娘(姫) VS 父(王)
老夫婦の病人を助けたら…
「街に訪れるのは…50年ぶりか。」
ニースはコルが話していたベンゼンという街を訪れようとしていた。
聞いたこともない街だったが、なんとなくこちらの方かな、と魂の想う方に引かれ歩いていくと大きな街に出くわした。
道ゆく商人に街のことを尋ねると、皆、この街は「ベンゼン」という街であると答えた。
不思議な感覚に陥ったが、間違いないらしい。
街への入り口は東西南北と4箇所あり、様々な人種が出入りするのが見受けられた。この街を介して物品を売り捌いたり、出稼ぎにきたりするのだろう。
活気のある富んだ街…というのが印象に残った。
人気な街のようで中に入るのも一苦労。
かれこれ1時間は待たされている。
街の入り口には複数の門番が立っており、通行人に身分証の提示を求めていた。
「次の方!」
ようやくニースに順番が回ってきたようだ。
ニースはだいぶ前に発行した身分証を取り出す。
身分証偽装違反にはなるが、生年月日の部分は魔術で分からないように上書きさせてもらった。
「ニース…医者…随分と若いじゃねーか…」
無礼な態度の門番はニースの格好をジロリと一瞥する。
黒龍に穴だらけにされた服は新調し、白衣もきれいに洗った。
何も疑われることはない。
「あんた、お偉いさんに呼ばれたか?誰に呼ばれた?」
「え…?」
「そういうの禁止なんだよ、うちの街は。帰ってくれ。」
「お、おい!ちょっと待てよ。何を言ってんだよ!!」
「とぼけたって無駄だぞ?医者ってのは俺たち市民の生命力を吸って金のある連中の命を延ばしてるんだろ?」
「は?!」
確かにそんな輩がいる話は知っている。
長年し続けたニースもその類の連中に出くわしたことはある。
だが、そんな術を使うやつは、ヤブ医者だ。治らないとされる怪我や病気を…人の生命力を魔力に変換し、それを高値で売りつける。
長生きしたい富裕層たちは金を払い、そのヤブ医者を雇い、どちらものうのうと生きながらえている。
「待て待て待て。俺はそいつらとは違う!真っ当な医者だ。第一、そういうヤブ医者共の近くには大抵奴隷が一人ついているのは知っているだろう?生命力を引き出すだけの使い捨ての奴隷のことだ!みろ、俺は一人だ!誰かの生命力を使って稼げないだろ!?」
「…だいぶ詳しいじゃねぇか。ボロ出したな?」
「違うっつーの!それぐらい常識…」
「その奴隷だって街中で用意されてる可能性もあるだろ?お前が一人だからって通すわけねーだろ。」
ニースが門番といざこざと揉めていると、後ろに並んでいる入国希望者がざわざわと騒ぎ始める。
「おい、聞いたか…?あいつ医者だってよ。」
「ヤッベ、俺、あいつにさっき声かけられちまったよ…。寿命取られたかもしれねー。」
後ろに並ぶ人間たちはニースのことを地球外生物を見るような目で見定める。そんな彼らの声が聞こえてきたニースは諦めのため息をつく。
「とにかくダメなもんはダメだ。お前のような医者は入国禁止。特別な許可がない限り入れん。残念だったな。」
門番の男は嫌味ったらしく「ヤブ医者」と低い声でニースを貶し、汚いものに触れたように手をしっしっと振った。
「くっそ…」
元々この国に用はない。
ただコルの話していた不老不死の軍団が住むという象についての情報が得たかっただけだ。それだけのために、こんなに嫌な思いをするとは思わなかった。
ニースは不機嫌な顔をしながら門番に背を向けた。
と…一人の入国申請者の大きな声が聞こえてくる。
「お願い!入国させて!」
どうやら隣でもトラブルに見舞われているらしい。
声のする方に目をやると、ニースと同い年くらいの品のある女性と老夫婦が門番に涙で何かを訴えていた。
若い女性の方はあの老夫婦の孫なのだろうか。
必死に門番を説得しているが、聞く耳持たずと言ったところだった。
老父にもたれかかる老婦は立っているのもやっとなくらいしんどそうにしていた。
「医者を…どうか!」
「ダーメーだって言ったろ?入国許可証もないお前ら白象の連中を入れるわけにはいかない。第一…お前らは不死身の人間だろ!?放っておいても死なねーだろ。お前たちみたいに上から俺たちを見下してる人間をこの街は受け入れねーんだよ!」
「ふ、不死身じゃないわよ!私たちにも…死はあるの!だから…!どうかお願い!このまま放って置かれてはおばあちゃんは死んじゃうの!!」
ニースは門番と彼女たちのやりとりが何を意味するのかは分からなかったが、目の前で苦しそうにしている人間を見過ごすわけにはいかなかった。
「おい、あんた…」
気づくとニースは彼女たちの前で足を止めていた。
「俺はニース…医者だ。あんたたちを助けられる。」
「!!」
ニースの言葉を聞いて彼女の顔がパッと明るくなる。
「ここは目立つ。とりあえず場所を移動する…いいな?」
「わ、わかったわ!!」
門番は彼らのやりとりなど全く興味がないらしく、次の入国希望者を呼んでいた。厄介払いができていいのだろう。
周りからは奇異な目でじろじろと見られるが、病人がいる中でこんな連中構っている暇はない。
ニースは老婦に手を貸し、街から少し離れたところへ移動する。
ニースの後ろをさっきの女性とこの老婦の旦那であろう男性が心配そうな顔をしながらついてくる。
「この辺でいいだろう…」
街から500mほど離れた場所にちょうどいい木陰があった。
ニースは辛そうな顔をしている老婦をゆっくりと地面に下ろす。
10秒ごとに精一杯息を吸おうとしていた。
危篤状態だ。
このまま放っておけば確実にこの女性は死ぬことになるだろう。
「あんた、症状は知ってるか?」
「あ…私…?」
「誰でもいいよ。知っていることを全部話せ。」
「えっと…確か…数週間前に食欲がなくなって、歩くのもままならなくなりました。熱はそんなに高くなかったので、ちょっとした風邪かな…と思っていたのですが…」
「だんだんと意識障害が出るようになったか?」
「そ、そう!そうなの…。」
「…多分、当たってると思うけど…念のため、『診る』よ。」
そういうとニースの瞳には無数に広がる『魔力の循環』が映し出される。
ドクン、ドクンと脈打つ鼓動、流れる魔力…その中で一点だけ滞っている場所を発見する。
肺だ。
「高齢者になると熱は出にくくなるんだ。ちょっとでも元気がない、食欲がないってだけで重度の病気が隠れているケースもある。これは…肺炎だ。」
残念ながらもう手遅れなほどに魔力が滞っていた。
ニースが『普通』の魔力を送っただけでは決して治らないだろう。
「治るの…?!」
老婦の旦那の方がニースの白衣の裾を掴む。
まるでこれが最後の希望とでも言わんばかりに…。
「残念ながら…」
と、ニースは首を横に振る。
しかし、諦めが悪いのか二人がニースの裾にしがみつく。
「だめ…治して!!お願い!!私の、私の生命力を使って良いから!さっき門番さんに言ってたわよね!?お医者さんは人の生命力を使って病気を治している…と!」
「私のでも構いません。どうか…どうか、家内だけは…!お願いします!」
「なんで…?」
なぜそこまで自分の命を他人に使おうとするのか、ニースは理解ができなかった。
生命力を使うということは、自分の寿命を減らすことになる。
この老婦は危篤状態だ。彼女を治す、というのならば…人一人分の生命力が必要だ。
「ご心配なく…!生命力はいくらでもあるわ」
「だから、どうか…!有効活用してください!」
「何を言ってるんだ、あんたら…」
気が狂ったか。
しかし彼女たちの瞳は本気だった。嘘偽りない真っ直ぐな瞳で、ニースに訴えかける。
「私たちは…あの、白い象の上に住む一族なの。人々からは不死の一族として怯えられているわ…。」
「象…不死…?」
まさかこんな形で情報を得られるとは思わなかった。
彼女たちこそがニースが会いたかった人物だ。
途端、地面が地響きを立てて揺れる。
地震かと思い辺りを見回すと、ベンゼンの街のはるか南の方角に真っ白な毛色をした象がゆっくりと歩幅を進めているのが見えた。
「あれが、私たちが普段生活している乗り物よ。地上のみなさまからは、不死の一族…と言われている。でも…残念ながら我々は不死ではないの。不老ではあるけど…。側から見たら年齢の変わらない私たちは不死だと思われるでしょうよ。でも、流石の私たちにも死は存在する。こんなふうに病で確実に命を落とすことは何度も…。」
「あんたの話が本当なら…確かにこの人は助かるな。」
生命力を使って治癒する際に必要なのは、その人間の寿命。
しかし、不老の彼女たちに寿命という概念はない。
『この事実を知ったらヤブ医者どもはこぞって欲しがるだろうな…。』
などと邪な考えがニースの頭に浮かぶ。
だが、ニースはヤブ医者ではない。
人の生命力を使って治す医者は論外だと考えている。
「だけどな、悪いけど…あんたらの生命力は使えない。これは俺のポリシーだ。」
「なっ!!??じゃあ…!」
「この人は絶対に治してやる。俺はそれができる。だが…治す代わりに一つだけ、俺からの条件だ。」
「……なに…?」
「俺もあの象の上に住まわせろ。…ようは住人にさせろ。」
ニースは意地悪くにやりと笑う。
千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
彼女たちの一族の一員になれば、自分の体が無限から解かれるヒントを得られるかもしれない。
事は一刻を争う状況だ。この場で保留はないだろう。
彼女はしばらく黙るが、意を決してニースの条件を飲むことを約束した。
「わかったわ。それで彼女が治るのなら、私はそれで構いません。ただし…私からも条件を提示させてもらうわ。」
「あ?…いいぜ、別に。どんなことでも…」
まさか条件に条件が返ってくるとは思わなかった。
だが象に乗れるのだったら、どんな条件でも飲んでやろうとニースは意気込んだ。
「私の条件は…私の直属の部下になりなさい!私の命令は絶対。これが条件!」
「はぁ?あんた…なにも」
「『あんた』じゃないわよ。バンビよ。今から私たちは主従関係を結ぶの。そしたらあの象の上の住人にしてあげる。さあ、どうする?」
「ご…御命令とあれば…」
会話の主導権はいつの間にかバンビの物になっていた。
最初からそういう条件を提示すれば良かったと悔やむニースだったが、出会ったばかりの人間にそんな条件を出すほど腐ってはいなかった。
ニースはバンビの条件に従い、老婦を治す体勢に入る。
再度『魔力の循環』を瞳に写し、老婦の魔力の滞りを確認する。
「ふぅ…」
ニースは老婦の肺がある部分に手を置き一呼吸する。
すると、前回コルを治した時のような金色の光が老婦を包む。
不老不死の蛇の生命力を使ったのだ。危篤の病人を治すには普通の魔力では治らない。
そしてこれはパフォーマンスだ。
自分がどれだけ有能な人間かをバンビに見せるため。
見たこともない眩い光にバンビは思わず目を瞑る。
「あ、あぁ…」
老夫の涙声が聞こえる。バンビは大事な何かを見落としたようだ。
彼女が瞳を開けると、そこには以前のようにニッコリと優しく笑う老婦の姿があった。
「ありがとうございます!ありがとうございます…!ありがとう…」
老父はニースの手を握りしめ、何度もお礼の言葉を伝える。
「いいって…。それより…あんたも…」
老父が握りしめていたニースの手からまた金色の光が湧く。
「え?」
「気づかなかったようだけど、あんた…癌細胞に侵されてたぜ。ステージは2ってところか…。すい臓に魔力の滞りと黒いもやが見えた。あと2ヶ月もしたらステージは一気に4に駆け上がって、ただ死を待つのみ…の状況になってたな。」
「「「!!??」」」
3人は思わず絶句する。
象の上に住めるのだったら、ニースにとってこれくらいのこと朝飯前だ。
「み、診るだけでそんなことが分かる…の?」
「ちゃんとした医者なら病気の種類も診る事は可能だ。魔力の流れを見るのはそんな難しいことじゃない。」
「なるほど…。ねえ、質問なんだけど…あなたならどんな病気も治せるのかしら?」
「オールジャンルOKだ。」
「千切れた腕とか元に戻せる?」
「別に…できる…けど…」
「ありがとう。それだけ聞きたかったわ。じゃあ、いきましょう…。二人の体も万全な状態になったわけですし…」
「「はい、姫様!!」」
老夫婦はバンビに頭を深々と下げ、彼女のことを「姫」と呼んだ。
「は…?ひ、め?」
「えぇ。説明不足だったわね。私は白象に乗る…一国の姫、バンビ。よろしくね、ニース。」
バンビは新しいおもちゃを見つけたように嬉しそうに微笑む。そしてニースにしか聞こえないように耳元でポツリと呟いた。
「ずっと欲しかったの。…私だけの下僕。」
これが何を意味するかはわからない。
だが、わかった事は一つだけ…この女は侮れない。
面倒な女に捕まったとニースは早々に後悔した。
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