ラトス

男の名はラトス。


この国の英雄伝で最も語り継がれる男だ。英雄伝を知る子供たちは、将来はラトスみたいに強くなりたい、と同様に声を上げるのだ。彼は子供の憧れ、ヒーロー。


その理由はいくつかある。


その一、1000年前に世界を滅ぼそうとした男・ロキを倒したからだ。


その二、誰一人として耐えられなかった最強の鎧、『メギンギョルズ』と呼ばれる腰帯を世界で唯一締めたのだ。その帯は想像を絶するほどの苦痛を味わうことになるが、代償として全ての能力が2倍にも膨れ上がる。


その三、神からの寵愛を受けたラトスは、光よりも早い最強の雷魔法を得意とする。雷を一つ落とせば、山が割れるのだとか。雷鳴が轟けば彼がやってきたと信じる子供は多い。


その四、『ミョルニル』と呼ばれる神から受け取ったとされるハンマーの神器を扱うことができる。リーチの短さから滅多に使うことはないが、投げれば百発百中、敵を粉砕するほどの威力がある。



上記理由が最強と呼ばれる由縁だ。



ヨルは目の前に現れた男に見覚えがあった。忘れもしない。海底に沈められる前に一度殺されかけた男だ。

彼のだらしない格好も、燃え上がるような赤い髪も、雷撃が落とされたくらい衝撃的な魔力も…。


「おい、ボーズ。どうした?」

「…あ…」


もう一度ラトスに声をかけられ、ヨルは我に返る。この男を相手にしてはいけない、と本能が訴える。


「バトン、ターッチ。」


恐れ慄いた彼は、逃げる様にニースの中へと帰って行く。


「お、おい!ボーズ!?」


しかし、ニースの体は既に限界を超えていた。ニースはヨルと入れ替わっても意識が戻ることはなく、力なく崩れ落ちていった。



いつ気絶したかは覚えていない。

ぼうっとした頭のまま目を覚ますと、知らない天井が瞳に映る。体に痛みは感じない。ヨルが治してくれたのだろう。

体を動かすと足元の方で何かがもぞもぞと動いた気がした。


「やっと起きたのね。もう丸1日たったわよ。」

「悪い。」


動いた先にはバンビの姿があった。先頭にはいたものの無傷で帰還できたようだ。

少しご立腹なバンビは偉そうに腕を組んで、ニースが気絶したあとのことを説明する。


「全く無茶しないでよね!あの後、誤魔化すのに苦労したんだから。」

「そういえばヨトはどうなった?」

「ヨトは…最終的には死んだわ。ラトスの手によってね。」

「そう、か…。ん?というか、ラトスって…あの?」

「え、あなた一回彼の前で倒れたじゃない。」


ヨルに入れ替わっている間は、ニースに記憶は引き継がれない。というか、あの時は完全にニース自身が気絶していた。完全にヨルの独壇場だった。


「ぼーっとしてたから、正直あまり覚えてない。」

「何それ。変なの。まさかあの時、ヨルになってたとか言わないでね。」

「ま、まさかー」


苦笑いを浮かべながらごまかした。


「それで、ヨトは…」

「ヨトは何も知らなかったわ。襲えって本能がいったとか訳の分からないことを言ってたわ。何も情報を得られないと判断した王は、ラトスに殺すよう指示した。それだけ。」

「それだけ、か。」


ロギエと言っても、元・人だった。ロキの魂が体内に入り込み肉体が突然変異し、魔物と化し、あの姿になってしまった。ヨトも被害者だ。

だが、一度体内に入ってしまったらその体を元に戻すことはできない。放っておけばまた攻撃をしてくるだろう。

そうなると、殺すという手段しか残されていないのだ。


「そうそう。どさくさに紛れて、これ、取っておいたわよ。」


バンビがベッドの上にひょいっと石の塊を投げる。心臓一個分くらいある大きな魔石だった。


「ロキの魂が肉体から去ると、ロギエは元の人間の姿に戻るの。そうするとね、魔物だったときの名残があるのか心臓が魔石になるのよ。」

「た、助かる!」


ヨトとの戦いでまさかヨルが出てくるとは思わなかった。体の修復にもかなりの魔力を使ってしまったし、きっと彼は不機嫌になっているだろう。

この大きな魔石は、今まで見てきた魔石よりも中心部分が赤く不気味に光っている様な気がした。

ニースは魔石を拾い上げると、それを口に運んだ。すると喉奥から待ってましたと言わんばかりに金色に光る蛇がやってきて、魔石だけ奪うようにかっさらい、また喉の奥に戻っていくのだった。


「初めて見るけど、意外とグロいわね。」


バンビは若干引いていた。


「なかなか上質な魔石だって喜んでるよ。ありがとな。」

「ヨルにはまだまだ働いてもらわないといけないんだから、これくらいはお安い御用よ。」

「お前…みょうに優しいな。」

「べ、別に…。あなたに言われて私の今までの態度を考えたとか、そう言うの全然ないから!」

「考えたんだな?」

「か、考えたわ、よ……」


最後になるにつれバンビの声は尻すぼみになっていく。


「だよな。そうだよな?」

「だって、そんなの!素直に認められるわけないじゃない!反抗期って何?知ってるわよ、調べたわよ!何それ、美味しいの?!」

「それを反抗期っていうんだよ。」

「あいつの嫌なところ全部見たでしょ!あんな調子でずっと私を責めるのよ!!しかもなんか臭いし!なんか嫌いなの!だから絶対いや!」

「…お前、それ…。だから…。」

「わかってるわよ!!」


頭では納得しているらしい。だが心の整理はできないようだ。バンビはどうしたらいいものか、と頭を悩ませる。


「俺の永住権の話もある。一度、王様とは話さないとな。」

「う!そ、そうね。腹立つけど…しょうがないわね。ついていってあげる!」

「お前のが本命だろうが。」


バンビは拳を構えると戦闘モードむき出しにする。


「じゃあ、いいわ。殴り込みにいくわよ!!」

「行く気になったんなら、この際なんでもいいや。」


素直になれないバンビにニースは深いため息をついた。自分がもし親になったら、バンビのような子にならないよう真っ直ぐ育てよう、と心に決めた。

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