方がまっすぐに見ることができるかもしれない。
「それじゃ食べたら行きましょう。一緒についてって良い?」
紬が口を開いた。
「香山はいいのか?」
神村さんは嫌そうに眉をひそめた。
「元々つきあってないのだけど。誰から聞いた?」
「誰ってわけじゃないが……食堂で風の噂だ」
「それ嘘。誰からでしょうね?」
ふふふと窓の外を遠い目で見た。神村さんは神村さんで大変そうだ。
紬が肩の荷を降ろしたように大きくため息をつく。
ほぼ同時に料理を持った店員さんがこちらにやってきた。
*
食事を終えた頃にはちょうど良い時間で、ステージ前につくと、座席はすでに埋まっていた。珍しいことに、何人かスーツ姿の人もいる。
「あれって休日出勤を抜け出した人かな」
「広告会社の人の講演を無料で聴けるのは珍しいからじゃない?」
じゃあこのうち何人が鶫さんを見に来た?とは聞けなかった。この観客を魅了するだけの実力がある。不安だったが弱音を吐かなかった。
何とか真ん中近くの席に座る。俺はステージの方を見てじっとしていた。早く始まって欲しいような欲しくないような、高校入試とはまた違った緊張があった。
「……仮にもし失敗しても、他に人いるから、フォローしてくれるだろう」紬がふるえた声で言った。
「だったらいいな」
ははと乾いた笑い。ただ緊張は笑い飛ばせない。
「相手がいいっていったんでしょう」
神村さんが聞いてきた。
「はい」
「なら、任せるべき。私も企業で何度も賞を取ったけど、安全性を確認した上で起きる事故はこちらは責任をとらない契約になってる。相手に任せるしかないのよ。いい勉強になるわ」
「……はい」
神村さんなりのフォローだろう。だが、正直そう簡単に割り切れなかった。
「おもしろそうだね!」
舞木さんはいつも通りの調子で子供のように待っていた。だから俺は舞木さんの楽しみ方に合わせることにした。
「そうだね!俺も楽しみだ!」
毛管が得るだけ無駄だ、天に任せよう。
ビビったのか、二人はぎょっとした目でこちらを見た。
そうしていると、「お集まりのお客様」とアナウンスが。姿勢を正して静かに待つ。喧噪も徐々に消えていく。
「では、お楽しみください『鶫京ライブドローイング、鶫京と鮮和白のトークショーです』どうぞお楽しみください」
喧噪が遠くなる。そうしてステージに現れたのは、和紙の筒だ。まるで和服のように端が少し開き、静かに歩くようにゆらゆらステージの真ん中に進む。一礼して、ひらりと一回転。筒がほどけ、一枚の紙に形を変える。
そして音楽がかかる。小太鼓の軽快な音がリズムよく響き、二本の筆が左右に振れながら踊るように現れた。はっきりとリズムを踏みながら紙の上に進み、真ん中に立つと筆から墨がたれ始める。
『ソイヤ!』
BGMに男のかけ声が入る。右の筆がかけ声とともに筆を振るわせ、微妙に上下に身体を動かしながら円を描く。別のかけ声が入ると左の腕が反時計回りに動き出す。
かけ声とともに描く線や動きを変え、筆先をきびきびと動かすことで躍動感が伝わる。
以前見たときよりも遙かにうまくなっていた。技術、表現力、全てが違う。
「すげえ」
ぼそっとつぶやく。誰も何も返さない。それ以前に周りの人たちも黙ってそれを見ていた。筆が人間の動きを越える瞬間を見ていた。
そうして魔法陣は描かれ、音楽の最高潮で黒子が現れた。黒子は正座し、頭を下げ、両手をついた。
そうすると幾何学的な図形の魔法陣は光り、大きな人の腕が生え、「祝」とはんこを紙に打って消えた。
黒子が立ち上がり、筆とともに礼をした。すぐに拍手が響く。大きな拍手の中、筆が舞台裏に去った。そこで黒子が右手で顔を隠す布をあげ、鶫さんの顔が洗われた。
あれ、右腕は??
万雷の拍手の中、紬と俺は顔を見合わせた。
「おもしろかったねー!」
舞木さんが満足げな表情で笑みを浮かべている。神村さんも楽しそうな表情をしていた。
「パフォーマンスが一回だけだったのは残念だけど、でもトークショーでおもしろい話が聞けてよかった。広告のマーケティング論と芸術のマーケティングの意識の違いの話おもしろかったわ」
「授業じゃなかなか時間を割けない話題だものね」
「マーケティング論って統計だったりいろいろ難しいけどな……」
「苦手?」
「苦手っていうか、なじみがなくて中々……舞木さん得意?」
「生物学には必須だよ~魔力の計算についても最近は統計を使うから、今のうちにやっといたほうがいいよ」
「うっ」
言われた通りだ。今までは他の魔法陣と比べてだいたいこれくらいの魔力だろうと見当をつけてきた。だが真剣にやるならちゃんと統計を学ばなければならないだろう。それに今後生きていくなら統計学を、学んでおいて損はないだろう。他のことにも応用できるはずだ。
そんなこんなで通りを歩いていると、遠くに霧島が見えた。霧島はお好み焼きの露店の前で鶫さんと、先ほどの広告の人と話している。なれてないのか、笑みがこわばっている。一方二人は仲良く話している。
「霧島……」
神村さんがそちらをじっと見て、歩き出した。やばいんじゃないか?とは思ったが、いつもとは雰囲気とは違っていた。
彼女は「あの」と呼びかける。三人が神村さんの方を向いた。霧島は驚いていた。
「鶫さんと鮮和さん、霧島君ですか」
「はい。あなたは……神村創さんですね」
鮮和さんが思い出すようにつぶやいた。
「私のこと知っているのですか」
「有名ですよ。何個も賞を取っていて、どれもすばらしい作品ばかりです。最近は有なデザイナーとしてしばしば話題になってます」
「光栄です」
きれいに礼をした。なれているな。俺たちもその後ろで礼をした。
「わざわざお声かけ頂きありがとう。どうしたの?」
「先ほどの舞台非常におもしろったです。筆を使った演舞、場所を忘れて没頭してしまいました」
「それはよかった。初めての試みだったけどうまくいってよかったわ」
鶫さんの右腕の包帯はまだ残っていた。俺がその手をつい見てしまうと、視線に気づいたのか俺と腕の両方を見た。
「ああ、さっきの腕は義手。さすがに腕がふらふらしていたらみんな注目しちゃうからねー」
「……」
「誰かに言われた訳じゃないよ。筆に集中して欲しかったんだ」
「ああ、そうなんですか。ならよかった」
「霧島君にも止められたからね。やっぱり不調を不調を言うのは必要なことだって」
霧島が?
そいつを見ると、明後日の方向にアホな顔をして視線を逸らしていた。たぶん恥ずかしいのだろう。
「霧島君が、ですか」
「そうだよ。今回の演舞も霧島君がやり方を発案してくれたおかげでできたんだ。魔法科だから魔法の使い方がうまいし、考え方も演舞以外のこともちゃんと考えていて、とても参考になったわ」
「い、いえそんな……」
恥ずかしがりながらも、ふるえるように何度もがくがくと首を振る。
「霧島君、賞賛は受け入れるべきだわ」
神村さんがサポートする。霧島が驚いていた。俺藻驚いたが、納得した。先ほどの妙な雰囲気はこのためだったのか。彼女は実際に霧島の実力を認めたのだろう。
「鶫の調子についていけるのもすごいな。どうだ、鶫の助手になるっていうのは」
「いえいえいえ、恐れ多いですよ。一介の学生には身に余る役割です。こちらこそ良い経験になりました」
「それは残念だ。君ならもっと活躍できると思うんだけどな」
鮮和さんの一言にこわばる。霧島の立場も知らないだろう。だから不意の発言だとわかっている。
何か言うべきか考える前に、霧島が口を開いた。
「ありがとうございます。ただ、俺はこれで良いと思います。今回手伝ってみてわかったことがあります。やっぱり俺は裏方に徹した方が向いています」
「今後は自分の主張をうまく伝える人がどんな場所でも求められていくよ」
「事故や事件で感情が混乱してうまく伝えられなかったり、傷を負って中々言葉に出せない人もいると思います。だから俺はそんな人たちのためにも平穏な生活をサポートしていきたいです」
霧島ははっきりと言った。今までのように不必要なほどに悲観的でもなく、無理して楽観的になっているようなそぶりもない。自然体、というのが当てはまるかもしれない。
「それは消防士だったり、公務員のようなものかい?」
「はい。そういったものです」
「なるほど」
鮮和さんはははと笑う。
「君ならきっとどこへ行ってもうまく行くよ。平穏な日常を守りたいと思う人がいるのはいいね。きっと未来は明るいよ」
霧島の目は赤くなっていた。
霧島と二人は別れて、俺たちと合流した。鶫さんは鮮和さんとともに別の企画を立てることになったらしい。さすがに機密を聞くこともできないためこちらに戻ってきた。
霧島と神村さんが同席する微妙な雰囲気だった。舞木さんと神村さん、残りの三人とほとんど分かれたように話していた。神村さんは話しつつも、霧島の様子を伺っていた。話しかけるタイミングをつかもうとしているようだが、霧島が目をそらす。
そうして歩き、突然足を止めたのはファンシーなカフェの前だった。都会の女子高生が好きそうな、天井に星の形をした飾りが浮いている。光を反射してきらきら輝いていた。
「ちょっとのどが渇いたわ」
「……まさか、入る?」
「他にないわ」
あたりを見回す。確かに中心部とはいえ、中心部の端だ。小物店のようなものか、高級なレストランしかない。あま地理に詳しくないものの、ここからはスーパーや土産物店などあまり高校生にはなじみ内ものばかりだと知っていた。食堂も今日は五時までしまっている。
それはそれとして、こういった女性向けの店に入るのは女性陣が一緒だとしても気分的には壁があるだろう。俺は何度か姉さんとともに入ったことがある。
「どう?」
紬を見ると、こわばっていた。霧島もこっちを見ている。どうして俺に任せるんだ。一番神村さんと話しているからだろうが。そして神村さんは俺を見てにっこり笑った。舞木さんは首をひねっている。
たぶんだが、ここなら大声を出す前に冷静になれるだろう。だから、
「……行きます」
中に入った。
物腰柔らかな女性に導かれ六人席のテーブルに座る。白を基調とした清潔感と現実離れしたヨーロッパの、スイスやグリーンランドあたりの雰囲気だ。
入って早々水がでて、俺たちは男女に分かれて対面に座る。そうしてすぐに、神村さんは頭を下げた。
「霧島君、ごめんなさい」
桐島はメニューに伸ばしかけた手を止めた。
「勝手なことばかり言って、こちらの気持ちだけ押しつけてしまいました。ごめんなさい」
どう言ったらいいのかわからないと言った表情をしている。
当たり前だ。霧島は自分のこともよく知らない奴に怒られた。しかも学年でも認められた人だ。視線に敏感な霧島はさらに視線が気になるだろう。霧島がどれだけ負担に思っていたのかもわからない。
俺は神村さんに尋ねた。
「神村さん、なぜそんなことを言うんですか」
「あなたを叩きのめしてしまったって理解した」
「それはどうして」
「過度な緊張であんなにすばらしい作品ができる訳じゃない……どうして本気を出さないのか、考えて、結局私が怒ったことで気圧されてしまったと結論づけた」
「それは違います」
神村さんは驚いたように勢いよく顔を上げた。霧島は言葉を選ぶように、つたなく話す。
「えっと、あの、まあ、何というか、俺は、他の人と比べて、そもそもはっきりした意志がなかったんです。やけになってやったことは許されるべきではないと思っています。怒ったのは困りました、ただ、神村さんの言うとおり、はじめからもっとちゃんとしていれば、もっとうまくいったと思います」
「後悔しているの?」
「鶫さんのことをもっと生かせたと思います、いくつか案がありましたが、時間鋸ともありましたが、解決する手法があればできたと思います。未熟でした」
神村さんは驚いていた。俺も同じ表情をしていただろう。完璧だと思っていたが、本人は不満足なようだ。まだいけたのか。そう聞くとやっぱりもったいないと思ってしまう。
「鶫さんがもったいない、という顔をすると、こちらも残念な気持ちになりました。はじめから本気でやっておけば、色々できたんじゃないかと。まあでも仕方ないですね、気づいただけ、運が良かったと思います。だから、それで良いですこちらこそすみませんでした」
霧島も頭をさげた。納得したようだった。人の人生が変わったところを見たような気がする。
「……それならよかったです」
神村さんは顔を上げた。肩の荷が下りた力の抜けた顔だった。やはり思っていたところはあるらしい。
紬の方を見た。無表情でそれを見ていた。感情はわからない。ただ紬はこういう場で自分の本音を語れる奴じゃない。萎縮対象の神村さんの前では尚更だ。
神村さんはメニューを手渡した。
「今日はおごります。何でも頼んで良いですよ」
「あ、すみません、俺、奨学生なので、無料です」
梯子をはずされて神村さんは止まった。
「やっぱりか」
「き、気づいてたのか」
「いつも学生証隠してただろう」
奨学金をもらっている場合でも変わらないのだが、使う場所が異なるため少し削れている。それを隠すために霧島は普段から学生証を見せようとしなかった。
「あ、あー、そうか。なら、神村さんたちを僕がおごった方がいいんじゃない?」
「相手の好意を受け取るべきだ」
小声でアドバイスする。
「好意……まさか」
「違う。メニューを決めろ」
「……任せた」
「おいまて」
「こんなおしゃれな店とか何頼めばいいかわからない」
「目の前の二人に聞くべきだろう」
「おまえみたく慣れてない……!」
半分叫ぶような小声に、神村さんからの視線が痛い。十分聞こえている声の大きさだ。
「男の人なら何がいいんだろう」舞木さんが尋ねる。
「適当でいいんじゃない?このメガパフェとかで」
芯底どうでも良さそうな口調だった。辛辣。
霧島はメニューを見て頭を悩まし、閉店まで悩みそうな様子だった。俺は助け船を出して、珈琲とそのどでかいパフェを提案した。
「ブラックって飲めないんだ」
「なら紅茶はどうだ?」
紅茶になった。俺と神村さんは珈琲、舞木さんはレモネード、紬はハーブティーだ。
そうしてこのあと二時間パフェと格闘した。こんなパフェを創っても採算がとれるとは、さすが都会。関心していたが、しばらく甘いものはいいや。
女子の二人はまだ甘いものがいけそうな様子だった。どこにエネルギーを使っているのだろう。
祭りの後、後ろ髪を引かれる寂しさを抱きつつ三人と分かれた。霧島とともに以前のように俺の自室に帰った。
「休み明けはどうする?」
「学校に行くよ……できる範囲だけど」
「いいんじゃないか。やめたいと思わなくなった、それだけ十分だ」
以前のような悲観的な様子は今のところない。今のところ、だから今後も霧島がやめたくならないように本人は思わなければならない。
「うん。そうだな。今のところ、色々考えていたものの形がわかって、やっと安心した感じだ」
「どう思われているのか不安だったのか」
「特に神村さんは、やっぱり有名人だから。本人はあまりほめそやされることに喜ぶ人じゃないからあまり集団を作っている訳じゃない。ただ、それでも慕っている奴は結構いる。だから一番敵に回したくない」
「頭に血があがっていても流石になあ」
「気持ちは分かるけど……とりあえず聞けてよかった。どうすれば良いと思う?」
「霧島はまずどういう理想を持っている?」
「理想……」
黙って目を伏せた。まずどんな人間になりたいか、できればはっきりした意見を持っていたほうが良い。もし間違ってたとしても後で方向転換すればいい。
霧島は数分黙ってから、はあと息を吐いた。
「だめだ、わからん」
「さっき言っていたのは」
「あれは自分に合ったものが見つかっただけだ。だから理想というよりも、現状把握だ。理想とは微妙に違う」
「そうか。まあでもそう簡単に見つけられ留ものじゃないよな」
「難しい。でも、俺も叶うかはおいといて、理想は知りたい。だからもう少し色々やってみる……まだクラスメイトとはうちとけられそうじゃないけど」
自嘲する。言葉は前向きなのに態度は小さい。
「もっと自信持てよ」
「む、むずかしい」
「姿勢を正すだけでも良い」
「気をつける」
そういってもすぐに猫背に戻ってしまった。
少しずつ変わっていけばいい。
霧島はふと、と顔をあげる。
「じゃあおまえの理想って何だ」
「俺?」
思ってもみない質問だ。
「おまえだって、この学園に来たな理想を持っているだろう」
確かに。この学園に来たならたいていの連中ははっきりとした目標を持っている。理想の存在もいるだろう。
だから俺はこう答えた。
「従姉妹の姉さんの夢を叶えることだ」
俺の目標はやはりこれ以外なかった。姉さんには世話になったし、諦められない夢もある。俺にはないが、姉さんにはある。これ以上に応援する理由はない。
「……変か?」
「いや、その姉さんの夢って何だ?」
「人間界と魔法界を取り持つ仕事に着くことだ」
「うんまあそうか。でもさ、応援しているなら、何でここに来たんだ?姉さんがこないのか?」
「コンペに優勝すれば人間界に行けるんだ。そこで人脈を作るきっかけに慣れる」
「……いや、いいや、難しいのやめておこう」
そう言って霧島は話題を切った。何かおかしいのだろうか。
人の為に生きることが間違っているのか?
霧島に問いかけることもできず、俺たちは学校の話題に逸れていった。
*
放課後、ゴールデンウィークの課題を提出すると、天願先生は喜びの表情を浮かべた。
「どうだった?」
「不要な不安でした」
「そうでしょ。良い経験になったわね」
「本当にそうですね……失礼だった」
結局鶫さんの舞台は成功して、そのおかげで広告業の人と新しいCMや広告の企画がたったらしい。一昨日鶫さんに呼ばれて良いご飯をいただいた。非常においしかった。マナーがわからず、周囲の目が気になったが、それ以上に料理の感動が一気におそった。
料理は五感を使った芸術品だ。頭のフル回転する感覚、普段食べる食事とは申し訳ないが次元が違った。感動する俺たちに鶫さんはにこにこ笑っていた。帰り際に名刺を頂き、それでいったん鶫さんとの関係は終わった。将来もし仕事があればまた頼むらしい。たぶんしばらくはないだろうが。
骨折も昨日あたりにギプスがとれたと霧島に連絡が入ったらしい。あまり連絡は取ってないが、新しい展示会があれば連絡する程度の関係らしい。つかず離れずの距離感で心地いいようだ。年も離れているし、近所のお姉さんに見える。近づき好きでも犯罪臭いがするから俺も安心している。
確かに良い勉強になった。先生もゆっくり頷いた。
「今回の経験を生かして、魔法陣を作ってね」
「はい」
ちょっとした出来事だったが、俺は非常に参考になった。きっといい思い出にもなる。それと、やっぱりプロにはなれないとも思った。
魔法陣を利用している俺は、熱意が足りない。欠陥を実感せざるを得なかった。
職員室を出る。なんだかんだ色々あったが、一旦肩の荷は降りた。なんだかんだ言ってもう五月の上旬。一ヶ月が早い。このままだと気がついたら六月になって、七月になって、〆切になる。
「……帰ろう」
早足になる。まだ課題も残っている。荒さと利用者に調整を任せた設計がまだ甘い。授業の知識は十分役に立つものばかりだ。予習復習しなければ。
校舎の外に出ると、紬の姿が見えた。何か思い詰めたような表情をしていた。どうしたんだろう。紬に駆け寄り声をかける。相手はこちらを向いた。表情の硬さは変わらない。
「紬、どうしたそんな顔をして」
「……俺は今どんな顔をしている?」
「難しい顔をしている」
そう言うと、紬は「そうか」とだけだ。
「俺は帰るけど、紬は?」
「俺は……なあ、一緒に勉強してもいいか」
珍しい言葉が返ってきた。どうしたんだろうか。
紬は俺の前に先生と話していた。それ以前に鶫さんのこともあってから最近は様子がおかしい。いつも何か考えている様子だ。登校して授業もちゃんと受けているのにどこかおかしい。一人でいるのが好きだと思っていたから誘われるのも珍しい。
「霧島に学ぶ形になるが良いか?」
「ああ。気分転換が欲しいんだ」
いつも一緒では。まあでも一人でいると気分もふさがるからちょうどいいだろう。
そう言ってなんだかんだ話しつつ部屋に帰った。
それから特に何も起きず、何もなく六月になった。
何も起きないと信じていた。このときまでは。
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