そんな話は聞いていない

「そんな話聞いてねーからな!?」

「えぇ、だってその話をしたら、絶対あなたは断るじゃない。」


バンビは白象の上に建つ王国の姫だ。

ニースがまず案内されたのは彼女が住む城だった。

二人がいる部屋には、高級そうな椅子に豪華な赤いカーペットやシャンデリア、国全体を見回せる大きな窓もある。


ここは応接室。


メイドが用意したお茶を上品にすするバンビのあい向かいにニースは座っていた。苛立っているのか貧乏ゆすりも見られる。


「俺の入国許可が…仮ってのはどういうことだ?」

「だから言ったじゃない。そんな簡単に一族の仲間入りなんてできないわ。決め事をするには大勢の賛同が必要なの。あなたがこの王国に正式にいるためには、それなりに貢献をしないといけないわ。」

「入国前の呪文は何だったんだよ…」

「あれは入国を許可するだけのおまじない、よ。正式に一族に入るには…ふふっ…まだ秘密にしておきましょ。」

「あぁん?」

「とりあえず、あなたに必要なのは王国の住人からの賛同よ。」


かちゃんと小さく音を立てて、バンビはカップをプレートの上に置く。


「…何をすればいい?」


ニースは頬に手を当てて不満足気な顔でバンビを睨みつける。


「言ったでしょ?これからあなたの腕を存分に奮ってもらうことになるって。」

バンビは高級ソファーから立ち上がり、王国全体が見渡せる応接室の窓に近づく。

「私たちの王国には治癒魔法を使える人間がいないの。…正式には…いたんだけど、100年ほど前に病に侵されて死んでしまったわ…。以来、私たちの国には治療師はいないの。」

「その話が本当なら…この100年の間で何人死んだ?」

「病で亡くなったのは30人…身体年齢60歳以上の高齢者。怪我で亡くなったのは100人…ほとんどが身体年齢30代までの若者よ。」


この王国に老いは存在しない。実年齢は白象を封印し始めた時期からだろうから、1000年以上は生きているはずだ。


「俺より随分年上じゃねーか…」

「何か?」

「いや、何でもない。こっちの話だ。」


自分も長く生きている方だと思ったが、1000年と50年では月とスッポンだ。足元にも及ばない。

身体的年齢は同年齢だろうが、生きてきた長さは全く異なる。


「この国には100年の間、治癒されずに生きながらえている人たちがまだまだたくさんいるわ。あなたには困っている住人全ての治癒をしてもらいたいの。」

「何人だ?」

「……」


先ほどまでペラペラと話していたバンビが一言も発しなくなる。瞳を四方八方にくるくると回しながら、小さな声でしどろもどろと答える。


「………です」

「聞こえん。何人だ?」

「2000人中……人です」

「はぁ?」

「あー!!もう!!2000人中…約500人…よ!!」

「お、おぉ…」


よくそこまで放っておくことができたな、とニースは半分呆れていた。

この世界のそこそこ大きな街の人口は約1万人ほど。ベンゼンのような首都に相当するくらい大きな街の人口は5万ほどだろう。この王国はそこまで大きな規模ではないが、人口の約25%の人間が怪我もしくは病気持ち…というのは多すぎる。

逆ギレしたのを良いことにバンビはいつもの調子でニースを手玉にとる。


「でも、この条件はwin-winだと思わない?あなたは王国御用達の治療師として雇われる(予定)で、そのためには住人の賛同を得なくちゃならないわ。あなたが住人を治せば私たち王国はハッピー、あなたは住人からの賛同を得られて正式にこの白象の住人になれてハッピー。」


相変わらず上から目線のバンビは「良い条件だと思わない?」とまくし立てる。


「その条件…俺に拒否権はないよな?」

「そうね。拒否すればあなたは白象から退場。今すぐ私が(仮)の契約を破棄して、あなたは象から放り出されるだけ、よ?」


バンビは「別に私は良いのよ。あなたが乗りたいって言っただけですもの。」と言いながら髪を片手でさらっと持ち上げた。


「それにあなたは目の前で苦しそうにしている患者を野放しにするような人間とは思えないわ。違う?あなたは私がこの象の上の一族であろうとなかろうと、助けてくれたわよね?」

「…否定はしないよ。自分に治せる力があるなら、それを使うのは当たり前だろ。」

「じゃあ決まったわね!!」

「おう!大した人数じゃねえ…全員治療してやるよ!」


ニースは自分の力を遺憾なく発揮するつもりだ。

使えるものは全部使う。彼は自分の中に住う不老不死の蛇の力をフル活用して、全員分治すことに決めた。

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