第5話 序幕⑤ 素朴で小さな村にて
少年は本来の目的を思い出す。四つん這いになりながら、森の脇に投げ捨てられたコルに向かって不格好に走り出す。
「あ…コル…!コル…は!!せんせ、コル…!!」
涙目になりながら少年はニースに訴えかける。
「コル…治してよ!まだ…大丈夫だよね!!??」
「…コルは…悪い…。俺は…死んだ人間を生き返らせる術は持っていない。」
「う、そ…せんせ…コル、死んじゃったの?息してないの?治せないの?」
「でき…」
出来ない、と告げようとした。
しかし、ニースはコルの切り離された右手の中に握りしめているガラス玉を見て、はっとする。
「こいつ…どこでこれを…くっそ…俺の不注意か…」
ニースはコルの右手を拾い上げ血塗れのコルの横に座る。
「いいか、今回は特別だ。俺の生命力の一部をこいつに渡す。」
コルの心臓部分にニールが手を置くと、金色の光がコルの周りを包んでいく。
すると、千切れたはずの右腕がコルの胴体と接着され、ズタボロだった体の傷がどんどん癒されていく。
少年が心穏やかになるような優しい光に包まれながら、不思議な感覚を味わっていると、コルの息がはっと吐き出される音が聞こえた。
その光が収まると、コルはムズムズと瞳を動かし、ゆっくりと目を開けた。
「こ…コル!?」
「せん、せ…?俺…」
「悪かった。俺のせいだ…。」
コルの右手に握りしめられていたガラス玉を取ると、ニースは深くため息をついた。
「これはな…魔物の中に必ず一個はある核…心臓みたいなもんで、『魔石』って言うやつなんだ。」
ニースは立ち上がり、黒龍の胴体にずぶりと自らの腕を差し込み、黒龍の中を何かを探るように抉っていく。
再度、黒龍の胴体から腕を抜き取ると、ニースの手には鋭利な四角形の核が握り閉められていた。
コルが持っていた魔石の倍以上ある塊だった。
「俺は…とある事情で体の中に不老不死の蛇を住まわすことになったんだ…。やつが住み着くようになって以降、ずっと死と再生を繰り返している。その輪廻から抜け出すためには、俺の中に居住してる魔物を満足させなくっちゃいけなくってな…。こうして魔石を食べているんだよ。」
ニースが口を開けて黒龍の魔石を飲み込もうとする。
すると、喉の奥から金色に輝く蛇が顔を出して、ニースが手にしていた魔石をかっさらっていった。
「この魔石ってやつは他の魔物を呼び寄せる力を持っている。だから、俺はいつもこの魔石を瓶に入れて術をかけて…厳重に保管しておいた…つもりだった。…悪かった…お前らを巻き込んだりして…」
ニースは少年たちの前で深々と頭を下げる。
「本来、治癒魔法で死んだ人間を蘇らせる術はない。…だが、今回は俺の不注意が招いた事故だ。…俺の責任だ…。だから、不老不死の蛇の力を利用して、お前にもう一度生命力を吹き込んだ。」
「せんせ…でも…俺も…ごめん…。見つけた時、ちゃんと返してたら…こんなことにならなかった…」
「いや、俺が悪い…。」
「コルー?先生さーん!!」
辺りはもう真っ暗だ。
帰ってこない3人を捜索する村人たちの声が遠くから聞こえる。
「いいか…こうなった以上、俺はこの村にはいられない。俺を死んだことにしてくれ。そして、俺のことも……忘れてくれ…。あと、そうだ…。村を出るな、とか言って悪かったな。コル、お前は自分の好きなところに行けばいい。絶対にお前ならどこに行っても大丈夫だ。なんたって、俺の不老不死の生命力が入ったんだからな。」
「せんせー!?」
「いやだよ、せんせー!もっと一緒にいてくれよ!俺、先生の秘密誰にも話さないから!だから…」
「…悪い。」
ニースは少年たちの頭の前ですっと手を横切らせる。
その手につられるように、少年たちは意識を失いその場に横に倒れ込む。
「お元気で。」
村人たちの足音が段々と近づいてくる。
長居は出来ないと悟ったニースは隠れるように森の中へと消えていった。
「な、なんだ…これは!」
しばらくすると松明を掲げた村人たちが少年たちの空き地へたどり着く。
そして、目の前に広がる無残な黒龍の死骸に驚きの声をあげた。
ひどいあり様に思わず口を覆い隠す。
村人たちは他にも敵はいないか、慎重に明かりで辺りを照らす。
そして、村人の一人が空き地の端の方に倒れた無傷の少年二人を発見する。
「おい、大丈夫か!?」
村人たちは一斉に倒れている少年たちに駆け寄る。二人がすぅすぅと呼吸をしているのを確認した村人たちは安堵の色を示す。
「ああ…生きてる…良かった…」
「先生さんはどこだい?…いないじゃないか…」
「っ…」
コルが松明の明かりに目をしばしばさせて起き上がる。
「起きたか!?コル、大丈夫か?怪我ないか?」
「コル、先生さんがいないんだよ。何が起きたか知ってるかい?」
村人たちが口々に起きがけのコルに問いかける。
コルはボーッとした頭のまま、今までの記憶を整理しようとする…が、思い出すのはニースが黒龍と戦い、最後の力を振り絞って相打ちした記憶ばかりだった。
「せんせ…は…先生は…」
コルは子供らしく大きな声をあげて泣きじゃくる。
大きな涙をポロポロと流し、「先生、先生」と何度も嘆いた。
コルの様子を見て村人たちは何が起きたのかを察し、皆口をつぐんだ。
ニースは遠くでコルたちが村人たちに連れられていった姿を確認し、4年過ごしたこの素朴で小さな村に背を向けた。
「そろそろ潮時だった。4年はちょうど良かった。あれ以上いたら不自然になる…」
ニースの言葉は自分に言い聞かせているようだった。
…この姿になってからもう50年が経過しようとしていた。
老いることもなく、死ぬこともなく。永遠の命を手に入れた。
その間、村を転々としながらのらりくらりと生き、蛇の生命力を利用しながら医者を続け…あえて街から離れた村を選んで住んでいた。
万が一でも知っている人間に出会わぬよう、変な噂をたてられないよう…情報から隔離されている村がニースにはちょうど良かった。
だが小さな村に住めば住むほど、住人の心の豊さは、暖かさは、異常だった。
毎回特定の時期に近づくとニースは別れを告げなければいけなくなる。
これを50年続けているが…一向に慣れる気配はない。
「あー…、つら…慣れねーなー…」
こんな体でなかったら、普通に生きて、自分のことを頼ってくれる人たちと一緒に死ねただろう。
こんなことに悩むことはなかっただろう。
「早く死にてーなー。」
ニースは薄汚れた白衣の袖で一筋の涙を拭った。
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