友人のため

 自室に戻り机の前に着席。霧島はどこから持ってきたのか、本を読んでいる。

「おかえり。どうだった?」

「聞きたいことは聞けた……一時間くらい調べる。その後に予習したいんだけど」

「わかった。終わったら連絡してくれ」

 そういって出て行った。本当にありがたい。

 ヒアリングが終わった。ノートを開き、中身を見返す。そこからキーワードをまとめる。

 習慣から外れた行事があると忘れ物をする。それを改善する魔法。

 穏やかで生徒手帳に合ったデザイン。

 頻繁に使うものを必ず一つの場所に入れて置きたい。

 本人は注意散漫になりやすいことを自覚している。

 忘れ物をしない人になりたいという理想。

 ……このあたりだろう。俺は大まかにまとめて、立ち上がった。

次に必要なのはコンセプトの立案だ。

 引き出しから大きな紙を出す。スマホでヒアリングで出てきた単語に関する話題を検索。それでよく見る単語を摘出して、大きく言葉を描く。それを丸で囲って、その単語に関する単語をつなげる。そうして関連事項に関する理解を深め、コンセプトを固めていく。

大体の魔法陣制作初心者のための本はここが重要であると書いてある。確かに、誰へ向かって描くのか、どういう魔法を作るのか、そのうえでシンボルデザインは必要かなどの方向性を決めるためにはコンセプトをはっきりと固めなければぼやけたデザインになってしまう。俺みたく魔力の少ない奴にとっては、凝ったものは作れないからコンセプトと中身の勝負になるから特に重要だ。他の魔法陣がどういったものかを分析すれば、大体どんな感じのデザインかが分かる。

 舞木さんは穏やかなイメージのデザインがいいと言っていた。生徒手帳に合う見た目がいいらしい。本人が穏やかで人あたりのいいひとだから、機能性もそうだが本人に似合ったデザインにしたい。

今回の場合は忘れ物や、他のことに気が取られやすいという点が重要だ。その場合、朝一に毎日の予定の優先事項を表示する魔法や、自分からある程度離れたら手に落としたものの名前が表示される魔法、魔力を多量に使うものとしては、特定の魔法陣マークを付けたものを自動的に指定された場所に入れ込む魔法もある。スマホを使ったものだと写真を撮って場所のタグをメモする魔法もあるようだ。玄関に必要なものを表示する魔法もある。

口に出す、ルーチン化、何度も確認など忘れ物対策は今後何が必要で何を持ち歩くのかと言うのを何度も確認するのが多い。それが一番何だろう。

注意力散漫に関する言葉を調べると、外からの音の遮断、目に入る情報量の制限、行う作業に対して違和感を持たせない環境のデザインが主だ。何かをするための他のことを頭に入れないのが共通している。

そういえば天井の広さで想像力が違うって見たことあるな。感覚に干渉する魔法は取り扱いが難しく、特許とは別途に警察や医者の許可が必要だ。俺ができるのは単純なものだから、心的干渉は申し訳ないがおいておこう。

 しっくりくる言葉だと、選択的注意という言葉があった。様々な情報が行きかう中で、重要だと思った情報に注意が言ってしまうことだ。カクテルパーティー効果やカラーバス効果が対応するものだ。舞木さんの場合、習慣外のことに関する情報にばかり頭が行ってしまって、それに主に関係しない生徒手帳のことは注意が向かないんだろう。

 ここまで調べて、ネットの方で同じような内容の羅列か論文ばかりになり始めたので、一旦調べるのは中止。資料検索は足りないが、体系化されていない知識の羅列になると本当とガセの混じったネット検索は分が悪い。明日学校に行って心理学の本を探そう。

 検索内容を変えて、最近の忘れ物やスケジュールチェックの魔法のロゴデザイン、女性向けの魔法のロゴデザインの確認。穏やかなものだと、ピンクを使った花、ぼやかしを使ったシンボル、など基本的に自然界のものを抽象化したものや暖色を使ったもの、流線型のものが多い。文字のみ、シンボルのみと言うのはあまりない。

 生徒手帳は茶色の革だ。これに合うフォントを考えると、高貴なものか太いサンセリフ体のようなカジュアルなものになるが、単純なシンボルの方が接触面積を考えるといいかもしれない。

 こんこんと扉が叩かれる。スマホを見ると、もう一時間たっていた。もう!?驚いたが、よく考えてみればコンセプトを組み立てるためのところで見慣れない心理学用語を調べるのに結構時間を使っていた。わかっていたことだが一時間じゃあ足りない。女性向けのデザインを調べるのも時間が足りてないし、しかし明日の授業の準備も優先しなければならない。

「今開ける」

 立ち上がってカレンダーが目に入る。今日は四月五日、火曜日。できるだけ早く作りたい。そのために時間を捻出したい。

 開けると霧島が居た。ラフな格好だった。

「どうだ?」

「全然。でも、放っておくときりがないから、勉強の方お願いします」

 片眉を上げた。がすぐに戻った。

「うん」

 霧島が中に入る。

「どうした?」

「なんかさっきよりも元気だな」

「ああ。多分、デザインできるって思ったからだと思う」

 扉を閉じて部屋に戻る。霧島はいつもの机の側に座る。

「描くこと好きなんだな」

「そう……だね」

 心の底から好きと言えたが、はっきりと口には出せない。やはり魔力の少なさが、将来への不安を掻き立てる。

 神村さんたちと競争することになったら楽しめるだろうか。今でもプレッシャーに押しつぶされそうなのに。もし自信を無くした時、その時も魔法陣を描くのだろうか。

「何処まで行ったっけ」

 ネガティブな考えを払拭するために机の上の教科書を開く。これは去年の復習である。

 どちらにせよ向き合わなければならない相手だ。まずはコンペだ。そのためには実力を測るためにも、調子を取り戻すためにも舞木さんの魔法陣を作らなくては。

「……」

 じっと教科書と向き合う俺を、霧島は眺めていた。

                  *

 次の日、時間が欲しい、と思っていたのが通じたのか霧島が資料を探してきてくれた。

 放課後図書館に呼び出されると、目の前にあったのは認知に関する本とデザインの本の山だ。図書館の端にある個室の読書スペース。本の山の積み重なる間に居たのは霧島だ。こちらに気づいて顔を上げた。

「おま、授業は」

「半分行った」

 小声で返答する。ただ後ろめたそうに目線を逸らしていた。なにやってんだ、俺は呆れてただ山を眺める。

「これを調べるためにサボったのか」

「今日は……昨日登校したから、休み」

 独自ルールを表された。確かにそれでいいのかと問い質したかったが、その前に本の山を押される。

「魔法陣デザインの本を読んで大雑把に調べた。調べたかったのはこれだろう」

「そうなんだけど……なんでわかった?説明してないだろ」

「今朝の会話からの予想だ」

「ああ」

 舞木さんは今朝は忘れなかった。だから「今日は忘れてないんだね」と生徒手帳に関する話題で少し話した。魔法陣の制作進行についても聞かれたな。そこから勝手に予測したのか。

 観察力の高い奴だ。個人情報の管理について気を付けなければと自覚。手伝ってくれたのは嬉しいが、舞木さんの悩みを流出させたようなものだ。正直言って不覚。

「ありがとう。でも、顧客との信頼関係にひびが入るから、今度から見なかったふりをしてくれ」

 ショックを受けていた。見るからに絶望している。

「いや、今回はこっちも時間なかったし、本を集めてくれたのは非常にありがたい。これ何時間くらいかけて調べた?」早口でフォロー。

「三時間くらい」

「三……!そんなに時間を?」

「心理学についてはフロイトの『精神分析入門』を流し読みした程度だから、知らん知識が結構あって面白かったぞ」

「そ、そうか」

 少し安堵する。つまらないことを延々とやっていたわけではなさそうだ。

「最近の心理学は昔よりも科学的な側面が大きくて、再現性が高くなっているな。特にUIに関しては心理学が使われるところが大きいから、昔よりも日常に取り入れやすくなっている。必要性も高まっているな」

「凄いな。俺よりも詳しいかもしれない」

「後々の授業でやるっしょ。僕は予習しただけだ」

「そうだけど。何故こんな真剣に探してくれたんだ」

「昨日元気そうだったからな。描くのが楽しみで仕方ないって顔だ」

 そんな顔してたのか。腕を組んで首を傾げる。

「……ただ人の話を聞いただけなんだけど、そう見えた?」

「ああ。昨日の勉強中、ノートチラチラ見てた」

「まじか」

 気づかなかった。確かに意識は飛んでいた。スマホや検索機器を無理やり離し勉強に集中していたものの、時たま「革にはどんなデザインが合うだろうか」とか考えていた。今日の授業中も、先生の話は聞いていたものの、ノートの端に昨日見た魔法陣を描いて、それを分解したり、デスクリプションをしていた。注意不足だなあと思ってすぐに授業に戻るが、やっぱりそういうのは気づかれていたらしい。隣の紬もたまにこちらをチラチラ見ていた。

 動揺する俺を見て、霧島はため息をついた。

「僕にはわからないけど、描くだけで元気になる奴なんているんだな」

「まあ、じゃなきゃ毎日描くことも続けられないんだろう。でもこの学園なら多分そういう奴は沢山いる」

「どうかな。入学試験で燃え尽きる奴とか、入学してから打ちのめされる奴も居るよ。ただ、若澄は多分違うんじゃない?」

「どうしてそう思う?」

「調子を整えるために人のために魔法陣を作る奴は初めて見た」

「そうか?」

「息するように描くのは誰でもできることじゃない」

 突然の言葉に驚いた。

「そ、そうか?俺の居たところ田舎だから魔法陣デザイナーとか居なかったけどみんな勝手に作ってたよ」

「違法だ」

「否定しない。危険性もかなりあったし、大雑把でも動けばいいっていうところもあるから、だから今のシンプルで機能性優先で他を切り捨てたデザインでも描いてて恥ずかしいって思わないところはあるか」

「……今の流行とは逆を行ってるよ。先生はそこが目についたのかもしれない」

「はは、だったらいいな」

 軽く笑い流す。

 言っていることは本当だ。そもそも俺が魔力が無くて市販の魔法が使えなかったのは事実。しかし、俺を引き取った祖母が「こんなに機能はいらん」と俺のために自作の魔法を作っていたのもそうだ。

それから80-20の法則も教えられた。この法則は、物事の八割は物事を構成する二割の要素で占められているという法則だ。つまり魔法に当てはめると、8割の魔法はその二割を構成するものを抽出すれば後の方は割り切っても成り立つということだ。乱暴だとは思うが、それを聞いて少し楽になった。

最近の流行は華やかで高性能な魔法が多いから、浮いてたんだろう。

 俺ははぐらかすように頭を掻いた。

「調べてくれてありがとう。ただ、学業に影響が出たらこっちも寝覚めが悪い、今度からは手伝って欲しいときはちゃんと言うから」

「すまんね……とりあえず、どうする?」

「ざっと読む。そんでキーワードやアイデアをまとめる」

「わかった。何か手伝うことある?」

 個人情報漏洩と言ってすぐ、とは思ったが黙る。パラパラ眺めると、確かに注意に関する本を選んでくれたのが分かったからだ。真剣に選んでくれたんだろう。自分の時間を使ってくれたことに感謝した。

 こんなにいい奴なのにどうして神村さんは敵意を向けていたのだろう。

疑問は浮かんだが、今聞いたところでどうにもならない。

まず描こう。俺は霧島の方を見た。

「作業部屋、借りる場所教えてくれ」

 霧島は事務のカウンターを指さした。

                 *

 図書館壁際の会議室を借りて、もってきた本をざっと見渡す。役に立ちそうな情報を枝分かれ式にまとめる。

霧島に手伝ってもらったこともあって広い用紙はすべて埋まった。

「こんな感じ?」

「大体は……」

 後は選んだ本を読みつつ書こう。大体書かれているのは注意を向けるためのものだ。やはり多いのは、再確認だ。二度以上のチェックは逆に効率を落とすらしい。できるだけ見やすいところで出発前に確認がいいらしい。他に、ものを落とさないための魔法はやっぱり身に着けたり鎖を付けたりという感じだ。

「今日はどうする?勉強する?」

「する。霧島の方は復習とかいいのか」

「やってる。授業の後にすぐにやって帰る」

「効率的だ……」

 霧島はなんだかんだ言って成績のいい勉強の仕方をしている。そういうところ見習わなくちゃな……。

「そんで、どうする?そろそろ出た方がいいっちゃいいが」

「じゃあ行くか。霧島はどうする」

「帰る、目当てのものは借りた」

「何借りた?」

「純粋理性批判」

「すげえ」

倫理の教科書で見た。哲学は正直興味がある。

それだけでなくプロのデザイナーには己の哲学を持つ人が多い。俺も余裕があれば読んでみよう。

紙をまとめ、鞄の中に入れて立ち上がった。

「これが青春か」

 霧島がぼそりと呟いた。心底満足したような、しかしどこか寂しさを漂わていた。

                 *              

帰路も頭の中でコンセプトをこね回しつつ、アイディアを温めていた。

 ぼんやり形にはなっている。手元のノートにスケッチを重ねて曖昧に形にしている。

 部屋に戻ってからも色々描いていたら頭が熱くなった。資料検索からぶっ続けで描いてて疲れた。

 少し歩こう。俺は上着を着て部屋から出た。人の少ない寮の玄関に向かい、売店まで歩き出した。

 春の夜はまだ肌寒い。特に何も考えずに出て来てしまったが、寒い空気が頭を冷やしていた。

「あ」

「ん?」

 校門前から舞木さんが歩いてきた。手に持っているのは画材だ。部活帰りの様だ。今は夜の七時だからそこまでおかしい時間帯じゃない。

「若澄君。奇遇だね~」

「今朝以来だ。ずいぶん遅いな」

「授業で魔獣のスケッチがあったの。模写とは違うね~」

「そんな授業もあるんだ」

「うん。学校で保護しているドラゴンを描いたんだ。鱗の生え変わる時期だから、新しくてきれいな鱗がたくさん生えてた~」

「珍しいもの見たんだ」

 昔、生物学者は写真がない代わりに繊細なスケッチを求められた。生物の授業が3だった俺は今はどうか知らない。デザイン科においてもスケッチは授業の一つとしてある。対象の一番魅力的な角度を切り取る練習だ。書くことで物の見方を身につけろ、と言うのが担当の先生の主張である。先生は丁寧で、スケッチの方があまりうまくない俺にとっては運が良かった。四之宮先生は得意なフォントの授業担当だったから、逆だったら毎日スケッチを描いてたかもしれない。

 舞木さんは俺の格好を上から下まで見た。

「若澄君は?夜食買いに行くの?」

「そんなかんじ」

「私も行っていい?」

「……ああ」

 一人になりたかったが、話を聞き出すのもいいだろう。

 二人で売店に入り、手前奥の自動販売機の集まる休憩所に向かった。

 三台の自販機の前に立ち、お互いにラインナップを眺めた。

「今どんな感じ?」

「大体……過程の半分くらいは終わったかな」

「早い!創ちゃんから一か月くらいかかるから長い目で見なさいって聞いてた」

「それが普通。俺の場合、単純なものしか描けないから一週間くらいでできるんだ」

「そうなんだ」

「ああ。だから今度他の人に頼むなら、一か月以上を見積もった方がいい」

 自販機からスポドリを買う。舞木さんはペットボトルのレモンティーを買った。舞木さんが自販機前の座椅子に座ったので、つられて少し離れて座る。

「舞木さんって人に魔法陣を作ってもらったことってある?」

「私は無いな~」

「作りたいって思ったことはない?」

「うーん、それもないかも」

「どうして?」

 できるだけ柔らかい口調で尋ねる。

「……うーん、無かったら『仕方ない』って思ってたからかな。一から作るのって専門知識が必要で手間がかかるから、作るよりもやり方を変える方が簡単だから」

「なるほど」

 確かに0から作るよりも生活習慣を変えた方が手間がかからない。

既存の魔法陣は神村さんが作るようにかなり複雑なものが基本だ。複雑なものをシンボル化して簡単な見た目にしているから、もし一から本格的に勉強するとなると年単位かかる。

俺の場合は簡単なものにしなければならないという立場だから簡単なものでもいいと思っていたが、もし魔法陣を書けと言われたらイメージするのは今市販で出回っているものだ。

 舞木さんがこちらの顔を見つめていた。

「どうした?」

「何かあったの?」

 じっと見つめている。俺のコンプレックスに準拠することだ。会って二日の舞木さんに話すべき話じゃない。

 それは理解していたが、相手の反応も気になる。

「舞木さん、俺の魔法陣って受賞するものだったと思う?」

 試すような質問をつい口にしてしまった。

軽く流されるかと思ったが、舞木さんは真剣な顔で考え始めた。

 スマホを取り出して何しているかと思えば受賞した俺の魔法陣を検索していた。今更だがなんだか恥ずかしい。舞木さんは暫く黙っていたが、「うん」と頷いた。

「やっぱり受賞して良かったと思う」

「……それならよかった」

「もしかして自信ない?」

「流石に周りの人たちの作品と比べると劣等感があるね」

「技量はよくわからないけど、私は見たことない魔法陣だなと思った。あと、こういう賞を取ったもので周りの人が使ってるのを見たのは初めてかも」

「確かに」

 去年の賞はどこでも風呂に入れるという代物だが、これは商品に応用されること前提だ。どこでも使えるわけじゃない。過去の魔法陣も知っているが、大抵は権利ごと企業に譲渡される。市民には半年や一年程遅れて使いやすい形でリリースされる。例えばファッションショーみたいなものだ。

 だから尚更コンセプトに反した単純さの作品が選ばれたのは驚いた。

 舞木さんがスマホから顔を上げる。どこか明るそうな表情だ。

「私もすぐに使えたから、こういう賞が身近に感じられたかな」

 誘蛾灯。一瞬頭をよぎったが例えが悪すぎる。

「誰でも使える魔法陣ってことか」

「うん。誰でも描けそうなのっていいと思う」

「誰でも描けそうなデザインって、誰でも描けるって思わないか?」

「ううん。だってこれを見るまで思いつかなかった」

 どういうことだろう。答えはすぐに帰ってきた。

「だって、これが魔法陣だって思わなかったよ。ずっと魔法陣って難しいものだと思ってたから。そういうところから外れてたのは凄いと思うよ」

 そういうことか。今までの疑問がすっと氷解した。

 俺の周りの人たちは確かに描いていたが、それは絆創膏を貼るようなものだ。やはり頭にあるのは複雑な市販の魔法であって、俺のように本気でそれを使おうとするやつはあまりいなかった。真新しさでいえば俺が一番なのだろう。

 すっきりした頭を冷やすように俺はスポドリをひと口飲んだ。

「成程。ありがとう」

「大きな賞を取って不安になってた?」

「そんな感じ」

「そっか。もし、困ったことがあったら聞いてね」

「ありがとう……なら、もう一つ聞きたいことがある」

「うん。どうぞ」

「どうして俺の申し出を断らなかったんだ?」

「若澄君なら大丈夫だと思った」

「見慣れない作品でも、大丈夫だと思ったのか?」

「うん。だって、人のためを思って作るものなら、悪いものにならないよ」

 あまりにも純粋な一言だった。信頼している。他のどんな言葉よりも彼女の一言の方が信頼の重さを言い表してた。子どものような期待を裏切りたくない。

彼女の一言について考えると、なぜか泣きそうになった。

「ありがとう。それで最後に、舞木さんってどんなものが好き?」

「絵とか、やっぱり生き物かな。生き物図鑑が好き」

「どんな生き物が好き?」

「パンダ」

「そうか。ありがとう。デザインの方少し迷ってたんだ」

「動物の絵にしてくれるの?」

「うん。まず顧客は舞木さんだけだから、舞木さんの好みに合わせたい」

「凄い、そんなこともできるんだ」

「顧客の望みに合わせたデザインを考えるのが基本なんだ」

「凄い!プロみたい!」

「プロは……まだ難しいかな……」

 目を逸らした。天願先生のライブドローイングを見たことあるが、一本の線が一つの生物のように意味を為す光景にアマとプロの違いを見せつけられた。あれを見るとプロと言い出すことは難しい。

 否定して不安にさせたくもない。軽く笑って流した。

「とりあえず質問は終わり。長く付き合ってくれてありがとう」

「うん!私細かいことわからないけど、お願いね!」

「ああ。外は寒いから、あまり遅くならないように」

「ありがとう。飲んだら帰るね。また明日!」

「また明日」

 俺は立ち上がって、商店から出て行った。

 舞木さんは大きく手を振って見送ってくれた。俺はそれに見送られて、休憩所の外に出た。

問題は一つ解決した。気分は軽かった。


「おかえり……もしかして、長居?」

「いや待ってくれてありがとう」

 部屋に入ってすぐに鍵をかけた。高揚した気分をそのまま維持したい。

 顔を洗ってから机に着く。

「なんかいいアイデアは浮かんだか」

「浮かんだというか、教えてもらった」

「神村に?」

「本人に。それで待ってもらって申し訳ないけど、これからラフを書き始めるから今日はもう勉強しないかもしれない」

 スマホを操作して動物管理センターのページを開く。パンダのページを開く。3Dフィギュアのページに映り、回転させながらスケッチを始める。

「今日の分は終わってるから後は自由に。俺はもう少しできりがいいから、終わるまで居てもいいか」

「ああ。勝手ですまない」

「デザインは水物だから好きにやればいい」

「ありがとう」

 それから二時間ほどかけてパンダのスケッチをした。詳細を削って、一見してパンダと見える便化をしたものを何種類か描く。その中で、パンダとわかるような形を二種類ほど選ぶ。

「さて」

 次に魔法陣を描く。何を描くかは決まっているが、一応教科書を開く。教科書には音の登録魔法が描かれていた。振動の流線の上に言葉を書く。これだけだ。これを描いて、近くにあったカセットを操作。音を録音して。再生することを確認。

 それから生徒手帳の大きさを確認する。此処に入る大きさを考える。

「ポケットの大きさを調べるの忘れてた」

 スマホで検索して、おそらく同じバッグの規格を検索。運よく詳細まで載っていた。

 それにあった魔法陣の大きさを確認し、それに合わせたパンダを選ぶ。

 パンダがバッグに差し込むようなシンボルを何種類か描き、その中でもコミカルな印象のものを描く。

 よし。

 時計を見ると夜の1時。

「こんな時間!?」

 振り向くと霧島は消えていた。全然気づかなかった。

スマホを取り出して詫びを送るか迷ったが、もう寝ているだろう。通知で起こしたら申し訳ない。

 明日のことを考えると寝るべきだとわかっていた。ただ眠気が無い。

「眠くなるまで頑張るか」

 もう一度机に向き直る。待ってくれる人がいる。だから描こう。

 俺はノートパソコンを取り出した。

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