ヨル
「つまりヨルの魔力を使いすぎると、さっきみたいになるってこと?」
バンビはベッドの上で偉そうに足を組む。
話が長くなりそうなので、彼女には先に風呂や食事を済ませてもらった。
「魂だけになったヨルは底なしの魔力を持っているわけじゃなくなった。全盛期だった頃は無尽蔵の魔力を持っていてめちゃくちゃ強かったって本人は誇らしげに語っていたけど…どうだかな?ただ今は魔石を食って魔力を回復しなくちゃいけなくなった。じゃないと、あいつは腹減ってめちゃくちゃ機嫌が悪くなる。」
「機嫌が悪くなるって…私、殺されかけたんだけど。」
ニースは床に中身が空になった瓶の蓋をギュッと締め直し、床に戻した。魔石が入っていないので、魔力を込める必要もなくなった。
「ヨルは魂だけになったとしても魔物だからな。定期的に魔石を食わしてやらないといけない。」
「じゃあ、これからも魔石を切らしたら定期的に出てきちゃうってこと?」
「…いや、それはないんじゃないか?分からないが…今日は運悪く満月。あいつの力が一番強くなる日だ。ま、でも、空腹さえ満たされてれば、全く問題ないと思うけどな!」
ニースは親指をぐっと天井に向かって差し、表情を緩めた。
「一個だけ聞いていい?」
バンビは頬杖をついて、軽く息を吐く。
「なんだよ。」
「不老不死のあなたが白象の上に乗った理由って、なんなの?」
「あー…それか…。」
目をしどろもどろとさせながら、ニースは頬を軽くかく。
「俺は別に生きたかっただけで、不老不死には興味ないんだ。だから、不老のあんたたちのことを調べれば、自分が解放される術を見つけられることがあるんじゃないかって思って、白象の上に乗りたかっただけなんだ。」
「やっぱり…そういうことね。いいわよ、協力してあげる。」
「は?」
「ニースの不老不死の解放に協力してあげる、って言ってるの。」
「む、無条件で?」
「私のことなんだと思ってんの?条件なんてないわよ。ヨルのことも秘密にしてあげる。…そうね、まずは魔石をどうにか調達しないと…」
「急に優しくなるなんて、ど、どうした?熱でもあるのか?」
ニースはバンビの変わり様に動揺し、彼女の額に触れようとする。だが、彼女はニースの手をぺしりと弾き落とす。
「熱なんてないわよ!私はあなたがてっきり不老になりたいから乗せろって言ってきたのかと思ったの。だから無理難題を押し付けて、利用だけ利用したら…あなたには悪いけど…あとはなんらかの理由をつけて下ろすつもりだったの…。第一、どうせお父様が許可しないでしょうしね。悔しいけど、あいつの言う通り署名なんてただの紙切れよ。王がNOと言えばいくらでも拒否される。でも…逆にそういう事情があるなら、話は別よ。私だって鬼じゃないわよ。」
「なるほど、今までの仕打ちはわざとってことか。」
「わ、悪かったわね。」
人に謝ったことがないバンビは謝り方を知らない。素直に頭を下げればいいのに、彼女は頑なにそれを拒む。
「とりあえず明日のことは明日考えましょう。あ・な・た・のせいで、もう疲れたわ…寝ましょう。」
「わ、悪かった…そう、だな…。」
ニースは床に敷かれた薄い布の上に横たわろうとする。
「何してるのよ。」
バンビはニースの顔をじっと見ながら、ベッドをぽんぽんと叩いた。
「なんだよ。」
「ストレス溜まったとかなんとかでヨルが出てくるのは嫌なのよ。しょうがないから、このベッドに上がることを許可するわ。」
「いや…さすがに、それはまずいんじゃないか?」
男として。
さすがに付き合ってもいない…ましてや一国の姫のベッドに添い寝なんて、明日は首がつながっているだろうか?
「私がいいと言ったらそれに従いなさい。」
「早く」と急かすのでニースは観念して、バンビのベッドにお邪魔する。フカフカのとても寝心地の良さそうなベッドだった。
「おやすみなさい。」
「…おやすみ…」
バンビはニースと逆向きで横たわる。躊躇しながら、ニースもバンビと背中合わせでベッドに横になる。
すると、ニースの背中にコツンとバンビの背中が当たった。
「狭いのよ。しょうがないでしょ。」
「いや、別に何も言ってねーけど…」
キングサイズのベッドで狭いはないだろ、と思いつつ、ニースは寝心地良さそうな枕に頭を預けた。
『そういえば、よくよく考えれば、こいつ…国王直属系列の部下は全部治療しないとかいう独裁国家を作ろうとしてたよな。こんなやつについていって平気なのかよ…。あーでも、協力してくれるって言ったし…どうするべきか』
などと、ニースは考え事をしていたが、あまりの寝心地の良さに脳が思考を止めてしまう。
明日は明日の風が吹く。
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