退学の危機、人生の危機
霧島と再会したのは三時間後、夕食時だった。
ふらりと部屋に戻ってきたところを捕まえて、俺の部屋に入れる。
霧島はいつも通りの様子だったが、先生からの伝言を伝えると顔が一気に青ざめた。
「……そう言ってた?」
「嘘ついてどうする」
霧島は明後日の方を見てから、視線を戻した。
「……補習を受けなきゃいけないことなんてないんだけど」
本当に悩んでいるようだ。俺は悩んでいる様子は確かなので、一応聞いてみた。
「相談があれば乗るよ。退学されたら困る」
「何故?」
「会って一週間の浅い付き合いだけど、友人に何も言わず退学されるのは寂しい」
素直に自分の感情を伝えた。部屋に戻った直後は霧島の事情を考慮すべきか考えたが、伝えられるときに伝えといたほうがいいと結論付けた。他人の考えなんて表に出さなければわからない。
霧島は俺の方をまじまじと見た。そして、明後日の方向を見てこういった。
「退学の理由は聞いた?」
「いや」
「やっぱりか。今回の補修ってのはつまり」
霧島は突然下を向いた。俺は顔をあげるのを黙って待つ。
十数秒経ち、はあと大きなため息をついた。
「手を抜いて実技テストを受けた、それで本気出せって言われてるんだ」
「赤点を取ったわけじゃなくて?」
「普通に合格する程度のはず」
「はー」
なんだかよくわからない声が出てしまった。初めて聞いた言葉だ。手を抜いてテスト受けたら補修。下手すれば今後の人生で一度も聞かない単語だろう。
「手を抜いたって先生よくわかったな」
「一学期は全力でやってたから実力は知られてるんだ……マジで嫌だな」
霧島は天井を仰ぎ見た。眉間に皺を寄せていた。
「俺の家、霧島っていう結構名家で、国を守る結界を貼る一族の一つなんだ」
「そうだったのか」
内心の驚愕を隠して平然と答える。動揺を見せたら黙るかもしれない。
街に結界が張られているように、この国の海に面した全部の面には大きくドーム型の結界が張られている。北海道、京都、東京、長野、京都、鹿児島にあるタワーによって維持されていて、中心地は東京である。勿論結界は地脈によって保持されているが、地脈の様子により結界の調整が必要だ。非常に高難易度かつ機密性の高いもののため、霧島の一族が受け継いで守っているとどこかの本で読んだ。
遠い人だと思っていたから全然思いつかなかった。
霧島は細目で俺の方を見てから、顔を前にした。自分のことが受け入れられるか心配だったようだ。
「幻滅されるかと思った」
「偉人でも悩むときは悩むだろう。肩書は幸せを保証するわけじゃないからな」
「大人だな」
「偉人伝読んできただけだ」
軽くはぐらかす。自分の過去のことは今は関係ない。
「それで、霧島がどうしたんだ」
「ああそうそう、実技のテストって俺他の場合また別の意味があって、どれほど魔法ができるのか公式で示すところでもあるんだ。だからそこで適当なことをやると、実家が怒られます」
投げやりな調子だった。
「実家が嫌なのか?」
「そうじゃないな。儀式をやればちゃんと給料もらえるし、僕みたいなコミュ障にはすごくいい仕事だ。楽」
「じゃあ何が嫌なんだ」
「……それは……恵まれた立場の……」
そう言って黙った。
「別に怒らない」
「それでも……あんまり……なあ……」
再び黙る。口にしたくないことらしい。霧島からしたらまだ気を許してない相手だったのだろうと納得する。
「とりあえず、月曜日の放課後にあるからもし何かあれば先生に話してみたらいいんじゃないか」
「そうだな。その時はちょっと一緒に来てくれ」
「いいよ」
即断即決でとりあえず話はまとまった。本音は聞かせてくれなかったが、とりあえず出席してくれるなら一応一歩前進のはずだ。
俺が話したかったのは、解決策を模索するためであって、俺が何か解決できるとは考えてない。無理矢理口を開かせるよりも先生に相談に行く方がまだ手続きを教えてもらうなど問題解決に近づける可能性がある。一人でふさぎ込むのは一番いけない。
先生は真面目そうに見え、霧島も後ろめたそうな様子を見せていた。悪い関係じゃないだろう。
話を終えて、霧島はベッドに転げてスマホゲームを始めた。勝手にベッドで寝るなといいたかったが、何も言わずにおいた。
俺は机に向かって今日の反省文を書いた。その後は借りてきた魔法陣デザイナーの歴史とエッセイのようなものを読み始めた。やっぱり魔力についての描写は無い。多分人並みの魔力を持ってるんだろう。参考にならん、投げだしそうな気持を押さえて読み進める。
予習は明日あさってする予定だ。今日は学校の復習と本を読むことに集中、寝る前に魔法陣を描いて終わりにしよう。
霧島は何もいわず俺のベッドの上でごろごろしていた。九時になったら自室に戻った。
大丈夫だろうか。呼びかけた身で酷いと思うが、心配になった。
それから姉さんから電話が来た。疲れた様子だと指摘されたが、霧島のことは言わず授業で疲れたことにした。
嘘をつくことは心苦しいが、姉に余計な心配を掛けさせたくなかった。霧島も知らない人に自分の事情が伝わるのはいい気分じゃないだろう。
納得したのか、姉は電話を早めに切り上げて早く寝るように促した。俺はぼろが出る前にと「わかった」と相槌を打って電話を切った。
*
ふあ。
バスの中であくびが出る。四月下旬の暖かい朝日とバスの暖房で眠気は指数関数的に増加していた。
「眠いのか」
隣の霧島がこちらを見ていた。本人はいつもどおりとぼけたような顔をしている。前の席に座る舞木さんもこちらを振り向いた。
「思ったよりも予習がきつかった」
「お疲れ様~。慣れないときついよね~。私も一年の頃は一か月くらいかけないとペース掴めなかったよ」
「やっぱり課題多いよな。霧島は凄いな」
「あ、ああ、まあ、うん」
いつも通りの三人と、紬と共にバスに乗っていた。
紬は通学の時間を有効活用したいとバスに乗り始めるらしい。霧島の隣に座ってタイポグラフィの本を開いていた。霧島はどう話したらいいかわからない様子だった。居心地の悪そうだからこちらから話しかける。舞木さんは霧島の方と同じように、同じクラスの人と言ったら納得してくれた。本人はあまり気にしない性格の様だ。普通になじんで話をしている。コミュ力高い。
土日は予習と読書で消えた。霧島はいつもと同じく勉強を教えてくれた。ただ、本人はあまり部屋に帰りたくなさそうな様子だった。
「そういえば、ゴールデンウイークどうする?」
「この学校にあるの?」
「あるよ。実家に帰る人とか、部活の新歓合宿とか、街のイベントに出演する人とかも居るよ。芸術科や科学科の人だと自分たちで演劇上演したり、展示会開く人や大会に出場する人も居るって」
「凄いな」
話を聞いてるだけで違うな。実家の方は殆ど近所の農家の手伝いに行ったり、友人の家でゲームして遊んだりしていた。勿論魔法陣の方は追っていたが、それ以外は都会に出るお金もなかなかないからどこかの家にたむろするのが基本だ。劇団の一人として上演したりもするが、他の人は特に何もって感じだった。こちらは大体活動的で、情報の量も人の数も違う。
こういうところはやっぱり都会ってすごいな。
「若澄君はどうする?」
「こっちに居て、勉強するんじゃない?」
「凄い。勉強好きなんだね」
「実家に戻らないのか」
「そうはいっても去年の勉強はまだ終わってないし、先生に言われたエッセイとか読まないといけない。片道半日かかるし、帰ってもまた急いで帰らないといけない。紬はどうするんだ」
「俺は美術館や博物館を見て来る」
「模範生だなあ」
「見るのが好きなんだ。近代椅子展が気になるな」
「椅子も興味あるんだ」
「ああ、芸術的な側面もあるからな。背が俺の身長程ある椅子とか」
「身長!?」
「天井の高さや広い空間で成立するデザイン。豪邸というよりも、今はやりの開けた空間に合った椅子だ。直線が美しい」
「絶対に実家に置けないな……霧島はどうする?」
霧島を見ると、窓の外を見ていた。
「ゲームしてる」
「何だいつも通りか」
「特にやることもないからな」
確かに霧島は出不精だ。紬はただ無表情で霧島を見ていた。
「舞木さんは?」
「部活の合宿。協力して壁画を描くんだ」
「面白そう」
「入る?」
「ごめん、ちょっと課題が多くて」
「そっか。慣れたら視界が広がると思うから、その時に色々やってみるといいと思う」
「ああ。ちょっと今は勉強の方かな」
「真面目だね」
「いや前の学校はもっと手抜いてたんだけどな……」
高校の友人のことを思い出す。最近は一日一回連絡する程度になっている。心配されてるかもしれないが、時間がない。ゴールデンウィークに連絡してみよう。
前の学校のことももう遠くのようだ。最近いろいろありすぎた。
霧島は遠くを見つめていた。
魔法学の授業になった。
魔法の使い方について学ぶ授業だ。内容は魔法を実際に発動させたり、倫理的な問題などを座学で取り扱ったりする。
今週は実験棟で実技だった。魔力の量をどれほど調整できるかというものだ。基本は魔法陣によってかかる魔力は一定に決められている。一方で、魔法陣学科のように自分で一から作るような奴は魔力量を決めるところから始める。そのあたりの調整を間違えたら大事になる可能性もある。これは魔力が莫大な人の集まる魔法科や、魔法獣を取り扱う魔法生物科にとっては学ぶべきものだった。後半に行くと、魔法を正式に中断させる練習もする。
基本中の基本である円の魔法陣を今回は扱う。結界を表す魔法陣は、円の真ん中に入って魔法陣の線に触れることで発動する。線の太さに合った魔力を入れなければ結界が不安定になる。理想は皺ひとつないヴェールのような結界だ。
有難いことに複雑でない魔法陣だから、俺でも発動できるものだ。
流石に線はそれほど太くないが、自分の周りを囲むような円でも十分だ。
紙を配られて、各々離れて結界を作り始める。
紙にシャーペンで円を描く。そして真ん中に立ち、静かに触れる。それだけで俺の周りには綺麗な薄青のフィルターが現われた。
「早いな」
隣の紬が呟いた。その紬はマジックの太い方で書いた魔法陣の真ん中で、ゆらゆら揺らぐ結界を作っていた。
「紬、この半分くらいの線の太さが丁度いいよ」
「……描き直すか」
紬は一旦収めて、線を描き直し始めた。今度はペンの細い方で綺麗な円を描いた。
「全然知らなかった」
「普段使わないからな」
描き終えて再び触れる。今度は身長ほどの擦りガラスのような結界ができた。こんどは安定している。紬は感心したように「本当だ……」と言った。
一般に知られた魔法陣の中で俺が発動できるものの一つだったからだ。小学校の頃、何とかこれを応用できないかと研究していた。ドッジボールの守りくらいにしか使えなかったが、そこで自分の魔力の使い方は体に身に着いた。
周りを見ると、できているのは三分の一位だ。できる人はバラバラで、成績のいい人でできない人も居れば、あまり目立たなくてもしっかりした結界を作る人も居る。
繊細な調整は最後は個人の性格による。デザインとはまた別の感性が必要だから、大雑把に言えばできなくてもいい。必要なのは魔法学科くらいだ。
見回していると、神村さんを見つけた。友人らしき女の子たちの前で目をつぶって、それなりに大きな魔法陣の中心で綺麗な結界を作っていた。
「凄いな。あれだけの魔力を操作してる」
「魔力を必要とする画材を使って絵を描くのが趣味らしいから、普段から慣れてんだろ」
「そうなんだ」
魔法界には魔力を込めると色が変わる魔法や、動く粘土などがある。込めた魔力の量によっては色合いが変わる。そのあたりの調整で手慣れているのだろう。
結界を解いて円から出る。先生を呼んで、調整はうまく行っているか聞くためだ。
他の人たちはどちらが早く結界を張れるか、厚いものを張れるか競っている。
ああいう風に魔力で遊べるのは羨ましい。遊びが少ないのが魔力の少ないことの欠点の一つだった。神村さんのように大きくできるわけでもないのは、やはり少し気弱になる。
と思ってたら、轟音がした。壁を叩いたような大音が鳴る。
「何だ!?」
先生たちが集まり、四人のうち二人が音のした隣の部屋に向かった。残りの先生は、「指示があるまで動かないでください!」とこちらの方に止まっていた。
全員結界を解いて、ただ辺りを見渡してた。
「隣って何やってんの」紬に小声で問いかける。
「今は授業中だった覚えがある。少なくとも実験なら隣部屋を授業に使わない。それと魔法が暴発したならそもそも壁に当たる前に防壁が発動する」
「なるほど」
従姉のトラウマを思い出す。魔法の暴走でないならよかった。
数分して先生方が戻ってきた。先生を前にして、整列して体育座りになる。
「えー、隣での実技で、ボール破裂した音でした。魔法で加速したボールが壁にぶつかったようです。魔法壁によって壁は守られましたが、破裂音がこちらまで伝わりました。調査の結果、被害はありません」
再びがやがやと賑やかになる。「静かに」先生が注意するとすぐに黙った。
「このように魔力のかけ方を間違えた場合、今回のような大事になります。以後、気を付けてください。まだ時間はあるので、再開してください。もし体調不良などがあれば先生に言ってください」
解散と言われて、がやがや騒がしくも再び結界のほうに戻った。一部の生徒が廊下の方をチラチラ見る。みんな現場が気になるのだろう。
「さっさと戻ろう」
「そうだな」
俺も気になるが、紬に諫められて元の実習に戻る。
廊下の方を横目で見ると、霧島が通って行った。やっちまったと顔が言っていた。
あいつが犯人か。原因が分かると興味はなくなった。
授業の後、別クラスの人たちから噂で「ドッジボールの守備のための結界を張ったら固すぎて誰も動けなくなった。だから魔力を込めたら、弾丸並みのスピードになってこうなった」らしい。結界は霧島で、ボールは他のクラスメイトらしい。
霧島の実力が他よりも高いことを実感した。だからこそ、何故補習を受けているのかさらに疑問は深まった。
重い授業が終わり、放課後になった。
体力奪われて腹も減り始めていたが、約束だから行かないと。
魔法科の学科棟のフロアに行くと、顔を伏せた霧島がソファに座っていた。夕日に染まり、悲壮感が増している。痛々しさすら感じる。
「霧島」
ぴくと肩が跳ねて、ゆっくり顔を上げた。夕陽の赤に紛れているが、明らかに顔色が悪い。こちらを見て安心したように肩を落とした。
「若澄、来てくれたのか。来ないかと思ってた」
「約束したから来るだろ。顔色悪いけど今日の授業のあれか?」
頭を振る。
「あれは事故、気にしてないしいつもと変わらんよ。気にしないで」
ふらりと立ち上がって歩き出した。足元がおぼつかない。俺は肩を掴む。
「補習できる様子じゃない。一度保健室に行ってみてもらった方がいい」
「大丈夫。いつも実技の前はこうなんだ」
そっちの方がやばい。何が原因かわからないが、完璧にトラウマになっている。
「そろそろ向き合わないといけないと思ってたけど、まあこうなるわな。でも仕方ないんだ。今がその時期だっただけだ」
「先生に言った方がいいよ」
霧島は肩の手を振り払った。
「終わるのは一瞬だ。そこで見ててくれればいい。行こう」
霧島は俺の方を向かずに歩き出す。言葉が通じない。俺はどうにもできず、背中を追った。
*
「よく来―――どうしたその顔」
軍隊の指揮官のような厳つい顔の先生が動揺した。そんな先生でも霧島の顔色は動揺するほどのものだった。
霧島の顔は真っ白だった。ここに近づくにつれて段々顔が青ざめていった。俺は「今日は辞めた方がいい」と何度も提案したが首を振られた。
『いつ行っても同じだ』
そう言って無理やりここまで来た。本人はふらふらだが、健康を示すために体調の悪そうな笑みを作った。
「行けます。さっさと終わらせましょう」
「延期するか」
「いいえ。今やりましょう」
そう言って体育館程の大きさのある実験棟の真ん中に移動した。先生は黙っていたが、此方を見た。
「安全のために君はその線から出るな。いいね」
「わかりました」
「何かあればすぐに停止して指示をする」
「はい」
俺は手前の線から足を引き。背を壁にあずけた。二人を遠くから眺める。生気を失った霧島と、何度も霧島を見る先生。どう見ても普通じゃない様子だ。こんなんで本当に補習はうまく行くんだろうか。
調整を終えたのか先生はパソコンから顔を上げた。
「補習の内容だが、連続で現れる十匹の魔獣のホログラムを倒す。それを三回だ」
「はい」
魔獣を倒す。面食らってしまった。
魔獣というと、危険度はさまざまであるが、十匹一気に襲ってきたものを捌くのは難しい。当たり前のことだが、霧島は当然のようにそれを受け入れた。
「何をしてもいいんですよね」
「この実験棟を破壊しない限りは。始まったら結界を張る、それを破壊しなければいい」
「わかりました」
霧島の雰囲気が変わる。それを見て、先生が顔を上げる。
「制限時間は五分だ。始め」
先生がキーを叩く。空に魔獣が現われ、同時に結界が張られ、そして、
「な……!?」
魔獣が現われたと同時に刀に貫かれた。地面から刀が生えてきた。そして、襲ってきた連中は一瞬で消えた。どこに魔法陣を仕込んでいたのか、見ると、手の裏に何か紙を挟んでいた。手のポケットから護符のようなものを知らないうちにマジシャンがトランプマジックを行う様に見えないように持っていた。
これが霧島の本気。息を呑んだ。一歩も動かずに登場位置を予想してそこに刀を召還した。嘘のような光景だった。時空転移か、または魔力を刀に変換したか、どちらにせよ、概念的な魔力を実体に変換するという魔力量も技術も超高度の魔法を使っていた。
今まで学年一位とか嘘だと思っていたが、本物だった。目の前の光景はアクション映画の主人公のようだが、全て現実に起こったことだ。爽快感すら感じさせる一瞬の惨劇に見入っていた。
だが幻影はすぐに終わった。先生がパソコンを操作しようとすると、霧島が崩れるように倒れた。
「霧島!」
結界が消えた。俺が霧島に駆け寄ると、先生がすぐにそのそばに立った。
仰向けに寝かせると、顔が真っ青だった。口に頬を近づけると息はある。
顎を傾けて気道を開けて置く。先生は他の先生が担架を持ってきた。それで運ばれて、霧島は魔法科の保健室に運ばれた。
*
外が暗くなった六時半、霧島は目をあけた。ベッドの横で椅子に座っていた俺は窓を見ていたが、鏡に映った霧島が目を開けたのを窓に写した。
そしてすぐに体を起こして、頭を押さえた。
「うっ」
すぐに布団に倒れた。俺は心配させるようにそちらに向き直った。
「魔法科の保健室だ。補習の方は大丈夫だ」
「……そう」
残念そうな顔で俺から目を逸らした。
「……終わらせたかった」
「うん。残念だ。だけど、補習は止めにするかもしれないって先生は言っていたよ」
「無理だな。絶対にやることになる」
はっきりと断言した。俺にはわからないことだが、あの様子じゃ補習は無理だ。そもそも学校の成績に関係ないんだ。強制的にやる理由は、家の命令以外ない。霧島の実家は中々複雑な関係みたいだ。俺がここに居てもいいんだろうか。
霧島の顔を見ると、窓の方をぼんやり見ていた。病人を此処で放置するわけにもいかない。とりあえず先生が来るまではここに居ることにした。何ができるかわからないが水を持ってくるくらいはできる。
「もし何か欲しいものがあったら言ってくれ」
「……広辞苑」
「ちょっと病人には無理だな」
悲しそうな顔になった。
それから先生がやってきて、今日は帰っていいことになった。実家の方とは本人の回復まで待つということで既に話が付いているらしい。
やるんだ。拒否権のない立場が身狭に感じた。
昔、祖母の葬式で勝手に色々決められた時がよぎる。子どもにできることなんて本当にわずかだと頭では理解していた。ただ、自分と祖母と姉さんの家に勝手に他人が歩き回るのは、なんだか心を踏み荒らされたような気分で落ち着かなかった。
葬式の三日後、一週間ほど外に出れなくなったのはこのせいだ。
ふらつく霧島から離れないようにして、俺たちはバスに乗って帰った。霧島を自分の部屋で寝かせた。本の山と数台のゲーム機だけの部屋だ。物は沢山あるが、なんだか寂しい部屋だった。
夕飯は食堂で食べれそうになかったので、商店で買ったレトルトのおかゆとスポドリで済ませた。俺は普通に食べていいのか迷ったが、「気を遣うな」と言われたため自分の食べたかった食堂の牛丼にした。
夕食を終えてゴミを洗って片付ける。戻ると、霧島は天井を眺めていた。
「帰っていいよ」
「気分は良くなったか」
「寝れる程度には。まあ悪い夢は見ないと思う」
「……ならいいか」
気にかかるところはあるが、心配しすぎても邪魔だと思われるだろう。そろそろ九時だ。霧島がいつも寝ているのは十時だから戻らないと。それと予習と復習をしなければ。
立ち上がって外に向かう。
「ありがとな」
後ろから声を掛けられた。
「友人に介抱してもらったのは初めてだ」
「いいって。俺は介抱したのは初めてじゃないから」
これで三度目か。一回目は祖母、二回目は車に跳ね飛ばされた友人、三回目は道路で倒れていた、痴情のもつれで頭を勝ち割られた二十代男性。祖母はその後数年後に亡くなったが、後は全員生きている。一回目の慌てようを反省して、ネットで調べて介抱の方法は学んだからだ。
どちらにしろ後遺症は残ってなさそうで良かった。
「明日朝、また連絡する。無理はするなよ」
「……大丈夫。休み方はお前よりも知ってる」
「ならいいか。じゃおやすみ」
扉の外に出た。
「おやすみ」
か細い声だった。
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