ヨトとの戦い

ー…「半径1m以上離れたら、あなた速攻この国から弾き出されるわよ。」


あの日、説明されたバンビからの言葉が脳裏をよぎる。バンビと距離を取りすぎたニースは、結界のよって外の世界に弾き飛ばされた。


『この体じゃなかったら、この速度…確実に死んでるな。』


時速はおよそ200kmを超えているのか、呼吸することはできなかった。


『上等だ。』


ニースは腕に水魔法でドリルを作り出すと、弾丸スピードのままロトの瞳に向かって突っ込んだ。


「うぎゃあ!!」


不意打ちは成功した。ロトはあまりの痛さに目から血を流し、目を片手で塞ぐ。片目の失明には成功した様だ。

ニースはロトの繰り出す雨水を利用し、空中に水の地面を作り出して受け身をとる。


「だ、だ、だ、誰、だ!?」


生まれて間もないのか、人語を話せる様になったのは最近なのか…。カタコトで言葉を詰まらせながら憤怒をあらわにした。


「お、お前かぁ!?」

「俺だな。」


片手で目を覆いながら、ロトはニースをギロリと睨み付ける。

はてさて、喧嘩は売ったはいいが、どう倒したら良いものか。こんな巨体を相手するのは初めてだ。しかも周りからの注目も浴びている。こんなところで死んだら自分の能力のことがバレるし、負けたら威勢だけは良かったな、などと悪態つかれることになるだろう。


「ほぼ無傷で勝つ。」


それしか方法はない。

しかし、ロトは大きな体を持っているにも関わらず動きは俊敏だった。長い腕をぶんと振り回す。ボーッとしてれば危うく一回死んでいただろう。間一髪のところでニースは水の綱渡りをして避ける。


「水剣。」


ニースは水で作られた大量の剣を瞬時に作り出す。手を振り下ろすと、それらは一斉にロトに向かって雨の様に降り注ぐ。


「…!」


攻撃は幾分か効く様だ。だがロトにとってはかすり傷程度のもの。降ってくる大量の水剣を一払いすれば全て水に戻ってしまう。ハエでも払うかの感覚だ。


「んー、どうしたものか。」


ロトが水剣を気を取られている隙に、ニースは新たに大きく渦めく水球を用意する。ロトの頭一個分くらいの大きさだった。キャッチボールをするのと同じ感覚で、ニースは水球を思いっきりロトに向かって投げた。

気づくのに一歩遅れたロトは水球を避けることができず、水球の中に頭からどぷんと入ってしまう。

息を吸うことができない。取り払おうにも水を手でつかむこともできない。

ロトがガボガボと苦しそうに水に溺れていた…かと思うと、ニースは水の量が異常に減っていくのを察知した。


「!!」


巨体の胃袋は想定外に大きかった。

ロトは全ての水を胃の中に流し込んだ。「げぇっぷ」と大きなゲップを出し、口の周りについた水を拭う。


「化け物が…」

「おおおお、俺の、番!!」

「うぉ!!」


思いっきり振りかざされた腕にニースは体を掴まれてしまった。大きな手の中から逃れられない。


「潰す。」


ロトは片手から両手に切り替えて、ニースの体に徐々に負担をかけていく。骨がミシミシとなるのを感じた。


「ひ、ーる…」


ニースは軋み出す体に治癒魔法をかけながら必死に抵抗する。腕が折れようが、足が折れようが、臓器が潰れようが、声が発せれるまでニースは治癒で体を治す。


「おおお、お前、、うううう、うるさ、い。」


知識の吸収が早い。ロトはニースが何を言っているか分からないが、彼の言葉で体の傷が修復しているのを理解した。ならば口を塞げば良い。ロトはニースの頭ごと掴む。


『まずい…。潰される…。』


治癒能力が使えなくなったニースは窮地に立たされる。しかし、ロトの力が弱まることはない。だんだんとロトの手に籠る力が強くなっていくのを感じた。意識も朦朧としてきて、目を開けているのもやっとだった。


ー…びきき…


頭蓋骨にヒビが入った気がした。頭から血が流れ始める。


手足や臓器を潰されていたせいで、すでに痛みという感覚はない。不老不死の力を使うしかない、と覚悟したその時だった。


『見てらんない。交代だよ、交代。』


頭の中で聴き慣れた声が聞こえてくる。

ヨルだ。

ヨルはニースの返事を待たず、昨日に引き続きニースの体を乗っ取った。


「ちょっと…痛いんだけど。」


ロトはニースの声にびくりと体を硬らせた。途端、頭の中に電撃が走った様に何かが貫くのを感じた。


「あ、ああぁ、あ、な、なななんでぇ?」

「ニースの魔力に僕が勝った、から…かなぁ?何言ってるか分からないよね。とりあえず…」


頭から流れる血の中間から真っ赤に光る瞳にロトの体は凍りついた。

なぜか服従しなければならない、そんな感覚に襲われた。


「離せよ。」

「う、う、うあ、あ、あ」


怯え切ったロトはヨルを解放する。

ヨルは自らの魔力を使い、傷だらけだったニースの体を一瞬で回復させた。首も折れていたのか、最後にばきんと調節すると、頭から滴り落ちる血を舌でなめた。


「お前がしたことの代償、でかいからな。ちょっと死んでもくれる?」

「あ、う、も、申し訳…あり、ま、せんんん!!!」


ロトの態度が急変する。ロトは膝をつき頭を下げ、深々とヨルに非礼を詫び始めたのだ。

周りの兵士たちは、何が起きたのか、とざわめき始める。


「大丈夫。死んで欲しいだけだから。」


ヨルはニースの顔でにっこりと不気味に笑う。ニースが得意とする水魔法を宙に出現させると、水は渦を巻きながら大きな大きなギロチンの様な形へ変わっていく。

魔力量は個々の強さに反映される。ヨルの水魔法は別格。大きさも、量も、今まで見た中で最大級だった。

ヨルは残酷な笑みを浮かべたまま、ロトに向かってそれを振り下ろす。

しかし…


「ストップー!ストップ!!」


という大声と共に雷鳴が轟く。

その雷鳴はヨルが作り出したギロチンに直撃し、水しぶきを上げて弾け飛んだ。


「んな…!」


破られることのない魔力だと思っていたヨルだったが、いとも簡単に崩されたことに驚愕した。眩しい雷の様な閃光に目をやられる。


「悪いね、ボーズ。こいつには色々聞かなきゃいけないことがあるんだ。」


しゅうーっと煙と共に現れたのは無精髭を生やしただらしのない男だった。

雷鳴で切り裂かれた空から後光が降り注ぐ。その光は地面の水溜りにキラキラと反射していた。

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