反抗期 決着

姫じゃなかったらこんなじゃじゃ馬、即刻国から退去を命じられるだろう。バンビは横柄な態度でノックもせずに王の間の扉を開ける。

厳粛さを兼ね揃えたドアを不遜に扱う民ナンバーワン決定戦があったら、バンビの他に秀でる者はいないだろう。


「失礼するわよ。い、いるわよね!!どうせ暇でしょ!!」

「失礼しまーす…」


こんな姫に続くのは気乗りがしない。しかも、先日は王に大して失礼な態度を取りすぎた。恥ずかしさと申し訳なさから、ニースは頭をヘコヘコと下げながら入室する。


「騒がしいな。何事だ。見ての通り、仕事中だ。後にしてくれ。」

「バンビ…素直になれ、素直に。喧嘩を売るな。」


ニースはどーどーとバンビをなだめる。

立派な造りをした王の間の奥には重厚感のある椅子とテーブルが置かれていた。2階部分まで本棚で囲まれている。

ここが王の書斎。とても豪華だった。

王は高く積み上げられた書類に目を通している最中だった。


「会議で決められたことに承認の判子を押すだけでしょ?私でもできるわよ。なんだったらやりましょうか?」

「バンビー?」

「ふー…お前というやつは…」


王は目頭を押さえながら、深いため息をつく。呆れてものも言えないようだ。


「そんなことより、ニースの移住権について話しに来たのよ。どこかの誰かと違って、彼は忙しいのよ。次の治療も待っているしね。」

「冷静になれ!な?そんで、今!俺にふるな、俺に!」


バンビの私情に巻き込まれそうになったので、ニースは自分は何も言ってない、と王に対し手を横に振りながら無言で否定する。


「今回の襲撃では大いに力を奮ってくれていたな。捕まった時は死んだかと思ったぞ。」

「治癒魔法で…なんとか…」


嘘だ。ヨトに頭を握りつぶされた時、確実に一度死んだ。

王は「まあ、いい」と必要以上に追求はしなかった。その代わり、衰えぬ王の威厳を持つ目を、ぎろりとさせてニースに敵意を示す。


「して、お前の真の望みはなんだ?金か?地位か?それともー…老いぬ身体か?」

「ニースはお父様と違って、そんなものに興味はないわ。」


バンビが間に入り中和させようとするが、彼女の言葉にはいちいち棘がある。

余計ややこしくなるから、これ以上の介入は望んでいない。しかし、彼女はお構いなしで話しを続ける。


「お父様と違って、国民を助けたい私は街まで下りて、ニースを見つけたの。彼は今まで見たどの治癒師より技術も知識も豊富だわ。だから、私がこの国に来てくれとお願いしたのよ。」


バンビは演技派だった。

息を吐くようにつらつらとありもしない事実をつづる。


「この国にニースは必要なの。彼がいなかったら、被害は甚大だったし、怪我人や病人も治らないままだった。無意味かもしれないけど、一応、これは今日までの署名よ。みんなニースに助けられて彼の移住を喜んで受け入れると約束してくれたわ。」


バンビは今日までニースが治療をした数々の人の署名の束を王の机に投げつける。王はそれを無言で手にし、1ページごとに目を通す。


「此度の一件で治癒師の必要性については嫌と言うほど理解はした。だから知りたい。この愚娘をどう懐柔した?」

「…!!失礼ね。私は買収も懐柔されてないわよ!」

「私はニースに問いている。お前は黙っていろ。」

「むぅ…」

「このじゃじゃ馬がこうも人に懐くなどありえん。何をした?何が目的だ?」


二人の視線がニースに刺さる。一回でも間違った発言をしたらアウトだ。慎重に言葉を選ばないといけない場面。


「俺、はー…常に一人でも助けられたらいいと思ってる。そこに策略も賄賂もねぇよ。純粋な俺の意思だ。不老だが不死だが知らねぇけど、希望がなきゃ生きていくこともできねぇだろ?」

「う、む…。」


ニースの真意に王は息を飲む。


「長年生きてるあんたらと比べたらペラい理由だろうけどよ。でも、俺の人生はそんなもんだよ。」


王は一呼吸おいてから目を閉じる。長い沈黙が訪れ、ニースは何かまずいことを言ったのではないかと内心焦っていた。

長い沈黙の後、王がもう一度口を開いた時、それは何かを決定した時だった。


「ニース…お前の移住を許可する。」

「!!」

「……うそ!?」


ニースとバンビは互いに目を合わせる。二人が喜びの顔を浮かべたところで、王からの最後の言葉が告げられる。


「お前の答えがどうであろうと、私は最初から受け入れる気だった。…お前に言われてから私も深く考えた。正直な話、妻がいなくなってから、私は娘にどう接していいか分からなくなってしまった。」

「それで、あんな態度に…」

「子供なのは私も一緒だった。反抗的な態度を取られたら、言葉でねじ伏せればいいと思ったが、更に反抗的になるばかり。優しくしようとも、過去に取った態度に負い目を感じ、どうしたらいいものかと何度も頭を抱えた…。」


王は手を組み合わせ、両肘を机に置く。


「ちょうど反抗期になるタイミングで老いることがなくなったんだな。よく1000年間も反抗期を続けられるな…。」

「ずっとじゃないわよ。私だって少しは反省してた時もあったんだから。」

「どうだか…」


王に見られない位置でバンビがギュッと足を踏んでくる。怒りの矛先がニースに向かったようだ。


「1000年も長く生きていると言うのに、十数年ちょっと生きている若造に諭されるとは思ってもいなかった。」


王は椅子から立ち上がり、バンビの前にやってくる。バンビは体をびくりと震わせ、直立不動になる。王とこうして向き合うのは何百年ぶりだったからだ。


「バンビ…ゆるせ。」


王はバンビの前で頭を下げる。


「お父様…」


さすがのバンビも王の謝罪に瞳を潤ませる。


「わ、私も…ごめんなさい。…私、本当はお父様の力になれたらって、ずっと思ってたの。でも、素直に言い出せなくって、あんな態度を取ってしまって本当に…ごめんなさい。」

「バンビ…」


バンビは服の裾をギュッと握り、震える声で父親である王に謝罪する。

気恥ずかしいのか、王はぎこちなく手をバンビの肩に置く。本当は抱きしめたいのだろう。だが、抱擁に至るまで二人のすれ違いは長すぎた。1000年もの間、まともに向かい合っていないのだ。離れた距離を取り戻すのには、まだ時間がかかるだろう。だから、今はこれで勘弁してほしい。


「一件落着…」


親子の絆、一部始終を確認したニース。ほっと安堵の息を吐く。

反抗期ー… 精神発達の過程で、他人の指示に対して拒否、抵抗、反抗的な行動をとることの多い期間のことである。 子供から大人へと成長する過程で誰もが通るものとされている。


ニースには訪れなかったものだ。文献を読み、理解だけはした。ただそれだけ。

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