友人の(従姉さんの)ために

 空は曇りで、湿った雰囲気の朝。ぼんやりした眠気を頭の上の方においたまま、バス停へ霧島と共に向かう。

 昨日懇親会をサボってしまったが、とりあえず学科外の友人ができた。以前の学校でも浮いていたせいか、寝て起きたら『うまく人間関係をこなせるか』という緊張感は消えていた。

霧島はあまり気乗りしなさそうに辺りを見回しながら歩いていた。

「……朝呼ばれて登校とか、これが女の子の幼馴染だったらラブコメ始まってた」

「男子寮に来ないだろ」

 フヒヒ。霧島は曇り空に良く似合った薄暗い笑みを浮かべた。

さすがに初回授業を休むのはいけないだろうと思いでサボりそうな霧島を引きずってきた。それからずっとこの調子だ。本人の意思に任せるべきだったか。

バス停に着いた。停留所の付近には人が居なかった。今日は舞木さん居ないのか。

目の前には飛空機やコンテナを運ぶ運搬機がせわしなく空を飛んでいる。出勤通学時間のよくある光景だ。あの中に舞木さんが居るかもしれない。

霧島は寂しい光景に安心していた。

「よし、誰も居ない」

「誰かいた方が安心しないか?」

「できるだけ存在を消したいんだ……今度からバスにするか。だれも使わないし」

「なんてネガティブな……」

 内心引く。無理やり連れて来させるのは止めといたほうが良かったかもしれない。

内省しているとすぐにバスが来た。それとほぼ同時に、門から舞木さんが現われた。

「お、おはよう~!」

 手を振って走ってくる。バスが止まって扉が開くとバス停の前に着き、やっと足を止めた。霧島は固まっていた。霧島を押しつつ中に進む。

「おはよう、ぎりぎりだったね」

「せ、生徒手帳忘れちゃって」

 バスの最奥の列に霧島を押し込む。俺は隣に座り、舞木さんは前の席に座った。着席してすぐにバスが発進する。

「今日は落とさないようにって思ってたんだけど、今度は机の上に忘れちゃって……」

「ああよくある」

 はあー、と舞木さんは大きくため息をついた。

「上手くいかないね。忘れっぽくて、何とか治したいんだけど、難しい」

 昨日の明るい調子とは違った落ち込みようだった。おそらく、いつも忘れ物で困ってるようだ。

 どれだけ重い問題かはわからない。だが、どうしようもないことがあるというのは良く知っていた。そして、俺はどうやって解決してきたかを思い出した。

「忘れないための魔法、作ろうか」

 霧島がやばいものを見る目でこちらを見ていた。

 舞木さんは驚いていた。思ってもみなかった言葉らしい。

「いいの?その、もしかしたら努力不足かもしれないよ」

「……いや、もし、必要なかったらいいんだ。ただ、困っているなら話を聞いて、忘れ物をなくすためのヒントを見つけられるかもしれない。それに」

 一つ置いて。

「描きたいんだ」

 はっきりと言った。

「ありがとう……ところで、横の人は?」

「部屋の隣人」

「あ……どうも……」

 霧島は何を言ったらいいかわからない顔をしていた。

「女の子が苦手?」小声で尋ねる。

「人が苦手」小声で返した。

 それはどうしようもない。俺は難とか間を取り持ちつつ、ぎこちない会話が過ぎていった。舞木さんは霧島のぎこちなさを気にせず、明るく話題を振ったりしていた。いい人だ。

             *

 夕食の後に話を聞くと約束して、二人とは別れた。

 霧島は初めから終わりまで断片的な言葉しか話せてなかった。人見知りと言うよりも友人の友人と初対面で何を話したらいいのかわからない様子だった。

よく考えて見たらこちらも会って二日目に申し出るのは時期尚早だったかもしれない。舞木さんがいい人だったから良かったものの、次は冷静になるべきだ。

 教室に入り、自分の席に着く。五分前だから当然だが、席は殆ど埋まっていた。昨日の懇親会の話題だったり、教科書を見ている人が居たりと様々だ。

 やっぱり緊張するな。俺はろくに挨拶もできずに、静かに自分の席に着いた。

 視線はあまり感じない。俺への興味が薄れたのかもしれない。正直ありがたかった。

 横を見て、隣の席の人はイヤホンを外していた。眼鏡をかけてじっと教科書を見ている。

 話しかけていいんだろうか。時間がない。意を決して話しかけた。

「お、おはよう」

 ゆっくりこちらを向いた。無表情のままだ。感情が分からない。

「……おはよう」

「その、名前、聞いてなかった」

 口の中が乾く。初対面の人ってどうやって打ち解けてたのか一瞬で記憶を探るもののろくにない。

 ただ嫌がってないのか相手は普通に話してくれた。

「紬詠」

「そうか。俺は若澄涼。よろしく」

「よろしく」

 無言。適当な話題でお茶を濁すべきか……?いや、遠回しは駄目だ。

「俺、今年入ったばかりで専門授業わからなくて、去年の授業ってどうだった」

「Bクラスだったからわからない」

 やっちまった。吐きそう。

 頭を回して別の質問にする。

「この学校のことを知りたいんだ」

「Aクラの授業が知りたいの?」

 現れたのは神村だ。困ったような顔をしている。ぎょっとしたのは俺だけでなく紬もだ。

「昨日はごめんなさい。怒ったようなこと言ってしまった。懇親会出づらかったでしょ」

「あ、いや、昨日は疲れてたから家で休んでました。だから気にしないでください」

 手を振って気にしてないことを伝える。というか、周囲の視線が痛い。

「何か返したいけど、Aクラスの去年のノートでいい?」

「はい。それでお願いします。そろそろ授業でなのですみません!」

 焦っていると、鐘が鳴って、先生が入ってきた。神村さんは早足で元の席に戻った。

 紬は何も言わず、一部始終を見ていた。

                 *

 昨日の予習をしたおかげで、今日の授業はすんなり理解できた。霧島様々だ。

 昼食は何故か紬に誘われた。一人ふらついていた霧島を捕まえて、食堂の窓際の席で食べることとなった。下では青々しい芝の上で弁当や買ったパンなどを食べる人々が見えた。

「神村とはどんな関係なんだ」

 一言目がこれだった。右隣りの霧島がラーメンをすするのを止めた。

「神村さんは……昨日初対面で問い詰められただけだ」

「そうか」

 紬はおにぎり三個とみそ汁という質素な食事だ。腹膨れるんだろうか。

「普通に話せていたから、何度も面識があると思っていた」

「好きなのか」

「感情以上に、恐れ多い」

 二つ目のおにぎりに手を付ける。

「その、あのクラスにおいて神村ってどういう立場なんだ」

「神村は一目置かれているな。前年度から中心の役割を果たしているようだ」

「凄いな」

「嫉妬されることもしばしばあるが、立ち回りが上手く、人望がある」

「まさに良くできた人だ」

 そんな人望のあるやつが昨日問い詰めてきたとは思えない。となると。

「もしかして、神村ってオオモリのコンペに」

「三次落ち」

「……ああ、やっぱりか」

「天願先生に憧れていたからな。オオモリに落ちて、一晩中泣いたらしい」

「……本当に?」

「俺は見てないが、女子寮の連中がしばしば話していた」

 目を細める。ああやり辛い。正直ほとんど何も考えずに送ったから、そういう強い感情を向けられると非常に済まない気持ちになる。

 そこまで考えてさらに嫌なことが思い当たった。

「……もしかして、天願先生にスカウトされたってことも知っている?」

「知らないわけがないだろう」

 頭を抱える。憧れの人にスカウトされて転入、一番やりたがったのはきっと神村さんだ。その本人が目の前にあらわれたら、昨日のように心が動揺するのは当然だ。

「天願先生にスカウトされたからどんな人間かと思っていたが、結構普通だな」

「賞をもらうまで、何の変哲もない人生だったから」

 辺りを見る。普通の人間も居るが。たまに雰囲気の違う人間がいる。あんな奴を期待てたのかもしれない。見ているとたまにあの俺の作った魔法陣を使ってノートを写している奴がいる。一人じゃなく何人も居た。

「どうした」

「俺の魔法陣みんな結構使ってんだな」

「テスト期間はみんな使っていた。去年はあんな光景は無かった」

 紬は遠い目をしていた。その時の感情を思い返しているようだ。

「あれを書いたとき、何を考えてた?」

「何って……ただ、どうしたら楽できるか」

「楽?」

「そうだよ。そもそも、大雑把な奴のために描いてたんだ。そんでできるだけ大雑把な手書きで十分発動する形を考えて、どれだけ『面倒』って思わせないことを一番に考えた」

 写すのが面倒だからどうにかしてほしい。と言うのが依頼だった。流石にこれだけじゃわからないため、何度も聞いて掘り下げていって、『授業の写真をノートに転写する魔法を考えて欲しい』というところに落ち着いた。

期間の指定も大雑把で締め切りも二か月ととんでもない長期間依頼だったが、おかげで他の依頼と並行してできたし、何度もデザインを見直せた。思い返すと、それ以降の依頼の受け方の参考になった依頼だ。

 俺の説明に紬は驚いた顔をしていた。

「それだけ?」

「ああ。別に特別なものじゃない。だから今朝も依頼を……させた、よな」

 霧島の方を向く。霧島はラーメンを飲み込んで答えた。

「まあ、うん……そうだな……」

「依頼?まだ来たばかりで勇気あるな」

「前の学校だと毎日描いてたから、調子を取り戻したいんだ」

「……不安はないのか」

「ある。失敗したこともある」

 今更思い出した。普通にあった。好きなアイドルに送るためのデザインを考えて欲しいと言われたが、アイドルのリサーチ不足で立ち消えたもの。鞄の中身を必ず整理できる魔法を考えてくれと言われて、俺の魔力ではどうしても十分じゃないこと。後は依頼者とのすり合わせが上手くいかなかったり、そもそも既存の魔法とアイディアを比べて『ごめんこっちのほうがいい』と言われて消えたこと。などなど、思い出すだけで頭が痛い。

 ただ依頼自体は嫌じゃない。

「それでも描くなら、使う人が居た方がいい。反応があるから、何が悪いかわかる」

「俺なら折れそう」

 霧島がうんざりした顔でつぶやいた。確かに辛辣な意見を聞くと非常につらいが、報酬に見合うだけのものを作るためにも意見は聞きたい。特にこちらの学園に通うというならそれなりのものを出すしかない。

 紬は何かを考えるように、じっと味噌汁を見つめていた。やっぱり、デザインに一考持つ人間は考えることがあるんだろうか。紬はデザインにどんな哲学を持っているんだろうか。

 今日話しかけた人間に聞く勇気はなかった。自分のことも下手に話しそうだ。そう思い、俺は冷えた鯖に手を付けた。

                      *

 昼食が終わり教室に戻ると神村にノートを渡された。どうやら今日は復習会のようなものをするつもりだったらしい。礼を言ってすぐにノートを写した。それだけでなく紬にも過去のノートの写真を見せてもらった。

 紬のノートを見て驚いた。ものすごく文字が綺麗だった。正直売り物になっててもおかしくない。英字新聞の模様のように、シャーペンの柄の模様だったら買っている。

 数十秒感嘆して眺める程度に、均整な、繊細な文字がすべてのページに並ぶ。話しかけてよかった。新しい魔法陣図鑑を見た時のような満足感と高揚感に浸った。

 それから、紬とはなんか話すようになり、四限の体育も組むようになった。

 体育ではスポーツマンの連中が活躍するのを遠目で見ていた。目立つのはサッカー部のモデルの香山、バスケ部の大嶋だ。

「香山はサッカー部のロゴとユニフォームを自分でデザインしたらしい。大嶋はラップの方も趣味らしい、去年の学園祭のステージだと自分で演出したステージで沸いていた」

「そうなんだ。やっぱりサンセリフ体が好きなんかな」

「……そっちか」

「スポーツのロゴって猛々しくて好きなんだ。野球とバスケのチームって、珍しい重い色彩を使うところが多いから見ていて面白い」

「ユニフォームに使う印刷技術も変わってきたからな。わかりやすい色彩は……」

 デザインについてあれこれ話しつつ体育を終えた。前の学校ではこういった会話は無かったから楽しい。

 今日が終わることには打ち解けたかはわからないが、紬とは普通に話せるようになっていた。

 帰り際、夕飯の方はどうするかと聞いたら、少し考えこんだ様子だった。

「若澄は霧島についてどれだけ知っている?」

「霧島?なんか頭いいやつだよな」

 眉をひそめた。なにか言い辛そうな様子だ。

「……そうか」

「霧島って有名なのか?」

「有名というか……とりあえず、魔法科のやつと、あと、神村さんの前で名前を出さない方がいい」

「どうして」

「霧島は、多分自分持っているものの価値を理解していない」

 どういうことだろうか。何をやったのかは気になるが。

「前科持ちってわけでもないか」

「犯罪じゃない」

「なら、今はいいや」

 朝の嫌がる様子を思い出した。おそらく何も知らない転入生だから気を許している面もあるだろう。知ったところで今どうしようもない。それ以前に俺が非難できる立場じゃない。

 紬は眼鏡を上げた。

「……今日は一人で食べたい」

「そうか、じゃあまた今度、タイミングあったら食べよう。これから部活?」

「図書館。資料を探しに」

「勉強熱心だな。いい本あったら教えてくれ」

「ああ。じゃあ」

「またな」

 そう言って俺は別れた。俺の方は部屋に戻って霧島と夕食、時間まで勉強だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る