うまくいかない日
始業式を終え、荷物を持って教室に向かう。教室の席順は決まっていた。海外みたいに決まってないんじゃないかと思っていたがそうでもないらしい。
席は奇しくも前の学校と同じ窓際の列の最後。視力は両目1.5のため黒板に書かれた文字は十分見えそうだ。前の学校と教室は同じ、生徒は四分の三、そして机が広い。しかも立てられるようになっている。飛空機でも設計するんだろうかと思ってしまう。
周りを見渡すと中のよさそうなグループがいくつか既にできていた。去年Aクラスだった連中だろう。案外一人でいる人も何人か居る。しかしグループに気軽に話しかけている。今まで地元から動いたことのない俺は、既存のグループに入る経験が少ない。それ以前の問題があるのも自覚していた。
何を話したらいいんだ。俺は本に顔を伏せつつ話しに聞き耳を立てたり目だけで見たりしていた。
大半は普通の高校生に見える。会話内容も始業式がどうかとか、今年からの実技怖いとか、終わったら市街地に遊びに行こうとか、よくある会話だ。
しかしその中でも数人はオーラが違う。大企業の息子、モデル、そして超有名魔法デザイナーの娘だ。最後の人は特に有名だ。
神村創、小学生の頃から様々なコンテストに応募し、中学二年生には全国中学生コンテストで優勝。それから何度もコンテストで受賞している。
父がそもそもデザイナーであり、プロの現場や作品に幼少期から触れていたためセンスや能力はこの中でトップを争っているだろう。そして見た目も可愛らしく、先程から集団の中心になって話をしている。自信にあふれた様子は、普通の高校生とは違う。
俺は埋没している自信がある。前の学校でももてはやされたことはない。
Bクラスからの移動もあるのか、転入した俺に注目されることもなく時間は過ぎていく。
今後のためにもクラスに話せる相手は欲しい。そう思っていると丁度よく俺の隣の席に誰か座った。両耳にイヤホンを付けている。この喧騒の中でも一人森の中のような静けさがあった。ただ、鞄についているのは最近有名なヒップホップグループのシンボルのキーホルダーが付いている。雰囲気は独特だが、案外話してみたら普通の人かもしれない。
「……」
目が合った。相手は無表情でこちらを見ている。
挨拶だけなら心証も悪くならない。俺は軽く頭を下げた。
「……あ、どうも、よろしくお願いします」
「……どうも」
寝起きのような低い声で返した。相手も頭だけ下げて挨拶し、また沈黙が戻った。
次何を言ったらいいんだ。喉の渇きを覚え始めたころ、がらりと前の扉が開いた。
「席についてー」
現れたのは釣り目の女性だ。礼服のスーツを着て、ファッションモデルのように美しいフォームで黒板の前に立つ。青みがかった黒い髪は肩辺りで短く整えられ、黒い瞳が教室を見渡していた。
生徒はすぐに自分の席に戻り、静かになった。
「Aクラスの皆さん、進級おめでとうございます。今年の担任になりました、四之宮華です」
頭を下げ、そしてすぐに紙を配り始めた。
「今後ともこの国の代表となる古野学園生としての立場を忘れずに生活してください……長話は集中力を落とします。私からの話は以上です。もし今後何か質問があれば紙に書かれた連絡先へ気軽に送ってください」
送られた紙には先生の連絡先と書かれたQRコードが載っている。その上には今学期の時間割だ。気軽にと言って置きながらそっけない態度はどうなんだろう。俺の疑問を置いて彼女は黒板に書きだす。
「教科書などは先日届けられた通りです。落丁があれば書店の方へ持っていき、取り換えて貰ってください。それで、おそらく一番興味があることですが、今年も企業協賛の学内コンペがあります」
テーマ発表日、6月1日、締め切り7月31日。と綺麗な文字を描く。
「締め切り前はほぼテストとかぶります。ですから去年投稿したからわかるとは思いますが、基本的に締め切り前あたりには見直しだけで済むように、余裕を持ったスケジュール管理が必要です。将来デザイナーとして携わる場合、自己管理は第一ですから、今のうちからプロの意識を持って臨みましょう。特に今回のコンペは、企業が協賛しています。商品にならない場合は、優勝者が居ない場合もあります。厳しい戦いになりますが、普通のコンペも同様です。『これくらいはいいだろう』という心構えはただの言い訳です。細かいところこそ目を配らせる、ああ、当然元の魔法のアイデアがしっかりしていることが前提です。基本的なことは忘れずに。もし自作のデザインの意見が聞きたければ持ってきてください。私たちは自主的に動く生徒を素晴らしいと評価します。ただ、私の下へは自分から見て欠点をなくしてブラッシュアップしたものを持ってきてください。一見してわかる欠点をわざわざ人に質問するのは失礼です」
冷汗が額から伝う。あまりに辛辣な物言いだった。高校生に求める意識じゃない。委縮する生徒も出るのではと思ったが、周りの生徒は動揺した様子はない。
獣の籠に放り込まれた人間の気持ちだ。
「それと、今週の金曜日から実技の授業があります。先生は天願非常勤講師。実際に世界を股にかけて活躍されるプロの意見を聞ける貴重な機会です。適当なデザインで、時間を無駄にしないよう、普段から勉強を欠かさないように。実技で出る実力は基本の実力です、そこを忘れないように」
天願、名前が出た瞬間に視線を感じた。その瞬間だけは先生の厳しい言葉よりも怖かった。やはり普通にしていながらも、此方を意識している人は居る。
「次、一学期の行事について……」
先生が淡々と進行する。俺はそれを手元の紙にメモしながらも、先程の視線に緊張していた。
「今日はこれで終わりです。明日からの授業、頑張りましょう。では」
先生がきれいな礼をして教室から出て行く。すぐに周りでは会話が始まった。手元の紙を見る。先生の心構えのメモと、明日の授業の予習内容の確認メモ。『あー』と言った心の叫びが書いてある。明日の授業は国語、英語、デザイン歴史論、体育。授業は一コマ60分。それが四時まである。しかも体育か。早めに話しできる相手を見つけないとな。
「Aクラスのみんなー!」
教卓の前から声がした。顔を上げると、神村さんが前に立って注目を集めるよう手を叩く。
「これから親睦会を開きます!参加希望の人は食堂に行ってください!開始時刻は一時からです」
おお、と他の生徒が感嘆する。気の効いたことをしてくれていた。
「席などは予約済みです。奥の方に予約席があるので、そちらの方に座ってください!」
そう言って、神村以外の連中が先導するように食堂に向かうために前の扉から前の階段に降りていく。
丁度いい。隣の席の奴は後ろの扉から正反対の方向に向かう。帰るらしい。周りを見ると、何人かは一人で帰る準備をしていた。モデルの人が申し訳なさそうに席を立った。仕事や用事もあるらしい。このクラスは自由な雰囲気なようだ。
親睦会。転入生として打ち解けるには非常にいいイベントだ。一方で勉強したい、個人的なことを話したくないという気持ちもある。
前の学校でも部活は人が少ないところを選び、従姉さんの代わりに家事を手伝えてデザインのために時間を割くことに重きを置いていた。だがデザインが描ける人たちの考えを聞いてみたい。その人たちの話を聞くためにも参加しようか。
「若澄君」
突然名前を呼ばれた。声の方、机の横を見ると、神村さんが立っていた。大きな目に、子供っぽさと聡明さを兼ね備えた表情をたたえている。藍のアシンメトリーの短髪に、紺色のブレザーを着こなした少女は見透かすように俺を眺めていた。
辺りを見回すと、既に教室には俺と神村さんの二人きりだった。
置いてかれた。喧騒は遠く、俺は「あっ」と変な声を出してしまった。
「そんなに驚かなくても」
「す、すみません。転校初日で中々慣れなくて」
慌てて思いついた言い訳をする。神村さんのような雲の上の人と会話するのは滅相もないというのが本音だ。ただこれはわざわざ残ってくれたクラスメイトに対して失礼だ。
申し訳なさそうに手を振ると、相手はくすりと絹の糸のような繊細な笑みを浮かべる。
「長旅お疲れ様。色々普通の学校とは違う面も多いから、もし何かあれば私含め周りの人に聞いてね」
「ありがとうございます……ええと……」
「神村創です。苗字、名前好きな方で呼んでね」
「若澄涼です。神村さんと呼んでいいですか?」
「うん。こっちも若澄君と呼ぶね。それと、丁寧語は固いから、もっと砕けていいよ」
「あ、ありがとう……ええと、これからもよろしく」
「はい」
仕方ないという風に苦笑した。こちらもぎこちなく笑う。
砕けていいと言われたがそれでも緊張する。何せ国際的な賞を取った相手だ。国内で一度取ったとはいえ、実力の差は明白だ。それにコンペにおいて、一番の壁がこの人だ。一方で尊敬もしている。
そしてそれ以上に今はクラスメイトだ。ぎこちないのはあまりよくない。
「ありがとう。もしかして親睦会のことで呼びに来てくれま……か」
「半分はそう。春休み中に新Aクラスの人たちとはクラスのMINEを作ってあったんだけど、入ってなかったからやってない人か聞きに。確か一週間前に来たばかりだっけ」
「ああ」
「なら知らないか。スマホある?入る?」
「お願いします」
「丁寧じゃなくていいって」
今度は子どものように笑った。気をつけているもののつい口に出てしまう。これからは自分の言い方に気を付けなければ。
スマホを取り出し、クラスのMINEに入った。
「言ってくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。クラスで何かあれば連絡入るから、よろしく」
「ありがたいで……な」
授業の変更があれば通知が来るかもしれない。それは今後においても有用だ。
スマホをしまう。
「それで、もう半分の用事って?」
「優勝おめでとう。あの魔法陣ってどうやって考えたの?」
「前の学校で元々ちょっとしたバイトみたいな感じで頼まれた魔法を作ってたんだ。それでなんかみんな使ってたから、これはいけるんじゃないかなって思って出してみたらこんな風になったんだ。人生ってわからないよな」
「おかしいよ」
喧騒が遠い。神村が真顔になっていた。だが、すぐに両頬を叩いて。
今の何?聞くだけの鈍感さは持ち合わせてなかった。持っていたのは臆病さで、足をすくませた。
「そっかー。天願先生が凄いって言ってたから」
「どこで言ってた」
「この前教員の話し合いがあった時に来てたんだ。その時、凄いほめてたよ」
あの人……!
彼女は調子を戻して話し始める。だが、どこかぎこちない。
「凄い沢山描いてたって。全部使えるわけじゃないけど、将来が楽しみだって」
「量っていっても、そんなには……」
多分神村だってこれくらい書いてるだろう。
「特許に送ったのは千くらい」
「ああやっぱり」
彼女は驚かなかった。むしろ当然のような面持ちだ。
「普通ですか」
「特許に送ってないなら、みんなそれくらい書くでしょう」
目が疑う様に細くなる。ざわ、と背中に冷たいものが走る。自分のことを言われたように緊張感に包まれる。
これは困る。俺は慌てるように手を振った。
「ああ、でも、俺が送ったものは千のうち偶然いいものを選んだけだから!運が良かっただけです!」
神村さんの顔から表情が消えた。
地雷を踏んだ。よく考えてみれば、いろんなコンテストに応募している神村がオオモリのコンテストに応募していないわけがない。受賞者の名前に無かったってことは、つまり、落選した。落選した奴の前で誰でもできると言ってしまった。
やっちまった……!
後悔時すでに遅し。表情を作ることもなく、彼女は翻った。
「……そっか。いろんな人と話したら自信がつくかもね。懇親会は一時からだから、忘れないでねー!」
そう言って、ひらひらと手を振って消えて行った。
教室に残された俺は、やっと外の音が耳に戻ってきた。見ると、正門から生徒が出て行ったり、校門前で一年生が写真を撮ったり保護者に写真を撮ってもらったりしている。あそこから帰る気になれなかった。
「欠席しよ……」
腹は減り始めたが、食べる気になれなかった。
俺は立ち上がり、クラスメイトと顔を合わせないように図書館に向かった。
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