今後の方針

 ちょっと早めの夕食になった。そのおかげで空いていた食堂は気が楽だった。

 制服は汚れたら選択が面倒と指摘され、下はジャージに上は適当なTシャツに着替えて食堂に向かった。霧島も大体同じ格好だ。辺りを見ても制服の生徒は居ない。どれもラフな格好をしている。

 学食は生徒手帳をかざして入る必要がある。その後は混雑回避のために入り口付近に置かれた大きなタッチパネルを操作して注文する。パネルには料理の分類から欲しいメニューを指す仕組みだ。予想時刻まで書かれていて、ユーザーのことを非常に考えられている。

注文した後は手帳に呼び出し番号が表示される。それを注文口まで取りに行くやり方だ。

俺たちはそれぞれ料理を注文して、椅子と机の置かれた空間へ席取りに向かう。

 赤レンガの床に、ガラス張りの壁。ちょっとした会食所のような高級感のある食堂だ。前の学校ではそもそも食堂が無かったため初めて来たときは委縮した。こんなに凝ってどうするんだと困惑していた。それも二日利用したら慣れてしまった。利用者は同じ高校生でしかなかったからだ。

 俺たちはそそくさと窓際カウンターの端に並んで座った。誰もこちらを見てなかったが、気になるものは気になる。霧島は何故か俺に合わせていた。

霧島はハンバーグ定食。俺はいつも通り鯖の味噌煮定食を選んだ。

 椅子に座ると小さく光る街が見えた。高台にある寮からは一望できるらしい。今までずっと学校について考えて食べていた。こんなに美しいとは気づかなかった。

『みんなと居る世界と一人でいる世界は違う』舞木さんの言葉を思い出す。霧島と来なければ顔を上げることもなかっただろう。

「い、いやー、この時間帯の学食に来るのは久しぶりだ」

 霧島はどこかぎこちない様子だった。食堂は苦手だったのだろうか。

表情を伺うとばつの悪そうな顔に変わる。

「い、嫌ってわけじゃない。料理もおいしいからな。ただ、いつも閉店ぎりぎりの時に来てたからなれてないってだけだ」

「そっちの方が空いてた?」

「それもある。それ以上にもう誰も来ないから、気が楽」

「ああ」

 確かに。人とすれ違うこともないか。早めに来るよりも考えることが少なくて済む。

 同時に番号を呼び出された。料理を運んで、お互いに手を合わせて食べ始めた。

「うん、うまい」

 サバの味噌煮はとてもおいしい。脂肪も身もおいしい。甘みもちょうどいい。

舌鼓を打っているとハンバーグを割く霧島から「そういえば」と話題を切り出される。

「名前を言ってなかったな。僕は霧島夜鷹。魔法科二年だ」

「魔法科なんだ。同じ学科だったら良かったな」

「……そしたら多分、休学していたかもしれん」

「え」

「いや何でもない」

 わざとらしく手を振った。目線を逸らしてわざとらしく話題を切り替えた。

「そうだ、来たばっかりだろ。学園で気になることがあればわかる範囲で答える」

 学園生活がうまく行ってないのだろうか。こちらの方が霧島の立場が心配になった。しかし今自分の立場も確立できてない以上、深入りすれば泥沼になる可能性がある。

 身を落ち着けてから霧島については聞こう。

 俺は姿勢を正す。

「それはありがたい。色々聞きたいことがあったんだ」

 霧島から自分のことに興味を切り替える。従姉さんのためにもまず自身の問題を片付けなければ。

ここ最近疑問に思っていたことを思い返し、素直に尋ねた。

「とりあえず奨学生の特権が凄いんだが、普通に使っていいのか」

「いい」

 即答だった。面食らう俺にすぐに焦ったように手を振る。

「あ、いや、普通にいいんじゃないか。だって通るだけですごいって……言われてるらしい」

「他の生徒に羨ましがられないか」

「細かいところは皆忙しくて気にしない。それに奨学生は権利を活用するのが義務で、自分の勉強のために使い切ればいいんじゃないか」

「霧島は気にならないか?」

「変に気を遣われる方が嫌だ」

 子どものように所感そのままの返事だった。

確かに言われた通りだ。特権と言われても使わなければ権利でない。権利の上に胡坐をかくなと有名な人が言っていた。

「ありがとう。次に、俺って学園生からはどう見られてる?」

「特異体じゃないか」

「どういうこと?」

「常識外の人間ってことだ。魔法陣の流行を鑑みると、シンプルを突き詰めた作品を考えるのは一般人には不可能に近い」

「そうなんだ」

「意図的に狙ったわけじゃないのか」

「自分のために描き直したんだ」

 照明のためにスマホでバイタルを出す。20.6mpと表示される。このmpはマジックポイントといい魔力の大雑把な単位だ。一般人の魔力は240~300mpが平均。俺はそこから大幅に下がる。

 霧島は驚いていた。

「だからシンプルなものになったのか」

「そうだね。おかげでおいしい鯖の味噌煮を食べれて有難い」

 これは本音だ。素直にこの鯖の味噌煮を食べられたのがこの学園に入学して今のところ二番目に嬉しいことだ。一番は従姉さんへの人間界へのチケットの可能性だ。

 俺の喜びに反し霧島は複雑そうな表情だ。

「……やはり、偏見とかあるか?」

「いや、ただ驚いただけ。他の人も差別はしないが、驚くとは思う。すぐに受け入れるだろうが」

霧島はフォローしてきたが、あまりするべき話題じゃないと判断した。悪用されるわけじゃないが、やはりどう対応すべきかわからないらしい。これは前の学校とも変わらない。それが分かってよかった。

フォローのようにすぐに別の話題に変える。

「ここの学校……学園って、基礎科目の進行って共通してる?」

「基本的には進行は同じ。転科や転入があるからな」霧島は先程と異なり流暢に答えた。

「教科書も?」

「多分。他の学科の連中とは交流したことあまりない……から、わからんが」

 設楽は気まずそうに目線を逸らした。あまり交友範囲は広くないらしい。俺も同じだからあまり触れずに前を見た。

「そうか。まあわからないこともあるよな。もしよかったら、後でちょっと見てくれないか」

 霧島は肩を下ろした。

「進度の確認?」

「ああ。明日から授業だから、前の高校の範囲と違いはあるか知りたいんだ」

 多分ある。あの先生たちだ、おそらく前の高校とは授業の密度と進行度が違うかもしれない。前の学校は進学校だったが、この学校とは規模が段違いだ。

 設楽は顎に手を付けた。

「……いいけど、どうなんだろうな、僕が教える範囲が正しいのかわからない」

「なんで?」

「二、三学期は単位を計算してサボりまくってテストは殆ど独学だったから、教師と進行がずれているな」

「点数は足りてた?」

「そこは多分大丈夫。共通科目は学年一位だったから」

 後半はぼそっと小声で言った。そしてすぐに顔が青くなり、

「い、一、二学期は一位」

 と小声の早口で訂正した。どっちにしろ一位とは凄い。この学園の偏差値はとても高い。魔法科は将来の地位がほぼ約束されている代わりに必ず文武両道である。その中で一位というのは相当頭がいいんだろう。授業サボっているのも何か理由があるのかもしれない。

学校に通ってないのは心配だが、一位を取ったなら霧島の勉強範囲は一緒だろう。安心した。

「凄いな。そんな人に教えてもらえるなんてありがたい」

「学科専門科目の方はわからないからそのあたりは自分でどうにかしてほしい。魔法応用論くらいしか無理」

「いや仕方ない……魔法応用論?」

 引っかかった。魔法応用論って今学期の授業じゃないか。設楽は焦った顔をした。

「あ、うん、春休みやることなかったから、三年までの授業予習してたんだ。遊ぶ友達が居なかったからじゃないからな!」

 取り繕う様に早口で言い切った。

 天才って居るんだな。同じ年の霧島が一気に遠い存在になった。

               *

 部屋に戻って教科書を見てもらう。去年の教科書は魔法科と一緒だったらしい。俺は安堵した。使っている教科書は違うが、前の高校と進度は一緒だ。

「それで、これからどうするんだ」

 ベッドに座った設楽は教科書に付箋をつけている。去年どこまで進んだのかありがたいことに貼って貰っていた。

 俺は勉強机の椅子に座って学科の教科書を眺めている。去年のデザイン概論の教科書だ。比較的薄いが、専門用語が多すぎて非常に読みづらい。なんとか読み解くと書いてあることは面白く、海外の教科書なだけあって哲学や理論を組み合わせた文章で非常に興味深い。分厚い分、欧文書体の使い方やなぜ生まれたのかなど詳細に書かれていてとても面白い。論文特有の平易な英語で書かれているから慣れればいいんだろうが、教科書程度の英語にしか触れてこなかったから時間がかかりそうだ。

 霧島は顔色一つ変えず教科書を見ている。

「週末に実技があって、それまでに調子を取り戻したい」

「前の高校はどうだったんだ」

「毎日魔法陣と新しい魔法を描いていたんだ」

「毎日か、やっぱりな」

 設楽が納得したように頷いた。別に俺みたいな奴は珍しくないらしい。

「俺ならきっと無理だな」

「そんな難しいことじゃないよ。新しい魔法陣やニュースを見て、どんな魔法陣なら俺でも使えるようになるかとか、友人に頼まれた魔法を作るために描いてたら毎日になっただけだ」

 横の本棚に入れたままのノートを見る。ここ一週間は勉強に追われて開いても、焦っていて全然集中できなかった。

「現代の魔法陣は9割方使えない。だから自分でも使えるものにするには、俺が考えるしかないんだよ」

「よく作るの諦めなかったな」

「周りに使える人が居なかったんだ」

 従姉さんはトラウマで震えてしまう。祖母は年齢的に一部の魔法は危険すぎた。

 霧島がすまなそうに眼を逸らした。

「空気読めなくてごめん」

「別にいいよいつかはわかることだ。それに魔法陣て言ってもお前の方が頭がいいし、多分勉強すれば俺を数日で超えるよ」

「そういうことじゃない。俺は魔法陣に興味持てない。作るほど興味を持てないんだ。組み合わせる方が好きだ」

 設楽を思い出す。やはり世間の大半の意見がこれらしい。普通の人たちは既存の魔法陣で満足するし、これだけ氾濫していたらそもそも魔法の良さ以上にデザインの良し悪し、広告や口コミによって左右される。俺はそもそもそれらは使えないから、ただの鑑賞品でしかない。

 俺はそれが理解できなかった。どうして理解できるのに作らないんだろう?

不満足が創造の元……って、誰かが言ってたがそういうことなんだろうか。人並みに魔力を持つのに、何故権利を活用しないのか。

ここで勉強の知識不足に意識が戻り、進まない教科書に目を戻す。

「あれこれあるけどまず先に勉強で安心しなきゃな」

「入学して早々しっかりしているな、何かやりたいことあるのか?」

「7月にコンペがあって、あれで優勝したいんだ」

「ってことは、あの神村よりも優れたデザインを描きたいってことか」

「そう」

 従姉の恩返しのために。そのために、俺はできるだけデザインを研ぎ澄ませなければならない。

 天願さんが来た時に、過去制作した魔法陣を見せてくれと言われて全て見せた。初めは数の多さに驚いていたものの、一目見て製品になるのはほんの0.3%だけだと切り捨てられた。約千あっても残るのは三だ。過去よりも最近作ったものの方がクオリティは上らしいが、それでも残ったのは三だ。つまり偶然送ったのが、偶然いいものだったとしか言いようのない結果だった。打率とすれば、神村の方がはるかに上だ。

 優勝するために何が足りない。天願に評価されてからずっと考えていたが、正直わからない。そもそもなぜ優勝したのかも未だに明確な理由は不明だ。

 そもそも故郷では魔法陣デザイナーを目指す人が居なかった。大体本人の要望が伝われば大体通っていた。報酬も鯖缶とお菓子だ。これからは何万もの金が動く。そして競争相手も賞を取った人たちだ。

「金曜日に実技があって、そこでクラスでの実力が分かると思う」

「クラスで一位になるのは難しいんじゃないか」

「先生の判断で合格不合格が決まる。だから、そこで合格を貰えば実力は一応示せる」

「それって相当難しくないか。相手はプロだろ?」

「他に自慢できるところもないし、期待されているんだ。あれこれ説明するよりもはっきり見せつけた方が納得するだろ。言ったじゃないか、努力すれば見て貰えると」

「あー……」

 霧島が気まずそうな表情をする。表情の理由はわからないが、俺のために協力してもらうしかない。

 語気を強めて訴えかける。

「評価されるためにも今週末までに調子を取り戻したいんだ」

「その、実技の内容ってわかるのか」

「まだわからない。去年は課題を与えられて、一週間かけて作っていたらしい」

「金曜日は初日だろう。説明で終わるんじゃないか」

「そうなんだよ。忙しい人だから、もしかしたら説明だけで終わるかもしれない。去年は説明、一昨年は制作指導、その前は春休み中に課題が出て発表とかいろいろだ」

「準備しておいて空振りにならないか?」

 うーんと頷く。

「あの先生は生徒の作品を見るのを楽しそうにしてたよ。だから小テストみたいなノリで描かせる可能性は高い」

「先生は?」

「天願ミサオ先生」

「じゃあやるな」

 すんなり納得した。

「知っているのか」

「ものすごい有名人だろ。ネットニュースに三か月一度くらいに載っている」

「そうか、魔法陣描くから意識しているだけだと思っていた」

「都会だと仕事しているブランドのチェーン店が並ぶから殆どみんな知っているな。その様子だと本当に田舎出身なんだな」

「近所のコンビニまで徒歩一時間かかる程度には田舎」

「うちもそんなもん」

「え、田舎?」

「いや……都会の中の田舎みたいな」

 首をひねる。都会の中の田舎?大きな公園が近くにあるのだろうか。

霧島ははっとして、すぐに難しい顔になった。

「脱線した。元に戻すとやっぱり去年の一年の専門の授業とかは無理だ。魔法陣について本以上のことは全然知らない、基礎でも若澄が知っていることしか言えないだろうな」

「クラスの人にノートを頼むしかないか」

「そっか……今日懇親会ハネたんだよな……」

「引っ越してきて疲れてたと言えばいいだろ。それか懇親会に出なかった奴捕まえるしかないな」

 浮かんだのは隣席の眼鏡をかけたクラスメイトだ。

 彼は他の人たちと合流せずに一人でさっさと帰っていた。俺と同じく出席していないかもしれない。

 人となりはまだわからないが、一度話してみなければ進まない。

「明日聞いてみるよ」

「行動が早い」

「時間が惜しい。それに、少なくとも、普通に話してくれる人は居るってわかったから。何とか探してみるよ」

 今日で多分二人くらいいた。ならクラスに居ないこともないだろう。

 霧島がなぜか目元を押さえた。

「……良かったなぁ」

情緒大丈夫だろうか。内心引いた。

 色々覚束ない俺よりもやばいかもしれない。この学園大丈夫だろうか。

 心配の気持ちに霧島が付箋を貼り終えて教科書を閉じた。

「ありがとう」

「いや、いい。そうだ、予習手伝おうか」

「非常にありがたいけど時間いいのか?」

「戻ってもすることない」

 自分の勉強はいいのかと聞こうとして、既に予習済みと言っていたことを思い出した。前の学校には居ない別次元の人間を実感した。

 それから一週間分の基礎科目の予習をざっとやった。霧島は教え方が非常に上手く、一人の時よりもはるかに効率的に勉強を進めることができた。

余った時間で英語の教科書も読み方を教えてもらった。魔法科でも英語の教科書を使うことがあるらしく、随分手慣れたように読んでいた。学園一位の通り、英語はすらすら読めていた。『洋画とアメコミにはまった名残』と本人は言っているが、会話と論文では使われる文法の用法も違う。授業によっては英語の論文を書かされたりそれを英語で発表する機会もあるらしい。前の高校では英語は合字の資料を追うために結構読んでいたと思っていたが、実力の差に恥ずかしくなった。こんな人たちがごろごろいるのか。再び不安になった。

霧島は九時に、いつもは十時に寝る予定だからとすまなそうに申し出た。既に今日の分は終わっていたから、礼を言って今日の勉強を終えた。

それから風呂に入って、俺も眠くなって布団に入った。

部屋を暗くして天井を眺める。今日は本当に色々あった。思い返すのは出会った人たちのことだ。

 スマホを見ると設楽から連絡が来ていた。『学校どうだったか』、二時間ほど前に来ていた連絡だ。気づかなかった。『友人ができた』と返すと、『よかったじゃん 今日はもう遅いから寝ろよ』とすぐに連絡が来た。首肯するペンギンのスタンプを送る。すぐに寝るドラゴンのスタンプが送られてきて、スマホを閉じた。

 慣れないことで疲れていたのか、瞼を閉じるとすぐに寝た。

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